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魔法学園にようこそ!  作者: Aerial
Chapter.Ⅲ魔法中級・タッグマッチ編
23/29

ep.22 初戦突破-unerwartet-

作戦会議のはずが、俺の不手際のせいで何故か愚痴を聞く時間と化した、試合前日。

 俺はそのおかげで目もろくに開けられないほどの寝不足に襲われていた。

 そんな試合前、俺は水の入ったヘルメットをかぶせられたかのように顔面だけ潜水し、呼吸を奪われるというリリアによる少しハードな目覚ましを受けて目が覚めたのだった。

 さて、試合だ。気合い入れていこうか───!



     ☆     ☆     ☆



 俺とリリア、2人歩いてグラウンドの中央に向かう。

 その間、リリアは何度か俺のほうをチラチラと様子を窺っていた。なんだからしくない。言いにくいことなんて、リリアに限ってはなさそうなのにな。

 俺はそれに敢えて気づいていない様子を装い、黙々と歩き続けた。

 グラウンドの中央付近まで近づくと、ある一点にぽつんと一つ、転移術式ムーヴルーンが置かれていた。そしてその横には名前も知らない教師が立っていた。

 試合と言っても、そりゃあ他のクラスのみんなが授業受けてんのに、グラウンドで俺たちがドンパチ始められても困るだろう。そういうことからという理由ともう一つ、周囲の安全を考えて学園長が自ら作り出したスペースでの試合となる。


「止まれ」


 教師が俺たちを低い声で呼び止める。試合前の最終準備みたいなものだ。その教師は俺たちに近づくと、スッと右手を前に突き出し、なにやら呪文を詠唱。


防護壁プロテクトの装着を完了した」

「……は?」


 詠唱も僅か3秒程度で、そんな簡単に出来てしまったのか? うーむ、ちょっとキナ臭い気がするんだけどなあ。まあでも、教師がそんな変なことするわけないよな。

 俺は、さきほどとまったく変わらない様子の服の表面を触りながら、目の前の教師に尋ねた。


「本当に、これでオッケーなのか?」

「証拠が欲しいか?」


 納得がいっていない様子が目に見えて分かっていたのか、そのような返事が即座にきた。


「え───」


 俺が戸惑っている間に、教師は俺の腹部に人差し指を立てて近づけた。

 途端。


 ───バチバチバチッ!


「うぉわっ!?」

「……ほらな」


 教師の指先が触れた途端に、俺の体表が火花を散らすようにして指に反発した。そして、俺への衝撃は無かったところを考えると、どうやら本当にやってくれていたみたいだ


「魔力というものは、一般に魔力でしか打ち消せないものだ。防護壁プロテクトを破壊するのもまた魔力。これは、せめてもの延命装置とでも思ってくれていればいい」


 そんなこと言わないでください。これからすることが、ものすごく物騒なことに感じてしまうから。


「行こっか、悠斗」

「え……あ、ああ」


 リリアに促されて、止まっていた足を動かし始める。俺はすれ違いざまに、教師に礼をした。


「あ…ありがとうございました」

「健闘を祈る」


 どこまでもクールな教師に見送られ、俺たちは術式の前まで移動する。

 術式はさすが学園長自らが作っただけある、あらゆる部分が精密に組み込まれており、俺たちが以前まで使っていたものとは出来がまるで違った。なんていうか、模様が違うんだよなあ。こう、ぐちゃぐちゃーって。

 それは静かに青白く点滅して俺たちを待っていた。


「……行くぞ」

「うん」


 まずの目標は初戦突破。あわよくば優勝、と。誰かも言ってたな、『夢は大きく、目標は小さく』てさ。一歩ずつ、階段を上るように。

 俺たちはどちらともなく手を繋ぎ、一斉に足を前に出した。



・・・

・・・



 そうして試合会場に着いたわけだが、なんと言えばよいものか……。


「……ここ、なんにも無いのね」

「なんかさ、こんな使いまわしみたいな事されると、コレも練習の延長みたいに思えて興が削がれちゃいそうだよな」

「……ふふ、それ同感」


 感情のない会話を交わしていたら、思わず笑いがこみ上げてきた。

 そこは、俺たちが普段使っていた練習スペースとなんら区別つかないほどの真っ白な空間だった。距離感を忘れるほどの漂白具合には、この上ないほどの既視感を覚える。

 いつまでもここに居るとなんだか気が狂ってしまいそうだ。


「……き、きましたね」


 俺たちの背後から男の声がした。振り返れば、少し緊張した様子のメガネをかけた男と、その横にはガタイのいい男がそこにいた。

 こいつらが初戦の相手か……。顔はなんどかすれ違ったから覚えがあるが、しっかりと見たのは今回が初めてだ。

 俺はリリアを後ろにおいて、その2人組みに近づくと、メガネのほうのヤツが近づいてきた。

 ちなみに名前が分からないのは、試合上のルールとして、相手の情報を見てはいけない事から、コンタクトに規制がかけられているためである。そのため、最初は相手の属性タイプが分からないのである。


