8丁目のヒーローズ
君の町には、どんな秘密があるだろう?
この物語は、どこにでもいそうな小学5年生たちが、ひょんなことから大冒険に巻き込まれる話です。特別な力なんてない、普通の子どもたち。でも、仲間を思う気持ちと、町を愛する心、そして「なんとかしたい」という勇気があれば、誰でもヒーローになれることを教えてくれます。
大人の皆さんは、きっと自分の子ども時代を思い出すでしょう。秘密基地を作った日、友達と冒険ごっこをした日、夕焼けの中を走った日——あの頃の純粋な気持ちが、ページの中によみがえってきます。
さあ、8丁目ヒーローズと一緒に、冒険の扉を開けましょう!
プロローグ 楽陽町8丁目の日常
瀬戸内海から吹く潮風が、楽陽町の街並みを優しく撫でていく。
「おーい、カイト! 置いてくぞー!」
声の主は、楽陽町立第三小学校5年2組の疾風カイト。警察官の父親譲りの正義感と、陸上クラブで鍛えた俊足が自慢の11歳だ。短く刈り込んだ髪が朝日にキラキラと輝いている。
「待てよ、シュン! 朝から全力疾走はきついって!」
息を切らせて追いかけてくるのは、300年続く地元の酒蔵「瀬戸乃雫」の跡取り息子、瀬戸シュンスケ。眼鏡の奥の瞳は知的な輝きを放ち、いつも冷静沈着。でも、カイトの無茶振りにはいつも振り回されている。
「はぁ、はぁ……二人とも、今日は……ゆっくり……」
最後尾から声をかけたのは、天城リク。運動神経は抜群で頭もキレるが、生まれつきの内臓疾患で体調に波がある。今日は調子が良くないらしい。
楽陽町8丁目。人口約3000人のこの小さな街区は、昔から「助け合いの町」として知られている。江戸時代には塩田が広がり、昭和には小さな遊園地があった。今では普通の住宅街だが、どこか懐かしい温かさが残る場所だ。
三人が通う第三小学校への道のりは、毎朝の定番コース。商店街の角にある駄菓子屋「まるちゃん」の前を通り、古い八幡神社の鳥居をくぐり、海が見える坂道を登っていく。
「そういえばさ」とシュンスケが眼鏡を直しながら言った。「最近、8丁目ヒーローズって呼ばれてるの知ってる?」
「え、マジで?」カイトの目が輝いた。「かっこいいじゃん!」
リクが苦笑いを浮かべる。「まあ、実際は大したことしてないけどね。この前の『駄菓子屋のおばあちゃん誘拐事件』だって……」
「結局、温泉旅行だったもんな」三人は顔を見合わせて笑った。
あの時は大騒ぎだった。まるちゃんのおばあちゃんが突然いなくなり、店には「連れて行く」という謎のメモ。三人は誘拐だと思い込み、防犯カメラの映像を調べたり、怪しい人物を尾行したり。結局、息子さんが温泉旅行に連れて行っただけだったのだが。
「でも、おばあちゃん喜んでたじゃん」カイトが胸を張る。「『あんたたちが心配してくれて嬉しかった』って、駄菓子いっぱいくれたし」
学校の門が見えてきた。いつもの朝、いつもの仲間、いつもの景色。
でも、この日の放課後、三人の日常は大きく変わることになる。
第1章 倒れた女と謎の暗号
放課後の帰り道は、いつも三人一緒だ。
「今日の算数、めっちゃ難しかったー」カイトが頭を抱える。
「分数の割り算でしょ? 簡単じゃん」シュンスケが呆れたように言う。「要は、割る数を逆数にして掛ければいいだけ」
「それが分からないから困ってるんだって!」
リクが二人の間に入る。「まあまあ。カイト、後で教えてあげるよ。プログラミングより全然簡単だから」
三人が商店街を抜けて、海沿いの道に出た時だった。
「……ん?」
カイトが立ち止まった。前方の歩道に、誰かが倒れている。
「女の人だ」シュンスケが眼鏡を押し上げる。「大学生くらいかな」
三人は駆け寄った。倒れているのは、20歳前後の女性。ジーンズにパーカーという普通の格好だが、顔色が真っ青だ。
「おい、大丈夫ですか!」カイトが肩を揺する。「聞こえますか!」
反応がない。リクが女性の手首に触れる。
「脈はある。でも、弱い」
その時、シュンスケが気づいた。女性の右手に、何か紙が握られている。
「これ、なんだろう」
そっと紙を確認すると、そこには奇妙な文字列が書かれていた。
```
7R3-M9X-2K8
△◯□ = ???
POINT ZERO
海月ノ記憶
```
「ポイント……ゼロ?」リクが首を傾げる。「他は全然読めない」
「暗号みたいだな」シュンスケがスマホで写真を撮る。
カイトは迷わず行動した。「とにかく救急車だ!」
119番通報をしながら、カイトは父親から教わったことを思い出していた。『困っている人を見たら、まず安全確認、次に救助要請、そして可能な限り状況を記録する』
「警察にも連絡した方がいい」カイトが言う。「この紙、なんか事件性があるかもしれない」
救急車が到着するまでの10分間、三人は女性の様子を見守った。リクが上着を脱いで女性にかける。シュンスケは周囲を観察し、不審な人物がいないか確認する。
救急車と同時にパトカーも到着した。降りてきたのは、カイトの父親の後輩、若い巡査だった。
「君たち、よく連絡してくれたね」巡査が優しく言う。「その紙のことも?」
「はい」カイトが写真を見せる。「原本は救急隊員さんに渡しました」
巡査の表情が一瞬、険しくなった。
「……分かった。詳しい話を聞かせてもらえるかな」
三人は発見時の状況を詳しく説明した。巡査はメモを取りながら、時折、無線で本部と連絡を取っている。
「ポイント・ゼロ……確認します……はい、了解しました」
巡査が振り返る。「君たち、今日はもう帰りなさい。もし何か思い出したら、連絡してくれ」
帰り道、三人は興奮していた。
「なんか、すごい事件の予感がする」カイトが拳を握る。
「でも、僕たちには関係ないでしょ」シュンスケが冷静に言う。「警察に任せておけば」
リクは黙って歩いていたが、急に立ち止まった。
「……あれ、見て」
リクが指差した先、向かいの通りを、黒いパーカーを着た男が歩いている。フードを深くかぶり、顔は見えない。
「普通に歩いてるだけじゃん」カイトが言う。
「いや、さっきから同じ道を3回通ってる」リクが小声で言う。「僕、ずっと見てた」
三人は顔を見合わせた。
「尾行してみる?」カイトが提案する。
「やめとけって」シュンスケが止める。「危険かもしれない」
でも、好奇心が勝った。三人は距離を保ちながら、黒パーカーの男の後をつけた。
男は商店街を抜け、住宅街に入り、そして——
「消えた?」
角を曲がった瞬間、男の姿が見えなくなった。
「どこ行った?」カイトがキョロキョロする。
「この辺に隠れてるのかも」シュンスケが周囲を見回す。
リクが何か気づいた。「あそこ……」
路地の奥に、古い倉庫がある。扉が少し開いていた。
「入ってみる?」カイトが言いかけた時——
「君たち、何してるの?」
背後から声をかけられ、三人は飛び上がった。振り返ると、近所のコンビニの店長が立っている。
「あ、えっと……」
「危ないから、あまりウロウロしない方がいいよ。最近、物騒だから」
店長は心配そうに言って去っていった。
三人は顔を見合わせた。
「とりあえず、今日は帰ろう」シュンスケが提案する。
でも、三人の頭の中は、倒れた女性と謎の暗号、そして黒パーカーの男のことでいっぱいだった。
第2章 それぞれの調査
その夜、三人はそれぞれの方法で調査を始めた。
カイトの家。夕食の時間。
「父さん、今日のこと、何か知ってる?」
箸を止めて、カイトは父親の顔を見た。楽陽署の刑事課に勤める父、疾風タケシは、一瞬、顔をしかめた。
「……今日の件か。お前たち、よく対応したな」
「でも、あの紙に書いてあった『ポイント・ゼロ』って何?」
父親は少し考えてから口を開いた。
「カイト、これから言うことは、絶対に他言するなよ」
カイトは緊張して頷いた。
「最近、この辺りで不審な動きがある。詐欺グループの可能性が高い。『ポイント・ゼロ』という言葉も、以前から要注意ワードとして挙がっている」
「詐欺グループ?」
「ああ。しかも一つじゃない。複数のグループが、何かを探しているらしい」
「何かって?」
父親は首を振った。「それは分からない。だが、お前たちは絶対に首を突っ込むな。危険だ」
でも、カイトの目は輝いていた。本物の事件だ。
同じ頃、瀬戸家。
シュンスケは書斎で、祖父と向かい合っていた。瀬戸家の当主、瀬戸宗一郎は、80歳を超えてなお矍鑠としている。
「おじいちゃん、『ポイント・ゼロ』って聞いたことある?」
