ep.09 魔術試験!④-Üretim-
リリアのアドバイスあってか、俺もディールも試験で使われる的に自分の魔法を当てることに成功した。
おかげでコツのようなものを掴んだので、後は本番に備えて調整するだけとなった。
しかし、とあることでリリアに詫びの証として見せた例の青い炎だが、一般論で考えれば、俺は火系呪文との相性が良い様子。
まぁ、そのことは追々、ゆっくり解決していこう。
そして、実践テスト本番───。
☆ ☆ ☆
既に太陽の昇りきった昼、砂煙の巻き起こる広大なグラウンドにて。今日は待ちに待った魔法の実践テストだ。
みんなが今までの練習の成果を十分に発揮する絶好の機会である。ここで、俺たちは1クラス1人ずつテストを受けることになるわけだ。そうはいっても、その場になにもしないで突っ立っていると、じきに太陽にやられる生徒も出てくるだろうとのことで、今のところ出番のない俺たちは今、テントの中で待機しているのである。
既に試験は始まっている。魔法が地面に突き刺さる音、緊張の1分間を何度も見てきた。といっても、出席番号順であり、あと6人ほどで俺の番だから、何度ってほどでもないけどな。今日は授業という授業はなく、1回生は丸々コレに1日を費やすというものらしい。ある意味、行事というにふさわしい。
ということで、学園から弁当が支給される手はずとなっている。ちなみに、2回生や3回生は普通に授業中だ。その次の日に上級生は行う予定である。
……そして、順々にテストが進み、遂に俺の出番となる。
「悠斗、絶対合格しろよ」
「合格ー、合格だよー!」
ディールとリリアの声援を後ろに、俺は立ち上がる。
「そんじゃ、行ってくる」
振り返って一言返してから、俺はグラウンドの中央に向かう。そここそが試験会場となるのだ。距離にして、ざっと50メートルほど歩くだろうか。さすがにそこまで遠いと、こちらからの声なんてものはあまり聞こえなくなる。
ちなみに、今現在の合格者はAクラスは残念ながら1人もいない。そこまで難しいのかと、少々萎縮してしまう。なんにせよ、これが初めてのテストである。……コレが緊張せずにはいられないっ!
「……………ん?」
緊張で視界が狭くなっているはずなのに、ふと黄色い何かが視界に入り込んだ。気になったのでそちらへ視線を向けると、
「───あ゛」
「───あ」
アリスと目が合った。その出来事に、俺は足を止め、両者に沈黙が流れる。やがて、先に我に返ったアリスはハッとして、
「……っ」
以前と同じように、盛大に目をそらされた。それのおかげで俺も我に返る。こんなところで何やってんだと、俺はポリポリと頬を掻く。
おかげで少し緊張がほぐれた。今だけは、アイツに感謝しておこう。心の中でお礼をして、止まっていた歩を再開させる。
程なくして、審査係の先生たちの顔がはっきり見えるようになる。そこには、見覚えありまくりなあの人型の的があった。
「1-A、桂木悠斗くんだね?」
「あ、はい」
簡単な確認を済ませ、試験を受ける定位置に移動する。
「リラックス、リラックス───」
そう言い聞かせて深呼吸を始める。俺のほうの準備が整ったことを審査係が確認したら、
「それでは、───スタート!」
と声を掛け、その合図と同時に的が移動し始める。俺はすかさず的に意識を集中させる。相変わらずクネクネした動きで、こっちを翻弄しようとする。数秒かそうしていると、どんどん時間が過ぎていくような気がして、若干パニックになる。
(落ち着け、落ち着け…!そうだ、練習、これは練習だ。練習だと思い込めば───)
そうやってなんとか気分を落ち着かせて、自己暗示をかける。そう、これは練習。れんしゅ……ん?
