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犬とギルドと嘲笑の冬(2)

外はすっかり日が沈み、時より冷たい風が吹いていた。


とぼとぼと宿まで歩く。

10分ほどの道のりだが全く到着できない。


足がとても重い。

身も心も寒い。


周りにはところどころに街灯はあるが、ようやく人の顔が確認できるほどの明るさだ。


道には歩いている人はいない。

気づかないうちに遅い時間になっていたのだろう。


ふと路地に目をやった。

野良犬が出てきて近づいてくる。


「中型犬……」


犬種はわからないがビーグルに似てるかな?

僕は何も考えず、しゃがみ込んで手招きしてみた。


「よしよーし、おいでー」


だが野良犬はただこちらの動きを見ているだけで全く近づいてくる様子はない。


「おいでー」


野良犬は無反応でこちらを見つめているだけだ。

僕が諦めずに手招きしていると、背後からコツコツと高い音が響いてくる。


振り向いてみると僕の横を人影が通り過ぎようとしていた。


その人と目が合う。


セミロングの金色の髪、キリッとした顔立ちの若い女性。

服装は品のあるグレーのレディーススーツで白のブラウスの上からジャケットを羽織り、下はスーツスカートを身につけている。


それは間違いなくギルドにいた受付嬢さんだ。

恐らく自宅への帰り道なのだろう。


僕は恥ずかしいところを見られたとドキッとしたが、反射的に会釈していた。


「こ、こんばんわ」


「……」


受付嬢さんは何も言わず視線を逸らし、ヒールの音を響かせながら歩き去る。


「はぁ……」


深いため息。

僕は野良犬に向き直った。


「『従属オビディエンス』……君だけは僕を見捨てないでほしいな」


この言葉を久しぶりに口にする。

それがスキルによる偽りの馴れ合いだったとしても、今の僕には必要な気がしたのだ。


……。


しかし、なぜか野良犬は何事もなかったかのように路地へと消えていく。



「はぁ……僕には誰も見向きもしないのか」


しゃがみ込んだまま肩を落とす。

涙が出そうになった時、背後に気配を感じた。


すぐに振り向くと、そこに立っていたのは1人の女性だった。


「う、受付嬢さん?」


「私は"受付嬢さん"ではありません。私の名前はアリカです」


受付嬢のアリカのキリッとしていた眼差しは一転して、とろけるようにうつろだった。


「アリカさん……なにか、ご用でしょうか?」


「……私を解き放ってほしいのです」


「え?」


意味がわからなかった。

僕が困惑していると"受付嬢のアリカ"さんはおもむろにジャケットを脱ぎ始め、スーツスカートのファスナーを下ろす。


「な、なにをやってるんですか!」


「私はこんなものには縛られたくない。縛られるのなら、私は貴方に縛られたい」


「言ってる意味がよくわかりません!!」


ジャケットとスカートが地面に落ちた。

最後にアリカさんはブラウスのボタンを外して脱ぎ捨てる。

露出された美しい白肌。

彼女は着痩せするタイプのようで、細身でありながら豊満な胸を曝け出す。

と言ってもブラジャーとショーツはちゃんと身につけていて、どちらも純白。

白い花柄の刺繍が施された綺麗な下着だった。


「私のことを撫でて下さい。なんでも芸をいたします」


そう言って下着とヒールを身につけたまま四つん這いになると上目遣いで僕を見た。

その姿は餌を欲している動物のようで愛らしい。


ゴクリと息を呑む。


そして、


「よ、よーしよし。いい子だねー」


僕は恐る恐る近づいて、アリカさんの金色の髪を撫でた。


「ああ……とっても幸せです」


「そ、それはよかったです」


「今度は……私の目を見ながら撫でて欲しいです」


「はい……」


僕とアリカさんは見つめ合う。

その女優さんのような綺麗な顔立ちに僕は鼓動が早くなっていく。

一方、撫で続けられる彼女はとても幸せそうだ。


するとアリカさんは四つん這いのまま猫のように僕の足に顔を何度も擦り付けてきた。

そして犬のように僕の匂いを嗅いでいく。

足元から体、最後には僕のうなじに到達すると鼻と口で、めいいっぱい吸い込んでから甘い吐息を漏らした。


「ああ……汗臭くて、いい匂い……」


目の前にはアリカさんの笑顔がある。

ギルドにいた時には全く見せなかった表情と彼女の容姿からは考えられないほどの下品な行動に僕は心打たれた。


「か、かわいい」


「こんなに満たされた気持ちになったのは生まれて初めてです……私は……私は……」


「アリカさん?」


「私は……一体なにをしているのでしょう?」


アリカさんは我に返った。

そして顔を赤らめながら、その場に座り込んで両手でブラジャーとショーツを隠す。


僕はアリカさんの体を見ないように俯きながら言った。


「ご、ごめんなさい!」


「……いえ」


「寒いので早く服を着た方がいいと思います……」


「ええ」


落ち着いた様子のアリカさんは立ち上がり、服を拾って着る。

僕は目を逸らしたままだ。


「もう大丈夫です。失礼しました」


「は、はい」


アリカさんに目をやると、なぜか優しい表情をしていた。


「すいません、気安く名前を呼んでしまって」


「いえ、私のことはアリカでいいです。あなたのことはシオンさんとお呼びします」


「はい……」


「もし……よろしければ……」


「な、なんでしょう?」


「また、お願いしてもいいでしょうか?」


「えっと、何をです?」


聞き返すとアリカさんは恥じらうように視線を落とす。

そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()を見せた。


僕はハッとした。

アリカさんが言っているのは先ほどの行為のことだ。


「ア、アリカさんがいいのであれば……」


「ありがとうございます。では私は失礼します」


アリカさんは顔を赤らめながら、お辞儀すると再びヒールの高い音を響かせて暗がりへと消えていった。



残された僕は唖然としつつ立ち尽くしていた。

一体何が起こったのか理解できずにいると、いきなり左手の甲に激痛が走る。


「痛い……」


手の甲を見ると"黒い竜の紋章"から血が滲んでいた。


そして、


【レベルが上がりました】


どこからか聞こえてくる声。

男か女かもわからない声だ。

僕は周りを見渡すが他に人の気配は無かった。


「そういえば、前にもこんなことあった気がする」


それは数年前に経験した出来事だ。


「もしかしてレベルが上がった?」


すぐにギルドカードを取り出して内容を確認する。

確かアリカさんの話しだと"ステータス"と"スキル"はレベルが上がったり、新たなスキルの習得の際にその都度、勝手に書き換えられるとか。


あと、そういえばスキルの内容を見ていなかったことを思い出す。


「なんだこれ……」


ステータス表記は全く変わらない。

……が、僕はスキルの説明欄を見て驚いた。

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