ep.20 朝の顔合わせ-Kriegszeiten-
夜に俺の部屋に突然押しかけたリリア。目的は試合の練習だそうだ。
新しく双属魔術を学んだ俺は、早速練習スペースで実践することに。
火と地の組み合わせた魔法、『噴火』。発動させた瞬間、その場がたちまち真っ青な空間と化し、即座に打ち切りとなった。
用が済んだリリアを追い出して、俺はベッドの中に入った。
おやすみ、か……。
☆ ☆ ☆
『……ゆうと。 ……悠斗』
「…………ん?」
ふと、俺を呼ぶ声と共に視界が開ける。
そこは何もない空間。真っ白な、どこか霧がかかったような空間。
でも、なんだか懐かしい温かさがあって───。
『朝ごはんができたから、降りてらっしゃい』
近くでそんな声がする。
───母さん?
気づけば、辺りには朝ごはんとは思えないようなくらいにいい匂いが立ち込めていた。
そうだった。
俺の朝って毎日こんな感じだったっけ。朝でもボリューム満点の食事を摂ってからいつも登校して。そして学校の連中とダベって、いつも通りの他愛もない日常を過ごしていたんだった。
懐かしい……。
俺は、こんな日常を忘れてしまっていたのか。俺がこっちに来てしまったから。
───ん?
こっちって、どこだ?
そんな疑問が浮かんだ。そして、ここはどこだ?
いつの間にかご飯のいい匂いも消えていて、いくら待っても俺の母さんらしい声は聞こえなくなっていた。
すると、なにやら遠い場所から声が聞こえた。
『ゆ……と、……ゆうと』
途切れ途切れに、俺を呼ぶ声がした。ただ違うのは、それは母さんのようではなくて、まるっきり少女の声だったこと。
そして次第に、その声が大きくなる。
だんだん近づいてきて…………。
「ゆーうとーーーっ!!」
瞬間、視界が歪んだ。
「ぐはぁっ!?」
そして俺の目覚めにして第一声は、そのような情けない声で一日を迎えた。
痛い、というより、重い。なんだか身体が思うように動かない。
……ハッ!? もしやコレは、金縛り!?
俺の下腹部を重点的に襲う異様な重さ。霞む視界でその部分を見ると、
「おっはよー、悠斗っ♪」
跨ったままにひらひらと手を振って、にこやかに微笑む茶色いポニーテールの女の子。
リリアだ。
彼女は私服姿で俺の上に乗っていた。
「目が覚めた?」
悪びれもせずにそんなことを聞いてくるリリア。大きく透き通った琥珀色の瞳。どうやら本心からの質問のようだ。
「……ああ。そのまままた夢の中にでも逝っちまいそうなくらい強烈な目覚ましだった」
きっとこれなら目覚ましも必要ないのではないだろうか。俺は盛大に溜息をこぼした。
今日は休日。
だから、俺は目覚ましをセットしないで午前の時間を寝て過ごそうと思っていた。
時計の針を見ると午前の9時。まだ寝る時間だ。
しかし、先ほどのアートバープレスのおかげで、俺の目は閉じようにも閉じられなくなってしまったわけだ。
朝からこんな思いするなら目覚ましセットしとけばよかったとひしひしと思った。
「…………ん?」
ピタッと、思考が停止し、起こしかけた身体も止まる。
そしてゆっくりと俺の上に乗っかっているそれを凝視する。
「……な、なに?」
少し顔を赤くして、上目遣いで聞いてくるリリア。
そう───。
どうしてリリアが、俺の部屋にいるんだ?
確か、俺はリリアが部屋に戻るのを見送ってから寝たはずだ。そのはずの彼女が何故、今俺の部屋にいる?
「───お前、なんでここに居るんだ」
俺が聞くと、ほんのり赤かった顔は一瞬で元に戻り、同時に不機嫌そうな顔に変わる。
もの凄い変化だ。仮面を取り替えるにももう少し時間はかかるものだぞ。
「……じゃあアタシも聞くけど、悠斗、どーして寝たの?」
口を尖らせてそう言った。質問に質問で返すのはどうかと思ったが、今のリリアにはそんな理屈は通用しない。
……どうやらちゃんと部屋には戻ったみたいだな。
けどどうして、その後俺の部屋に来ているのかが気になる。というか、寝ているって、どうして知ってるんだ?
「アタシ、昨日言ったよね?」
「……なんて?」
「自分で考えてみなさい」
「……はい」
トーンの低い声に急き立てられ、俺は急いで思考をめぐらす。う~ん、何か言ってたっけ?
「……おやすみ?」
「それより前」
「……アタシは悠斗の───」
「い、行きすぎっ!!」
怒られてしまった。顔を真っ赤にして体重をかけられる。ぐぉぉ、そ、そんなことをすれば……!
「部屋に戻る前よ!」
「も、戻る前……?」
部屋に戻る前───要するに、俺にここを追い出された時か?
あの時何か言ってたっけ……?