祖父の表情が変わった。古い記憶を辿るような、遠い目をする。
「ポイント・ゼロ……ふむ」
長い沈黙の後、祖父はゆっくりと語り始めた。
「戦後まもなく、この辺りには米軍基地があった。その頃、ある噂が流れていた。米軍が残した財宝があると」
「財宝?」
「ああ。金塊とも、重要書類とも言われていた。その隠し場所を示す地点が『ポイント・ゼロ』と呼ばれていたらしい」
シュンスケは息を呑んだ。「それ、本当にあるの?」
「さあな。ただの都市伝説かもしれん。だが……」祖父は立ち上がり、古い金庫を開けた。「これを見なさい」
取り出されたのは、黄ばんだ地図。楽陽町の古い地図だった。
「ここに、×印がある。昔から気になっていたが、意味は分からなかった」
×印は、現在の8丁目付近にあった。
一方、天城家。
リクは自室でパソコンに向かっていた。体調は良くないが、頭は冴えている。
「ポイント・ゼロ……検索しても、関係ありそうなのは出てこないな」
暗号の解読を試みる。プログラミングで培った論理的思考を駆使して、文字列のパターンを分析していく。
```
7R3-M9X-2K8
```
「これ、座標じゃないかな……いや、違う。何かのコード?」
ふと、別の見方を試みる。数字とアルファベットを分けてみる。
```
数字: 7-3, 9, 2-8
文字: R, M-X, K
```
「待てよ……これ、もしかして……」
リクは楽陽町の地図を開いた。町は1丁目から12丁目まである。
「7-3は7丁目3番地、2-8は2丁目8番地……いや、それじゃMとかが説明できない」
考え込んでいると、スマホが震えた。グループLINEにカイトからメッセージ。
カイト:『明日、秘密基地で作戦会議しよう!』
シュンスケ:『秘密基地って、まだ作ってないじゃん』
カイト:『じゃあ、明日作ろう! で、作戦会議!』
リク:『体調次第だけど、行けたら行く』
三人の秘密基地。それは、海岸近くの防風林の中にある予定の場所だ。まだ「予定」なのは、カイトが勝手に決めただけで、実際には何もないからだ。
翌朝、土曜日。
三人は朝早くから集合した。リクは顔色が良くない。
「大丈夫?」シュンスケが心配そうに聞く。
「うん、薬飲んだから」リクが微笑む。「それより、材料は?」
カイトが得意げにリュックを開ける。「ブルーシート、ロープ、釘、金づち……完璧だろ?」
「設計図は?」シュンスケが聞く。
「……勢いで何とかなる!」
「だめだこりゃ」
結局、シュンスケが簡単な設計図を描き、三人で協力して組み立てることに。防風林の中の、ちょうど良い木々に囲まれた空間を見つけた。
「ここ、いいね」リクが周囲を見回す。「海も見えるし、人も来ない」
作業を始めて1時間。ブルーシートで屋根を作り、段ボールで壁を補強し、入り口には「8丁目ヒーローズ 秘密基地」と書いた看板を掲げた。
「完成!」カイトが汗を拭く。
中に入ると、意外と広い。三人が座っても余裕がある。
「さて、作戦会議だ」カイトが真剣な顔になる。
三人はそれぞれが調べたことを共有した。詐欺グループの話、財宝の伝説、暗号の分析。
「つまり」シュンスケがまとめる。「複数の詐欺グループが、戦後の財宝を探している可能性がある」
「そして、倒れていた女の人が、その鍵を握っている」リクが付け加える。
「よし、俺たちで解決しよう!」カイトが立ち上がる。
「ちょっと待てよ」シュンスケが止める。「相手は詐欺グループだぞ。危険すぎる」
「でも、このまま放っておけないだろ」カイトが反論する。「8丁目ヒーローズの名が泣くぜ」
議論は平行線をたどった。その時——
パキッ
枝を踏む音がした。三人は顔を見合わせる。
「誰かいる」リクが小声で言う。
息を潜めて外の様子をうかがう。足音が近づいてくる。
「……ここか」
男の声。昨日の黒パーカーの男だ。
三人は息を止めた。男は秘密基地の周りをウロウロしている。
「ガキどもの遊び場か……」
男はつぶやいて、去っていった。
しばらく待ってから、三人は顔を出した。
「やばかった」カイトが息を吐く。
「もう、本当にヤバイ案件なんだ」シュンスケが青ざめる。
リクが立ち上がった。「でも、だからこそ、放っておけない」
意外な言葉に、二人は驚いた。いつも慎重なリクが。
「僕たちにしかできないことがある」リクが続ける。「大人は目立つけど、子どもなら怪しまれない。それに……」
リクは二人を見た。
「8丁目を守るのは、8丁目ヒーローズの仕事でしょ?」
カイトが笑った。シュンスケもため息をつきながら笑う。
「分かった。でも、無茶はしない。約束だ」シュンスケが言う。
三人は拳を合わせた。
「8丁目ヒーローズ、出動!」
第3章 海月の記憶
日曜日の朝、リクが重要な発見をした。
「『海月ノ記憶』って、クラゲのことじゃない」
秘密基地に集まった三人。リクがタブレットを見せる。
「海月って書いて『みづき』とも読むんだ。人の名前かもしれない」
「みづき……」シュンスケが考え込む。「待てよ、うちの蔵に古い従業員名簿がある」
三人は瀬戸家の蔵に向かった。300年の歴史を持つ酒蔵には、膨大な資料が保管されている。
「戦後の名簿……あった」
埃をかぶった帳簿をめくっていくと、一つの名前が見つかった。
「水月サチコ。1950年から1955年まで在籍」
「ビンゴ!」カイトが叫ぶ。
「でも、もう70年以上前だよ」シュンスケが言う。「生きてるかどうか……」
その時、蔵の外から声がした。
「誰かいるのか?」
祖父の宗一郎だった。
「おじいちゃん、水月サチコって人、知ってる?」
祖父の顔色が変わった。
「……なぜ、その名前を」
三人は事情を説明した。祖父は深くため息をついた。
「サチコさんは、優秀な事務員だった。英語も堪能で、米軍との取引も担当していた」
「米軍との取引?」
「当時、うちの酒を基地に納めていた。サチコさんは通訳も務めていた」
三人は顔を見合わせた。財宝の話と繋がる。
「サチコさんは今どこに?」
「10年前に亡くなった。だが……」祖父は考え込む。「孫がいたはずだ。確か、大学生くらいの」
「「「女の子!?」」」
三人は同時に声を上げた。
祖父が頷く。「ミズキという名前だったと思う。漢字は違うが」
倒れていた女性の正体が判明した瞬間だった。
「でも、なんで倒れてたんだろう」リクが疑問を口にする。
「それに、あの暗号は?」シュンスケも首を傾げる。
カイトが立ち上がった。「病院に行ってみよう。もう意識が戻ってるかも」
楽陽総合病院。
三人は受付で尋ねたが、個人情報を理由に教えてもらえなかった。
「どうする?」シュンスケが困った顔をする。
その時、カイトの父親から電話が入った。
『カイト、今どこにいる?』
「病院の前だけど」
『……まったく、お前たちは』
父親はため息をついた。
『3階の305号室だ。ただし、15分だけだ。刑事が見張ってるから、変なことはするなよ』
電話が切れた。
「父さん、最高!」
三人は3階に向かった。305号室の前には、確かに私服警官らしき男性が立っている。
「疾風さんの息子さんですね。15分だけです」
部屋に入ると、ベッドに若い女性が座っていた。顔色はまだ悪いが、意識ははっきりしている。
「あなたたちが……助けてくれたの?」
女性の声は弱々しかった。
「はい。僕たち、8丁目ヒーローズです!」カイトが胸を張る。
女性が微笑んだ。「ヒーロー……ふふ、ありがとう」
「あの、ミズキさん、ですよね?」シュンスケが確認する。
女性——ミズキは驚いた顔をした。
「なぜ、私の名前を」
「水月サチコさんのお孫さんでしょう?」
ミズキの目が大きく見開かれた。
「祖母を知ってるの?」
三人は調べたことを説明した。ミズキは驚きながらも、少しずつ話し始めた。
「祖母は亡くなる前、私に言ったの。『楽陽町に大切なものがある。でも、悪い人たちに渡してはいけない』って」
「大切なもの?」
「分からない。でも、この暗号が鍵だと」
ミズキは紙を見せた。あの暗号だ。
「私、東京の大学で考古学を学んでいるの。祖母の遺品を整理していたら、この暗号を見つけて。それで楽陽町に来たんだけど……」
「誰かに襲われた?」リクが聞く。
ミズキは首を振った。
「分からない。急に意識が……でも、来る途中、ずっと誰かに見られている気がした」
詐欺グループに狙われているのは間違いない。
「ミズキさん」カイトが真剣な顔で言う。「僕たちが守ります。そして、一緒に謎を解きましょう」
