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魔法学園にようこそ!  作者: Aerial
Chapter.Ⅲ魔法中級・タッグマッチ編
20/29

ep.19 双属魔術-Fortschritt-

 学園長室で聞いた話は、唐突にも中級者同士での模擬戦を行うことだった。

 しかしそれは2人1組で、必ず誰かと組まなければいけない。

 そんな時、リリアのほうから誘いを受けた。

 その夜、何故かリリアは突然俺の部屋にやってきたのだった───。



     ☆     ☆     ☆



 ドアを閉じて溜息。

 一体、何がどうなっているんだ。まるで状況が飲み込めない。

 そうは言っても、現実を目の前にしてはそうもいってられない。俺は意を決して部屋に向かう。


「……おい、一体こんな時間になんの───」


 俺は自分の部屋の───ベッドの前で立ち止まった。

 いや、これ以上進めなかった。


「わ~、ふかふか~~♪これならぐっすり眠れそう……」


 なぜなら、リリアが俺のベッドの上で寝転がっていたからだ。

 布団の上から。うつ伏せで。辺りに散った埃から、俺のベッドにダイブしたことは明白だった。

 ……何しに来てんだ、一体。

 これがもし愛玩動物の類ならば、きっと犬か猫あたりで、愉快に尻尾を振りまくっているに違いない。

 俺は布団の上で極楽そうに顔を綻ばせているそいつの後頭部を軽くひっぱたいた。


「あたっ」

「何しに来たんだ、お前は」


 俺はややキツめの口調で言った。リリアは乱れた髪を梳かしながら、それに対して反省の色を見せない笑顔で


「練習しにきたの!」


 と言った。……ってちょっと待て、練習?


「練習って、今回の模擬試合のことで?」

「うん、そう」

「今から?」

「うん」


 リリアは俺の質問に必要最小限の言葉で簡潔に返答した。これが英語の授業なら、学習意欲がないとみなされること請け合いである。事実、俺は中学の頃にそうなりかけた記憶がある。

 俺は気だるさを表現すべく溜息を吐く。それでも笑顔を絶やさないリリアには、きっとそれ以上に試したい何かがあるんだろう。

 彼女は目の前の不思議なものが大好きで、色々な実験をしたことがあるらしい。魔法についても詳しく、時々ディールと張り合うように説明してくれる時があったりする。俺とリリアが知り合ったのも、俺が求めずして手に入れた、青い炎の謎が原因である。

 そんなリリアは、何かと計画的な女性だ。

 俺たちと女友達との交流のバランスを上手い具合に調整したり、魔法の使い方では誰より早く的に命中させた。遺跡探索でのゴーレム戦でもその真価を発揮してくれたりと、とても頼りになる女の子ではある。


「……それで、何を練習するんだ?」

「そうね。やらなきゃいけないことは沢山あるんだけど、その中でも、いち早くやってみたいものがあって」

「それは?」


 俺が核心を聞くと、リリアは少し間を置き、人差し指をピッと立てて


「魔術の組み合わせ!」


 そう言った。



     *     *



「組み合わせって……?」


 ベッドの上。そこにちょこんと座った私服姿のリリアと、その前に呆然と立ち尽くす俺。

 時刻は11時を回ったところだ。

 そこで何を言われたかと言われれば、俺は即座に返すことができる。「練習をしに来たらしい」と。

 しかしそれは、俺が予想だにしない練習内容だった。


「そう。別名、『双属魔術デュアルスペル』。2種類の魔法を組み合わせて、別の魔法を作り出す、所謂中級テクニックなの」


 リリアは分かりやすく説明してくれた。魔法の属性タイプが6種類とされているのは、原点に帰ればそこに辿りつくからであると。火、水、地、風、光、闇。これらは大きく分けた中で残った最小限の表現なのだ。

 しかし、世の中にはそれに類するが、そこまで極端なものではないものもあるし、どちらにも類するものだって存在する。それを上手く表現するのが、この双属魔術デュアルスペルである。


