ep.17 背中を追いかけて-Epilogue-
アリスから聞いた親父の話は、俺には余るほどの驚きを与えた。
正直、あの放浪癖の真相を知って戸惑った。
なぜそんな話を俺に話したのかは分からないけど、嬉しかったな。
そして俺が火の番を代わって、アリスは間もなく眠りに着いた。
ホント、疲れたな───。
そうして学園に戻る俺たち。
俺、これからどうしようか……。
☆ ☆ ☆
学園に着いた。
帰った時間は既に夕刻。学園はもう終わって、みんな寮に戻っている時間帯だ。
歩きつかれてくたくたな俺たちは、重い足を引きずるようにして学園長室へ向かった。
そこには、いつものように学園長が座っていた。
「ただいま戻りました」
「おかえり、諸君」
優しげな笑顔に迎えられて、少し疲れが和らいだ気がした。
薄暗い室内で、俺たちは静かに報告をする。
「遺跡は、どうだったかね?」
「地表にはそれらしきものは見当たらなかったので、地面を調べたところ、地下へ続く階段を発見しました」
「ほう……それで、中は?」
「灯り一つなく、真っ暗な冷え切った空間でした。奥へ進むと、大きく開けた広い空間があるだけでした」
質問にはディールが答えた。すらすら応答しているところを見て、俺は少し感心する。
……俺だと、要らん事まで話してしまいそうだし。
「そうか。…そこには、お宝はあったかね?」
その質問は、俺も来るとは思っていた。もともと、コレがあったおかげでわざわざ行く羽目になったのだから、おそらくあることは知っているんだろう。
ディールはどう応えるのか、俺は見守った。
少し沈黙して、ディールはゆっくり口を開いた。
「…いえ、残念ながら見つけるまでは至りませんでした」
「え───?」
リリアが戸惑ったのをディールは横目で見て、言葉を紡ぐ。
「途中で地震に巻き込まれて、地下は全て砂に埋もれてしまったんです」
「なんと───! 大丈夫だったかい!?」
驚いた学園長は俺たちの安否を確認した。
ところどころ汚れの目立つ俺たちをゆっくり見回し、やはりというかなんというか、俺で止まった。
「桂木くん、君はみんなより随分怪我をしているように見えるが……?」
「あ…えっと、か、階段で踏み外して、転がり落ちてしまって……」
あはは…と、乾いた笑いをあげ、なんとか誤魔化した。……誤魔化せたのか?
さすがに岩に下敷きにされて全身打撲です、なんて言えないよな。
それ以外は問題ないようだと判断した学園長は「ふむ…」と言って距離を戻す。
「みんな、疲れたろう。今日はゆっくり休むといい。依頼書には、『完遂』と書いておくよ。よくやったね、君たち」
「あ、ありがとうございます!」
労いの言葉に、リリアは明るい声で返事した。それに満足そうに頷く学園長。
しかし、肝心のことを俺はまだ聞いていない。
「あの…、学園長」
「ん? なにかな?」
書類を手に持ち、俺を振り返る学園長。俺はすこし慌てながらも、用件を話した。
「その……今回の依頼主って、誰なんですか?」
俺の質問に、学園長は少し表情を曇らせる。
「それがね……名前が無かったんだ。君たちが昇格した直後に届いた依頼でね…私もビックリしたよ」
「依頼主の名前が、ない?」
「そうなんだ。ほら」
そういって依頼書を見せる。
「……ホント。名前、書いてない」
「私も、これをやらせるのはどうか迷ったんだがね……依頼は依頼だからと」
そこには、本来書かれているはずの場所に名前が書かれていなかった。
これじゃあ手がかりも何もないな……。
「分かりました。手間をかけてすいませんでした」
「それでは、学園長。失礼します」
俺たちはそうして学園長室を後にした。
* *
───寮にて。
久しぶりに自分の部屋に入るなり、ベッドにダイブした俺はいままで溜めた疲れを全て吐き出すが如く溜息を吐いた。
「はぁ~~~~……」
疲れた。メチャクチャ疲れた。そこかしこがズキズキする。
これは結構長引きそうだな……。
俺はゴロンと寝返りをうち、天井を見上げる。
「…………」
いろいろあったよな……。
暑さでぶっ倒れたり、地下でアリスに叩かれたり踏まれたり、岩に下敷き喰らったり───……。
「……いいこと、何もないじゃないか……」
苦笑する。
そして右手を天井に突き出し、俺はそれをじっと見つめた。
親父───。
アリスの話を聞いてから、ずっと考えていたこと。
まだ、魔法世界に居るのだろうか? それとも、もう帰ったのか?