「でも、あなたたち子どもじゃない」
「子どもだからできることもあるんです」シュンスケが言う。
「それに、8丁目は僕たちの町です」リクも加わる。
ミズキは三人を見つめ、そして微笑んだ。
「……分かった。お願いします、8丁目ヒーローズ」
作戦会議が始まった。しかし、話している途中で、窓の外に人影が見えた。
「誰かいる」リクが小声で言う。
見ると、病院の駐車場に黒い車が停まっている。中に人影が見える。
「監視されてる」シュンスケが言う。
「どうする?」
カイトが考えた。そして——
「ミズキさん、演技できますか?」
第4章 陽動作戦とドローン追跡
「演技?」ミズキが首を傾げる。
カイトがニヤリと笑った。「詐欺グループを騙す詐欺をしましょう」
作戦はこうだ。ミズキが「暗号を解いた」と大声で話し、偽の場所を言う。それを盗み聞きしている連中を誘導し、その隙に本当の調査を進める。
「でも、バレたら危険じゃない?」ミズキが心配する。
「大丈夫です」シュンスケがリュックからドローンを取り出した。「これで監視します」
小型ドローンは手のひらサイズ。シュンスケの自慢のおもちゃだ。
「すげー!」カイトが目を輝かせる。
リクがタブレットで操作画面を確認する。「これなら安全に追跡できる」
ミズキが深呼吸をして、演技を始めた。
「そうか! 分かったわ!」急に大声を出す。「7R3は7番埠頭の3番倉庫! M9Xは……そう、9日の深夜!」
わざとらしいくらいの演技だったが、効果はあった。窓の外の人影が動いた。
「釣れた」リクが小声で言う。
黒い車が動き出した。シュンスケがドローンを飛ばす。
「よし、追跡開始」
ドローンの映像がタブレットに映る。黒い車は港の方向に向かっていく。
「本当に7番埠頭に行ってる」カイトが驚く。
「バカだなー」シュンスケが笑う。「子どもの演技に引っかかるなんて」
でも、リクは真剣な顔をしていた。
「いや、これはおかしい」
「何が?」
「プロの詐欺グループが、こんな簡単な罠に引っかかるか?」
三人とミズキは顔を見合わせた。
その時、ドアがノックされた。
「失礼します」
入ってきたのは、看護師……ではなかった。白衣を着ているが、明らかに偽物だ。
「検温の時間です」
男は体温計を持って近づいてくる。しかし、その手が不自然に震えている。
カイトが動いた。
「今は面会中です! 後にしてください!」
大声で叫ぶ。廊下の警官に聞こえるように。
男は舌打ちをして、部屋を出て行った。
「やばい、本物がまだいる」シュンスケが青ざめる。
「二手に分かれてたんだ」リクが分析する。「一方はダミーで、もう一方が本命」
ミズキが震えている。「私、狙われてるのね」
「大丈夫です」カイトが力強く言う。「8丁目ヒーローズが守ります」
でも、どうやって? 相手はプロの犯罪者だ。
その時、リクがひらめいた。
「そうだ、SNSを使おう」
「SNS?」
リクがスマホを取り出す。「楽陽町には『楽陽ネット』っていう地域SNSがある。住民なら誰でも見てる」
「それで?」
「『8丁目で不審者を見かけました』って投稿する。場所と特徴を詳しく書いて」
なるほど、と三人は納得した。地域の目を使うのだ。
投稿はすぐに拡散された。コメントが次々とつく。
『私も見ました! 黒い服の男性ですよね』
『うちの防犯カメラに映ってるかも』
『警察に通報しました』
効果はてきめんだった。病院の周りをうろついていた不審者たちが、次々と姿を消していく。
「すげー」カイトが感心する。「これが令和の犯罪対策か」
「でも、これは一時しのぎ」シュンスケが言う。「根本的な解決にはならない」
「そうだね」リクも同意する。「暗号を解いて、先に『それ』を見つけないと」
ミズキが暗号をもう一度見つめる。
「7R3-M9X-2K8……本当は何を意味してるの?」
三人は秘密基地に戻ることにした。ミズキは警察の保護下に置かれることになったが、連絡先を交換した。
秘密基地で、三人は暗号解読に取り組んだ。
「待てよ」シュンスケが古い地図を広げる。「おじいちゃんにもらった地図、もう一回見てみよう」
地図には×印の他にも、いくつかの記号があった。
「これ、座標じゃなくて、目印なんじゃない?」リクが言う。
「目印?」
「7R3は、7番目の道路(Road)の3番目の目印」
「じゃあM9Xは?」
「Monument(記念碑)の9番、×印」
「2K8は?」
三人は考え込んだ。Kは何の略だろう。
「橋(Kyou)!」カイトが叫ぶ。「2番目の橋の8番目の……何か!」
興奮した三人は、さっそく現地調査に出かけることにした。
しかし、秘密基地を出た瞬間、目の前に男が立っていた。
黒いスーツの、大柄な男。サングラスをかけている。
「君たち、ちょっといいかな」
低い声。明らかに脅しだ。
「誰ですか」カイトが前に出る。
「私は……そうだな、宝探しをしている者だ。君たちも同じだろう?」
三人は黙っている。
「協力しないか? 君たちが知っていることを教えてくれれば、山分けにしよう」
「断ります」シュンスケがきっぱりと言う。
男の顔が歪む。「ガキのくせに……」
その時、後ろから声がした。
「おーい、カイト!」
振り返ると、カイトの父親が立っていた。非番で私服だが、その眼光は鋭い。
「父さん!」
「おう、友達と遊んでるのか」父親は男を見る。「あなたは?」
男は舌打ちをして、去っていった。
父親はため息をついた。「まったく、お前たちは……気をつけろよ」
そう言って父親も去っていく。
「ギリギリセーフ」リクが胸を撫で下ろす。
「でも、敵が本気で動き始めた」シュンスケが言う。
カイトが拳を握る。「だからこそ、急がないと」
第5章 三つの手がかりと新たな仲間
月曜日、学校が終わってすぐ、三人は7番目の道路を探した。
「楽陽町の道路で、7番目って……」リクが地図アプリを見る。
「国道7号線のことかも」シュンスケが提案する。
「いや、違う」カイトが古い地図を指す。「これ見て。昔の楽陽町には、一番通りから十二番通りまであった」
現在は区画整理で名前が変わっているが、地元の老人は今でも「七番通り」と呼ぶ道がある。
七番通りは、海岸から山側に向かう緩やかな坂道だ。道沿いには古い商店や民家が並ぶ。
「3番目の目印……」
三人は通りを歩きながら、目印になりそうなものを探した。
「あった!」
リクが指差した先に、古い道標があった。石でできた昔の道しるべだ。
「一つ目」
さらに進むと、古い地蔵がある。
「二つ目」
そして三つ目は——
「これか」
大きなクスノキ。樹齢200年は超えていそうな巨木だ。
「でも、これがどうしたっていうんだ?」カイトが首を傾げる。
シュンスケが木の周りを調べる。「何か印があるはず」
リクが木の根元の土を払う。すると——
「あった! 石板だ」
土に埋もれた石板に、文字が彫られている。
『西へ九歩 北へ十三歩 星を見よ』
「暗号の上に暗号かよ」カイトがぼやく。
「待って」リクが気づく。「これ、M9Xの手がかりかも」
次は9番目の記念碑を探すことにした。
楽陽町には意外と記念碑が多い。戦没者慰霊碑、治水記念碑、遊園地跡の記念碑……
「9番目なんて、どうやって数えるんだ」シュンスケが困る。
その時、声をかけられた。
「おい、お前ら」
振り返ると、同じクラスの女子、相良ユイが立っていた。ポニーテールの活発そうな女の子だ。
「ユイちゃん」カイトが驚く。「どうしたの?」
「どうしたもこうしたも、お前ら、最近変だぞ。いっつもコソコソして」
ユイは腕を組んで三人を見る。
「何か面白いことしてるんでしょ? 私も混ぜてよ」
「いや、別に……」シュンスケが誤魔化そうとする。
「嘘。昨日、秘密基地作ってたでしょ」
「「「えっ!?」」」
「防風林で見てた。『8丁目ヒーローズ』だっけ? ダサい名前」
三人は顔を見合わせた。
「でも」ユイが続ける。「面白そう。私も入れて」
「ダメだよ」カイトが言う。「危険だし」
「危険?」ユイの目が輝く。「ますます面白そう!」
リクが観念したように言う。「実は……」
事情を説明すると、ユイは目を丸くした。
「マジで!? 宝探し!? 詐欺グループ!?」
「だから危険だって」シュンスケが言う。
「だから面白いんじゃん!」ユイが笑う。「それに、記念碑のことなら、私のおばあちゃんが詳しいよ」
ユイの祖母は、楽陽町の歴史に詳しい郷土史家だった。
「おばあちゃんに聞いてくる!」
ユイは走り去った。