「Aクラスの桂木悠斗だ。よろしくな」

「……し、Cのユースト・ハインです……。こちらこそよろしく」


 俺はその気弱そうな男と握手を交わした。手が震えている辺り、本当に緊張しているようだ。

 さっきまで何の緊張感の欠片も無く、今もそれほど持っていない俺は、彼の表情からどこか、勝てそうだなと思ってしまった。……どんな外見でも中級者であることは変わりない。それなりの実力は持っているってことを忘れてはいけないのに。

 手を放すと、どこからか空間がビリビリと振動するほどに重低音な声が響き渡った。それに一瞬で緊張が走り、背が反り立つ。


『さて、両者、準備はいいか?』

「はい」

「はい」


 ダン学園長の声に俺たちは簡潔に答え、次の言葉を待つ。


『よし。ルールは相手チームのどちらか1名の防護壁プロテクトを破壊した方の勝利とする。くれぐれも、無茶などしないように』

「わかりました」

「了解です」


 同時に返事をする俺とハイン。そして後ろに下がり、距離をとる。

 幅はおよそ100メートル。じり……みたいな音が聞こえてきそうな雰囲気が漂う。俺は自然とリリアの前に立った。


「さて、始めますか」

「ちょっと、もっと緊張感持ったらどうなの?」

「うーん、なんとかなるんじゃなかな。なんかアイツ、正直弱そうだし」

「相手を見くびっちゃ駄目よ。そういう外見だけで物を言う人ってのは、大抵泣きを見る事になるんだから」

「そ、そうか……?」


 なんか経験談のように語るリリア。しかし、あのガタイの男は置いておくとしても、あのメガネ君はどう考えても弱そうに見えるんだよなぁ。それこそ、メガネを取ったら性格が一変するとか、そんなことがないとどうにも───


「さて……行こうか」

「……へ?」


 先に声を発したのは俺ではない、彼だ。先ほどとは声のトーンが違ったので別人のように思えたが、彼を見るとその顔には丸い2つのレンズが───そう、メガネがなかったのだ。

 嘘……だろ?


「ほーら、言わんこっちゃないじゃないのバカ悠斗」

「うっ……す、すみません」


 腕を組んでじと目のリリアに、俺は立つ瀬がなくなって素直に謝った。そのあとの無言の圧力というものは、どんな言葉よりも重いのでやめてもらいたい。……まあ、俺がバカなことしなければいいだけなんだけど。

 俺はそれを皮切りに気を引き締め、相手を見据える。相手も同じように身構え、開始の合図を窺っている様子だ。

 俺は「よし…」と小さく呟き、深呼吸をする。



『それでは、………始め!』



 学園長の一際大きな声に、爆発のように空間が大きく揺れる。それと同時に、俺たちは相手に向かい走り出した。

 まずは相手の属性タイプを把握すること。これは混色マルチである俺たちの最初にすべき戦法だ。相手の属性タイプを知って、それの弱点を突く。


『───ファイアーボール!』


 両手を重ねて固め、その部分から青いサッカーボールほどの火球を3発、ハインに向かって一列に並んで飛んでいく。

 これは一番使うのに慣れた術で、発動には他のものより時間がかからないので先制攻撃にはもってこいといえるだろう。こっちはあのゴーレム倒してんだ。魔法の知識を置いといて、使った経験だけなら大きなアドバンテージを持っているはず。

