ep.14 経験値0のボス戦!-Rockfall-
長い長い地下廊を歩き続けた先には、大きく開けた空間があった。
そこの壁から風が吹いていることに気づいたディールは、早速中級魔法で壁を破壊した。
なんとそこには、俺のイメージしたとおりの宝の山が隠されていた!
しかし、それに応じるように突如現れた遺跡の守護者・ゴーレム。
俺たちは、コイツと戦うことになってしまった!
───大丈夫かな……?
☆ ☆ ☆
最初に、標的を散らすために俺たちは散開する。距離が一定くらいになったところで、相手からの攻撃だ。
───ブオン!
砂の巨兵がその堅牢な左腕をゆらりと振りかざす。その標的は……、
「───俺かよ!?」
完全に予想外だ! いや、誰かが犠牲になっていいわけじゃないけど! 俺は大慌てでその場から立ち去り、その攻撃を回避する。ドーンという衝撃の後、俺のいた場所はぽっかりと穴が空いていた。
……1度でも喰らったら、生きて帰れないかも……!
俺が面食らっているうちにも、アリスは即座に攻撃に身を転じていた。その右手は、既に紅く染まっていた。
『───ファイアボール!』
その手を横に薙ぐと、現れた無数の火球がすごい速さで襲い掛かる───! 正面にいくつもヒットし、砂塵を撒きながらゴーレムはよろめく。その隙に俺は何とか体制を立て直す。
「ふー…。危なかった」
早速冷や汗かいたぞ。俺は額を拭う。
「大丈夫か、悠斗!?」
遠くからディールが俺の安否を確認する。
「ああ、大丈夫だ!」
それに大きな声で返事する。
「それと、サンキュ。アリス」
遠くでこちらを睨んでいるその人にも声を掛ける。アリスは、じとー、とした目で睨んで、
「……集中しなさいよ」
とだけ言った。……と言ってもな~。これ、所謂初めての戦闘なワケで。それもいきなりボス戦。
勝ち目、あるのか? ───いかんいかん。弱気になっちゃ駄目だよな。集中集中!
「────────────」
ゆっくりとこちらを振り向き、赤い眼光を俺に固定するゴーレム。ってか、また俺かよ! といっても、いつまでも回避できるわけじゃない。
まったく、こんなことになるんなら本気のケンカの一つでもしておけばよかった……。
「ふう……。さて、と」
二ターン目。そう思うだけで、なんだか幾分か緊張がほぐれていった。
「今度は、俺の番だっての───!」
俺はすかさず両手を前に突き出し、その照準を石の塊に向ける。アリスほど手馴れちゃいないけど、俺は火系呪文の詠唱を開始する。
『───ファイアボール!』
ドンッドン、と俺は手からサッカーボールほどの青い火球を3発連射する。一つは身体の中心へ。残りは顔面へ。俺の攻撃をまともに喰らい、またも行動を思うようにできないゴーレム。これはなかなかいい感じなんじゃないのか?