「大丈夫かな」カイトが心配する。
「でも、協力者は多い方がいい」リクが言う。
夕方、ユイから連絡が来た。
『記念碑のリスト見つけた! 9番目は海月神社の狛犬!』
海月神社。また「海月」だ。
三人(今は四人)は神社に向かった。
海月神社は、海岸近くの小さな神社だ。狛犬は確かにあったが、×印なんてない。
「どこだ?」カイトが狛犬を調べる。
「待って」ユイが気づく。「狛犬って普通、二体でしょ?」
確かに、向かい合って二体ある。
「片方は口を開けて、片方は閉じてる」シュンスケが観察する。「阿吽の呼吸ってやつだ」
リクが閃いた。「×印は、二つを結んだ交点!」
二体の狛犬を直線で結び、その中点を探す。そこには——
「マンホール?」
古いマンホールの蓋があった。よく見ると、×の刻印がある。
「開けてみる?」カイトが提案する。
「ちょっと待て」シュンスケが止める。「下水道は危険だ」
でも、カイトはもう蓋を持ち上げていた。
「うわっ、重い」
四人で力を合わせて開ける。中を覗くと——
「階段がある」
下水道ではなく、地下への階段だった。
「秘密の地下通路!?」ユイが興奮する。
「懐中電灯、持ってる?」リクが聞く。
シュンスケがリュックから取り出す。「ドローンと一緒に入れといた」
階段を降りていく。地下は思ったより広い。レンガ造りの通路が続いている。
「これ、防空壕跡かも」シュンスケが壁を触る。「戦時中のやつ」
通路の奥に、鉄の扉があった。錆びているが、鍵はかかっていない。
扉を開けると——
「うわぁ……」
小さな部屋があり、そこには古い木箱がいくつも積まれていた。
「これが財宝!?」カイトが興奮する。
でも、箱を開けてみると、中身は書類だった。古い英語の文書。
「なんだ、金塊じゃないのか」カイトががっかりする。
「待って」リクが文書を読む。「これ……土地の権利書だ」
「土地の権利書?」
シュンスケも確認する。「本当だ。しかも、楽陽町のかなりの部分の」
四人は顔を見合わせた。
「これ、もしかして、今の地価で計算したら……」
「とんでもない額になる」
道理で詐欺グループが狙うわけだ。
その時、上から物音がした。
「誰か来る」ユイが小声で言う。
階段を降りてくる足音。複数だ。
「隠れろ!」
四人は木箱の陰に隠れた。
入ってきたのは、三人の男。その中に、昨日の黒スーツの男がいた。
「ここか……やっと見つけたぞ」
男たちは木箱を調べ始める。
「これが例の権利書か」
「ボスに連絡しろ」
「待て、ガキどもはどこだ?」
「さっき見失った」
男たちは話している。どうやら、四人を追跡していたらしい。
カイトが動こうとした。が、リクが止める。そして、スマホを取り出した。
音を消して、録画を始める。証拠を残すつもりだ。
「これで数十億は固い」
「山分けだな」
「いや、ボスが7割取る」
男たちの会話が続く。詐欺グループの実態が明らかになっていく。
その時、ユイがくしゃみをしそうになった。必死に鼻を押さえる。
でも——
「はくしょん!」
「誰だ!」
男たちが振り返る。
四人は飛び出した。
「逃げろ!」
階段に向かって走る。男たちが追いかけてくる。
「待て、ガキども!」
階段を駆け上がる。でも、出口でつかまりそうになった。
その瞬間——
「そこまでだ!」
警察官が数人、神社の境内に待機していた。カイトの父親もいる。
「貴様ら、なぜ」男たちが驚く。
「防犯カメラさ」父親が言う。「神社にも設置してある。マンホールを開けるところから見ていた」
男たちは観念して手を上げた。
後で聞いた話では、リクがこっそり警察にメッセージを送っていたらしい。場所と状況を伝えて。
「よくやった」父親がカイトの頭を撫でる。「でも、もう危険なことはするな」
でも、これで終わりではなかった。
第6章 第二の詐欺グループ
翌日、学校では四人の活躍が噂になっていた。
「8丁目ヒーローズ、マジですごい!」
「本物の事件解決したんでしょ?」
クラスメイトたちが集まってくる。
「いやー、たいしたことないって」カイトが照れ笑い。
でも、リクは浮かない顔をしていた。
「どうした?」シュンスケが聞く。
「あの権利書、本物かな」
「警察が調べてるんでしょ?」
「うん。でも……」
リクの不安は的中した。
放課後、ミズキから連絡が来た。
『権利書は偽物でした。精巧に作られていますが』
四人は秘密基地に集まった。
「偽物!?」カイトが驚く。
「じゃあ、本物はどこに」ユイが首を傾げる。
シュンスケが暗号を見直す。「まだ2K8が残ってる」
2番目の橋。楽陽町には川が流れ、いくつか橋がある。
「2番目って、どこから数えて?」
「海から数えるんじゃない?」リクが地図を見る。
海から2番目の橋は、楽陽橋。町の中心部にある大きな橋だ。
「8番目の何か……」
四人は楽陽橋に向かった。
橋は車道と歩道に分かれている。歩道の欄干には、一定間隔で街灯が設置されている。
「8番目の街灯?」
8番目の街灯を調べるが、特に変わったところはない。
「違うな」シュンスケが考える。「もっと別の……」
その時、ユイが気づいた。
「橋の下!」
橋の下には橋脚がある。コンクリートの太い柱が川の中に立っている。
「8番目の橋脚」
でも、川の中には入れない。
「ドローンの出番だ」シュンスケがドローンを飛ばす。
8番目の橋脚をカメラで撮影する。すると——
「あった! 何か文字が彫ってある」
画面を拡大すると、小さな文字が見える。
『真実は流れの中に』
「また謎かけかよ」カイトがぼやく。
「流れ……川のこと?」リクが考える。
「でも、川の中なんて広すぎる」ユイが言う。
四人が悩んでいると、後ろから声がした。
「探し物かい?」
振り返ると、老人が立っていた。釣り竿を持っている。
「あ、釣りですか」シュンスケが答える。
「ああ。この橋の下はよく釣れる。特に8番目の橋脚の近くはな」
四人は顔を見合わせた。
「どうして8番目が?」
老人は笑った。「昔、米軍が何か沈めたって噂があってな。それ以来、魚が集まるようになった」
「「「「米軍!」」」」
「場所、詳しく教えてください!」
老人は地図を描いてくれた。8番目の橋脚から下流に10メートル、川の中心部。
「でも、深いぞ。3メートルはある」
四人は考えた。どうやって川底を調べる?
「潜るしかない」カイトが言う。
「バカ、危険すぎる」シュンスケが止める。
「じゃあどうする?」
議論していると、ユイがひらめいた。
「磁石! 強力な磁石で釣り上げる!」
「なるほど!」
金属なら磁石で引き上げられる。
四人は学校の理科室から強力磁石を借りてきた(先生には「自由研究で使う」と言った)。
ロープに磁石を結び、橋の上から垂らす。
「重い……」
何度か試すと、カチンと何かに当たった。
「引っかかった!」
四人で力を合わせて引き上げる。
上がってきたのは、錆びた金属の箱だった。
「開けてみよう」
箱の中には、ビニールで厳重に包まれた書類が入っていた。
「これは……」
本物の権利書だった。そして、もう一つ——
「日記?」
英語で書かれた日記。米軍将校のものらしい。
リクが翻訳アプリで読み上げる。
『1952年8月15日。日本人の協力者Sが、重要書類の隠し場所を教えてくれた。彼女は信頼できる。この土地の権利は、いずれ正当な所有者に返すべきだ』
「協力者S……」
「水月サチコさんだ」シュンスケが言う。
謎が解けてきた。サチコさんは米軍に協力して、権利書を守っていたのだ。
その時、ユイのスマホが鳴った。
「もしもし……えっ!?」
ユイの顔が青ざめる。
「私のおばあちゃんが、誘拐された」
第7章 誘拐事件と新たな敵
ユイの家に駆けつけると、警察が既に来ていた。
「ユイちゃんのお友達?」刑事が聞く。
「はい。何があったんですか」カイトが前に出る。
刑事は渋い顔をした。「誘拐の可能性がある。身代金要求の電話があった」
「身代金!?」
「ああ。そして、要求は金じゃない。『権利書を渡せ』と」
四人は顔を見合わせた。別の詐欺グループだ。
ユイが泣きそうな顔をしている。「おばあちゃん……」
「大丈夫」リクが優しく言う。「絶対に助ける」
カイトの父親も現場に来た。
「お前たち、権利書はどこだ」
「秘密基地に隠しました」
「取りに行け。警察で保護する」
四人は秘密基地に向かった。しかし——
「荒らされてる!」
秘密基地はめちゃくちゃに壊されていた。でも、権利書は無事だった。別の場所に隠していたからだ。
