ep.23 闇属性の2人-Gewinnchance-
初戦の相手を、多少のピンチもあったけどなんとか切り抜け、無事勝利を収めた俺たち。
食堂で昼食を摂っていると、やがて試合を終えたディールとアリスが姿を現した。
2人とも清清しそうな表情をしていて、元気があった。
なのに、負けていたのだ。
相手は闇属性を操る2人組み……。
そいつら、一体何者なんだ……?
☆ ☆ ☆
第2回戦。
相手は前回と同じ中級者。多少の苦戦はあったが、それ自体は難なく切り抜けたのだった。
それよりも。
「悠斗……どうする?」
「次、だな」
中級者総勢20名で2人1組。それをトーナメントに割り振ると、10組が参戦し、1回勝てばベスト5、2回勝てばもう決勝にいける。都合のいいことに、俺のほうにはそのあまりであるシードはなく、このまま行けば俺たちは決勝にあがる事になる。
そしてその決勝での相手。
シードとして勝ち続けてきた、先ほどまでディールたちとやりあっていた相手。
「相当の強敵みたいね」
「……ああ」
闇属性。
その決勝で当たる相手は、2人とも闇属性であることが分かっている。
しかし、だからなんだ。
その情報があるだけで、俺たちはまったくといっていいほど解決策を見出せないでいた。
そしてグランドの待機所に俺とリリアは座り込み、話し合いを始めているところである。
とはいえ相手は相当の実力者。あのディール、アリスを秒殺したやつらである。
それがあるために、思うように対策が取れない。どうしたらいいのか。
「とりあえず、闇は光に弱い、というのは知ってるわね?」
「そしてその逆も然り、ってことも知ってるぞ」
「そうね。それならいいけど……それにしても相手は、どうやってわずか数秒でアリスたちをやっつけたのかしら」
腕を組んで目を瞑ったリリアは、そのままうんうんと唸り始めた。後ろのポニーテールが頼りなさ気に斜めに傾いて揺れている。
それも最初に対策すべき事項である。
昼食を食べ終わったとき、アリスは俺を呼び止め、
『……いい? まずは相手は最初に間合いを詰めてくるわ。それをなんとかして回避しなさい』
とそれだけアドバイスして帰っていったのだった。
……それにしても、さ。
なんとかして回避、ってどうすればいいんだ?
続いて俺も腕を組み、うんうんと唸るようになってしまった。
両者依然として解決策が浮かばない状況。これは非常にまずいとってもいいだろう。
…………。
………………。
どうしたものか。
考えど考えど、目の前はまっくらだ。まさに暗闇にでもいるみたいだ。
なんとかして考え出さないと……。
闇……魔法……間合い……。
『───魔力というものは、一般に魔力でしか打ち消せないものだ。防護壁を破壊するのもまた魔力。これは、せめてもの延命装置とでも思ってくれていればいい』
……そうだ、一瞬の間合いを詰めて相手の防護壁を破壊したんだ。
ただ、それは人が出来るような芸当じゃない。どんなに足に自信がある人だって、100メートル走は普通に10秒切るか切らないかだろう。その距離を1秒も満たない速度で移動するなんてのは、さすがに相手からしたら何が起こったのかわからなくなるに決まってる。
魔法。
きっと、そこに魔法の力が使われているに違いない。なら───、
「……俺たちも、すばやくなればいい?」
「アタシたちも、すばやくなればいい?」
同じような回答に驚いて目を開けると、同じように目をパチクリさせているリリアの姿が。意見がシンクロしたということは、きっと同じことを考えていたのだろう。……うわ、そう考えると、なんだか急に恥ずかしくなってきた。
リリアも顔をほんのり赤く染めて、バッとすばやく俯いて視線から逃れた。これは気まずい。いやマジで。
しかし、そうこうしているうちにも時間は過ぎ去り、決勝の時間になろうとする。こんなことでは、あいつらに勝つことは出来ない。
俺は恥ずかしい気持ちを押さえつけ、次のステップに進む。
「まずはそこだな」
「う、うん……」
俺が話しはじめると、小さな声で相槌が返ってきた。だけど、顔はまだ俯いたままだ。
構わず、話しはじめる。
「でもそれをするとして、最初にそれが出来るかな?」
「そ、そうね……相手は1秒もしないでこっちまで来るんだから、それを避けないことにはお話にならないわね」
少し落ち着いてきたのか、リリアはまだ赤い頬のまま、ゆっくりと顔を上げ、口を開いた。
とはいえ、避ける、か……これまた難題だぞ。
まず初撃を凌ぐには避けるか防ぐか。どちらがいいかというと、正直どっちもどっちだ。
