↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
偽り咲く花神さまの後宮  作者: 淡雪みさ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
15/39

生きとし生けるもの



 花影は一瞬、瞠目した。しばらく互いの間に沈黙が流れる。やがて花影は無言で煙管入れを受け取ると、ふいと顔を背けた。


(……気に入らなかった?)


 不安が膨らみ、それは徐々に羞恥へ、そして後悔へと変わった。

 ――やはり、あげるべきではなかった。


「いらなければ、自分で使いますので、返してください」


 気を遣って、消え入りそうな声で呟くと、「いやだ」と即答される。よく見れば、花影の頬がほんのり紅に染まっていた。


「君は煙管を使わないでしょう。すなわち、これは本当に俺のためだけに作ったものだ」

「そ、そうですが……勝手に作ったものですので、いらなければこちらで処分を……」

「いらないなんて言ってない。その、嬉しい、よ」


 花影は短く遮り、手で口元を隠して視線を落とす。

 照れているのだと、澄珠はようやく気付いた。

 嬉しくなって、口角が上がるのを堪えながら俯く。またしばらく沈黙の時間が流れた。けれどそれは、気まずさを感じさせる沈黙ではなかった。むしろ、不思議と居心地が良かった。


 「今日はゆっくりしていったらどうかな」と、花影が柔らかに沈黙を破る。


「君のために甘味を用意しているんだ」


 そう告げて立ち上がった瞬間――彼の身体がぐらりと揺れた。


「花影様!」


 ふらつく花影に思わず駆け寄った澄珠は、その腕を支える。互いの体が重なり合い、まるで抱きしめ合うような姿勢になった。

 予想外の急接近に、澄珠の鼓動が耳鳴りのようにうるさく響く。


(……ち、近い……)


 慌てて花影から身を離し、澄珠は声を上ずらせる。


「だ、大丈夫ですか」


 花影はすぐには答えず、しばし自身の足元に視線を落としていた。そして、何かを諦めたような掠れ声で呟く。「……もう、長くないな」と。

 その発言が嫌なことを意味しているように感じて、澄珠は思わず無言で花影を見つめた。しかし花影はいつもの柔らかな笑みを浮かべ、すっと背筋を伸ばす。


「寄りかかってごめんね。嫌じゃなかった?」

「嫌なんてそんな――」


 とんでもない、と言いかけた時、花影の腕がするりと伸びてくる。


「そこは、〝嫌〟と言わないと」


 次の瞬間、澄珠は温かな腕の中にいた。


「男を勘違いさせてしまうよ」


 耳のすぐそばで低い声が響き、澄珠は慌てて花影の胸を押し返す。


「い、いいいいっ、嫌ですっ!」


 ぷっ、と花影がふき出し、あっさりと澄珠から腕を離した。


「ごめんごめん。調子に乗ったね。もうしない」


 軽く肩をすくめると、花影はくるりと向きを変える。


「さて、甘味だ。おいで」


 案内するように先を歩く背中を追いながら、澄珠の胸の鼓動は、先ほどよりもさらに騒がしくなっていた。



 以前食事をいただいたのと同じ座敷に、桜餅が置かれていた。甘い香りと、煎れたての茶の匂いがする。

 花影は、部屋の隅に立ち、窓の外に視線を向けながら煙管をふかしていた。細く白い煙が、午後の空気に溶けていく。


「……あの、何故いつもそちらにいらっしゃるのですか?」


 おそるおそる問いかけると、花影はゆっくりとこちらへ視線を返す。


「食事中に煙たくなるのは嫌だろう。窓の外へ煙を逃がしているんだ」


 気遣いは有り難いが、一人で食事を続けるのも気まずく、澄珠は遠慮がちに言った。


「よろしければ、こちらに座りませんか? 煙は気にしませんので……。ずっとあなたを立たせているのは、申し訳ないです」


 花影はその言葉に目を細め、煙管を持ったまま無言で歩み寄ってくる。そして向かい合う席に腰を下ろした。

 澄珠は匙を手に取り、少し緊張しながら切り出す。


「先程長くないとおっしゃっていたのは、どういう意味なのでしょうか」


 花影は澄珠を一瞥した後、ゆっくりとした口調で答えた。


「最近、足が弱ってきている。立って歩けるのも、あと少しかもしれない、という意味だよ」


 その声音は軽く笑うようで、しかし口元は笑ってはいなかった。

 澄珠は気の毒に思った。神官は、心身ともに健やかであることが必須だ。神官であり続けるための基準も厳しく、目が少し悪くなるだけでもその資格は失われると聞く。歩けなくなれば、花影は神官ではいられないだろう。そうなれば、この後宮からも、必ず去らねばならない。


「薬などはないのですか?」

「薬で治る類のものではないからね」


 物悲しそうに言う花影に、澄珠はそれ以上、言葉を継げなかった。


「そんな顔をしないでくれ」


 花影は、煙管の火皿を指先で軽く叩き、灰を払う。


「緩やかに朽ちていく。生きとし生けるものそうなる。俺は少し、それが早いだけだ」


 なだめるように言った花影は、場を明るくするためか話題を変えた。


「花神のことを探っているの?」


 澄珠は姿勢を正し、こくりと頷く。


「はい。と言っても、大したことは分かっておりませんが……」

「そう」


 短く答えた花影は、また煙を細く吐き出す。その横顔には、何かを思案している影があった。そして、その口がゆっくりと開く。


「朝風という名の神官がいる。困ったらその人物を頼るといい。彼はおそらく、君の味方となってくれるだろう」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。