ep.21 そんな、事情-Strategie-
朝、リリアのプロレス技で目を覚ました俺は、いつもと違う休日にアタフタしていた。
そこまで練習して、試合に勝ちたいのか……?
やがて練習を終えた俺たちは、1階のロビーへ飲み物を買いに向かう。
そこで出会ったアリスとディール。むこうもどうやら試合のことで頭が一杯のようだ。
俺たちはお互いに、宣戦布告を交わし、試合に備える───。
☆ ☆ ☆
そして数日経ち、またリリアが俺の部屋にやってきた。
翌日に迫った模擬戦に向けて作戦会議を開こう、というものだ。まあ尤もらしいといえば尤もなんだけど。
俺のベッドに腰掛けたリリアは、それっきり黙ってうんうん唸っている。腕を組んで、まさしくそれっぽい。俺はカップにコーヒーを注いで、テーブルの上に置いた。
「ブラックでよかったか?」
「うん~……」
承諾と受け取っていいのか分からない返事を聞いて、俺は自分のコーヒーに口をつけた。ほろ苦い味が口いっぱいに広がり、眠気を覚ましていく。
本来なら、試合本番の前日となれば、最高のコンディションで挑むとかで早く寝るものだが、今夜はそれはできなさそうだ。なぜならコイツがここにいるから。
俺は持っていたティーカップを置いて切り出した。
「んで、作戦って、どんな作戦なんだ?」
リリアは作戦を立てるのが上手なのだ。だから彼女の考えたものならその通りに動いていればある程度上手くことは進むだろう。それにここ数日搾られて俺もなんとか双属魔術のコツを掴んだつもりだ。これなら決して迷惑にならないだろう。
リリアはまだ思いつかないのか、より一層眉間にしわを寄せて深く考え込む。そんなに大変なんだろうか、作戦の立案って。
「そんな中級者全員の対策を練る必要はないんじゃないか? せめて相手を搾ってやってかないとパンクしちまうぞ」
「…ん……そうね。んじゃ、早速搾っちゃいましょ」
俺が提案すると、リリアはそう言って腕組みを解除し、目を開けた。
模擬戦は所謂トーナメント形式で行う。よって負けたらそこで終わりだ。別にそこで終わっても俺は構わなかったが、それは俺の相棒が断固として許さない。
リリアはピッと人差し指を立てて、
「では、対策パス『A&D』を始めます!」
と、ワケのわからないことを言いはじめた。
……えっと、A&D? なんだそれは。新しい化粧会社か?
俺はたまらず、
「……なにそれ」
と聞き返してしまった。
しかし、それを恥ずかしがることなくリリアはむしろ自慢げに、
「『アリス&ディール』対策を考えるのよ!」
と、無駄な省略の訳をしてくれた。はじめからそう言ってくれ、分かりにくいから。
俺が半ば呆れ顔なのをよそに、リリアはカップに口をつけてから本題に入った。俺も気を引き締めて聞く。
「アリスたちをいろいろ調べてみて分かったことがあるの」
「分かったこと?」
「……あの組み合わせ、ちょっと厄介なのよ」
少し困った顔をするリリア。リリアがそういうのなら、きっと相当危険なチームなんだろう。
「どこが、どう厄介なんだ?」
続けて俺が聞くと、少し間を空けたリリアは、簡潔に答えた。
「実はあの2人、両方単色なのよ」
「……シンプル?」
「そう。魔法の属性を1つしか持たない者のことよ。前にも話したけど、単色は他の属性の魔法が使えない代わりに、威力や精度は一級品。それに対して混色なアタシたちは、別の魔法が使える代わりに、魔法の精度は単色のそれに大きく劣るわ。今回、そういった面から考えると、打ち合いになったときに先に陥落するのは間違いなくこちらになるわ」
リリアは早口で、でもハッキリとそうまくし立てた。おかげでどれほど重大なことか分かった気がする。
要するに、相手は最終的にはごり押しがきくわけだ。それをどうやって回避するかが今回の課題であり、打開策となる。
「でも、それならどうすればいいんだ? ごり押しってワケにもいかないんだろ?」
「あたりまえ。そんなことしたら命取りよ。こっちはこっちで利点を活かしきるのよ」
「利点……混色の、か?」
「そう。相手にはない攻撃方法で攻めれば問題ないわ。相手の弱点を狙ったり、トリッキーな攻撃を仕掛けたり……考えることは山積みね」
相手の弱点、か……。火属性単色のアリスは水が弱点。風属性単色のディールは地。簡単に考えればこんなもんだが……。
しかし、行動パターンが読めなかったら対策の打ちようがなくないか? それでもやるっていうんだから、過去の記憶を掘り出すしかないかな。
……。
……………。うん、思ったことは1つだけ。
アリス、怖い。
「それに、向こうは双属魔術のことを知らないわ。これだけでも十分なアドバンテージね」
「そうだな」
俺はあの悪魔のような金髪ツインテールの恐ろしい表情を振り払い、話を聞き始める。
双属魔術。2色の属性を組み合わせることで発生する中級スキル。これがどこまであいつらを怯ませることができるか。
俺としては、あいつらが逆に興奮しそうで怖いんだけど。それこそゴーレムの時に輝いてたからな~。何も手を出さなかった俺とは違って。
「ま……初戦で当たらないことだけ祈って、あとは基本を忘れなければ大丈夫だろ」
「そうだけど……って、それじゃ作戦立てる意味がないじゃないっ!」
