魔法少女は働かない【ルナティックナイト】
放課後のグラウンド。夕焼けに染まる土の匂いの中、野球少年たちの声が響く。
ピッチャーマウンドに立つのは、黒髪を短く整えた少年──木場優真。チームのエースで4番、堂々とした投球フォームから投げ込まれた白球がキャッチャーミットに吸い込まれる。
「ナイスボール!」
キャッチャーの和哉が親友に親指を立てる。
優真は「よっしゃ!」とガッツポーズを決め、仲間からも拍手を浴びた。
普段は快活で頼れるチームのエース。だけど、彼には誰にも言えない“秘密”がある。
練習を終えて帰路につく途中、グラブを脇に抱えながら和哉が話しかけてきた。
「そう言えば昨日、隣町に怪人出てたじゃん!テレビで見てたんだけど──ルナティックナイト!カッコよかったよな~!ズババーって!あっさり倒しちゃったんだぜ!」
「へ、へぇ~……」
優真は気の抜けた返事をする。
和哉は目を輝かせて続ける。
「いやぁ、やっぱ魔法少女ってすげぇよな! 俺もあんな風に誰かを守れる存在になりてーな!」
「……そ、そうだな」
優真は苦笑し、途中で和哉と別れ家路に着いた。
怪人、怪獣──どこかから自然発生したり、強い悪意を持った人間が変異したりして、人や街を襲う災害そのもの。
それらから人々を守るのが魔法少女。文字通り魔法を使ったり、中には肉弾戦で戦う魔法少女も居る。彼女達は、“魔法妖精”と呼ばれる存在と契約し、力を授かることで魔法少女に変身出来るというが、彼女たちの普段の姿を知るものは居ない。
もしかしたら、今隣にいる人が魔法少女──ということも十分有り得るわけだ。
──優真が自宅の近くまで歩いた頃。街の中心部から轟音が響いた。人々の悲鳴。町中に怪人出現の緊急放送が流れた。
「怪人だ!」
人々が逃げ惑う中、優真は拳を握った。
「よし!出撃だ!」
人気のない路地に駆け込み、同時に背後から声が響く。
「待ってたララー!」
現れたのは、小さな黄色の妖精──丸っこい体に羽根を持ち、にこにこと笑う“魔法妖精”ララマンだった。
そう、彼の秘密とは──
「ルナティックナイト、変身ララー!」
「いくぞ!」
優真の体が光に包まれる。
黒髪は黄金色に染まり、肩口にフリルのついたノースリーブ、胸元には大きなリボン。短いプリーツスカートに白い手袋とニーハイブーツ。
鏡もないのに自分の姿が分かってしまう。
「や、やっぱりこの格好は……何度やっても慣れないな……!スースーするし……!」
スカートの裾を握って顔を赤くしながらも、ルナティックナイトは怪人のいる広場へと駆け出す。
──だが、群衆の中に見覚えのある顔を見つけて、思わず足が止まった。
(……和哉!?)
先程別れたばかりの親友の姿。よりによってこんな現場に。
もし、万が一顔を合わせて、正体がバレたら──。
逡巡した一瞬。怪人が和哉に向けて腕を振り上げた。
「危ない!」
咄嗟に飛び出し、その一撃をはじき返す。和哉が尻もちをついた。
優真は声を押し殺すようにして、最低限の言葉だけをかける。
「大丈夫?」
怪人を倒し、振り返ったその一瞬だけ──ルナティックナイトは笑顔を見せた。
「は、はい……!」
和哉は呆然と見上げる。
──魔法少女に、心を奪われた顔で。
─────
翌朝。ランドセルを背負い、登校路を歩く優真の心臓は落ち着かなかった。
(昨日のこと、和哉に……バレてないよな……いや、声も最低限しか出してないし……大丈夫、大丈夫……!)
背後から元気な声が響いた。
「おーい!優真!」
振り返れば、笑顔の和哉。
「聞いてくれよ!昨日さ!怪人に襲われそうになった時に、ルナティックナイトが助けてくれたんだ!」
「……!」優真の足が止まる。
和哉は恥ずかしそうに頬を赤らめ、けれどキラキラした瞳で続けた。
「初めて生で見たんだけど……俺、一目惚れしちゃったなぁ!決めた!次会えたら告白する!!」
「なっ……!?」
優真の思考が一瞬停止する。
(お、俺……俺に……!?いやいやいや!和哉はルナティックナイトを女の子だと思ってるんだ!俺に対してってわけじゃない!)
ホッとする一方で、胸の奥がざわついた。
もし本当に告白されたらどうすればいいのか。
「でも男同士でそんなのは!」と理性が叫ぶのに、頭の片隅では──和哉と並んで歩く自分、笑い合う自分の姿が浮かんでしまう。
(な、なんだよこれ……!俺、どうしちゃったんだ……!?)
それからというもの、優真は怪人の気配を察知するたび現場へ駆けつけようとするのだが……。
人混みの中に度々和哉の姿を見つけてしまい、慌てて足を止めた。
「ま、また和哉が……! もしまた助けに入ったら……顔とか声とかでバレちまうかも……!」
結局、他の魔法少女が現れて怪人を倒すのを物陰から見守るだけ。
ララマンは困ったように羽をぱたぱたさせる。
「優真、どうしたララー?全然出番がないララよ」
「う、うるさいな!今は……タイミングが悪いんだよ!」
そうして日が経つごとに、優真は「魔法少女として戦うこと」よりも「和哉に正体がバレること」を恐れるようになっていた。
けれど、胸の奥は妙に熱くて落ち着かない。
──そして。
ある日の午後。地響きと共に街を覆う影。出現したのは、今までの怪人とは比べ物にならない巨大怪獣だった。
ビルが倒壊し、魔法少女たちが必死に挑むも次々と吹き飛ばされていく。
『これは強い! このままでは街が……!』
避難する群衆の中、優真はまたしても和哉の姿を見つけてしまった。
(なっ……なんでまた和哉がこんな所に!)
再び変身を躊躇うが、怪獣の足は一歩ずつ和哉へ近づく。
「……迷ってる場合じゃない!」
優真は拳を握りしめた。
「いくぞ、ララマン!」
「よしきたララー!」
光に包まれ、ルナティックナイトが現れる。
「俺がやるんだ……! 今度こそ!」
しかし──
『きたーっ!! 最強の魔法少女、ホワイトスノーだーっ!!』
純白の衣装に身を包んだ少女が空から舞い降りる。その一撃で、怪獣は跡形もなく消し飛んだ。
歓声に包まれる街。
ルナティックナイトは力を抜き、空を仰いだ。
「……また俺の出番……なかったな」
そして変身を解き、唇を噛む。
「あーダメだダメだ!!」
「ど、どうしたララ?優真……」
優真はその瞳に強い炎を灯し、
「しばらく魔法少女は休業だ!こんな中途半端じゃダメだ!このままじゃ怪人退治も満足に出来ないし……か、和哉の気持ちにも真っ直ぐ向き合えない!山篭りだ! 修行だーっ!」
「え、えぇ!? ちょっと待つララーっ!!」
夕焼けの空へ、走る優真とララマンの声が響いていった。