 俺が魔法を放った後に、相手もやや遅れ気味に同じように手を組み、


『───ファイアーボール!』


 彼の手からは赤い火球が3発放たれた。そしてお互いにお互いを相殺しあい、爆煙がハインの姿を包み込んでしまった。これでは相手の姿がよく見えない。

 俺はさっきまでいた位置までバックステップで戻り、距離をとって様子を窺う事にする。


火属性フレアタイプ、か……」

「アリスと、同じだね」


 そう、これで相手の一人、ハインの属性が分かった。

 でも生憎、俺のところにも火属性のやつは居たもんでね。それも一際凶暴なヤツが。それくらいじゃ怯まないさ。

 黒煙が晴れる時まで待っていると、やがてその中から相手の姿が見えた。足だけ見るに、どうやら仁王立ちするような立ち方である。


「っ!?」


 腹部まで見えるようになった時、俺は戦慄した。ハインのちょうど胸あたりがほんのりと赤く光っている。やがて、先ほどの下級より一回り……いや、二回り大きなメラメラと燃える火球が揺らめいていた。

 背筋が一瞬で冷たくなった。足が、動かない。


(まずい……!)


 俺は立ち尽くしたまま、正面にいるハインから目を離せないでいる。

 気弱そうなメガネ君は、そのチャームポイントを外し、さっきまでの雰囲気とは真反対の鋭い眼光で俺を睨みつけている。


『───Lラージ・ファイアーボール!』


 やがてソレが放たれた。叫び声に呼応するように勢いよくこちらへ向かってくる巨大なファイアーボール。人を簡単に飲み込めそうなほどの火球がものすごい速さで俺へ向けて発射されていた。

 回避───そう思っても、身体は言うことを聞かない。

 ヤバイ。

 このままだと、マジでやばい。


「くそ……っ」


 まるで足にアンクルが付けられているかのようだ。こんな時だってのに、どうして動かないんだ!

 ───もう、駄目だ……。間の前の焼けそうな熱気を感じながら、そう思い始めたそのとき……、


『───アクアショット!』


 目の前で無数の水弾が火球に乱射され、軌道を無理やり変えた。そしてハインの放った火球は、俺の後ろで大きな音を立てて爆発した。


「はぁ……まったく、しっかりしなさいよこのポンコツ!」


 俺が後ろを振り返ると、呆れ顔のリリアが腰に手を当てて睨みつけていた。 


「あ、ありがとうリリア……。ちょっと油断していた」

「ホント、危なっかしいんだから。もう少しでアウトだったのに、そんなのんきなこと言って! 気を引き締めなさいよっ!」

「は、はいっ!」


 バシンッ! と思いっきり背中を叩かれ目の前に星がちらついた気がした。しかし、そのおかげで目が覚めたような気分だ。

 集中集中……。

 俺は再び相手に向き直り、静かに対峙する。


「な、なんだと……? そんな、僕の魔法が……」


 対するハインはリリアに自分の魔法が防がれたことに戸惑いを隠せない様子で、目をパチクリさせていた。

 好機……決めるなら今がチャンスか?

 ……いや、もう一人を忘れてはいけない。俺は視線を隣に向ける。先ほどまでなにも手を出さなかったガタイのいい男は、今の状態の彼に対する攻撃を防ぐ盾であるかのように、一歩前に踏み出した。


「…………」

「へへ……上等じゃねえか」


 じっと黙ってこちらを凝視する相手に、俺は挑発ととり、それに乗った。なんというか、あのまったく変わらない表情を一度でもいいから変えさせてみたい。あとアイツの声とか聞いてみたい。

 俺はうずうずして、リリアにサポートをお願いした。


「リリア、援護できるか?」

「え? ちょ、やめてよ。アンタがやられて困るのはアタシなんだから!」

「でも、アイツを倒さないと勝てないぞ?」

「う……そ、そうだけど。でも、あまりアタシが読みにくい行動は取らないで欲しいんだけど」

「わ、わかった……善処するよ」


 なんだか緊張感のかけらもない会話だったけど、その後が緊張するものだ。

 2体1……数ではこちらのほうが絶対的に有利だ。先にハインのほうをやってしまおうかと考えたが、あの壁はそう簡単に向こう側へいかせてくれなさそうだ。となれば、コイツを倒す!


「行くぜ───!」

「りょーかいっ!」


 同時に敵に向かって走り出すと、相手はそれにどしっと構え、確実に受けの体勢を取る。

 なら、めいっぱい攻めさせてもらうさ!

 俺は自分がイメージできるほとんどのものを引き出し、それを目の前に具現させる。

 まずは火……!


『───ファイアーボール!』


 放たれた青い火球は、3つ───一つは正面に、残りの2つはその両脇に別れ、挟む形で飛んでいく。

 次……水!