「……練習?」
そういえば、この動き、妙に見覚えが……あ、そっか。練習の時と、動きが変わってないんだ!そうと分かってしまえばこっちのものだ。後はタイミングを計って、このまま直線になる時をひたすら待つのみ。
もう心は既に落ち着いていた。狭かった視界も今では全体が見渡せている。さて、そろそろ───
と思ったその瞬間、的は曲がり、直進を開始した。
「ビンゴ!」
俺はすぐに光系呪文の詠唱を始める。
『───レイ!』
発動と同時に光線が奔り、的の後ろ側を通り過ぎていく。さて、ここからが見せ場だよな。あの的は、こっち側からでは1発では光が命中しにくいので、こうやって角度を調整する必要があるのだ。そして、それが丁度的の背中と重なった時、俺は光の軌道を変える。
『Refraction!!』
その掛け声とともに、光は的の背を追いかける。が、それも一瞬で追いついた。光が屈折したことを確認するより早く、的は宙を舞っていた。俺の最初の試験は、30秒程で決着がついた。。
「合格!」
静まりかえった空間に審査係の声が響き、途端に歓声が沸いた。やった、…とは思ったけど、正直、実感は沸かなかった。なんというか、やりきった感がないのはどこも同じというか。俺は先生に礼をして、自分のクラスのテントに戻った。
「お疲れ、悠斗」
「おう」
ディールがホイ、と片手を上げて待っていたので、俺も手を挙げ、ハイタッチした。そしてディールとテントの前列に座り込む。
「どうだったか? テスト」
手ごたえはあったか、とディールは前を見ながら俺に聞いてきた。……言ってもいいのだろうか。
少し躊躇いを感じたので、俺は
「まぁまぁ、かな……あはは」
と適当にお茶を濁しておくことにした。
ひとつ大きく息を吐き、リラックスモードに入る。その瞬間、
ピト、と首筋に冷たい何かが当たった。
「うおぁっ!?」
突然の攻撃に驚いて、必要以上に飛び退いてしまった。
「そ、そこまで驚くとは思わなかった……」
そこには、俺の驚きっぷりに驚くリリアがいた。その右手には、先ほど俺に当てたであろう冷たいペットボトルが握られていた。
「……不意打ちに弱い性質でね。昔はよく驚かされてたんだよ」
「あ、あはは…。なんか、ゴメン」
リリアは「あげる」と言って、それを俺に渡した。俺が貰うと、その横に座り込んだ。
「……でも、そう聞くと、なんだか驚かせたくなっちゃうのよねぇ」
「…謝ったそばから反省の色がまったくないよな」
言うなりじりじりと距離をつめるリリア。どうもSっ気が強いらしい。
「そんなことより、合格おめでとさんっ」
俺にとっては日常を脅かす事態だっていうのに、そんなことで片付けられては身も蓋もない。ここはひとつ、一本とっておかないとと思い、褒めてやろうと思った。
「ああ。俺が合格できたのは、殆どリリアのおかげだよ。ありがとう」
尤も、俺にはそのような発想自体がなかったわけだから、いい方法を教えてもらって感謝しているのは事実だ。するとリリアは案の定顔を顔を赤くして、
「え!? ぇ、えと、それは悠斗が頑張ったからできたのであって……。アタシは、別に…!」
照れた表情で両手を前で交差し、アタフタしているリリアを見て、俺は静かに笑った。すると反対側から、ボソッと
「悠斗、お前やることはやるんだな……」
とディールがニヤニヤしながら呟いた。俺は「うっせ」と返し、グラウンドに目を向ける。
もうじき序盤の生徒は終了するだろう。俺は自分の番が終わってから合格者のことを考えてなかったので、もう分からなくなってしまった。合格の結果は、どうせ後日廊下の掲示板に貼り出されることになっている。そっちで確認すればいいか。
俺はぼんやりと蜃気楼の見える地面を眺め続ける。少々上の空になっていると、次第に周囲がざわざわし始める。
「…お? いよいよ、アリスの出番だな」
と、ディールが声をあげる。
「ホントか?」
俺が顔を上げると、ツインテールを優雅に揺らしながらグラウンドに向かうアリスの姿があった。
「あれ?ちょっと順番的に遅くないか?」
「Bクラスはア行が多いんだよ。異常なまでに」
「…そ、そっか」
俺はその後ろ姿を目で追いながら、先ほど貰ったペットボトルに口をつけた。
「…あ、それアタシの飲みかけだった」
「───ブフッ!」
水を飲んだ瞬間にリリアがそんなことを言ったから、俺は盛大に水を吹き出した。
そういうことは、もっと早くに言ってくれ! そ、そのせいで、もはや取り返しのつかないことに───
「う・そ☆ さっきのお返しだよ~だ」
んべー、と舌をだして、リリアは意地悪く笑った。
「ごほっ、ガハッ…。お、お前な……」
笑えない冗談は吐かないでくれ。また出し抜かれて複雑な心境だが、俺はグラウンドの中心に立つ少女を見ることにした。
彼女が定位置に移動し終えた頃には、周りから話し声がまったく聞こえなくなっていた。俺はその場の変わりように半ば動揺しながらも、ディールに小声で尋ねた。
「なぁ、アリスって、どのくらい凄いんだ?」
「さあな。俺もアイツと親しいわけじゃないからな。コレでもあの顔面火傷を負ったときが初対面だ」
「あ、そうだったんだ? アタシ、あんなにフレンドリーに2人の間に割って入ってたから、てっきり仲良いんじゃないかと思ってた」
「俺みたいな他所モノが仲良くなれるほど、世の中簡単じゃないさ。でも、あの風格からして相当のモンだと思うぜ」
「ま、それはこの空気が何よりの証拠だしな」
それほど、アリスの試験に全生徒が釘付けになっていた。他のクラスで試験を受ける人も自分のテストそっちのけで見るほどに。俺も静かに観戦することにした。位置からして顔なんて見ることは叶わないので、全体の構図を眺めることにした。
俺の両端にいる2人も、さっきから1言も発していない。この緊張感……。非常~に、居心地が悪い……。俺は小さく溜息を吐き、視線を戻す。
いまにも始まりそうな雰囲気である。そしてその予感は的中し、素早く的が移動し始める。それと同時に、アリスは凛とした姿勢のまま、ゆっくりと手を前に突き出した。するとその手首から手先まで赤く光り出して、指先に火の球が形成された。それも極めて小さな球型のものだ。ゴルフボールほどだろうか。それを軽く振りかぶり、激しく移動する的に向かって投げた。その球速は、以前目の当たりにした火球より遥かに速い。だがそれは的の後ろに逸れていき、全員が声を漏らしかけた。だが、
「ぉお…!?」
「…マジか」
その火球はひとりでに弧を描き出し、的を追尾し始めた。そして火球と的の距離はみるみる縮まっていき、
───ドンッ!!
