ep.16 知らされた真実-Opposite-
夢から目覚めると、俺はオアシスにいた。
寝床の管理をしているアリスが言うには、ディールが背負ってきてくれたという。
でも、なぜ俺は生きているんだ……?
剣が、助けてくれた───? それとも……
そして、いつもと雰囲気が違うアリスは、懐かしむように出会った頃の話をする。
俺の親父を、知っている───?
☆ ☆ ☆
「───え?」
言葉が見つからない。何といって返せばいいのか分からない。
そのくらい突然な告白だった。
アリスは、驚く俺の顔を見て「知らなかったでしょ」と小さく微笑んだ。
「な、なんで……俺の親父の───父さんのことを?」
やっとの思いで搾り出した言葉は、動揺を隠し切れない情けない声だった。
アリスはそれに鼻で笑って答えた。
「昔ね、お父様から悠斗のお父さんの話を聞いたの」
そう言って、深く息を吐く。俺は、アリスがこれから話す内容を、聞き逃さないようにしっかり耳を傾けた。
◆ ◆
アリスの父、フェリオは、過去に「レクスティア学園」の学園長を務めたことのある人物であった。
ほんの10年ほど前、現役で学園に勤めていた彼は、突然の編入を申し込まれて驚いた。
その編入生こそ、悠斗の父親───桂木明憲であった。
程よく跳ねた茶色の髪の毛に、ジーパンにTシャツと長袖の上着を羽織ったカジュアルな服装で、その男は現れた。
その顔立ちは、既に高校を卒業した身であることを証明するかのように引き締まっており、どこか幼さの抜けない顔だった。
それ以前に、フェリオが驚いたのは彼が日本人であること。この学園は、本来アジア方面に伝えられた世界ではない。それなのに、なぜ日本人がきたのか、それだけが気がかりだった。
そののち、明憲はこの世界についてを知り、学園に編入することができたが、彼には魔法を扱う才能が全くなかったという。それも、魔法が明憲自身を拒むかのように。
その姿を見たクラスの生徒は、「やはり日本人だ」「無能者」と口々に彼を卑しい目で見た。突然の日本人の編入で沸いていた学園中も、彼のことを気にも留めなくなり、既に空気のような存在であったという。
それを見かねたフェリオは、明憲を学園長室に呼んだ。明憲は礼儀正しく部屋に入り、言葉を待った。
『君は、今のこの状況に不満を抱いているか?』
その質問に、明憲は表情を表に出さないように努めて答えた。
『はい、すごく不満です。俺だけ魔法が使えないなんていうのはおかしい。おかげでクラスでも変人扱いだ』
聞こえた言葉は、フェリオの頭を痛くした。どうしてこうなってしまったのか、彼には理解できなかった。それは、目の前に立っている明憲の姿を見るだけで、答えはどんどん分からなくなっていった。
しかし、その次に口を開いた明憲の言葉は、努めて明るかった。
『でも俺、絶対に諦めません。絶対に魔法を出せるようになって、みんなよりすごい魔法使えるようになって、学園中のみんなを驚かせてやりますよ!』
ニカッと笑う彼の目は、まだ諦めていないことを示すように、炎が宿っていた。フェリオは、その炎が消えないよう、祈ることしかできなかった。が、ひとつ教訓を教わった気分だった。
教師たるものが生徒から教訓を得るなど、如何なものかと、一人ごちりながら、出て行くその大きな背中を見送った。
それからというもの、明憲は教室で一人、魔法の練習に励んでいた。黄ばんだ紙に描かれた術式の上に、自分の術式を懸命に書き連ねるだけの練習。といっても、彼は適性検査で自分の属性がなにかさえ判明されなかった。それにより明憲の属性は『無属性』と称された。
何者にも属さない彼は、まさしくイレギュラーだった。そんな彼は、炎を出すことも水を流すことも、まして風を吹かすことさえ許されなかった。
それでも彼は諦めず、その小さくて大きな野望を達するべく、毎日生徒が帰った後に、残って術式を描き続けた。
そしてある日、フェリオはまだ10歳にも満たない自身の娘、アリシアとこの地に訪れた。
まだこの世界のこともろくに理解できない年代であった無邪気な彼女は、その2つに結んだ金色の髪を健康的に揺らしながら、好奇心旺盛に辺りを走り回った。フェリオはその踊るように走るアリシアの姿を、微笑を絶やさずゆっくりついていった。