……いや、まだこっちに居る確立のほうが高いな。俺は直感でそう判断した。
俺は、アンタを見つけたい。
見つけたいけど、どうしたらいいのか分からない。
今どこに居るのか、会ってどうするのか、何もまとまっていない。
こんなんじゃ、どんな顔して会ったらいいか分からないや。
「まぁ、いいか」
その時がくれば、いずれ……、な。
一人納得して、俺は目を閉じた。
* *
……
………………
授業が終了し、俺は軽く伸びをする。その度に軋む体がホント悩ましい。
無事学園に戻ってきて、俺たちも普通に授業に参加している。中級者になっても、授業内容は変わらないんだな。
「さて……と」
教材を鞄に詰め、帰宅の準備をする。
隣にいるディールは疲労が溜まったのか、今日は爆睡している。リリアはそれを見て何かを取り出していた。
俺はこれからどうしようか……。
「ん───?」
ふと廊下を見ると、いつもと変わらない様子でアリスが歩いていた。けど少し早足で。
俺はその姿を目で追った。……なんだか気になるな。
「あれ? どこ行くの、悠斗?」
俺が席を立つと、当然のようにリリアが聞いてきた。
「───ちょっと、トイレ」
そう軽く嘘を吐いて、俺はアリスの後を追った。
「ここって……」
アリスが向かった先は、学園の裏庭の草原だった。
俺がそこに着いた頃、アリスはそこに腰を下ろして体育座りをしていた。右側から吹く風に、金色の髪がさらさらと揺れる。
アリスはそれに構うことなく、ただじっと目の先の芝生を見つめていた。
俺はゆっくり歩いて、彼女の元へ向かった。
「なにしてるんだ?」
俺の登場にさしてビックリする様子を見せないアリス。もしかして、ばれてた?
俺を見上げたアリスは、ふっと小さく微笑んだ。
「いいトコでしょ、ここ」
そうしていつかのように視線を戻す。俺はその横に立て膝の状態で座った。
少し強いくらいの風が吹きぬけ、芝生はそよそよと揺れる。それが、草原全体に波の模様を作った。
俺はその風景をぼんやり眺める。
「ああ。涼しくて、気持ちがいいトコだな」
「ええ……」
アリスは手で風を除けて、横髪を後ろにやった。
その長い髪が俺の顔をくすぐる。
「ここは、アタシが初めて義父さんと散歩したところなの」
「そうだったな」
「あの時の義父さん、すごかったのよ? こう、ササーって飛んできて、私に向かって放たれた魔法を背中で防ぐんだもの」
そう言ってアリスは嬉しそうに手で激しいジェスチャーを交えて教えてくれる。
……その手の動きでは、もの凄く早く感じられるんだけど。親父、何者だアンタ。
「そっか。親父、すげえじゃん」
そうして俺はさっきアリスが見つめていた場所が、その場所なんだと思った。
「でも、あの時の悠斗も……同じくらいカッコよかった」
「そうか。俺もすげー……、って、え!?」
脈絡なく、アリスにさらりとそのようなことを言われて、俺は耳を疑った。
アリスも自分の言ったことが理解できたらしく、「…あ」と言って顔を急激に赤くした。
「アリス……今、なんて?」
「あ、ぅ…、えっと……こ、これは、その───!」
目をパチクリさせる俺の質問に、みるみる顔を紅潮させていく。これ以上ないくらいに真っ赤だ。
多分、俺も結構な具合で赤いかもしれない。顔が熱いのが自分でも分かる。
「な…なんでもないわよっ、バカ!!」
プイッと顔を背け、俺の視線から逃れるアリス。なんだか、今回の依頼を通して、アリスが俺たちに心を開いてくれた気がした。
ま、あいつらはいつもオープンなんだけどな。
数分かそうしていて、やがてアリスはまだ顔の赤みが戻らないまま、おずおずと顔を元に戻した。その表情にはまだ恥ずかしさが残っている。
俺は一息ついて、足を投げ出して座り込み、ゆっくり話しかけた。
「…アリス」
「……な、なに?」
緊張しているのか、声が少しどもっている。俺は構わず続けた。
「俺さ、こっちで、親父を探そうと思うんだ」
「え……?」
俺は空を見上げながら独り言のように言った。
それにさっきまでの表情とは一変して、キョトンとするアリス。
「親父は、まだこっちにいると思うんだ。だから、俺はこっちで親父を見つける。……さすがに何年も会ってないからな。久しぶりに、と思って」
「…………」
アリスは『何を言ってるんだ』みたいなポカーンとした顔で俺を見ていたが、やがて少し口調を強めて頷いた。
「わ、私も、義父さんに会いたいっ! 会って、ちゃんとお礼しなくちゃいけないから!」
お礼、というのは、おそらくここでの一件の事だろう。助けてくれたお礼。些細な事、と思うけれど、彼女の中では大きな問題なのだろう。
「そうだな。見つかるといいな」
「ええ、見つけるわよ、絶対にっ!」
そう言ってアリスはとびきりの笑みを浮かべた。
それはとても綺麗で、ひまわりのような眩しい笑顔だった。
「……っ」
先ほどのアリスから告白紛いの言葉を聞いたためか、そのことを意識してしまって俺は言葉に詰まった。
そ、そりゃアリスだって、お嬢様ってことを抜きにしても、すごい綺麗で、かわいいし……。
───って、何考えてんだ俺! 自惚れんなっ!! バカ!