「よっしゃ! 追加攻撃だ!」
そう言ってディールが敵の真正面に走っていく。
「……て、お前そこで何するつもりだよ!」
ディールが立ち止まったのはまさに正面。股下だ。結構な大きさのあるゴーレムの真下に、ぽつんと立っている。
「こーするんだよ」
ニヤリと微笑みながらそう言って、ディールは姿勢を低くした。するとディールの足部分に次第に光が灯りだした。
「───跳べぇ!」
その掛け声とともに足から風がジェットのように吹き出し、ディールは大きく跳躍した。あっという間にゴーレムの顔面に到達した。
「やっほ~♪」
ディールは余裕ぶって空中で愉快にそいつに手なぞを振っている。俺は半ば呆れたが、感心もしていた。攻撃以外で、そういった魔法の使い方もあったんだな……。
「いくぜぇ……」
そう呟いてゴーレムの顔に乗り、両手を顔部分の焦げた箇所に当てる。
『───インパクト!』
バコン、と衝撃がゴーレムを襲い、ぐらりと大きく揺れる。その間にディールは身軽に俺の前に着地した。
「どうだっ」
ふん、と鼻を鳴らしている当たり、今の攻撃には自信があったってことだろう。戦闘慣れしてるな、既に。俺なんか、さっきの魔法使っただけで心臓バクバクなのに……。
だが、俺以上に狼狽しているやつがいた。
リリアだ。俺はリリアのほうを見てみると、さっき散開した地点から一歩も動いていなかった。
「あわわ…、どうしようどうしよう、みんな戦ってるよ……」
身体を縮めて、小さくなってオロオロしている。
(心配だ……)
リリアのやつ、この前アリスが俺たちにケンカ吹っかけてきた時も固まってたからな。きっと、どうしやらいいかわからないんだろう。作戦の立案は得意なくせに。これじゃ生かされないじゃないか。……ま、無理もないけど。
ここでいきなりゴーレムとの戦闘が始まって、既に戦うことができているなんて、そいつはもの凄い適応力のあるヤツだ。実際、ディールも頭の切り替えは早かった。ま、俺も中途半端に戦えているわけだけど。ただ、アリスは異常なまでに戦闘慣れしているように見えるのは何故だろう?。未だに身体を覆う火花は消えないまま、その動きは衰えることなく、まるで踊るように戦っている。端から見れば、戦闘狂に見えて正直怖い。でも、いまはこの上ないほど頼りになる仲間だ。
俺は最初に、このままじゃ使い物にならないリリアの目を覚ますことから始めることにした。俺は素早くリリアに駆け寄る。
「リリア!」
ビク!と肩を驚かせてこちらを向いたリリアは、若干涙目だった。
「ゆ、悠斗~! どうしよう、あ、あたし、混乱してる……」
どうやら自覚はあるようだ。
「落ち着け。深呼吸だ」
「う、うん……というか、そこまで落ち着いてるなんて、悠斗すごいね……」
落ち着いてなんかいないぞ、全然。
スーハーと少し早いテンポで深呼吸を繰り返す。
「…ふぅ、なんとか落ち着いたかも」
「そりゃなにより」
向こうではアリスとディールが敵の気を引いてくれている。どうにかしてリリアを戦闘に加えなければ最悪、勝てない。単純に考えて、砂には水が効くだろうと判断した。俺は早速話を切り出した。
「リリア、戦えるか?」
「た、戦うって、……アレと?」
リリアは目でゴーレムを指す。俺は頷く。すると、リリアは動揺を隠し切れないようだった。
「え……やだ、怖いよ、危ないよ!」
そりゃそうだろうな。これが戦闘経験を積んでいない人の普通の対応だ。俺だって怖い。あんなのに殴られたら、きっと腕の1本や2本、簡単に吹っ飛ぶだろう。ペシャンコだってありえる。
それでも、生き残るには戦うしかない。俺はこの場で戦うことを再決断した。
「そっか。ま、無理はしないようにするからさ。リリアはそこで待ってて」
そう言って、俺は身を翻し、この場から立ち去ろうとする。すると、
「え……、ちょ、ちょっと待って!」
ガシッと、後ろの袖をリリアに掴まれた。
「危ないよ…。あ、アタシも、行くから」
そうは言っても、その手はひどく震えていて、リリアの顔には戦うっていう意思表示がされていなかった。俺は向き直って、ゆっくりと話す。
「行くって言っても、リリアは戦えるのか?」
「そ、それは……」
もじもじとして、俯くリリア。俺は困って頭を掻いた。
「あのさ、俺たちは元々、遺跡の調査ってことでここまで来たんだ。だから、逃げるっていう手もないわけじゃない」
