ep.01 魔法学園に入学!?-Procédures-
俺が消しゴムの代わりに机の裏側から引っ張り出したのは、埃のかぶった古臭いハードカバーだった。
一言、本の内容を口にした瞬間、いきなり本が光りだした。
光に包まれてやってきた場所は、未来的な、どこか現代とかけ離れたイメージのする場所だった。
やっぱり、ここは俺の部屋じゃない……。
───一体、どうなってんだ…?
☆ ☆ ☆
「………」
数分か、数時間かずっとぼーっとしてたような、時間の流れを感じさせない構造。無機質極まりないこの空間。
いや、やっぱこんなの夢だって。俺は早く安心したくて、自分の頬を思いっきりつねる。……痛い。
どうやら当分は覚めさせてくれないらしい。それなら仕方がないと、俺はとりあえず辺りを見回してみる。すると、右側の壁の一部がへこんだ場所、ちょうど人一人が入るのにいいくらいのカウンターのような空間に、青いスーツを着た女性が座っているのが見えた。
「外国…人?」
金色の髪を首辺りで切りそろえてある落ちついた様子の、大人の女性。彼女は静かに、目を閉じてその場に座っていた。
とりあえず、話を聞きに行こう。ここはどこーとか、あなたは誰ーとかね。俺がその女性の方に向かうと、彼女はすっと目を開けてこちらを見た。ブルーの瞳。その無表情で無駄のない動きは、人形やロボットのような感じがした。そして彼女の存在が、どこかここの景色にマッチしていた。
「……ゴクッ」
俺は女性の前に立って、1つ深呼吸。続いて唾を飲み込んで一言。
「は、はろー…?」
外人でも、英語なら少なからず通じるはずだ。ただ多少カタコトだったのが心残りであるが。
するとその外人さんは、少し間を空けて俺を見上げて感情を込められていない返事をした。
「Привет.」
あ……、あれー? 何語だ? 何語なんだ!? 頭の中で今の言葉に該当する英単語を猛スピードで探す。落ち着け、落ち着け……!
きっと今の俺は脳と一緒に目も回しているに違いない。それくらいに周りが見えなくなってきた。
「Пожалуйста, читайте здесь.」
女性は俺の焦った様子を察したのか、またなにかを言ってからテーブルをコンッコンッ、と指で叩いた。その指を目で追うと、そこには、いくつもの言語が書いてあって、もちろん日本語もあった。
『こちらのコンタクトとイヤホンを着用してから、お話ください。』
「…イヤホン?」
俺が意味が分からず腕を組むと、女性が足元からからすっとコンタクトとイヤホンの乗ったボードを取り出してくれた。貰っていいのかな?
「さ、サンキュー」
礼を一つ返して、たどたどしくそれを手に取る。そしてまず、俺はコンタクトを取り付けた。
別にメガネを掛けてたり、学校ではコンタクトとかすることがないくらいに目がいいので、こんなことは初体験だ。少なからず心躍る体験である。
「……ん? なんだ?」
なんだか変な感じだ。カラーコンタクトなのか、取り付けると、視界が青に塗り潰された。
多少怪しいなと思いながらも、もう一つの片方だけしかないイヤホンをつける。これは、白をベースにした本体に、赤と青のラインが縦に入った、コードレスでもなければワイヤレスでもない、耳につけるアクセサリーに近い感覚のものだった。
「んん…!? み、耳が……っ!」
ザザー、とノイズが奔っている。なんだか深夜に放送終了したテレビ局の放送でもイヤホン越しに聴いている気分だ。なんだこれ、壊れてるのか?
やがて音は次第に小さくなっていき、消えた。
「───ただいま、言語調整を行っておりました。しばらくすると、視界も元に戻るでしょう」
「ああ、そうですか…って、ええ?」
会話が、通じた!? 通じたよ!! えと、たしか今言語調整って……これだけでこんなスゲーことしてくれるんだ! 俺は感心しながら右耳に取り付けたイヤホンを撫でる。いやお前すごいよホント。
で、このコンタクトは、一体何の役に…? と思った次の瞬間、ふっと視界を邪魔していた青が消え去り、元に戻った。といっても、見える景色はさっきと同じで、青っぽいことには変わりないんだけど。
「これには、どんな効果が?」
俺は女性に向き直る。だがそれだけですぐに分かった。女性の頭上に、名前や国籍…たくさんの詳細が表示されてる…。どうやらこの人はロシア人らしい。ということは、さっきまで聞こえていたのはロシア語だったのか。うーむ、どうりで聞き覚えのない言葉だらけなわけだ。
「ええ、つまり、そういうことです。桂木悠斗様」
目の前の女性にも……いや、ルーシーさんにも俺の色々な情報が見えているのだろう。一通りこの道具の説明が済んだようなので、話が通じるうちに俺はそろそろ本題に移させてもらうことにした。
「ええっと、ここは、どこなんですか?」
ルーシーさんは事務口調で淡々と「はい」と頷いて、一度も噛むことさえなく簡潔に俺に伝えた。
「ここは魔法学園、『レクスティア学園』でございます」
そう、言った。
「魔法…学園…?」
俺はまた、しばらくの間その場に立ち尽くしていた。
* *
それから、俺はルーシーさんによるここ、レクスティア学園のことについての話を聞いていた。
・こちら側の世界の世界で一つしかない学園であり、その歴史は何十年も受け継がれている、由緒正しき学園であること
・この世界に存在する魔宝石をあらゆるものに変換して、学園の運営に役立てていること
・ここは、特殊な魔防壁に包まれており、学園に通うもの意外は実際にこの学園を見つけることは不可能。つまり外界から完全に見つかることのない特殊な存在であるということ
この3つを聞かされた。なんだか胡散臭い話だけど、本当のことなんだろうか?
……まあそんなこと置いといても、俺はこれから早く家に帰らなければならないわけで。
「で、ここから帰る方法ってないんですか? 俺、明日学園の入学式があって」
俺がルーシーさんに聞くと、用意されていた返答であるかのように素早く言葉を返した。
「いえ、あなたは既に、学園の入学手続きは済ませてあります」
え? もう終わってるの? 学園にも通ってないのにそんなことができるのか。よくわかんないけど、ここってすごいんだな。
……あれ? でもこっちって、俺たちが住んでいる世界とは別なはずじゃ───。
「ここ、レクスティア学園の」
───え?
「あなたはここに来た今この瞬間から、ここの学園生として正式に認可されました。ようこそ、レクスティア学園に」
感情の篭らない声に、少し嬉しそうに微笑んだルーシーさん。対して俺は口をだらしなく開けたまま、その場に立ち尽くしていた。
そして、この時になって、俺はようやく気づいた。
──────俺、もしかして、帰れない?
そんな、嫌な汗が噴出した瞬間だった。
タイトルのProcéduresは、手続き、という意味です。フランス語です。