その小ささではありえないくらい、花火のような大きな音を立て、的が吹き飛んだ。俺みたいに宙に浮くんじゃない、吹き飛んだんだ。まるで爆弾だった。
自分を追いかけてくる爆弾……、想像したくないぞ。
「ご…、合格!」
先生の声で我に返った生徒たちは、たちまち歓声を上げ始めた。
「すっごーい……」
「予想以上だな、こりゃ」
さすがのリリアも目を見開いている。ディールもうんうんと頷いている。勿論俺も驚いた。なんていうか、俺とじゃ比べ物にならないほどにレベルが違う。……あれで下級呪文か? いや、反則級だろ、あれは。俺は呆然とアリスの姿を眺めていた。先生に礼をして帰ってきたアリスは、俺の視線に気づいて足を止め、
「………ふふん」
どうだとでも言わんばかりに目を細めてきた。その尊大っぷりが様になっていて、俺はおもわず「う……」と唸り、たじろいだ。
「大丈夫か?なんかお前笑われてたけど」
「あれが勝者の笑みね……」
……俺は、あれほどのヤツにケンカ売られてたのか。恐ろしい。
結局、俺はその金髪ツインテールがテントの中に入るまで、声が出ないでいたのだった。
* *
そして後日。テストの疲れも少しだけ回復して、いつも通りに学園に通った。廊下には、早速合格者の名前が貼り出されていた。合格者は、全クラス約600人のところ20人だった。この数少ない合格者の中に入れたことはとても嬉しい。勿論、ディールとリリアも合格した者たちに含まれている。無論、アリスに至っては言うまでもない。あれから、俺はアリスと会話するどころか、お目にかかることさえなくなっていた。
ま、そんなこんなで、俺たちは今、学園長室の前にいるわけだ。
「合格者は学園長室に集合って、なんか難しい話でもするのか」
「恐らくな。なにせ学園長室だ」
「だよねー。うー…、なんだか緊張してきた~」
「でもま、こんなトコに突っ立ってたら迷惑だろ。さっさと入っちゃおうぜ」
「ういー」
ディールはドアを3回ほどノックする。すると奥から「入りたまえ」と、野太い男の人の声が返ってきた。俺はその声に反応して思わず気をつけの姿勢をとった。リリアはそんな俺を見てクスクスと笑った。
「そっか。悠斗って、園長先生を見てなかったんだっけ」
「…お恥ずかしながら」
突然の編入で混乱していたのだろう、学園の主に挨拶することさえも忘れるなんて、恥さらしもいいトコだ。実際、ここまでなにもなかったのが不思議なくらいだ。
「ダイジョブよ。園長先生、優しいから」
「失礼します」と声を掛けたディールを先頭に、俺、リリアと部屋に入る。そこには、既に合格者全員が集まっていた。その中にはアリスの姿もあった。そして、目の前には、
「よく来たね。待っていたよ」
その猛々しい声とは裏腹に、とても温厚そうな表情の男性が出迎えてくれた。身長が、すごく高い……ざっと185はありそうだ。俺たちは素早く学園長を囲むようにして並んで立つ。学園長は静かに話を始めた。
「さて、始めまして…、の人もいるね。私の名はダン・グランドルという。改めて、よろしく。
まずは、試験合格、おめでとう。君たちは自身の魔法の技術を認めるに相応しい成果を発揮した。よって、君たちの魔法階級は中級へと昇格された。
このことを、誇りに思うように」
はい、という歯切れの良い返事に学園長は自分の子供でも見るかのように穏やかな瞳で俺たちを見回した。
「さて───、」と学園長は続く。
「今回のことを通して、君たちは中級者となった。よって月に1度だけ、自分たちの故郷への帰省を許されることとなった。
家族たちとの触れ合いの時間を、存分に楽しんできてくれたまえ。」
その言葉から、周囲の者たちは静かに喜びの表情を示した。勿論、俺も嬉しい。一度は心配になってたことだからな。しかし話は続く。尤も、こっからが本題だ。
「それとは別に、中級者には、新たに義務付けられるものがある。」
豪奢な赤い絨毯にシックな長机やショーケース。荘厳な室内の雰囲気の中で、俺たちは、まるで時が止まっているかのように動かずに話に耳を傾けていた。沈み始めた太陽による窓からの遮光が丁度視界に入り込み、俺は目を細めた。
「それは───」
この後、学園長の口から出た一言は、俺の最近までの学園生活とは違う世界を目の当たりにさせるものとなったのだった。
タイトルのÜretimは『本番』という意味のトルコ語です。
今回で、第1章は終了です。続いて第2章を御期待ください。