実際、逃げ切れないってほどじゃないしな。
「でもそれは、調査を投げ出して依頼をキャンセルするようなもんだと俺は思うんだ」
この戦闘も調査に含めて。きっと、依頼主はこうなることが分かってて依頼を寄越したんだろう。じゃなきゃ、ここまでピンポイントってもの珍しいからな。───ホント、この依頼主は性悪だな。あとでこの依頼主の名前でも聞いておこう。
「俺は正直どうでもいいって思ってる。あんな暑い思いしてきたんだからな。だからもう十分だって思うよ」
これは本音だ。今回の依頼を受けなければ良かったと思ったことはなくはない。
「……でも、こんなところで諦めたくないとも、思うんだよ」
「……え?」
リリアはやっと顔を上げる。
中級者になって初めての依頼。俺たちの、最初の集団での行動。どれも、いいスタートを切りたいんだ。それに、今、こんなヤツに負けたくないからな。少なくとも俺個人の意見だけど。
「だから俺は、あのワケわかんねえ石野郎をぶっ倒して、無事依頼を遂行したいんだ。お前は───どうする?」
俺はそこまで言って、また後ろを向き、ゴーレムを見据える。
「……お宝、欲しいんだろ?」
俺はそこだけ声のトーンを高くして、いつものように問いだした。
「あ……」
俺の真意が伝わったのか、リリアはハッとした顔になる。そして自分のすべきことを見つけたかのような顔になった。
「……、うん!」
リリアは笑顔で大きく頷き、共に走り出した。
「……やっと来たか。遅せーぞ!」
ディールは少し息を切らしていた。魔力を結構消費してしまったのだろう。
「悪い。なんとか間に合った」
「ゴメンね、ディール。今からはアタシも一緒に戦うから!」
集中しているリリアは、俺より前に出て敵を見据えている。ディールはリリアのそんな姿を見て、ヒューと口笛を吹いた。
「お…、こりゃ頼りになりそうだな」
ニヤリと不適な笑みを作るディール。……こんな状況でも楽しそうだな。
やがてアリスも戻ってきて、4人集まる。
「なんなのアイツ……、何回倒しても起き上がるから、切りがないわ……」
さすがに疲れた様子でアリスはむくりと起き上がるゴーレムを睨みながら呟く。
「そうね……。まず、そこから何とかしないとね」
リリアは視線を変えずに言った。
「…そこって?」
「敵の再生能力よ。砂のある場所なら、アイツは何度でも再生するみたい」
確かに、先ほどディールが顔面に開けた穴も今は塞がっている。……厄介だな、ホント。
「具体的には、どうするんだ?」
「簡単よ。再生できなくしちゃえばいいのよ」
……簡単?それは簡単か?
「砂をくっつけさせないようにすればいいのよ。だから、傷ついた場所を晒さなければいいわけ」
ゴーレムの再生はそのダメージを受けたところからしかしない。だから、そこを固めて再生を防いで戦う、という作戦だ。身体を固まらせた後、それを攻撃すればいい、ということだ。
「というわけ。頑張って吹っ飛ばしてね!」
と言って、ディールの背中を叩くリリア。
「いてっ。……って、俺がやるのか?」
「そうよ。頑張って。今回はヒーローじゃない」
「ヒーロー……」
その響きに、ディールはポカーンとしている。だが、やがて我に返り、
「ヒーローか。まぁ、悪い気はしないな」
敵に向き直って、それを見上げる。やっぱり、大きいな。そんなやつを、どうやって固めるんだろう……。
「いくわよ!」
俺たちはリリアの掛け声で一斉に走りだした。一直線にゴーレムに向かうその途中で、リリアは呪文の詠唱を始めた。少しずつ、リリアの身体が青白く光りだす。その姿は、なんというか、とても綺麗だった。
「中級魔法、いっくよー!」
リリアは立ち止まり、両手を上に掲げて、そこに魔方陣を浮かべた。
『───ミスティックウェーブ!』
詠唱に応えるように、その魔方陣から2本の水柱が姿を現した。それはうねるようにしてゴーレムの周囲に伸びていき、絡みつくようにゴーレムの身体全体を水が覆った。
「הו הו הו קרום U───!」
水によってぐしょぐしょに湿ったゴーレムは泥と化し、たちまち崩れるようにその場に跪いた。もうこれで再生はできない。
「まだよ───!」
中級魔法を使ったばかりで息を切らしているリリアは、また呪文の詠唱を始める。また中級魔法か……? 無茶だろ!
