ep.10 デザート・デザート-Sengende-
遂に迎えた魔術試験本番、結果は無事に合格を果たした。
そうして中級者となった俺たちは、学園長からの話で月に1度の帰省を許可する、という権利を与えられた。
やっと帰れる───!
ただ、それとは別に俺たちに課せられた義務。
それは、俺の今までの生活をさらに変えるものとなった。
☆ ☆ ☆
「ホラ、何してるの! シャッキリ歩きなさいよ!!」
遠くから聞こえる甲高い叫び声。足はズプズプと沈んでいき、歩くことさえ困難。溢れる汗、息は既に切れている。
───そして何より、
「……暑い」
太陽は無謀にも遊歩する俺たちを嘲笑うかのように照りつけ、親切なことに最高気温まで提供してくださっている。忌々しいことこの上ないね。
さて、現在位置でも確認しておこうか。ここは、そう──────砂漠地帯だ。
そして目の先の砂地を苦ともせず、ズンズン歩を進めているのは、あろうことかアリスだった。俺たちは息絶え絶えにヤツの背中を追いかける。が、差は広がるばかり。
「ぉぉぃ、アリシア様……、ゼェ…ゼェ。そ、そろそろ、きゅ…休憩に、しないか?」
情けない声をあげたのはディールだ。砂漠を歩き続けて2時間ほど過ぎている。ここは、どこだろう?そんなディールのか細い囁きが耳に届いたようで、アリスはこちらをふりかえった。
「何言ってんのよ! この程度の暑さで、男が弱音吐くんじゃないわよ!」
「で、でも~」
炎の暴君にはこの暑さが理解できないらしい。
「置いてくけど、それでもいいなら勝手に休憩してればいいわ」
この猛暑を諸共しない速度で歩き出し、それに加え早足になりやがった。俺たちはせめてアイツの姿を見失わないようにと、老体に鞭打ってやや速度を上げた。すると俺の後方から、
「あづい~~~。溶けちゃう~~~」
今度は、さらに情けないリリアの声が聞こえた。リリアは千鳥足になり、まともに歩けていない上、グルグルと目を回している。俺も汗が出てはいるけど、リリアのそれは俺たちとは別のものだった。
「ふにゅぅ~~~……」
「!?」
───頭から、湯気が…!これはリリアが水属性たる所以か。もはや蒸発しかねない勢いだった。
最初こそ、
『アタシ、水分の量は人より多いから、それくらいの暑さなんかへっちゃらだもんね!』
とか言って、上機嫌に誰よりも早く先頭を切って歩いていたのだが、それも次第にペースが落ちてきて、
『もう、ダメ。温度上がってきた…』
なんて言って俺たちと並び、追い越され、現在に至る。
火との相性こそ良かれど、三態変化に伴う作用までは把握しきれていなかったようだ。
「はぁ…」
俺はリリアの頭に手を置き、水系呪文を詠唱した。
『───エアフロスト』
手のひらの上にあるものを凍らせる、水系呪文の応用技だ。これでリリアの体内の水分の温度を下げようと試みる。だが、蒸気はいまだ異常なほどまで出ている。多少は効力はあるみたいだけど。
「……そんな簡単に効果は出ないか」
俺はリリアの頭に手を置いた状態のまま歩き出した。
……数分、そうしながら歩いていると、リリアの上の蒸気が、途端に氷柱と化し、俺の手の甲に落ちてきた。
「はぁ~~~涼しい~~♪」
顔を覗くと、リリアは至極満足そうにツヤツヤした顔をしていた。
「良くなったみたいだな」
「うん~。アタシが今、こうして生きてられるのも悠斗のおかげだよ~~」
……それは過大評価というものじゃないのか?なんにせよ、回復したみたいでよかった。するとリリアは、
「アタシ、アリスのトコまで行ってくるーー!」
元気いっぱいに走り出した。砂に足を奪われてもなんとか体勢を立て直して走り去る。……また沸騰しなければいいけどな。
「アイツ、転べばゲームオーバーだろうな」
俺は転んだ拍子に蒸発しだすリリアの姿を想像した。……冗談じゃない。
「なぁ……悠斗。俺も、冷やして…くれないか?体が、霧散しそうなんだ……」
横でゲッソリしたディールが懇願してきた。霧散というか、ゾンビになりかねないな……。
「自分で風吹かせればいいだろ?」
「……お前冷たいヤツだな。熱風になるの分かりきってんだろ…」
頭は大丈夫のようだ。
「またそんなことすれば、お前より先に俺がやつれてしまうだろ。頑張って歩こうぜ」
「そんなこと言うなよおぉぉぉぉ!!」
痺れを切らしたディールが、突然俺に飛び掛かってきた!