「リリア!」

「任せて───『アクアショット』!」


 俺が放った火球の間を、無数の水弾が飛んでいく。

 これを前に、相手は回避もせず、俺たちの攻撃を静かに待ち構えていた。そして、ヤツの右腕が静かに上がり、一言。


『───アースウォール!』


 地から土で出来た壁が隆起し、彼の前に立ちはだかる。俺たちが放った魔法は、その壁にことごとく遮られてしまった。両脇を狙った2つの火球もピンポイントで防がれ、相手に当たる事はなかった。


「くそ……やるじゃねえか」

「これだと、そう簡単に相手に刺さる事はないわね……どうする?」


 リリアは冷静に分析して、俺に作戦を聞いてきた。


「……て、考えるのはリリアの専売特急だろ。俺が考えるよりよっぽど勝率の高いモンができるだろ」

「いいじゃない、もともと攻撃仕掛けるって言ったの悠斗なんだから! それとも……考えなしに突っ込んだ、なんて言わないわよね?」

「うっ……そ、ソンナコトナイデスヨ」

「……なんでカタコトなのよ」


 上手く返され、俺は言葉を失ってしまった。じと目で睨まれて余計にたじろぐ。

 と、そうこうしているうちに相手の壁が崩れ、敵の姿が露わになった。

 作戦……なにか、いい案はないのか? 相手を怯ませる事が出来るような、そんな作戦が……。

 ……駄目だ、ぜんぜん思いつかない。


「……だーーーーーっ! もういいっ! リリア、ごり押しだ。ごり押しで決めるぞ!」

「え、ええ!? ちょっと、何ソレ!?」

「うるさいっ! 思いつかないから何も考えない事にした! こうなったら攻めて攻めて攻めまくるぞ!!」


 もはや頭に血が上り、考えるのが億劫になってしまった。今の俺より、きっとそこらのサルのほうが知能が高いこと請け合いである。

 だが、そんな俺でも相性くらいは考えていた。相手が地属性グランドタイプだってんなら、その土を削ってやろうじゃないの!


「リリアも続けー! 『───アクアショット』!」

「あ、えーと……『───アクアショット』!」


 俺たちが飛ばす無数の水弾を前に、先ほどのように落ち着いた様子で壁を召還した敵。それでも俺たちは止めない。絶対に突破してやるっ!


「オラオラオラオラオラオラーーー!」


 ……若干キャラがおかしくなってきている気がするが、今はそんな事はどうでもいい。とにかく敵を倒したかった。

 2倍増しの水弾を受け、土の壁はだんだんと泥になって流れ落ちていくが、そこからさらに新しい土の壁を生成しているのでまったく突破できそうもない。

 永続的に俺たちは一方的に水弾を発射し続け、さすがに息が上がってくる。相手もこれを待っているのだろうが、止めるわけにはいかない。依然として勢いを弱めずに魔法を出し続けた。

 そのとき、


「くっ……」


 と、壁の向こうで苦悶の声を聞いた気がした。相手もこの壁の永続詠唱にキテいるのか、壁がだんだん脆くなってきているように感じられた。さすがに2人分の魔法を受けきるのには負荷がかかるだろう。

 俺は、これをチャンスと受け取り、リリアに言う。


「リリア、ちょっとこのまま魔法撃っててくれるか?」

「い、いいけど……一体、何するつもり?」

「不意打ち」

「……は?」


 リリアは額に汗を垂らしながら、ポカンとした。だが、俺には確信があった。

 相手のあの「アースウォール」……自分の周囲に壁を作り出す魔法だが、それを発動している途中で、相手はこちらの姿が見えていない。

 それなら、その見えないということを利用して、見えない位置から奇襲をかければいい。

 俺は魔法の詠唱をやめ、次の詠唱に入る。


「いくぜ……」


 相手の壁を睨みつけながら、俺はゆっくりと両手をその上空に向ける。するとその手に仄かな白い光が浮かんだ。

 光系呪文ルミナスペル

 これから放つのはこの間リリアが俺にネチネチ愚痴を吐いていた時にふと思いついたものだ。といっても、『レイ』を少し変えたに過ぎない中級魔術である。それでも威力は保障できるはずだ。