「先読みして正解だった」シュンスケが胸を撫で下ろす。
その時、リクのスマホが鳴った。知らない番号。
「もしもし」
『権利書を持っているのは君たちだね』
機械で変声された声。
「誰だ」
『それは言えない。ただ、老婆を返してほしければ、権利書を渡せ』
「警察に言うぞ」
『構わない。ただし、老婆の命は保証しない』
電話が切れた。
「録音した?」シュンスケが聞く。
「うん」リクがスマホを見せる。「でも、位置情報は特定できない」
四人は悩んだ。警察に任せるべきか、自分たちで動くべきか。
「おばあちゃんを助けたい」ユイが言う。
「でも、危険すぎる」シュンスケが反対する。
カイトが決断した。「両方やろう。警察に協力してもらいながら、俺たちも動く」
作戦を立てた。
まず、犯人に連絡を取り、取引場所を聞き出す。そして、警察に情報を流しながら、自分たちも現場に向かう。
リクが犯人に電話をかけ直した。
「取引に応じます」
『賢明だ。今夜10時、廃遊園地跡で』
廃遊園地。楽陽町にかつてあった小さな遊園地の跡地だ。今は廃墟になっている。
警察に連絡すると、すぐに対策本部が動いた。
「君たちは来るな」カイトの父親が厳しく言う。
でも、四人は諦めなかった。
「僕たちにしかできないことがある」カイトが言う。
「子どもなら怪しまれない」リクが付け加える。
「ドローンで上空から監視できます」シュンスケも。
「おばあちゃんを助けたい」ユイが涙目で訴える。
父親はため息をついた。
「……分かった。ただし、絶対に無茶はするな。危険を感じたらすぐに逃げろ」
夜9時半。四人は廃遊園地の近くに潜んでいた。
警察も配置についている。見えないところに隠れているが、いざとなったら飛び出してくる手はずだ。
「ドローン、飛ばすよ」シュンスケが操作する。
暗視カメラ付きのドローンが上空から廃遊園地を映す。
「あっ、いた」
観覧車の下に、数人の人影。その中に、椅子に縛られた老婦人が見える。
「おばあちゃん!」ユイが声を殺して叫ぶ。
10時ちょうど。カイトが一人で現れた。手には偽の権利書が入った封筒。
「来たな、ガキ」
黒覆面の男が3人。顔は見えない。
「おばあさんを解放してください」
「権利書を先に渡せ」
「同時にしましょう」
緊張の瞬間。カイトが封筒を差し出す。男の一人が近づいてくる。
その時——
「今だ!」
リクの合図で、シュンスケがドローンから強力なライトを照射した。
「うわっ!」
男たちが目を押さえる。その隙に、ユイが影から飛び出し、祖母の縄を解く。
「逃げて!」
でも、男たちもすぐに態勢を立て直した。
「ガキども!」
追いかけてくる。四人は必死に走る。
廃遊園地の中は複雑だ。壊れたメリーゴーランド、錆びたジェットコースターのレール、草に覆われた迷路。
「こっち!」
リクが道を指示する。事前に地図を暗記していたのだ。
でも、男たちも必死だ。どんどん距離が縮まる。
「もうダメだ」
追い詰められた。行き止まりだ。
男たちが迫る。
「観念しろ」
その瞬間——
「楽陽署だ! 動くな!」
警官隊が一斉に現れた。男たちは包囲された。
「しまった! 罠か!」
男たちは観念して手を上げた。
事件は解決……と思われた。
しかし、一人の男が叫んだ。
「ボスはまだ諦めてないぞ! 第三の計画が——」
男は途中で口を閉ざした。仲間に睨まれて。
第三の計画? まだ何かあるのか。
第8章 ミズキの正体と真実
事件から数日後、ミズキから連絡があった。
『会って話したいことがあります』
四人は病院に向かった。ミズキはもう退院していて、近くのカフェで待っていた。
「みんな、ありがとう」ミズキが頭を下げる。
「いえいえ、8丁目ヒーローズの仕事ですから」カイトが胸を張る。
ミズキが真剣な顔になった。
「実は、まだ話していないことがあるの」
四人は身を乗り出した。
「祖母のサチコは、確かに米軍と関わっていた。でも、それには理由があった」
ミズキは古い写真を取り出した。若い日本人女性と、米軍将校が写っている。
「祖母と、ジョン・スミス大尉。二人は……恋人同士だった」
「ええっ!?」四人が驚く。
「でも、当時は日本人と米軍人の恋愛は難しかった。それで、二人は秘密の計画を立てた」
「計画?」
「楽陽町の土地を買い占めていた悪徳業者から、権利書を取り戻す計画。その土地は、元々は町の人たちのものだった」
なるほど、と四人は納得した。
「でも、ジョン大尉は朝鮮戦争で戦死した。祖母は一人で権利書を守り続けた」
「それで、『ポイント・ゼロ』は?」
「二人の待ち合わせ場所の暗号。でも、本当の意味は『新しい始まりの場所』」
ミズキは微笑んだ。
「祖母は生前、言っていた。『いつか、正義感の強い子どもたちが現れて、真実を明らかにしてくれる』って」
四人は顔を見合わせた。まさに自分たちのことだ。
「それで、権利書はどうなるの?」シュンスケが聞く。
「町に返還されることになった。そして、その土地は公園になる予定」
「公園!」
「名前は『ポイント・ゼロ公園』。新しい始まりの場所として」
四人は喜んだ。8丁目に新しい遊び場ができる。
でも、リクが気になることを言った。
「第三の計画って、何だろう」
そう、まだ謎が残っている。
その時、ユイのスマホが鳴った。
「あ、おばあちゃんから」
電話に出ると、祖母の慌てた声。
『ユイ、大変! 町の防災無線が乗っ取られた!』
四人は外に飛び出した。
防災無線から、変な音声が流れている。
『楽陽町の皆さん、こんにちは。私は宝探しゲームの主催者です』
機械で変声された声。
『72時間以内に、本当の宝を見つけられなければ、楽陽町に災いが起こるでしょう』
「脅迫だ!」カイトが叫ぶ。
『ヒントは一つ。「鳥は東を向き、魚は西を向く。その交点に真実がある」』
放送が終わった。町中が騒然としている。
「また暗号かよ」カイトがうんざりする。
「でも、これが最後かもしれない」シュンスケが言う。
リクが考え込む。「鳥と魚……」
ミズキも一緒に考える。「祖母の日記に、何か手がかりがあるかも」
五人は瀬戸家の蔵に集まった。ミズキが持ってきた祖母の日記を読み返す。
「あった!」ミズキが叫ぶ。
『町には二つの守り神がいる。東の鷹と西の鯉。いつか二つが出会う時、真実が明らかになる』
「東の鷹……」シュンスケが地図を見る。「鷹取山だ」
「西の鯉は?」
「鯉城!」ユイが気づく。「楽陽城の別名が鯉城」
二つの地点を地図上で結ぶ。その交点は——
「第三小学校!?」
自分たちの学校だった。
第9章 学校に隠された秘密
深夜、五人は学校に忍び込んだ。
「不法侵入だぞ」シュンスケが心配する。
「非常事態だから仕方ない」カイトが言う。
正門は閉まっているが、体育倉庫の裏の柵が壊れていることを知っていた。
「静かに」リクが注意する。
校舎に入る。夜の学校は不気味だ。
「どこを探す?」ユイが聞く。
「まず、校長室」ミズキが提案する。「古い資料があるかも」
校長室には鍵がかかっていたが、リクが持ってきた工具で何とか開けた(プログラミングだけでなく、機械いじりも得意だった)。
「これ、ヤバくない?」シュンスケが冷や汗をかく。
校長室の本棚を調べる。古い卒業アルバム、創立記念誌、そして——
「これだ!」
『楽陽第三小学校建設記録』という古い冊子。
ページをめくると、建設時の写真がある。その中に、米軍将校と日本人が一緒に写っている写真。
「ジョン大尉だ」ミズキが確認する。
写真の下にメモがある。
『タイムカプセル埋設 1951年10月1日 校庭中央』
「タイムカプセル!」
五人は校庭に出た。中央には、今は花壇がある。
「掘るの?」ユイが聞く。
「しかない」カイトがスコップを取りに行く。
体育倉庫からスコップを持ってきて、掘り始める。
30分後。
カチン。
「当たった!」
金属の箱が出てきた。かなり大きい。
「開けてみよう」
蓋を開けると、中にはいろいろなものが入っていた。
当時の新聞、写真、手紙、そして——
「これは……」
分厚い封筒。中には書類の束。
リクが懐中電灯で照らしながら読む。
「契約書だ。楽陽町の発展のための基金設立の」
詳しく読むと、米軍が残した資金で、町の教育と福祉のための基金を作るという内容だった。
「金額が……」シュンスケが目を見張る。「今の価値で数十億円!」
「これが本当の宝だったのか」カイトが呟く。
でも、なぜ詐欺グループがこれを狙う?