『───じゃあ……また……』
ふと、そんな言葉を思い出した。それと同時に、真剣そうなリリアの眼差しもセットで。
不機嫌そうな表情のまま睨みつけるリリアに、俺は堪えながら答えた。
「ま、また……来てもいい?」
「はい、そして悠斗はなんて答えた?」
正解だったのか、スパッと間髪いれずに次の質問に移った。リリアの表情は多少和らいだ気がしたが、口は未だ頑なに噤んでいる。
俺はその時の記憶を一所懸命に辿り、自分が言ったことを思い出した。
「別に……いいけど」
「はい、正解」
そう言ってリリアはやっと俺から降りた。解放された俺は安堵の息を漏らした。
「だから、『また』来たの」
そしてはじけるような笑顔。どこかはにかんでいる様子なのが気にかかるけど、気にしないことにした。
にしたって、なにも朝から来る必要もないだろ。おかげで大事な休日が……。
「あ、それとアタシ、昨日の夜からいたんだよ?」
「───え?」
そんな一言に、俺はまたも固まった。
「あの後、シャワー浴びてからまた悠斗の部屋に行ったんだけど、その時には悠斗ってば、もう寝ちゃってるんだもん」
「いや……お前、どこから入ったんだ?」
「え? 悠斗の部屋のドアだよ?」
「……どうやって入った」
「普通に。カギかかってなかったみたいだったから」
な、なんだって!? 鍵を閉め忘れたのか、俺!? なんてことをしたんだ……。
「………俺の、バカ」
俺は頭を布団の中に埋め、唸った。
きっとその時からこうなることは決まっていたに違いない。過去の俺に戸締りはしっかりしろって伝えたい。
「ほら、朝ごはん作ったから、早くたべよ」
「リリアが作ったのか?」
「他に誰がいるのー?」
キッチンを見ると、既にいくつか皿が並べられていた。
むー、それを見ていたら、なんだかお腹がすいてきたぞ。
俺はのそのそとベッドから起きて、その場へ向かう。
───そういえば、さっきの夢、なんだったんだろう?
衝撃的な一撃のおかげで、俺の夢の内容も一緒に吹っ飛んでしまったらしい。
「───あと、悠斗、寝顔可愛かったよー♪」
立ち上がったのも束の間、俺は涙を流しながらベッドへダイブしたのだった。
* *
「もう、だめだ……」
いいながらベッドに倒れこむ俺。
食事を終えた後、すぐに練習を始めるとリリアは言い出した。
言うことを聞かないので、結局俺が折れることに。
そして練習スペースにて散々しごかれ、今に至る。
「まったく、だらしないなー悠斗は」
そう言って腰に手を当てるリリア。呆れたような視線が注がれているのが分かる。
そうはいっても疲れたものは疲れたのだ。いや、身体は別になんともないんだけど、心がね。こんな状態でまだ元気なのはリリアぐらいだ。ディールだってこうなるに違いない。
「で、でもさ……今回は頑張っただろ? 俺」
「う~ん。まあ昨日よりは進歩した、ぐらいじゃないかしら」
労いの言葉を期待していたが、辛口のコメントが返ってきた。期待した俺がバカだったよ……。
と、俺がリリアを放っておいても、彼女は一向に部屋を出て行く気配がない。
一体、なにが目的なんだろうか……。
しばらくの間、俺はベッドの柔らかさに包まれたまま、その時間を過ごそうと目を閉じる。
「……の、喉渇いちゃった。飲み物買いに行かない?」
唐突に、リリアはそう切り出した。
静か過ぎる空間に耐え切れなくなったのだろうか。
そのままじっとして無視してもよかったが、それではリリアが不憫に思えたので、
「……わかった」
だるそうに上体を起こし、リリアの後に続いた。
部屋を出て、下の階のロビーへ向かう。
そして、魔法界ではあってはいけないもの───自販機のもとへ向かう。
『………あ』
そこで、綺麗に声が重なる。
そう、俺たち『4人』の声が。
そこには、俺たちと同じく飲み物でも買いにきたのか、自販機の前にはアリスとディールが立っていた。
ガコン、と。ジュースの落ちる音が響く。
「おはよ、アリス。調子はどう?」
始めにその静寂を破ったのはリリアだった。
「ええ、まあ……いつも通りよ」
それに対し、アリスは俺を見ながらどこか曖昧な返事をする。
なんか俺に用かな? それとも知らない間に俺は何かやらかしたのか?
俺は、その妙に弱弱しい視線が気になった。
「よ、悠斗」
「おう」
そして男同士で挨拶を交わす。ついでに自販機の前から少し距離を置く。
「朝から練習か? そりゃ熱心なことで」
女子たちに聞こえないように、声を小さくしてディールはからかうように言ってきた。
「それを言うならお前らもじゃないのか?」
「……まぁ、そう言えなくもないけど」
なんだか意味深な表現でお茶を濁すディール。……なにしてたんだろう。微妙に気になる。
「まあ……アレだ。男にも秘密の1つや2つ、あったほうがいいだろ」
「………気持ち悪いぞ、お前」
女子みたいな発言を突然言うので、俺は引き気味+敬遠の眼差しでディールを見た。
いつからこうなってしまったんだ、お前は。
自販機のほうを見ると、リリアとアリスはまだ話を続けているようだった。
「ま、なにはともあれ、お互い頑張ろうなっ」
そう言って、ディールは先ほど買ったであろう炭酸飲料を俺に押し付けた。
「───負けないからな」
「そっちこそ」
缶の冷たい感触を味わいながら、俺たちは互いに宣戦布告をしたのだった。
タイトルのKriegszeitenは、「宣戦布告」という意味のドイツ語です。