 そして、それと同時に敵の上空に輝く20以上もの灯りが、敵の周囲を囲んだ。


「っ!? おい、上だ!」

「───!?」


 先ほどまで一言も発さなかったハインが声を張り上げて叫び、ガタイのいい男は、それに戸惑いの声を漏らした。それに連れてやや壁が脆くなり崩れだす。しかし回避しようものなら、そのすぐ近くで守っているハインが射程圏内に入る。疲れきった相手にはハインを抱えて回避する事すらできないだろう。どちらにせよ、相手は受けざるをえないのだ。

 俺はこの間寝る前に考えた名前を紡ぐ。


『───ホーリーレイン!』


 叫ぶと、手元にある光が小さな魔方陣に姿を変え、敵の上空にあったそれらも同じものに変わった。そしてそれが攻撃の合図であるかというように、その円から光の柱が地上に降り注がれた。


「……くっ!」


 それは瞬間的に敵を覆い、柱はその範囲を広げていく。

 白い空間に白い光が、背景と同化するほどまでその場を埋め尽くした。


「……やったか?」


 リリアも魔法の詠唱を止め、辺りが静かになる。目の前には真っ白な空間に人二人ほどが埋まりそうなほどの量の土が元の姿のままあった。

 数秒か、沈黙した時間が流れた時、その土の中で何かがもそっと動き出した。


「…………」


 その中からは、ガタイのいい男が姿を現し、土に汚れたままに立ち上がった。

 見るからにその姿は無傷。寡黙なその相手は、黙ったまま俺たちを見ていた。

 ……あの攻撃を、凌いだっていうのか?


「アイツ、まだやられてないみたいよ……」

「くそ……」


 さすがは中級者、といったところか。すっかり勝ちムードだった俺たちは、戸惑いながら構えた。


「いや…お前たちの勝ちだ」


 男はそう言って、両手を挙げた。


「……へ?」

「……え?」


 俺は言葉の意味が上手く理解できなかった。だってその男は見たところ無傷だ。まだまだ戦えるはずだけど、どうしてそんなことを言うのか。

 しかし、その理由はすぐに分かった。


「……おれの防護壁プロテクトが破壊された」


 防壁シールドの展開をしている途中にダメージを受けて、な……。

 そう言って、男は土を掻き分け始めた。

 …………。

 今、理解した。

 そして呆気にとられた。


「と、いうことは……」

「あたしたちの……勝ち?」


『───よって勝者、桂木悠斗、リリア・ステファニー!』


 勝利の余韻も何もないまま、低い学園長の声と同時に、その空間に転移術式ムーヴルーンが現れる。

 俺たちはその術式をぼんやりと眺めた後、最後にハインの方を見た。


「悠斗、いこ」

「あ……うん」


 リリアに促され、俺たちは相手を残してその空間を後にした。



・・・

・・・



「なんだか、呆気なかったよね」


 元の空間に戻って、自分たちの場所にやってきた俺たちは、食堂に行って腹ごしらえをしている。

 注文をとり終え、ウェイターが姿を消した後に、リリアは水を飲んでそう言った。


「そう……だな」


 実際、あの場にいたときはすごく試合をしているって感じだったけど、いざ終わってみると、あまりその実感が湧かない。勝って、もっと喜ばなければいけないのに、なぜかそれが出来ずにこの場まで来ていた。

 今の試合を通して、いろいろ反省する点が見えた。これを改善していけばいいっていうところもあったので、そのところを話し合わなくちゃいけない。でも、なんだかそれもする気になれずにいた。


「ま……確かにけ手強かったんだけどな」

「そうね……ホント、最初は肝を冷やしたわよ」


 リリアは思い出して不機嫌そうに頬杖ついて、俺をにらみつけた。


「悪かったって……それに、負けなかったんだからいいじゃないか」

「良くないわよっ! アタシが防げてなかったら、今頃アンタ消し炭になってたんだからね! 思いっきり他人事じゃないのよ!」


 しまった。思わぬ事を言ってしまった。リリアがバンッとテーブルを強く叩き、それの勢いで立ち上がった。

 相当なお怒りモードだ。何やってんの、俺っ!