それでもリリアは詠唱をやめず、その目は敵へ向けられたまま、今度は周囲に白い雪を漂わせて、呪文を口にした。
『───ブリザード!』
途端、リリアの背後から、突如として吹雪が吹き荒れる。それは躊躇いなく敵を飲み込み、泥は固まり、無残な形を留めることになった。
「…今よ、ディール!」
魔力消費に耐えられなくなりその場にへたり込んだリリアは、好機を逃さないように、大声で叫んだ。……この作戦において、俺とアリスは正直必要はなかった。
俺の場合、リリアの代わりとかもできたのだが、それはリリアが拒否した。アリスも静かに見守っている。
「わかってるさ───!」
言うより先に、ディールは凍ったゴーレムに向かって飛び込んでいた。
「喰らえ───!」
その途中で両手を組み、ゴーレムに当てられる。
『───インパクト・f!!』
素早く空気を収束させ、その力を一気に相手に放出した!ディールは絶大な衝撃でその氷塊を吹き飛ばし、微塵に砕いた。その場には跡形もなく、ただ、きらきらと雪が舞っていた。
ゴーレムの姿は消えた。……勝ったのだ!
「よっしゃああああああ!」
最初に声をあげたのはディールだった。続いて俺、リリア。この戦いで序盤もっとも奮闘したアリスは、ふう、と一息ついただけだった。
敵の弱点をついた攻撃。作戦通りだった。これも、リリアのおかげだな。
さて、敵もいなくなったことだし、
「お宝を、手に入れますか!」
「オーーーー!!」
俺の問いかけには、リリアが答え、座り込んだまま右手を突き上げた。でも、やはり2発も中級魔法を使ったためか、その場から立てないらしい。
「大丈夫か?」
「…あはは、だ、ダイジョブ……」
苦笑いをして、よいしょ、とゆっくり立ち上がって宝の部屋へ向かう。俺とディールもその後を追うようにして歩く。その後をアリスが続く。しかしまあ、勝ててよかったな。
俺は上を見上げる。ゴーレム、あそこから落ちてきたんだよな……。
* *
ある程度の数のお宝を手にとって、俺たちは立ち上がる。
「んじゃ、帰りますか」
俺の言葉にみんなは頷いて、その部屋を後にし、広間に出る。あとは廊下を突っ切ればおしまい。この遺跡ともおさらばだ。そう思って、悠々と歩いていると、
「───うおっ!?」
「な、なに!?」
突然、地震が襲ってきた。
恐らくゴーレムを倒したからだろう。ぐらぐらと、この遺跡が崩れかねないほどの震度。地面や壁に、次々に亀裂が入っていく。頭上からは、ぱらぱらと小さな石が落ち始めている。
これは、ヤバイ───!
「みんな、走るぞ!」
「うわーん、折角のお宝なのにー!」
俺は持っていた宝を投げ捨て、一目散に出口を目指す。次いで3人も宝を捨て、走り出した。辺りでは既に崩落が始まっている。早くしないと、遺跡の下敷きになっちまう!
「急げ───、!?」
後ろを向いた瞬間、上から一際大きな岩が落ちてくるのが見えた。……この位置では、当たるのはアリスだ!
彼女はそれに気づいていない。このままでは危険だ。そう思うより早く、俺の身体は動いていた。
「危ない!」
こちらに向かってくるアリスを、俺は飛び込んで反対側に突き飛ばす。
「きゃっ!」
俺に押し戻されて、アリスは尻餅をつく。
「悠斗!!」
「くっ───!」
ディールの切羽詰った声を聞き、俺は上を見上げた。でも、そこには既に、岩が迫ってきていた。
「───あ、──────」
その瞬間、時間が止まったように感じられた。そこで、俺は静かに悟った。
もう逃げられない───。
そのまま岩は俺の上に容赦なく落ちてきて……、
俺の意識は、そこで途絶えた……。
タイトルのRockfallは、『落石』という意味の英語です。
もう少し長くてもいいかと思ったんですが、とりあえずこんな感じで。
中途半端な戦闘でごめんなさい。