やがて事務を行わないとならない時間がやってきた。困ったフェリオは、申し訳ないと思いながらも明憲に彼女の子守を任せた。彼は快く承諾し、応接室で子守を始めた。
そこでもやはり明憲は魔法の練習をして、アリシアはそれを眺めていた。何度描いても発現しない事態に、明憲は毎度の事ながら項垂れた。
それを見かねたアリシアは、明憲と同じことをやって見せたところ、その紙の上に火の玉が発現した。ゆらゆらと揺れるその赤い炎は、今まで明憲が出そうと強く望んでいたものでもあったため、強くショックを受けた。
コツを聞いても、彼女は「?」と首を傾げるだけ。埒が明かないと思った明憲は、自分も、と士気を高めて全く同じ術式を描くが、結果は全く違った。
少しして、飽きたとアリシアが言い出したので、手をつないで応接室を出た。フェリオに了承を得ようと思ったのだが、丁度会議で不在であったため、仕方なく黙って学園の周りを散歩することにした。
穏やかに並んで歩く2人。丁度、裏庭のほうに風通しの良い広場を見つけたので、そこで休憩をしようと、明憲はその芝生の上に腰をおろした。アリシアは両手を広げ、飛行機のような動きで広場の真ん中辺りを走り回っている。
彼はそれを暖かく見つめ、わが子の姿と重ねていた。
その時、突然遠くから、2弾火球が飛んでくるのが見えた。それはアリシアめがけて軌道を描き、迷うことなく的を射ろうとする。
『危ないっ!!』
咄嗟に叫び、明憲はその場から全速でアリシアの元まで駆け寄り、背中を楯にして彼女を庇った。
瞬間、彼の背中に連続で火球がぶつかり、明憲は無力にも転がった。
───そして、その出来事を引き金に、彼は魔法に目覚めたのだった。
衣類にかかった炎はたちまち消え、次々に飛んでくる火球は、突如として現れた鉄の壁によって遮られた。
この場は危ないと判断した明憲は、彼女をおぶさって学園長室へ走って逃げた。
やがて部屋に着くと、血相を変えたフェリオがいた。アリシアの無事を確認した彼は、安堵の息を漏らし、娘を連れまわした明憲を咎めようとした。が───、
奇襲によるダメージと、精神の疲労のためか、明憲は学園長室のドアの前で気を失い、その場に倒れ伏してしまうのだった。
彼が目覚めた時、最初に目に飛び込んできたのは、豪華な天井だった。西洋のレースを思わせるものが四方についているベッドから身を起こし、周囲を見渡した彼は、学園でないことにすぐ気がついた。
そこへ心配そうなアリシアと、難しい顔をしたフェリオが先のドアからやってきた。そこで、ここはフェリオの邸宅であると理解した。
フェリオはまず明憲に謝罪し、娘を護ってくれたことに深く礼を言った。そんな学園長の姿を見た明憲はいたたまれなくなり、顔を上げさせた。すると、次に見たフェリオの表情は、父親としてのものではなく、学園に携わるものとしての厳格な表情へと変わっていた。フェリオは、明憲の魔法について、静かに語り始めた。
明憲の属性は、文字通り『無属性』であった。しかし、その「無」には、2つの意味が隠されていたことが分かったという。
一つ、明憲の周囲に放たれた自分以外の魔法は、彼の力によって「無効化」される。
一つ、指定した場所に、属性を持たないもの───すなわち「無機物」を生み出すことが可能である。
明憲は意味が分からないというように固まっていたが、言葉を理解した瞬間、自分はおかしくなったのだと思った。
欠格者から破綻者への昇華。確かに能力を得た明憲は、喜ぶべきのものが素直に喜べずに涙を流した。もう戻れなくなってしまった後悔にか、自分への不甲斐無さにか。
それから数日が経過し、彼は自身の力を最大限に引き出すためにフェリオの自宅にある多目的空間で練習を始めた。そこは、現界と学園の空間が混ざり合う不思議な空間で、そこでは現界であっても、魔法が使用できるということらしい。
明憲は、練習相手となるアリシアの炎を、目の前でことごとく消してみせる。その姿に、アリシアはきらきらと目を輝かせた。
そんなアリシアの姿を愛しいと思った明憲は、手の上に純銀でできたハート型のネックレスを作り出し、彼女の首に掛けてやった。
『丁度、アリシアくらいの歳の子供が───『悠斗』っていうんだけどさ、俺にもいるんだよ。なんでもやればできる、俺の自慢の息子さ。』
幼いアリシアは、不思議そうにそれを掲げて眺め、そして感謝の証に明憲に抱きついた。それを柔らかく受け止めた明憲は、この感触に淡い懐古の感情を抱いていた。