「わ、悪かった! ホント悪かったって! この通りっ!」


 俺は両手を合わせ、それを頭上に持っていって頭を下げた。今は、正直これ以外にいい方法が思い浮かばない。

 リリアはテーブルに両手をつけたまま、黙り込んでこちらを睨み続けている。本当に、さっきのは失言だった。本意じゃないんだよ……。


「じゃあ、それが本当の意思であることを証明して」

「……へ?」


 突然、何を言い出したかと思えば。ぶたれる事を覚悟していた俺としては、正直拍子抜けだった。


「いや……俺、今こうして謝ってるんだけど、駄目なのか?」

「ダメ」

「俺にどうしろと……」


 俺は頭上での合掌を解いて目を閉じ、腕組みをして思案する。こういうときに何も思い浮かばないところ、俺の脳はそれほど聡明ではないのだろう。……うう、悔しい限りだ。

 俺が頭の中でそんな内部事情を分析していると、


「言う事……聞きなさいよ」


 そんな、聞き取れないほど小さな声が聞こえてきた。


「え? 今、なんて?」

「だ、だから……っ! アタシの言うこと聞いたら、認めてやってもいいって言ったのよ!」


 俺が聞き返すと、リリアは顔を真っ赤にしてそんな事を言った。

 言う事を聞くって……そんなアリスみたいな事を言うなんて。リリアの中でどんな心境の変化があっというのだろう。コイツならスパッと命令を出すはずなのに、そんな勿体付けるような言い方はらしくない。


「言う事って……なんだ? 俺が出来る範囲なら、やるけど」

「う、うん……」


 リリアは少しまだ顔の赤みが残ったまま、椅子に座りなおして俯き、俺から視線を逸らした。……なんだ、この展開。俺は今からコイツに何を強要されるっていうんだ?

 静かに待っていると、さっきから顔を上げなかったリリアは、なにやら自己解決したのか、「…うん」と小さく頷いて、顔を上げた。


「……このご飯、悠斗が奢りなさい」

「…………へ?」


 言った意味が理解できなかった。リリアは続けて言った。


「今から出てくる昼食は、悠斗の奢り。いいわね?」

「ちょっ!? ここの昼飯をか!?」


 俺は周りで同じように昼食を摂っている生徒たちを見回して、ぞっとした。それもみんな豪華なディッシュを優雅に食べているもんだから余計に、さ。見たところ、異国の料理であり、俺の知らないものなので値段のつけようはないのだが、明らかに高いものだろう。


「……いくらくらいなんだ?」


 俺の質問に、リリアは「んー」と口元に人差し指を当て、考えるそぶりを見せる。


「んーと、アタシが頼んだシュニッツェルはドイツの定番メニューだから、それほど高くないわよ」

「よ、よかったぁ……」


 それを聞いて安心した。俺が偶然持ってきていた財布の中には、欲しいゲームを買う用に五千円が一枚入っていたのだ。逆に言えばそれしかない。我ながら、その僅かな有金でここまでやりくりしてきたのは凄いと思う。でも、ここでは金を払ったことはないんだよなあ。だから、ここで金を払うのは、今回が初めてになるのか。


