ep.15 懐古-La cara del padre-
ゴーレムとの死闘を終え、見事勝利した俺たち。(主にディールとリリア)
くたくたになりながらも、お宝はしっかり手に入れた。
しかし、遺跡を出ようとした途端、急に地震が俺たちを襲う!
その時、落石に巻き込まれそうになっていたアリスを、俺は一瞬の判断で助けようと跳んだ。
その代わりに、俺が巻き込まれることに……。
───俺、どうなっちまったんだろう……。
☆ ☆ ☆
……
………
…………
───あの落石からアリスを護るためには、ああするしかなかったんだ。
……あれから、アリスは助かったのだろうか?
視界は真っ暗。周りの音さえなにも聞こえない。ここは、どこだろう? その真っ暗な空間の中で、俺はただ歩き続けた。足音さえ反響しないこの世界は、どこか不気味だった。光がどこにも存在しないかのように暗くてなにも見えない。
ただ、ただ、歩き続ける。と───。
(───ん?)
俺は、1人の後ろ姿を見つけた、気がした。大きな背中に、茶髪の男性の姿を。その姿は、確かに見覚えがあった。
「ちょっ、待って!!」
俺は懸命に叫ぶが、声になっているのか分からない。今、俺は走っているのだろうか? 足さえ自分でろくに確認できない。その後ろ姿は、次第に遠のいていき……、
『───大丈夫だ、悠斗…。大丈夫………』
彼が発したと思われるその言葉は、姿が遠のくにしたがって語末が弱くなる。でも、その声は、いつか聞いた、懐かしい……、
そう思うと、急に意識が浮上しだした。
(なんだ───!?)
俺はその真っ暗な世界から逃げるように瞼を開く。ぼやけた視界は、やがてもとに戻った。
「あ…………」
そこには、満天の星空が広がっていた───。数えることは叶わないほどに瞬くそれは、久しぶりに見たためか、とても綺麗だった。そしてだんだんと感覚が戻ってきて、俺は寒気を感じた。夜だ。
「ここ…は……」
俺は力なく呟き、状況を整理する。と、そのすぐそばから、
「起きた?」
そんな声がした。
「え───」
俺はそちらを向こうとして首を捻ると、
「───いででででで!」
首を始めに、全身を激痛が襲った。声の主は苦しみ悶えている俺を一瞥して、溜息を吐いた。
「無理しないほうがいいわ。アンタ、全身打撲してるから」
ふわり、と細い金色の髪がなびく。目だけ動かすと、そこには手の平からゆらゆらと炎を出しているアリスの姿があった。
「ようやく目が覚めたのね。…もう死んでしまったかと思ったわ」
前を向きながら、アリスは淡々と言った。しかし、その態度に刺々しい雰囲気はなくて、いつもより柔らかい感じがした。
「勝手に人を殺すなよな……」
俺はあからさまな溜息を吐いて抗議した。
「ところで、ここは……?」
俺は周囲を目で確認するけど、アリスのほかには星しか見えなかった。じゃり、と後頭部に砂の感覚があることを感じて、仰向けになって寝ていたんだとそう認識する。
「昼に来たオアシスよ」
「…2人は?」
「そこで寝ているわ」
アリスはそう呟くと、はぁ、と短く息を吐いた。
「ここまで彼が背負ってきてくれたのよ。感謝なさい」
見ることはできないが、アリスの少し離れた位置から、かすかにディールのいびきが聞こえてきた。
「かー…、ぐぉー…」
「……ディールが?」
「そうよ」
俺はそれを知り、状況を確認した。
俺たちは今、夜のオアシスにいるようだ。遺跡を後にしたのがおそらく昼下がりで、オアシスまで来るので日が暮れてしまったのだろう。だが、砂漠での夜は、とてつもなく温度が低くなる。だから、そういった場所で一夜を明かすのは死ぬほど危険だ。そこで、アリスは火系呪文で周囲を温めていてくれているようだ。いつからそうしていたのだろう……。だが、それももうピークが近いに違いない。
「大丈夫か?」
アリスは俺の問いかけに、自分は視線を水面に投げたまま返した。……うわ、まつ毛長いな。
「ええ…。こんなこと、造作もないわ」
かすかに息切れをしているあたり、無理をしているのだろう。
「俺が代わるよ」
「…いい。アンタにはこれ以上、無理はさせられないわ」
「でも───」
「いいのよ。アンタは、私を助けてくれた恩人みたいなもんだから」
「そ、そっか……」
言うことをきかなそうなので渋々引き下がる。そして俺はハッとして、
「そういえば、怪我はなかったか?」
少し早口で言った。
「ないわ。掠り傷程度で済んだんだから、安いもんよ」
アリスは、少し息を含んだ言い方をした。とにかく、それだけで済んでよかった……。俺は、助けられたんだ。俺はほっと胸をなでおろした。
「よっと……、いてて」
俺はゆっくり、ぎしぎしと軋む身体を起こした。…やっぱり痛い。
「あんた、何してんのよ!怪我してるってさっき言ったばかりじゃない!」
「……俺もオアシスが見たかったんだよ」
「ば、馬鹿じゃないの…」
「はは、そうかもな」
ワケのわからないことを言い訳にして、俺もオアシスを見つめる。月の光に照らされた水面は、幻想的に無数の光の粒を映している。……これなら見とれるのも分かるな。実際、俺も見とれていたし。
しばらく無言で時間が経ち、徐々にアリスの気力を奪っていく。俺はその姿が心配で仕方がなかった。
「…………」
やっぱり俺が、と言おうとしたその時、先にアリスのほうからおずおずと口を開いた。
「その…、あの時、助けてくれて、……ありがと」
囁くような声だったが、俺にはしっかり聞こえた。聞こえたから、俺は耳を疑った。
「うをっ……!」
き、急に背筋に寒気が……!