「……言いたいことは分かったけど、それはどうすればいいんだ?」

「…え? 悠斗なら簡単じゃない」


 リリアは呆気にとられた顔をした。


「悠斗は全属性オールタイプなんだから、双属魔術デュアルスペルはすぐできちゃうと思うんだけど」

「あ……」


 今の今まで忘れていた。俺、全属性の魔法を使えるんだった。

 リリアが「まさか忘れていた?」とでも言いたげにじーっと見つめてくる。そ、そんなことはないぞ。俺は目線を逸らした。


「ま、やり方っていっても、これもイメージの問題なんだけどね」


 図書室の本に載ってたんだ~、と言って、リリアはのそのそと俺のベッドから降りて、この場に立った。ベッドには、彼女が座っていた後がくっきり残っているので、なんだか生々しい。

 リリアは手を開いて、その面を天井に向ける。


「まず、自分の得意な属性タイプで基盤を安定させる」


 そう言ったリリアの手の平には、重力を全く無視した、透明で球の形をした水の塊が浮遊していた。

 大きさは本当に手の平サイズ。お手ごろである。……関係ないか。


「次に、混ぜる別の属性タイプの魔法をその基盤に与える」


 すると、その上には土が盛られて底のほうに沈んでいく。地属性グランドタイプだ。

 そしてその土が水をみるみる吸収していき、やがてすべて無くなったとき、


『───凍結フリーズ


 そう呪文を詠唱し、そこにある球体の湿った土の塊を凍らせた。

 そして───


「完成っ!!」

「完成かよっ!!」


 その凍った泥団子を高々に掲げるリリアに俺は素早く突っ込みを入れた。

 冗談じゃない、まるでただの子供の遊びにしか見えなかったぞ。


「本当にできてるのか?」

「できてるよ。なんなら食べてみる?」

「いえ、遠慮します」


 ふふ、と小さく笑うリリア。その姿は、砂場で遊ぶ無邪気な女の子のようだった。そのまま強引に「たーんとおたべ」とか言われたら考え物だな。


「まあ、簡単にやればこんな感じ。尤も、こんなわけの分からないモノまで作れちゃうってのが双属魔術デュアルスペルなの。色々試してみるといいかもね」


 今回は、その練習をしたかったの、とリリアはその冷気纏った泥団子を見ながら言った。


「そっか……んじゃ、俺もやってみるか」

「あ、その前に」


 俺がその場で早速練習に取り掛かろうとすると、それをリリアが止めた。


「ん、どうしたんだ?」

「その、コレ……捨てたいんだけど……」


 そう言って握られているそれを見ながら困った顔をするリリア。

 そういえばそうだな……。


「んじゃあ練習スペースにでも行くか」

「うんっ」


 リリアは最初からそれが目的でした、みたいな笑顔で返事をした。

 そうして、髪を束ねることなくだらしなく垂らした茶髪を引き連れ、俺たちは転移術式ムーヴルーンに足を置いた。



・・・

・・・



 相変わらずの純白の世界。ここはいつまでもこんな感じなのだろうと、俺は思った。

 まさに驚きの白さ。現界あっちの洗剤なんて目でもないくらい眩しい。

 そんな何もない空間に、俺たちは静かに立っていた。


「さて、悠斗、やってみて」


 リリアは着くなり泥団子を捨ててからそう言った。言われなくても分かってるさ。

 しかし、俺はかなりの優柔不断なのか、そこで以前と同じ事態に陥った。


「……何と何でやればいいと思う?」


 俺は気がつけば、そんなことを言っていた。

 リリアは「それはアナタのうれしい悩みよね~」とじと目でいいながら、う~むと唸り始めた。


「とりあえず、悠斗って何か得意な属性タイプってある?」

「……いや、特には」

「んじゃあ、よく使う属性は?」


 よく使う属性。そんなの決まりきっている。


火属性呪文フレアスペル、かな」


 俺はそう言って自然と指先に青い炎を乗せる。

 リリアには嫌というほど継続詠唱され、遺跡での帰りでも火の番としてずっと使う機会の多かった属性だ。コレがよく使わないわけがない。もはや慣れたくらいである。


「そうね、慣れたのならまずはそれを基盤にしてやるべきね。それじゃ、次に組み合わせたい属性を決めるんだけど……めんどくさいからアタシが言っちゃうね」

「ああ、そうしてくれると助かるよ」