「っ馬鹿、お前! 熱いだろうが!」
「うおおぉぉぉぉぉぉぉ……」
死力を尽くしてしがみつくディールを何とかして引き剥がそうとするがなかなかそうもいかない。
「はぁ………」
俺は渋々冷却を始めた。
───数分後。
「あぁ、涼しい……。なんだここは? 天国か?」
「……一生言ってろ」
そうして歩き続ける野郎2人。コイツのおかげでさっきから魔力の消費が激しい……。身体的にも精神的にもダメージを受け続けている。そろそろ俺も厳しくなってきたんだが……。
地平線の向こうで、ユラユラと揺れる蜃気楼。このような状況下に置かれているので、普段見る珍しいものは、今ではこの上ないほど見るに耐えないものと化していた。
「ヤバ、もう……限界だ」
俺は魔法を中断すると、途端にディールの顔は萎れ始めた。
「あぁぁ…ぁぁぁぁ───」
ピークが近い。目の前がだんだん霞んできた。視界が、ぼやけて……見え……、
「悠斗ーー! ディールーー! オアシス見つけたーーー!!」
「「───なんだと!?」」
先に言ったはずのリリアのその言葉で、俺たちは無我の境地にたどり着いた。互いに頷きあい、このクソ暑い中、俺たちはクラウチングスタートの体勢をとった。数秒後、合図さえ無しに一斉に地面を蹴った。
最早暑さも感じず、顔面に当たる熱風もまた、気持ちよかった。そうして俺たちはただ、その場を目指して走り出した。
「「うおおぉぉぉぉぉおお!!」」
……俺たちの儚げな咆哮は広大な砂漠の砂の中に消えていった。
* *
───そこには、本当にオアシスがあったんだ。俺は初めて神という存在を崇めたくなったよ。…うち仏教だけど。
……
………
さて、無事にオアシスまでたどり着いたわけだ。そこで、俺たち4人は一時の幸せを満喫していた。
「やっぱ、水際って涼しいなぁ……」
インドア派な野郎2人は、そこに生えていた1本の木を陰に、涼しい風を体中に当てていた。
まさに全力疾走だった俺たちは、着いた途端に脱水症状を起こした。それもこれも、このオアシスの水が救ってくれたのだ。あの時は本当に天国が見えたものだ。
「冗談だろ?だって、こんな砂漠地帯に一輪の花が咲いてたんだぜ?俺は、そんな健気な姿を見せられては……もう───」
さっきからディールは感涙に咽びながら、おかしな天国紀行を一人ブツブツと語っている。……いつもの冷静さの欠片もないな。まぁ、俺もさっきまで放心状態だったわけだけど。
「はい、水筒。水、冷やしといたから」
リリアはオアシスの水を冷却した水筒を俺たちに差し出した。あなたは水の女神様ですか! 俺はありがたく頂戴し、そのキンキンに冷えた水を一気に飲み始めた。
「体調はどう?」
「……まぁ、大分よくなったよ」
「そ。よかったね」
リリアは立ったまま話を続ける。
「ゴメンね。アタシがヘタってたから……」
「ん?あぁ、いいよ。もとはといえば、俺たちが馬鹿みたいに走り出したせいだし」
さっき俺に冷やしてもらったことをいっているのか、リリアは申し訳なさそうな顔をした。俺はさっきまでのアホな自分たちを思い出して、自嘲的な笑みを見せた。
「───それに、あの場でああしなかったら、俺じゃなくて、リリアが倒れてただろうしな。そうなるくらいなら、この程度、何てことないよ」
「あ───」
俺の一言で、何故かリリアは顔を赤くした。はて、俺は今、何を口走ったか───、
─────────ハッ!!
な、なんてクサイ台詞言ってんだ───!!
「あああ! えっと、今のナシ! 今のは別に……」
「う、ううん……。ありがと、悠斗」
俺が弁解しようとアタフタしていると、リリアは顔を赤く染めながら、俯きがちに呟いた。そのやさしい一言で、俺は言葉を失い、
「あ……、ど、どういたし、まして」
そう言い返すことしかできなかった。
───ハッ!
今の恥ずかしい局面、ディールなら見逃すことはない! 俺は咄嗟にディールのほうを向く。
「───そしたらさ、なんて言ったと思う?『キミを一人にはしないさ』だってさ……。涙でちゃうよな……」
心ここに在らずの状態だった。ホロリと涙を流しながら、妄言を口にしている。
「よかった───」
俺は安堵の溜息を吐いた。……とはいっても、こんな状態ではあまりにもギクシャクして居心地が悪い。俺は無理やり話題を変えた。
「そ、それよりさ、アリスのヤツは速いもんだな。俺たちの3倍くらいの速さで歩いてたよな」
「……実際のところ、アタシたちがアリスの1/3の速度になっちゃっただけだけどね。」
リリアは「たはは…」と苦笑いをしてみせた。
「アリスね、このくらいの暑さなら問題ないんだって」
…化け物だ。当の本人はというと、日向に出てなんだかウロウロしている。どうも落ち着かないようすだ。まったく、アイツには非の打ち所ってのがないのか。
「でもね、アリスって、───泳げないんだって」
リリアはふふ、と微笑んで、そんな完璧少女の弱点を口にした。
「へぇ、アイツがカナヅチ……ね」
「というかね、水が苦手みたいなのよ」
なるほど、こういうところで属性ってのは別れるんだな。なにもデタラメではないみたいだ。というか、意外だ。……となると、
「それじゃあリリアはやっぱり、水遊びって───」
「大 好 き デ ス」
「そ、そっか…」
……そこまで自信たっぷりに言われても。俺は苦笑いしかできないぞ。
しかし、まぁ……
どうして、こうなったんだっけ?
俺は空を見上げる。
「──────」
雲ひとつない、どこまでも透き通った真っ青の空を眺め続け、俺はそっと目を閉じる。そうすると周りの音が鮮明に聞こえてきた。オアシスのさざなみの音。砂がさらさらと流れる音。風の吹く音───。
そう、確かあの学園長室の中で───、
全ては、あの場で決まったことだった。
タイトルのSengendeは『灼熱』という意味のドイツ語です。