その答えは、書類の最後のページにあった。
『基金の管理者が不在の場合、最初に申し出た者が管理権を得る』
「これだ!」リクが気づく。「詐欺グループは、この管理権を狙ってた」
管理者になれば、金を自由にできる。
「でも、正当な管理者は?」
ミズキが書類を見る。「祖母の名前がある。そして、その相続人は……私」
五人は顔を見合わせた。
その時——
「そこまでだ」
懐中電灯の光が五人を照らした。
男が三人、立っている。今度は警官の制服を着ているが、明らかに偽物だ。
「第三の計画の実行部隊だ」男がニヤリと笑う。「その書類をもらおう」
五人は後ずさりした。
「逃げても無駄だ。学校は包囲した」
絶体絶命。
でも、カイトは諦めなかった。
「みんな、あの作戦だ!」
「あの作戦?」男たちが怪訝な顔をする。
カイトが叫ぶ。「今だ!」
五人は一斉に違う方向に走り出した。
「散開作戦!」
男たちは混乱した。五人を同時に追うことはできない。
カイトは校舎に向かって走る。一人の男が追いかける。
階段を駆け上がり、屋上に出る。行き止まり——と見せかけて、カイトは隣の校舎への渡り廊下に飛び移った。
陸上で鍛えた脚力が活きる。
シュンスケは理科室に逃げ込んだ。そして、化学薬品を混ぜて煙幕を作る(授業で習った知識を応用)。
モクモクと煙が充満し、男は前が見えなくなる。
リクは放送室に入り、マイクのスイッチを入れた。
「緊急事態! 第三小学校に不審者! 警察に通報を!」
町中に放送が響き渡る。
ユイは体育館に逃げ、ボールをばらまいて男を転ばせる。
「イテテ!」
ミズキは書類を持って、校長室に戻り、FAXで警察に書類を送信し始める。
証拠を確保するためだ。
その時、サイレンの音が聞こえてきた。
パトカーが何台も学校に到着。本物の警官隊が突入してくる。
「もう終わりだ!」カイトが屋上から叫ぶ。
男たちは観念して、逮捕された。
第10章 明かされる陰謀
警察署で、男たちの取り調べが行われた。
そして、驚くべき事実が判明する。
三つの詐欺グループは、実は一つの巨大組織の下部組織だった。
組織のボスは、元楽陽町議会議員。町の開発で私腹を肥やそうとしていた人物だ。
「やつは、基金の存在を知って、それを狙った」カイトの父親が説明する。
「でも、どうやって知ったの?」カイトが聞く。
「内通者がいた。町役場の職員が、古い資料を調べて情報を流していた」
五人は驚いた。身内に裏切り者がいたなんて。
でも、その職員も逮捕された。
ミズキが書類にサインをする。
「私が正式な管理者として、基金を町のために使います」
町長が現れた。
「君たちのおかげで、楽陽町は救われた。本当にありがとう」
そして、後日——
楽陽町では、盛大な式典が開かれた。
『8丁目ヒーローズ感謝祭』
五人は表彰された。
カイトが代表でスピーチをする。
「僕たちは、ただ町を守りたかっただけです。これからも、8丁目ヒーローズとして、町を見守ります!」
拍手喝采。
でも、シュンスケが小声で言う。
「もう、しばらく事件はいいや」
「同感」リクも苦笑い。
「でも、楽しかったよね」ユイが笑う。
「うん」ミズキも微笑む。「祖母も、きっと喜んでいる」
五人は青空を見上げた。
第三小学校の校庭では、タイムカプセルを埋め直す作業が行われている。
今度は、五人の写真とメッセージも一緒に入れることになった。
カイトが書いたメッセージ:
『未来の8丁目の子どもたちへ。君たちの町は、君たちが守るんだ。勇気を持って、正義を貫いて。8丁目ヒーローズより』
第11章 日常への帰還、そして
事件から一ヶ月後。
楽陽町は平和を取り戻していた。
基金の一部で、新しい図書館とスポーツ施設が建設されることになった。
「ポイント・ゼロ公園」の工事も始まっている。
五人は変わらず仲良しだ。でも、少し変化もあった。
カイトは、陸上の練習により真剣に取り組むようになった。
「将来は警察官になって、親父を超える!」
シュンスケは、地域の歴史研究会に参加し始めた。
「祖父から、もっと町の歴史を学びたい」
リクは、プログラミングコンテストに挑戦することにした。
「セキュリティソフトを作って、詐欺を防ぎたい」
ユイは、ジャーナリズム部を作った。
「学校新聞で、町の出来事を伝える!」
ミズキは、大学を休学して楽陽町に残ることにした。
「基金の管理と、祖母の遺志を継ぐために」
秘密基地も立派に再建された。
今度は、町の大工さんが手伝ってくれて、ちゃんとした小屋になった。
でも、看板は変わらない。
『8丁目ヒーローズ 秘密基地』
ある日の放課後。
五人は秘密基地に集まっていた。
「平和だなー」カイトが寝転がる。
「平和が一番」シュンスケが本を読みながら言う。
リクはパソコンで何か作業をしている。
「何してるの?」ユイが覗き込む。
「8丁目ヒーローズのWebサイト作ってる」
「ええっ!?」
画面には、かっこいいデザインのサイトが表示されている。
『8丁目ヒーローズ ~町の小さな守り神~』
「お困りごと相談フォームも作った」リクが説明する。
「マジで!?」カイトが飛び起きる。
すると、早速メールが届いた。
『うちの猫が行方不明です。探してください』
「猫探しか」シュンスケが笑う。
「でも、困ってる人がいる」ミズキが言う。
カイトが立ち上がった。
「よし! 8丁目ヒーローズ、出動だ!」
五人は秘密基地を飛び出した。
夕日に向かって走る五人の影が、長く伸びている。
これからも、8丁目には小さな事件が起こるだろう。
でも、8丁目ヒーローズがいる限り、町は安全だ。
第12章 夏祭りの夜に
7月末、楽陽町の夏祭りの日。
今年の祭りは特別だった。「ポイント・ゼロ公園」の完成記念も兼ねている。
五人は浴衣姿で集合した。
「カイト、浴衣似合わないー」ユイが笑う。
「うるさい! 男は中身だ」カイトが照れる。
シュンスケは祖父に着付けてもらった本格的な浴衣。
「さすが老舗の息子」リクが感心する。
ミズキは薄紫の浴衣で、大人っぽい雰囲気。
「みんな、素敵よ」
祭りの会場は、新しくできたポイント・ゼロ公園。
屋台が並び、盆踊りの櫓が組まれている。
「たこ焼き食べよう!」カイトが走り出す。
「花より団子かよ」シュンスケが呆れる。
屋台を回っていると、見覚えのある顔が。
「あれ、父さん」
カイトの父親が、浴衣姿で屋台の焼きそばを焼いていた。
「お、来たか。警察署のボランティアだ」
「かっこいい!」ユイが言う。
父親が照れ笑い。「お前たちのおかげで、町が平和になったからな」
焼きそばをサービスしてもらった。
公園の中央には、記念碑が建っている。
『ポイント・ゼロ ~新しい始まりの場所~』
碑文には、水月サチコとジョン・スミス大尉の名前も刻まれている。
「おばあちゃん、見てる?」ミズキが空を見上げる。
花火大会が始まった。
「きれい!」
大輪の花火が夜空に咲く。
五人は芝生に寝転がって見上げた。
「なんか、映画みたいだな」カイトが言う。
「映画なら、ここで事件が起きるけどね」シュンスケが冗談を言う。
その時——
「大変だ!」
誰かの叫び声。
五人は飛び起きた。
「まさか、また事件!?」
駆けつけると、迷子の放送をしていた。
「3歳の男の子が迷子です」
「なーんだ」カイトが安心する。
でも、リクが言った。
「僕たちで探そう」
「8丁目ヒーローズの出番だ!」
五人は手分けして探し始める。
カイトは公園の遊具を確認。
シュンスケは屋台の裏を探す。
リクは放送で呼びかける。
ユイは女子トイレもチェック。
ミズキは迷子センターと連絡を取る。
10分後。
「いた!」
カイトが見つけた。男の子は、大きな木の下で泣いていた。
「お母さんは?」優しく聞く。
「わかんない……」
カイトが男の子を抱き上げる。
「大丈夫、お兄ちゃんたちが連れて行ってあげる」
迷子センターに連れて行くと、若い母親が泣きながら待っていた。
「ゆうた! よかった!」
母子の再会。
「ありがとうございます」母親が深々と頭を下げる。
「いえいえ、8丁目ヒーローズですから」カイトが照れる。
男の子が言った。
「ヒーロー、かっこいい!」
五人は顔を見合わせて笑った。
祭りの最後、盆踊りが始まった。
「踊ろう!」ユイが提案。
「え、俺、踊れない」カイトが逃げようとする。
「大丈夫、簡単だから」ミズキが手を引く。
五人は輪に加わった。
不格好だけど、楽しく踊る。
町の人たちも一緒に踊る。
顔見知りがたくさんいる。
駄菓子屋のおばあちゃん、コンビニの店長、瀬戸家の祖父、ユイの祖母、そしてカイトの両親。
みんな笑顔だ。
(これが、僕たちの町だ)
カイトは思った。
(守りたい場所だ)
祭りの夜は更けていく。
でも、8丁目の夏はまだ始まったばかりだ。
第13章 真夏の大冒険
8月、真夏の太陽が照りつける中、五人は海岸に集まっていた。
「暑い〜」カイトがぐったりする。
「だから海に来たんでしょ」ユイが水鉄砲を構える。
水鉄砲合戦が始まった。
「うわっ、冷たい!」
「反撃だ!」
子どもらしく遊ぶ五人。
でも、リクは体調が悪そうだ。
「大丈夫?」ミズキが心配する。
「うん、ちょっと疲れただけ」
リクは木陰で休むことにした。
その時、砂浜で何か光るものを見つけた。
「これ……」
古い懐中時計だった。蓋を開けると、写真が入っている。
若い男女の写真。そして、裏には文字が。
『To my dear Sachiko - John』
「ミズキさん!」
ミズキが駆け寄る。
「これ、祖母とジョン大尉の……」
涙ぐむミズキ。
「きっと、ここで落としたのね」
五人は砂浜を掘り始めた。
もしかしたら、他にも何かあるかもしれない。
30分後。
「あった!」
小さな金属の箱。中には手紙が入っていた。
英語の手紙。リクが翻訳する。
『愛するサチコへ。戦争が終わったら、必ず戻ってくる。この場所で、また会おう』