まあ、決めておいた方が楽か。
「んじゃ、とりあえず避けるということで」
「……なんか適当な気がするけど、それしかないのかな」
「ま、防ぐには多少リスクがあるしな。こっちのほうが相手の次の攻撃も時間を稼げそうだ」
「ん……りょーかい」
そして、落ち着いたら俺が風系呪文で速さを補強。あとはできるだけ固まって行動することくらいしか思いつかなかった。
そうして、着々と対策を練っていった。
* *
やがて決勝の時間がやってきた。
これは今回のトーナメント最後の試合。相手は言うまでもなく強敵だ。
今回ばかりは緊張せずにはいられないよな。というか、失敗は許されない。
「……さて、いくわよ」
さっと立ち上がり、勇ましい表情で待機所から転移術式へ向かうリリア。
俺もその後を追うように立ち上がる。
……これが最後か。
なんだかんだで、長い一日だったかもな。こんなに頭を使ったイベントってのは初めてかもしれない。定期テストでもこんなに考えはしなかった。
そして、今回の試合は負けられない理由がある。俺にはないけど、リリアにはある……らしい。
そういや、そのことをまだ聞いてなかったっけ。確か食事をとってからあれっきり、なにもこの話題を出していなかった。
雰囲気をぶち壊すかも知れないけど、試合の前に聞いておきたくて、
「……リリア」
俺はその後姿を呼び止めた。
さっきと同じく、少し真剣な表情のリリアは、こっちを振り返って、「なに?」と小首をかしげた。
「あの、さ……こんなときに聞くのはどうかしてるのかもしれないけどさ」
「…………」
「言うことを聞くってやつ。俺は、何をしたらいいんだ?」
すごく場違いな言葉だってことは分かってる。それよりも今は励ますほうが正解だってことも。
でも、きっと今聞いておかなかったら、忘れてしまう。
俺じゃなくて、彼女が。
だから、俺はここでその質問を、彼女にぶつけた。まあぶっちゃけ、あのときの言葉の続きを聞きたかっただけなんだけど。
「……ああ」
リリアは、思い出した表情とともに少し考え込んで、「……うん」と一人頷くと、
「あのお願いは、もういいや」
そういって、ふっと笑って小さく舌を出した。
「は? いいって……」
「いやね、きっと、それは叶わないから」
「叶わないって、そんなこと言ってみなくちゃ分からないだろ!」
「そうは言ってもねぇ……。きっと、こっち側が認めないだろうし───」
……こっち側?
何言ってるのかさっぱり理解できない俺は、次の言葉を待った。
「なにより、それは悠斗が出来る範囲を超えているかもしれないから」
リリアは、そう言って少し寂しそうに目を細めた。
……なんだよ、それ。
俺の出来る範囲を超えているって、そりゃどういうことだよ。
なんだか説明が不十分で、今の俺には到底理解できない。
釈然としないままの俺の前に、リリアは手を差し出して、先ほどまでの真剣な表情とは打って変わって、
「ほら、行こ」
無邪気に笑っていた。
「…………」
それは一体どういうことなのか。
きっと、今は教えてくれなさそうだ。
あきらめて俺は差し出されたその手を握り、リリアに引っ張られるような形で移動する。
その途中でリリアは、小さな声で、でもハッキリと聞こえる声で言った。
「……この試合が終わったら、アタシがどうして勝ちにこだわったのか、教えてあげるね」
それと、多分みんな知らない、アタシ自身の事も───。
・・・
・・・
「来たね」
俺たちが到着したのよりも先に、相手は既にこの場にいた。
目の前には黒い髪の男女。
身長はどちらも低めだった。まだ中学生なのではないかと思わせるほどの容姿に、俺は少し拍子抜けした。
長い髪の毛が目を隠していて、こちらからはよく見えない。そんな相手が、このトーナメント最後の相手となった。
まさに、漆黒。
闇に包まれているような印象しか持たない相手だった。
「…………」
「…………」
でも、もう迷わない。
間違えない。
相手がどんな強いのかは知らないけど、こっちもそんな簡単にやられる気はないぜ。
100メートルほど距離をとり、合図を待つ。
向かいの黒々とした2人組みは、なんだか不敵な笑みを浮かべながら構えている。
最初が肝心。
そう、まずは最初の攻撃を躱すことを考える。話はそれからだ。
「……行くぞ」
「……うんっ」
静まり返った空間に、やがて爆発のような声が響き渡り───
『はじめ───!!』
戦いが、始まった。
タイトルのGewinnchanceは、「勝機」という意味のドイツ語です。