フェリオにこのことを伝えた明憲は、特別に1度、現界に戻る権利を得た。そこでもうこっちの世界に干渉しないもよし、再び会い見え、その特異な力を武器にするもよし。すべては自身に委ねられた。
彼は静かな決意を固め、すぐにこの空間から出て、自分のいるべき場所───家族のいる場所へと帰ったのだった。
それから数日間、学園では明憲の姿は見えなかった。現界で時間を過ごしている分、こちらでの時間は流れっぱなしなのである。フェリオは、束の間の休息の時間をコーヒーを飲みながら過ごしていた。
そしてある日、フェリオは学園側で明憲がやってきたという情報をキャッチした。そして程なくして、本人は学園長室に訪れたのだ。
『俺、やることができました。だから、こっちの世界中を巡って、旅を始めます』
そう言って、彼はこの学園を去り、魔法世界を旅する流浪者となったのだ。
今もその件についてはなんの音沙汰もなく、この世界にいるのか、はたまた現界に戻っているのか、あるいは───。その現状は、誰にも分からない……。
◆ ◆
「───これが、私の知っているアンタのお父さん───明憲義父さんよ」
「………………」
アリスは溜まった何かを全て吐き出すように、大きく溜息を吐いた。その顔はどこかすがすがしい顔をしていた。
父さんは、放浪癖があると思っていたら、こんな場所に来ていたのか……。
俺はますます動揺を隠せなくなってしまった。頭が回らず、うまくまとめられない。
「……といっても、コレ全部、お父様から聞いたお話なんだけどね」
あのころは小さかったから、よく覚えてなかったのよ、と付け足し、「でも───」とまた口を開く。
「コレは全部本当の話よ。アンタなら、理解できるでしょ?」
「……あ、ああ」
「しっかし、親子そろって特異なヤツだなんて。しかも真逆になるなんて」
「……ああ」
そのことについては、俺もビックリしていた。『全属性』と『無属性』───以前、ディールが言っていた『他の前代未聞』という存在。それが父さんだったなんて……。
そう思うと、俺はなんだかヘンな親近感に襲われ、思わず笑いがこぼれた。
「……もういいだろ。火の番、交代するよ」
「え? いや、でも───」
「話は終わっただろ?もういいから、ゆっくり休めよ」
そう言って、俺は震える左手で、自身から呼び起こした青い炎を手のひらに乗せた。アリスはその青い炎を見て目を見開いた。
「ええ!? 青い炎? なにソレ、ワケ分かんない」
「俺もわかんないよ。 ま、こんなモノのおかげで、友達が1人増えたんだけどな」
「……リリアね」
「ああ。いつ実験台にされるか冷や冷やしてんだ、こっちは」
「ふふ、なっちゃえばいいのに、いっそのこと」
「わ、笑えない冗談はよせよ……」
アリスは、俺に初めて本当の笑顔を見せてくれた。それは今までの彼女のどれよりもかわいらしくて、見とれてしまうほどだった。
……って、な…なに考えてんだ、俺!
「い、いいからっ、もう寝ちまえよ。後は俺がやるから」
「……本当に大丈夫なんでしょうね?」
「───ぁぁ、心配するな……」
「その小さな返事が、妙に心配」
アリスはイタズラっぽい笑みで、じーっと俺を見つめてくる。俺は恥ずかしくて、顔をオアシスに固定することで、難を逃れた。
「大丈夫だから。ほら寝ろ! さ、おやすみっ!!」
「ふふっ。分かったわ。……おやすみ」
そう言ってパッと赤い灯りが消え、あたりは青白く光りだした。
温度は変わらないのに、何故か冷え込んだ気がした。
そうしてアリスは、自分が座っていた場所で横になり、すぐにスースーと寝息を立て始めた。……まったく、無防備なヤツ。
「おやすみ。アリス」
俺は既に眠っている彼女に静かに囁くように言って、残された俺は、オアシスに映る星の斑点を眺め始めた。
……まだ、頭が混乱している。今夜は、考えることが多そうだ。
俺はさざなみの音をBGMに、自分のこと、父さんのことについて、考え始めた。
そうして得た答えは、なによりも自嘲したくなることだった。
───俺のことについて、なんも解決してないじゃん。
タイトルのOppositeは、『真逆』という意味の英語です。
これでなんとかおおかた2章は片付きます。次回は予告のような形になると思うので、短くなるかと思われます。ご了承ください。