日付は、ジョン大尉が戦地に向かう前日。
「切ない……」ユイが涙ぐむ。
でも、手紙にはまだ続きがあった。
『もし私が戻らなかったら、君に託したい。楽陽町の未来を』
ミズキは手紙を大切に抱きしめた。
「おばあちゃん、ちゃんと約束を守ったのね」
夕方、五人は海岸で小さな慰霊祭をした。
懐中時計と手紙を、記念碑に供える。
「安らかに」
手を合わせる五人。
夕日が海を金色に染める。
「きれいだな」カイトが呟く。
「うん」シュンスケも頷く。
「この景色、ずっと守りたい」リクが言う。
「守ろう」ユイが力強く言う。
「みんなで」ミズキが微笑む。
五人は手をつないだ。
波の音が優しく響く。
カモメが飛んでいく。
平和な夏の一日。
でも、この平和は、誰かが守っているから続いている。
五人は、それを知っている。
だから、8丁目ヒーローズは今日も町を見守る。
第14章 夏休みの終わりと新たな始まり
8月末、夏休みも残りわずか。
五人は宿題に追われていた。
「自由研究、何にした?」カイトが聞く。
「楽陽町の歴史」シュンスケが答える。
「防犯アプリの開発」リクが画面を見せる。
「地域新聞の創刊」ユイが原稿を見せる。
「考古学から見た楽陽町」ミズキも参加している。
「俺は……」カイトが困った顔。「8丁目ヒーローズの活動記録!」
「それ、自由研究?」みんなが笑う。
でも、先生は認めてくれた。
「地域貢献の記録として、素晴らしい」
9月1日、新学期。
始業式で、校長先生が五人を壇上に呼んだ。
「この夏、我が校の生徒たちが、町を守る活動をしてくれました」
全校生徒の前で表彰される。
恥ずかしいけど、誇らしい。
教室に戻ると、クラスメイトたちが集まってきた。
「8丁目ヒーローズ、かっこいい!」
「私も入りたい!」
「俺も!」
希望者が殺到した。
「どうする?」シュンスケが困る。
カイトが考えた。
「8丁目ヒーローズ・ジュニアを作ろう!」
こうして、8丁目ヒーローズは拡大した。
ジュニアメンバーは、ゴミ拾いや、お年寄りの手伝いなど、小さな活動から始める。
本部メンバーの五人は、相談役として活動をサポート。
ある日、ジュニアメンバーから報告が。
「公園に落書きする人がいます!」
「よし、張り込もう」カイトが動く。
夜、公園で待機。
すると、中学生グループが現れた。
スプレー缶を持っている。
「待て!」
カイトが飛び出す。
中学生たちは驚いて逃げようとするが——
「君たち、どうして落書きなんか」ミズキが優しく聞く。
一人が答えた。
「……つまらないから」
「つまらない?」
「この町、何もないし」
五人は顔を見合わせた。
「何もなくない!」カイトが力説する。
そして、楽陽町の歴史、ポイント・ゼロの話、町の人たちの温かさを語った。
中学生たちは、次第に聞き入っていく。
「……俺たちも、何かできるかな」
「もちろん!」ユイが言う。「一緒に町を良くしよう」
中学生たちは、8丁目ヒーローズに協力することになった。
落書きを消して、代わりに美しい壁画を描くプロジェクトが始まった。
町の人たちも協力してくれた。
ペンキを提供してくれる人、デザインを考える人、差し入れを持ってくる人。
完成した壁画は、楽陽町の四季を描いた美しいものだった。
「すごい!」
「みんなで作った」
町の新しい名所になった。
9月のある日、ミズキが大学に戻ることになった。
「寂しくなるな」カイトが言う。
「また来るよ」ミズキが微笑む。「基金の仕事もあるし」
「8丁目ヒーローズの名誉顧問として」シュンスケが言う。
「名誉顧問!」みんなが笑う。
駅のホームで見送る四人。
「みんな、ありがとう」ミズキが手を振る。
「また会おう!」
電車が去っていく。
四人は、しばらく去っていく電車を見つめていた。
「さて」カイトが振り返る。「俺たちの仕事は続く」
「そうだね」リクが頷く。
四人は駅を後にした。
第15章 最後の謎と本当の宝物
10月、秋が深まる楽陽町。
ポイント・ゼロ公園の木々が色づき始めた。
ある日、町の図書館で調べ物をしていたシュンスケが、重要な発見をした。
「みんな、これ見て!」
古い新聞記事のコピー。1952年の記事だ。
『楽陽町に謎の光 住民騒然』
「謎の光?」カイトが首を傾げる。
記事を読むと、当時、楽陽町の上空に正体不明の光が現れ、それが海に落ちたという。
「UFO!?」ユイが興奮する。
「いや、違う」リクが冷静に分析する。「時期的に、米軍の何かだろう」
シュンスケが続きを読む。
「その光が落ちた場所が……現在のポイント・ゼロ公園の沖合」
四人は顔を見合わせた。
「まさか、まだ何かある?」
その時、図書館の司書のおばさんが声をかけてきた。
「あら、8丁目ヒーローズの子たちね」
司書の田中さんは、町の生き字引のような人だ。
「田中さん、この記事について何か知ってますか?」
田中さんは考え込んだ。
「ああ、その話ね。私の父から聞いたことがある」
四人は身を乗り出した。
「当時、米軍は極秘実験をしていたらしい。でも、失敗して、実験機材が海に落ちた」
「実験機材?」
「詳しくは知らないけど、とても大切なものだったらしい。回収しようとしたけど、できなかった」
四人は再び顔を見合わせた。
「それが、本当の『ポイント・ゼロ』かも」シュンスケが言う。
放課後、四人は海岸に向かった。
ポイント・ゼロ公園から海を眺める。
「でも、海の中なんて、どうやって探す?」カイトが困る。
「水中ドローンがあれば……」シュンスケが呟く。
その時、リクが思いついた。
「釣り船! 底引き網漁の船なら、海底の様子が分かる」
四人は港に向かった。
漁師の山田さんに相談する。
「海底の変なもの? ああ、確かにある」
山田さんは海図を見せてくれた。
「ここだ。妙な金属反応がある場所。魚も寄り付かない」
場所は、ポイント・ゼロ公園の沖合い500メートル。
「連れて行ってもらえますか?」
「うーん、子どもだけでは危険だな」
その時、カイトの父親が現れた。
「俺も一緒に行こう」
「父さん!」
「実は、警察でもその場所は要注意地点になっている。一度調査したかったんだ」
翌日の早朝、四人とカイトの父親、そして山田さんの船で出航した。
目的地に着くと、魚群探知機が反応した。
「深さ15メートル。何か大きな金属の物体がある」
「潜ってみます」カイトの父親が言う。
「危険です!」
「大丈夫。ダイビングの資格も持ってる」
父親が潜水服を着て、海に潜った。
15分後、浮上してきた。
「あった。金属の箱だ。でも、重くて上げられない」
「ワイヤーで引き上げよう」山田さんが提案。
船のクレーンを使って、ゆっくりと引き上げる。
ついに、金属の箱が海面に現れた。
「でかい!」
縦横2メートルはある大きな箱。
港に戻って、箱を開ける。
中には——
「これは……」
大量の医療機器と薬品。そして、英語の書類。
リクが読む。
「医療支援物資……朝鮮戦争で使う予定だった」
詳しく調べると、当時最新の医療機器と、貴重な薬品だった。
「でも、なぜ海に?」
書類の最後に、手書きのメモがあった。
『この物資を戦争ではなく、平和のために使いたい。楽陽町の人々の健康のために — John Smith』
ジョン大尉が、戦争物資を平和利用しようとしていたのだ。
「すごい……」四人は感動した。
カイトの父親が言った。
「これは、歴史的発見だ。町の博物館に展示しよう」
数日後、臨時の町議会が開かれた。
海から引き上げられた物資の扱いについて。
「当時の価値で言えば、これも相当な財産です」町長が説明する。
「でも、今となっては歴史的価値の方が高い」
議論の結果、物資は博物館に展示され、その歴史を後世に伝えることになった。
そして、ジョン大尉と水月サチコの物語も、正式に町の歴史に記録されることに。
「二人の思いが、やっと報われた」ミズキが電話で言った。
東京から聞いていたミズキも喜んでいる。
11月3日、文化の日。
楽陽町博物館で特別展が開かれた。
『ポイント・ゼロ 〜愛と平和の物語〜』
展示を見に、たくさんの人が訪れた。
四人も、ジュニアメンバーと一緒に見学に行った。
展示の最後に、メッセージボードがあった。
来場者が感想を書いている。
『感動しました』
『平和の大切さを改めて感じました』
『8丁目ヒーローズ、ありがとう』
四人も、それぞれメッセージを書いた。
カイト:『正義は必ず勝つ!』
シュンスケ:『歴史を知ることは、未来を作ること』
リク:『技術は人のために』
ユイ:『みんなで守る、みんなの町』
博物館を出ると、夕焼けが町を赤く染めていた。
「きれいだな」カイトが呟く。
「うん」三人も頷く。
「これで、本当に事件は終わり?」ユイが聞く。
「たぶん」シュンスケが答える。
「でも、8丁目ヒーローズの仕事は終わらない」リクが言う。
「そうだね」カイトが笑う。「町がある限り、俺たちの仕事は続く」
四人は夕日に向かって歩き始めた。
影が長く伸びる。
まるで、未来への道のように。
数日後、学校で作文の宿題が出た。
テーマは『私の宝物』。
カイトは悩んだ末に、こう書いた。
『僕の宝物は、仲間と町です。
この夏、僕たちは大きな事件に巻き込まれました。
詐欺グループと戦い、昔の謎を解き、町の歴史を知りました。
でも、一番の発見は、本当の宝物は金や権利書じゃないってことです。
本当の宝物は、一緒に笑い、一緒に悩み、一緒に戦ってくれる仲間。
そして、その仲間と一緒に守りたいと思える町。
8丁目は、特別な場所じゃありません。
でも、僕たちにとっては、世界で一番大切な場所です。
だから、僕たちは8丁目ヒーローズとして、これからも町を守ります。
それが、僕たちの使命だから。
そして、それが僕たちの誇りだから。』
先生は、この作文に花丸をつけてくれた。
そして、コメントも。
『素晴らしい作文です。君たちの活動を、先生も応援しています』