「お、お前に礼を言われる日が来るなんてな……」
と、若干冗談めかして言ってみる。でも、あながち冗談でもなかったり。アリスは俺の言葉に反応して、ムッとした。
「わ、悪かったわね!」
少し声のトーンを上げて、鋭い視線を向けられる。だが諦めたのか、再びオアシスに視線を投げて、アリスは話を続けた。
「あの時、私をアンタが助けてくれてなかったら、きっと私は今、ここに居なかっただろうって思って」
「大げさだよ、そんなの」
実際、俺は助かってるんだしな。でもまあ、あの状況でよく生きていられたなんて、不思議といえば不思議だけど。
「そんなことないわ。それに正確には、アンタが私の代わりに岩に襲われていなければ、ね」
「え───」
俺は言葉を心の中で復唱する。俺が代わりになっていなければ……って?
「どういうことなんだ?」
俺はアリスの顔を見ないで聞いた。その内容は、不思議なものだった。
「アンタが私を突き飛ばしてすぐに、その場所───アンタの上から、大きな岩が落ちてきたわ」
そこまでは俺も覚えている。でも、そこから先はまったくだ。
「それに下敷きになったのを見て、私は間違いなくアンタは死んだと思ったわ。……でも、アンタは死んでいなかったのよ」
「……どういうことだ?」
アリスはやや目を伏せて続ける。
「岩に駆け寄ったらね…、いきなり岩が砕けたの」
は───? 砕ける?
「普通じゃありえないわ。…でもホントよ。こう、岩の中央がパキッと割れて、ばらばらに崩れた岩の中からアンタの姿を見つけたわ。
アンタはなぜか気を失ったまま右手を上に突き出していて……。その右手には、───剣が握られていたの」
「剣……?」
俺はそうして右手を見るが、やはりというかなんというか、その手には剣など握られていなかった。ただ、その手首には宝石の埋め込まれたブレスレッドがあるだけ。
まさか……、
「黄金の剣だった。でもすぐに、それは用事を済ませたように光って、その右手首に戻っていき、手はぱたりと地に落ちたわ」
「…………」
アリスの言葉はまだ続く。
「初めに貰ったその武器は、原則として上級にならないと扱うことはできないのよ。なのに、何故かまだ中級者のアンタは使えた……。おかしな話ね」
アリスは、自身の左手の薬指にはめられた、真紅の指輪を見つめながら、感情を表に出さないように呟いた。
俺が、この剣を使った……? 俺が意識を失っている時に、そんなことがあったなんて。でも、上級者にならないと扱えないのに、どうして使えたんだろう? ……ともかく、そのおかげで俺は今、こうして生かされているんだな。コイツに感謝しないと。ありがとうな。
俺は腕がまだ動かないので、心の中でティリオスに礼を言った。
「その時のアンタの姿が、私には何故か───」
「ん───?」
その言葉を遮るように、突然少し強い風が吹いた。
「あ……」
その風に、アリスの炎は脆くも消えてしまった。辺りが途端に暗くなり、寒さが急激に増す。
「うおおぉぉ、さ、寒っ!……いだだだだ!!」
俺は寒さで身を縮めると、打撲による痛みが俺を襲った。これ、岩に挟まれた時に負ったんだよな……。
すぐにアリスは炎を出して、一息つく。
「…ふぅ」
俺はその横顔を見て、アリスは魔力がほとんど尽きかけているのだと確信した。相当無理してるんじゃないか?
「やっぱ俺が交代するって」
「腕もろくに上がらないアンタに、一体何ができるのっていうのよ」
「うぐ……」
じと目で睨まれ、俺は視線を逸らした。それを言われると弱いけど、それでも引き下がるわけにはいかない。
「でも…!」
「こほんっ……」
アリスは咳払いをして俺の言葉を遮った。そしてアリスが口を開く。
「……あと1つ、話をしたら交代してもらうわ。それまで待ちなさい」
「話?」
そうよ、とアリスはまたオアシスを見た。その横顔は、どこか懐かしむような…、それでいて、憂いを含んだ寂しそうな顔だった。
「あの時───アタシに初めてあった日のこと、覚えてる?」
「あの日……?」
初めてあった日って、あの廊下での出来事か?いきなり襲われたからな。あの時のことは鮮明に覚えている。
「……ああ、覚えているぞ。バッチリな」
「そう…」
アリスは、普段見せることのない自嘲的で、懐かしむような顔で言った。
「私ね、実は魔法学園に来る以前から、アンタのことを知っていたのよ」
「え───!?」
その言葉に、俺の心臓は跳ねた。な、なんで知っているんだ!? 俺、アリスとは面識なかったはずだぞ。で、でもそうでなきゃ、あの時急に俺に攻撃してくるわけないよな。
『……じゃあ、アンタが、あの……』
あの時の、未だに引っかかっていた言葉が、不意に頭の中をよぎる。
「私がまだ小さかった頃、聞かされたのよ」
「…なにを」
「…………」
俺の問いには答えず、黙って目を細めるアリス。俺は静かに、彼女の話に耳を傾けた。
アリスが次に紡いだ言葉は、俺が今までに予想だにしなかったものだった。
「私はね、小さい頃に……会ったことがあるの」
「アンタの───桂木悠斗の、お父さんに」
タイトルのLa cara del padreは、『父の面影』という意味のスペイン語です。