……そんな俺の心の葛藤など露知らず、微妙な顔をしているであろう俺を見て、アリスは『?』とばかりに小首をかしげた。 くそぅ、かわいいじゃねえか畜生。
逃げ出したい気持ちが募り、立ち上がろうとしたその時、
「あーー、いたーっ! 何してんのまったく!」
背後から大きな声が聞こえた。
振り返ると、少し離れた場所にリリアとディールが立っていた。
「お前ら……」
リリアは俺たちのところまでズンズンとやってきて、手を腰に当て、怒りを露わにした。
「随分遅いから探してみれば、校舎にはいないしグラウンドにもいないし。そしたらこんな見つけにくい場所に何故か来ているし!」
「わ、悪かったよ……ヘンな嘘ついて」
「嘘?」
状況を把握しきれないアリスは、それについて聞いた。
「そうよ~。悠斗のヤツ、トイレとか言ってわざわざこんな場所まで来たんだから!」
「トイレ……」
「ねぇ悠斗? 随分長いトイレみたいだったけど、大丈夫だったのかしら? ん?」
リリアの黒い笑顔に、俺は悪寒を感じた。
俺はその見透かされたような目の前に、ただただ屈するしかなかった。
「ま、まあな。はは、はは……」
「そぉ~。それは、な に よ り ねっ!!」
言うなり、思いっきり鞄で頭を叩かれた。教材で膨らんだ分厚い鞄は、俺を気絶させかねない威力で襲ってきた。
「ぐはっ! ……うぅ、容赦ねぇ」
「まったく……ホラ、帰るわよ」
リリアは肩を怒らせながら踵を返し、寮に向かって歩き出した。それにアリスもやや駆け足で続いた。
なんか、こんなの前にもあったな……。あの時はアリスが怒ってたけど。
「いてて……」
俺はぶつけられた後頭部をさすりながら立ち上がり、ふらふらと歩き出す。
「悠斗」
「ん?」
顔を上げると、ディールは鞄を俺に投げた。
「ホレよ」
「おっとと……」
のっしりとした俺の鞄を両手で受け止め、ディールと並ぶ。
「ん? ……ディール、顔」
「顔? 俺の顔がどうしたんだ」
「いや……なんでもない」
俺は苦笑いを浮かべ、言葉を濁した。
そのディールの顔にはヒゲやらナルトやら、あらゆる部分をマジックで落書きがされていた。……おそらくリリアだな。まったく、古典的過ぎるだろう
ディールは顔に手を当てるも、そんなことで分かるはずもなく、不満そうにした。
俺は鞄を肩に担ぐようにして歩き出した。
少しして、ディールがまだ眠気の消えないのんびりした声で話しかけていた。
「俺は寝ていたから詳しいことは知らないんだが、お前って、罪作りなヤツだよな」
「なんだよ、トイレなんてヘンな嘘ついたのは謝ったじゃないか」
「……そうじゃないんだけど、……はぁ。日本人ってのはみんなこんな感じなのかねぇ」
「……は?」
肩をすくめたディールの言葉が、いまいち理解できないまま、俺たちは門に向かった。
門の前では、リリアとアリスが俺たちを待っていてくれていた。
俺とディールは少し足を速めて、寮へつづく道を急いだ。
追い風を背中に受けながら。俺たちは門をくぐった。
続く、この世界の果てまで。
探し続ける。
ずっと、ずっと。
見つけ出してやる。
必ず───。
タイトルのEpilogueはそのままの意味ですね。
なんだかワケが分からない終わり方になってしまいましたね。すいません。
これで第2章終了です。次章を御期待ください。