 俺はこの性格をなんとかしなくちゃな、と反省しながらリリアに頼んだ。


「じゃ、アタシと同じで、地属性呪文グランドスペルで」

「了解」


 炎と地……。何か関係するものはあるか……? 俺は腕を組んで考える。そうしながらも、時間はどんどん過ぎていく。

 そこで思い至った最終決論は、


「───噴火、か?」


 俺は自然とその光景を想像していた。山の頂上から爆発にもとれるほどの煙を吐き出し、そこから飛び交ういくつもの火山岩の姿。火山口から流れてくる赤黒い溶岩。

 もはや、それしか思いつかなかった。


「リリア、一応思いついたんだけど……リリア?」

「………………」


 俺は近くでぼーっとしているリリアに話しかける。なんだか上の空みたいに、目は虚空をさまよっている。

 近寄ってみても全く反応しない。心ここに在らずの状態だ。


「おーい、リリア?」

「………………」


 さっきの学校でのディールよろしく、俺はリリアの目の前で手を振って見せた。

 すると、数秒間効果無しに思えたものの、少ししたら我に返ったように


「ひゃっ!?」


 と、小さく可愛らしい叫び声をあげて飛びのいた。

 その表情は、どこかほんのり赤く火照っているように見えた。


「リリア、一応双属魔術デュアルスペルのイメージができたんだけど」

「え? あ、そ、そう。じゃあ、さっそく実践しましょ!」


 なんだか素っ気ないようだが、まあ気にすることはないか。

 俺はさっそくやってみることにする。


 火山……火山か。どうやってやろう? さっきみたいに手の平じゃコレは出来そうにないぞ。地面を上手く利用するしかなさそうだ。

 俺は目を閉じ、少しでもイメージしやすくなるようにする。そこに地属性呪文グランドスペルの力を借りて、地面の感覚をシンクロさせる。すると、俺の位置とリリアの位置が一瞬で理解ができた。……コレは便利だな。

 そこで、俺たちがいない場所へと溜め込んだ火属性呪文フレアスペルを流し込む。後はコレを爆発するくらい膨張させて、地面を割ればOK、かな?


 俺はその一点に集中的に炎を溜め込む。漏れそうになる部分を、上手く地面を使って押さえ、ある程度まで溜める。……これ、結構魔力が必要のようだな。なんだか疲れてきた。

 やがて、そろそろ限界とばかりに地面が大きく膨らみ、震え始めた。……よし、いくぞ。


『───噴火イラプション!』


 俺の掛け声に呼応するように真っ白の地面からは大量の煙と炎、岩石が飛び出してきた……って青い! この炎やっぱり青いっ!!

 色だけ、俺のイメージと違ったのだ。

 その不気味な青い溶岩は、溜めすぎたためにみるみるこちらまで流れてきている。なんだか呪いの館にでも入った気分だ。


「おわ、危なっ!!」


 真上からは無数の岩石が降り注ぐ。いつかの崩落がフィードバックしてくるようだ。

 俺はそれを奇跡的に避けると、そのリアルさに背筋がぞっとした。

 本物。

 分かっちゃいるけど、それは確かに本物だった。


「マズいっ、逃げるぞ、リリア!」

「わわわ…っ」


 その光景を目の前にして俺は反射的に後ろを振り返り、一直線に走り出した。その途中でアタフタしているリリアの手を掴み、俺は心の中で「終了」と信号を出した。

 俺が引き起こしたミスに、早くも練習は打ち切りとなった。まあ、成功といえば、成功かな?

 もう少しコントロールできるようになりたい……。

 そうして、俺たちは来て間もなくこの青く燃え盛る海と化した練習スペースから退散したのだった。



・・・

・・・



 気がつけば、そこは俺の部屋だった。

 暖色系の壁の色やランプの灯りに、俺は心が安らぐ思いだった。

 ……結局、練習スペースに入って10分足らずで出て来てしまった。振り返っても、そこには術式は存在しない。1日1回30分がこれの使用条件なのだ。よって出て来てしまえばその日はもう使えない。


「……悠斗は少し、魔力のコントロールの練習をしたほうがいいかも」


 横を見ると、リリアは少し顔をしかめて抗議の声を漏らしていた。


「悪かったよ。これから、少しずつ慣れていくから」


 実際、あの時は火山をイメージしすぎて、膨大な量の魔力を注ぎ込んでしまった。今度からは小爆発程度のイメージにしよう。それにしても、あの色、なんとかならないかな……。