11月の終わり、紅葉が散り始めた頃。
四人は、いつものように秘密基地に集まっていた。
「そろそろ冬だね」ユイが言う。
「ストーブ、用意しないと」シュンスケが提案。
「こたつがいい!」カイトが主張。
「電気、来てないでしょ」リクが現実的。
わいわいと話していると、ジュニアメンバーの一人が駆け込んできた。
「大変です! 商店街で……」
「また事件か!」
四人は顔を見合わせて、笑った。
「8丁目ヒーローズ、出動!」
秘密基地を飛び出す四人。
今度は、どんな事件が待っているのか。
でも、四人は怖くない。
だって、仲間がいるから。
そして、守るべき町があるから。
楽陽町の空に、渡り鳥の群れが飛んでいく。
季節は巡る。
でも、8丁目ヒーローズの冒険は、まだまだ続く——
## エピローグ 10年後の8丁目
2035年、春。
楽陽町は、大きく発展していた。
ポイント・ゼロ公園は、町のシンボルとして、多くの観光客が訪れる名所になっている。
桜が満開の公園で、一人の青年が立っていた。
疾風カイト、21歳。
警察学校を卒業したばかりの新米警察官。
配属先は、もちろん楽陽署。
「懐かしいな」
カイトは、公園の記念碑を見つめる。
「カイト!」
声がして振り返ると、そこには——
瀬戸シュンスケ。大学で歴史学を専攻し、今は町の博物館で学芸員をしている。
天城リク。IT企業を起業し、セキュリティソフトの開発で成功。体調も新薬のおかげで安定している。
相良ユイ。ジャーナリストになり、地域新聞の記者として活躍中。
「久しぶり!」
四人が集まるのは、半年ぶりだった。
「ミズキさんは?」
「もうすぐ来るって」
しばらくすると、ミズキが現れた。
考古学者として、そして基金の管理者として、楽陽町と東京を行き来している。
「みんな、久しぶり」
五人が揃った。
「覚えてる? 10年前の春」カイトが言う。
「忘れるわけない」シュンスケが笑う。
「人生が変わった日だ」リクも頷く。
「8丁目ヒーローズの始まりの日」ユイが懐かしむ。
「みんなのおかげで、町は平和になった」ミズキが微笑む。
五人は、ベンチに座った。
「ねえ」ユイが言う。「8丁目ヒーローズって、まだある?」
「もちろん」カイトが答える。「今は、弟が引き継いでる」
「うちの妹も参加してる」シュンスケが言う。
「近所の子たちが、秘密基地を使ってるよ」リクも。
「伝統になったんだね」ミズキが嬉しそう。
桜の花びらが舞い落ちる。
「なあ」カイトが立ち上がる。「もう一度、みんなで町を回らない?」
「いいね」
五人は、懐かしい道を歩き始めた。
商店街、まだある。駄菓子屋のまるちゃんも健在。
「あら、8丁目ヒーローズ!」
おばあちゃんは、五人を覚えていてくれた。
海岸、防風林、そして——
「秘密基地だ」
かつての秘密基地は、今も子どもたちの遊び場。
看板は新しくなっているが、『8丁目ヒーローズ』の文字は残っている。
中を覗くと、小学生たちが作戦会議をしていた。
「あ、初代ヒーローズだ!」
子どもたちが飛び出してくる。
「サインください!」
「写真撮って!」
五人は苦笑しながら、子どもたちの相手をした。
「君たちも、町を守ってるの?」ミズキが優しく聞く。
「はい! こないだも、迷い犬を見つけました!」
「すごいね」
カイトが子どもたちに言った。
「8丁目ヒーローズの使命、覚えてる?」
「町を守ること!」
「仲間を大切にすること!」
「正義を貫くこと!」
子どもたちが元気に答える。
「そう。それを忘れないで」
夕方、五人は楽陽橋に立っていた。
川面に夕日が反射してキラキラと輝いている。
「変わったこともあるけど」シュンスケが言う。
「変わらないものもある」リクが続ける。
「この町の温かさとか」ユイが微笑む。
「人と人の繋がりとか」ミズキも。
「俺たちの友情とか」カイトが締めくくる。
五人は、拳を合わせた。
「8丁目ヒーローズ、永遠に!」
その瞬間を、通りかかった子どもが見ていた。
目を輝かせて。
(いつか、僕も)
その子は思った。
(あんなヒーローになりたい)
物語は続く。
世代を超えて。
時代を超えて。
8丁目ヒーローズの精神は、永遠に受け継がれていく。
楽陽町に、春風が吹く。
新しい物語の始まりを告げるように——
【完】
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## あとがき
この物語を読んでくれた君へ。
君の町にも、きっと守るべきものがあるはずだ。
大切な友達、優しい大人たち、思い出の場所。
それを守るのに、特別な力はいらない。
必要なのは、勇気と、仲間と、正義の心。
君も、君の町のヒーローになれる。
小さなことからでいい。
困っている人を助ける。
町をきれいにする。
友達を大切にする。
それが、ヒーローの第一歩。
8丁目ヒーローズは、架空の物語。
でも、その精神は本物。
君の町で、君の物語を始めよう。
きっと、素敵な冒険が待っているから。
著者より
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## 主要キャラクター紹介
### 疾風カイト(はやて・かいと)
- 11歳、小学5年生
- 警察官の父を持つ正義感の強い少年
- 陸上クラブ所属、短距離走が得意
- 座右の銘:「正義は必ず勝つ!」
- 特技:どんな時でも前向きに行動すること
### 瀬戸シュンスケ(せと・しゅんすけ)
- 11歳、小学5年生
- 300年続く酒蔵「瀬戸乃雫」の跡取り息子
- 博識で冷静、眼鏡がトレードマーク
- 座右の銘:「温故知新」
- 特技:ドローン操作、読書、歴史研究
### 天城リク(あまぎ・りく)
- 11歳、小学5年生
- 頭脳明晰で運動神経も良いが、内臓疾患で体調に波がある
- プログラミングが得意、将来の夢はIT起業
- 座右の銘:「技術は人のために」
- 特技:プログラミング、料理、論理的思考
### 相良ユイ(さがら・ゆい)
- 11歳、小学5年生
- 活発で行動的な女の子、ポニーテールがトレードマーク
- 祖母は郷土史家、ジャーナリスト志望
- 座右の銘:「真実を伝える」
- 特技:情報収集、インタビュー、運動全般
### ミズキ(本名:水樹美月)
- 20歳、大学生
- 水月サチコの孫、考古学専攻
- 楽陽町の基金管理者
- 座右の銘:「過去から学び、未来を作る」
- 特技:英語、考古学研究、リーダーシップ
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## 楽陽町マップ
### 主要スポット
**ポイント・ゼロ公園**
- 町の中心にある記念公園
- ジョン大尉と水月サチコの記念碑がある
- 春は桜、夏は花火大会の会場
**第三小学校**
- 8丁目ヒーローズの本拠地
- タイムカプセルが埋められた場所
- 全校生徒約500名
**秘密基地**
- 海岸近くの防風林の中
- 8丁目ヒーローズの作戦本部
- 代々受け継がれる聖地
**商店街**
- 駄菓子屋「まるちゃん」がある
- 地域の交流の中心地
- 昔ながらの温かい雰囲気
**楽陽橋**
- 町を流れる川にかかる大橋
- 物語の重要な舞台の一つ
- 夕日の名所
**海岸**
- 瀬戸内海に面した穏やかな海
- 潮干狩りや海水浴が楽しめる
- ジョン大尉の想い出の場所
**瀬戸酒造**
- 300年の歴史を持つ酒蔵
- シュンスケの実家
- 町の誇る伝統産業
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## 8丁目ヒーローズの掟
一、困っている人を見過ごさない
一、仲間を裏切らない
一、正義を貫く
一、町を愛する
一、あきらめない
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## 用語集
**ポイント・ゼロ**
- 「始まりの地点」を意味する
- ジョン大尉と水月サチコの待ち合わせ場所の暗号
- 現在は公園の名前として親しまれている
**8丁目ヒーローズ**
- 楽陽町8丁目を守る子どもたちのグループ
- 初代メンバーは5人
- 現在は次世代に受け継がれている
**楽陽町**
- 広島県に位置する架空の町
- 人口約3万人
- 海と山に囲まれた自然豊かな場所
**基金**
- 戦後、米軍が残した教育・福祉のための資金
- ミズキが正式な管理者
- 町の発展に活用されている
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## 読者のみんなへのメッセージ
この物語を最後まで読んでくれて、ありがとう!
8丁目ヒーローズの冒険、楽しんでもらえたかな?
カイトたちは、特別な能力を持っているわけじゃない。
でも、仲間を思いやる心と、町を愛する気持ち、そして正義感があれば、誰でもヒーローになれることを教えてくれた。
君の周りにも、きっと守りたいものがあるはず。
家族、友達、学校、町……
それを大切にする気持ちが、君をヒーローにする第一歩。
さあ、君も自分の物語を始めよう!
君の町の、君だけのヒーローズを作ろう!
いつか、君の冒険の話を聞かせてね。
8丁目ヒーローズより
この物語を読んでくれたあなたへ。
君の町にも、きっと守るべきものがあるはずだ。
大切な友達、優しい大人たち、思い出の場所。
それを守るのに、特別な力はいらない。
必要なのは、勇気と、仲間と、正義の心。
君も、君の町のヒーローになれる。
小さなことからでいい。
困っている人を助ける。
町をきれいにする。
友達を大切にする。
それが、ヒーローの第一歩。
8丁目ヒーローズは、架空の物語。
でも、その精神は本物。
君の町で、君の物語を始めよう。
きっと、素敵な冒険が待っているから。
著者より