しまった。俺が少し眠くなってきたので、早めに切ろうとしたのが仇となった。リリアが頬を膨らませて抗議を始めている……いかん、このままでは簡単には帰ってくれそうにないぞ。
そして予感というものは直感で感じ取ったものほど的中しやすいものである。俺に利益のない場合がほとんどなのが気にかかるが。
「大体───で、………ゆうとは…。……」
「…………ん~……」
「……ちょっと! 聞いてるの悠斗っ!!」
「──────は、はひっ!!」
そうして、俺は眠ることを許されないままに、頭の中に8割リリアの愚痴と、2割ほどの作戦を叩き込まれたのだった……。
気がついたら、日は既に昇り始めていた。
* *
今日は中級者はクラスでの授業は公欠となり、グラウンドに俺たち含む20名が集結した。
リリアのおかげで、俺の体調はすこぶる悪く、今にも倒れてしまいそうなくらい眠い。ったく、リリアのヤツ。何もあんな時間まで俺の部屋に居座る意味があったのか? むしろここ最近で俺の部屋にいるのが普通になりすぎて、もはや俺の部屋がアイツの部屋のような感覚になっている。これはどうにかしないといけないよな。
かくして、今の俺に戦闘意志は皆無であり、もはやこのような試合などどうでもよくなりかけている。誰か俺に喝を入れてくれ……。
「ほ~らっ、しゃっきりする!」
「あだっ!」
いきなり背中を平手打ちした聞きなれた声。毎日のように聞いていれば嫌でも分かるようになる。
後ろにはいつの間にか、リリアが立っていた。
「だらしないわね~。そんなんじゃ勝てないわよっ!」
「……お前、昨日あんなに喋ったのにどうしてそんな元気なんだ……?」
俺は目を擦りながら空に輝く太陽を見上げる。いつもとなんら変わり映えしない青さがそこにあった。
まぁ、トーナメント表を見て、俺たちとディールたちのチームは反対側だったのがせめてもの救いか。まるで決勝まで這い上がって来いとでも言ってるかのようだ。
それまでは少しは楽ができそうだ。といっても相手は同じ中級者。同レベルの集まりに、手抜きは無用だよな。気を抜いてれば足元をすくわれかねない。集中していこう。……とするけど、やはり眠気には勝てないわけで。今の俺、絶不調である。
ちなみに俺たちの試合は2戦目。すぐ始めるので、準備をしなくてはならない。
「んむ~~……」
しかして、俺の身体は思うように動かない。心は起きていても、身体が眠っているんじゃあどうしようもない。
何か、一瞬で目が覚めるようなものってないのか……。
『───Eingelegte Aquarium』
「……ゴボッ!?」
なにか聞こえたかと思ったら、急に目の前に水が現れて、俺の顔面を逆さにした金魚鉢よろしく覆いつくした。
ろくに呼吸もしていなかった俺は、たまらず顔部分だけ溺れてしまう。
「ブクブクブクブクブクブク………」
あ……やばい。呼吸が、できな───。
『───stornieren』
そしてまた唐突に、俺の顔全体を覆っていた水は重力の存在を思い出したかのように勢いよく地面に落ちた。
「───ゲホ、ゲホッ!」
「……目ぇ、覚めた?」
あまりの苦しさにむせ前っていると、すぐ近くでそんな声が聞こえた。
目尻に涙を溜めたまま声のするほうを見ると、腰に手を当てている女の子がいた。茶色い髪がユラユラと風に揺れている。
「……リリア」
「まったく、いい加減に起きなさいよ。次、アタシたちなんだよ」
「お、お前のせいだろがっ!!」
気が遠くなるまで潜水したのは初めてだ。おかげでバッチリ目が覚めた。
もうあんな恐ろしいことは御免被りたいね。できることなら、この先ずっと。水恐怖症にでもなりそうだ。
「なあ、リリア」
俺は目が覚めたついでに、リリアに質問をしていた。
「ん、なに?」
「お前、どうしてこの試合にそこまでこだわるんだ?」
「どうしてって……そりゃ、勝負事には勝ちたいでしょ?」
「いや、そうじゃなくて……」
確かにそれもあるかもしれない。でも、なぜかそれだけじゃないような気がする。
そんな直感が脳裏をよぎったのだ。
「なにか、優勝しなくちゃいけないような理由があるんじゃないのか?」
他の理由で。
俺がそう聞くと、リリアは少し黙ってしまう。その複雑そうな表情から、図星であることは明白だ。
「──────」
数秒間、そうした状況が続き、やがて「試合終了」のホイッスルが鳴り響く。
……試合前に話すことじゃなかったな。
俺は苦笑して、尋問はここまでとばかりにリリアの頭を軽くクシャっと撫でる。
「悪かった」
「……っ!?」
一瞬目を丸くしたリリアにできる限り優しく微笑み、彼女をグラウンドへ促す。
「ほら、次俺たちだぞ。早く行かないと」
「………」
若干放心状態で立ち尽くしていたリリアは、少しして我に返り駆け出す。
そして俺の横に並び、歩調を合わせながらグラウンド中央へ向かう。
その時、数秒こちらを見上げていたかと思ったら、急に俯きがちになって、
「……、………………」
何かを呟いたが、声が小さすぎて俺には残念ながら聞き取れなかった。
タイトルのStrategieは、「作戦」という意味のドイツ語です。
《詠唱》 *いずれもドイツ語です。
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