「あ……どーせだからもうちょっと頼んじゃおっかしら♪」

「待て待て待てっ! そんなことしたら俺の生活が───」

「ふふ……冗談よ。アタシだってそこまで鬼じゃないわ。それに、そこまで入らないし」

「……そのまま奢りも免除してくれればいいのになぁ」

「それはダメ」

「鬼。リリアの鬼」

「……増やすわよ?」

「すいませんでした」


 一悶着終え、リリアはため息を吐いた。どうやらメニューの増加は免れたようだ。奢りは解消されなかったけど。


「で、言う事ってのは、これでいいんだな?」

「ううん。もう一つあるわよ」

「えぇーー……」


 予想外の返答に、俺はうなだれた。卑怯だ。そんないくつも命令するなんて、そんなお嬢様みたいな事───

 ……そこまで考えて、ふとアリスの姿が浮かんだ。


「んでー? お次の命令はなんでしょうかー?」


 俺はすっかりやさぐれて、そっぽを向きながら聞いた。……メシ、遅いなー。


「うん……こ、これで最後だから」

「…………」


 俺は黙って次の言葉を待った。その沈黙は長く、先ほどまでの会話は前座でしかない事をひしひしと俺に伝えてきた。

 俺は視線を戻し、リリアを見て待つ事にした。当のリリアはどこかもじもじとした様子で、ほんのりと頬が赤く染まっていた。


「……え、えっと、このトーナメントに、さ……勝ったら───」


 リリアが途切れ途切れに、そこまで言ったそのとき、


「おーい、悠斗ーー!」


 後ろから聞きなれた声が聞こえた。振り返ると、自分たちの試合が終わったのか、ディールとアリスが2人で食堂に入ってきていた。


「なんだ、ディールか」

「なんだとは随分なご挨拶だな、お前……ともかく、初戦突破おめでとさん」


 ディールは俺の椅子の後ろで止まり、アリスはリリアの横に行って相席してもいいかを聞いた。


「リリア、相席…いいかしら?」

「え……? あ、い、いいわよ、全然!」


 リリアはオーバーリアクションで承諾し、それに続いてディールも俺の隣に座った。

 それにしても、さっきリリアは何を言おうとしたんだろう……? 他人に聞かれたら困る事だからやめたのなら、今聞くのは無粋というものだ。また今度、聞く事にしよう。


「そっちも試合、終わったのか?」

「ああ、無事終了さ。スパッと早く終わったぜ」

「それで、ディールたちは勝ったのか?」


 その質問に、ディールはさも当然といった感じで答えた。



「いんや、負けた」



「……え?」


 一瞬、何を言っているのか耳を疑った。今日は冗談が飛び交う日だから、これも冗談なのだろうか? 今のディールの表情を見ていても、負けたとは思えない普通の表情をしている。それにあんなに試合に興奮していたアリスでさえも、負けたことに悔しさをい見出だしていないし……。


「いや……嘘だろ?」

「本当だって。言ったろ? スパッと終わったって」

「そ、それでどうして、アリスは悔しそうじゃなさそうなんだよ!?」

「うーん、なんていうかね、あんなに簡単にやられると、いっそのこと清清しいというか、やった感じがしないっていうか……よく分かんないのよ」


 二人の表情はどちらも同じようなものだった。そして何事もなかったように、普通に注文をとり始めた。


「ところで、リリア。悠斗にメシ奢らせるのか?」

「え……そ、そうだけど、どうして分かったの?」

「さっき、値段がどうとか言ってたからな、お前ら」


 ディールはそう言って水を口に含んだ。というか、聞かれていたのか。

 そして飲み込んだ後、身を乗り出して再び口を開いた。


「でもな、コイツにそういった罰ゲームは無駄だぜ」

「? どうしてよ」

「それはな……コイツが、『特待生』だからさ」

「それが、なんの関係があるんだ?」

「……悠斗。お前、まだあの本読んでなかったのかよ……」


 ディールは俺に向かって盛大にため息をついた。……いやだって、あんなの読む気しないだろ。

 どうやら本の特待生の項目に、「特待生は原則として食事代は免除される」と書かれているそうだ。だから俺はここで金を払った事がなかったのだという事が分かり、少し納得した。


「ま、そういうわけで、俺がコイツとメシ食う時は全部悠斗のものとして注文してたから、俺はここで初日しか金払ってないんだぜ」

「えー、何ソレずるいじゃないっ!」


 卑怯だー! と喚き、リリアは俺に抗議の声を上げた。……いや、俺に聞かれても困るし。


「ほら、アリスもコイツにタダにしてもらえよ。な?」

「そうね、そうさせてもらうわ」

「…………」


 なんだか上手く利用されているようで気分が悪い。くそう、俺も何かしてやりたい……けど、思いつかない。つくづく俺の頭って……。

 そこで話が途切れたので、俺は先ほどの話題に戻した。


「それでディール、負けたって……」

「ああ、何度も言うけど本当だ。予想外の初戦敗退だよ」

「そんな……相手は、どんなやつだった?」

「うーん、あの時はよく分からなかったんだけどな……確か、相手は2人とも闇属性ダークタイプの技を使ってきたぞ」

闇属性ダークタイプ……」


 闇だけは、俺が唯一魔法の中で遣っていない属性だった。なぜとかそういうのはなく、ただ使いたくなかっただけ。闇って、なんか印象悪いから。


「それも、魔法の発動がかなり速かったわ。私よりも少し速いくらい。でも、一瞬で間合いをつめられるとは思わなかったわね……」

「ああ。あの時は正直びっくりしたぜ」


 ディールとアリスの会話を聞いていて、だんだんと2人が負けたのだという実感が湧いてきた。戦闘においては専ら戦意を露わにするこいつらを、そんなに簡単に倒すなんて、その2人組み、やばすぎる。


「………」

「………」


 ちょうどその時、テーブルに持ってこられた食事を受け取った。

 そしてリリアを見ると、なにやら難しい顔をしていた。今の話を聞いたから、驚いているのだろうか。



 そいつら、一体何者なんだ……?

タイトルのunerwartetは、「予想外」という意味のドイツ語です。

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