 そしてなにより、その双属魔術デュアルスペルのおかげで俺はへとへとだった。


「しかし、リリアって地属性魔法グランドスペルも使えたんだな」


 俺は今まで知らなかった一面を知ったので驚いていた。2つの属性を持っている人もいるんだな。


「これはあくまでサブタイプ。表示では見えないけれど、自分の中では理解している人も少なくないんじゃない?」

「へえ……じゃあ、みんなも双属魔術コレを使えるのか?」

「そうでもないわ。どれかの属性タイプ単色の人も勿論いるわ。その代わり、単色の人の場合、術の威力や質は一品モノなの」


 つまり、誰しもこういったことができるわけではないと。その代わりに自分の持ち味を十分磨けるわけだ。

 リリアはベッドに腰掛けて、長い髪を両手で払った。


「ふう……それにしても、アレ、すごかったわね~」

「はは……、少し失敗しちまったけどな」


 アレ、とは練習スペースでの気違いキチガイな噴火のことだろう。なんだか忘れ去りたい過去ランキングにランクインしそうになっている。

実際にここであんなことをしていたら、今頃どうなっていたことやら。……考えたくもない。


「頑張りなさいよー。今回は悠斗に優勝が懸かっているといっても過言ではないわ!」

「いやそれ過言だろ確実に」


 俺より才能のあるヤツなんかごまんといるっての。アリスとかアリスとか……。

 それより───、


「リリア、お前、もう用は済んだんだろ?」

「ん? うん、済んだけど」


 リリアは急な話の変わりようにややキョトンとした様子で小首をかしげている。

 俺はそれを見て立ち上がった。



「なら──────」



     *     *



「……ねえ、本当に帰らなくちゃいけない?」

「ダメだ」


 俺は今、玄関前でリリアを見送っている。

 教師の見回りにでも引っかからないうちに、早く戻したほうがいいだろうと思い、俺は強引にリリアを俺の部屋から追い出した。

 ……というのは表向きの理由だ。


「うぅ……悠斗のいじわる」

「そんなこと言っても、絶対に覆らないからな」

「ちぇ……」


 涙目で抗議してきたが、そこは確固たる意思で防御した。涙は女の武器である。そんなことは百も承知だ。


「それに教師にでも見つかったら大変だろ。補導されないうちに早く戻れよ」

「それはそうだけど……」


 なんだか妙に居座るな。なにか他に事情でもあるのか?

 すると、今まで俯いていたリリアは、少し力強く顔を上げて俺の顔を見上げた。


「じゃあ……また、来てもいい?」

「は……?」

「だから、また来てもいいかって聞いてるのっ」


 真剣そうだったので、どんな話をするのかと思えば……そんなことか。


「……別に、いいけど」


 リリアは俺の返事を聞くと、急にパアっと元気になって


「うんっ! じゃ、また来るねー」

「おう、おやすみ」


 俺はパタパタと帰っていくリリアの後ろ姿を見送りながら、不思議な感覚に襲われていた。

 おやすみ、か……久しぶりにそんなこと言ったな。

 なんだか最近は夜も一人でいることが多くて、めったに顔を合わせないから、あまり気にしていなかった。

 なんだかんだ言って、俺はだんだんと魔法世界こっちでも生活に慣れてきているんだって。そのことが、何故か寂しく思えた。

 別にホームシックとかそういうものじゃないと思いたいけど、そう思えば思うほど、家族の顔や、友達の顔とかを見たくなってくる。


「…………」


 常浜とこはま学園。

 本来、俺が通うべき場所。

 今はこっちとは隔離されて、俺の現界あっちでの時間は止まっている。言ってみればこっちは仮想の世界のようなものだ。

 いつか、俺もここを離れて……。


「……やめた」


 溜息をついたのを合図に考えるのを止め、俺はドアを閉める。

 いつかはそうなるのだろうけど、それは今考えることじゃない。

 きっと大丈夫だ。そう信じて、今は魔法世界こっちでの生活を存分に過ごすことにした。

 シャワーを浴び、寝巻きに着替えたら部屋のランプを消し、布団に潜る。

 布団からは、仄かにいつもと違う匂いがした。


「……おやすみ」


 天井に声を投げかけ、目を閉じる。

 すると、いい具合に眠気が襲ってきた。

 俺はその眠気に身を任せ、静かにまどろみの中に落ちていった……。






 このとき、俺は少しばかり後悔した。


 部屋のドアの鍵を、閉め忘れたことに───。





タイトルのFortschrittは、「進歩」という意味のドイツ語です。

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