第9章:竹下くん
白市弦の家。二階の書斎には、時間が止まったような静けさが満ちていた。
仁、酒井、北川の三人は、壁にかけられた額縁や、古いアルバムの束を黙って見ていた。
「……これ見てくれ」
仁が小さな声でつぶやくように言った。
壁の棚に立てかけられていた一枚の写真。それは、公園のベンチで撮られたもので、20歳前後の青年と小学生ほどの少年が一緒に写っていた。2人とも笑顔で、親密さがにじみ出ている。
「……これ」
北川が写真に顔を寄せる。
「こっちの年上のほう……私の記憶が正しければ、当時の警察署長の息子です」
酒井が眉を寄せる。
「署長の息子が……子どもと何してんだ?遊んでるように見えるけど、これ、ただの被害者と加害者って感じじゃねぇな」
仁がふと、床に落ちたままになっていた日記帳を拾い上げた。
カバーは革製で、ページは黄ばんでいる。日付は昭和末期のものだった。
仁がページをめくって、ある文に目を止める。
『聡一は今日も楽しそうだった。彼と過ごしている時の顔は、本当に無邪気だ。彼が署長の息子だと知ったのは後になってからだったが、聡一にとっては“大切な人”だったのだろう』
「……聡一?」
北川がうなずく。
「竹下聡一。白浜第五小学校の“失踪事件”──生存者のうちの一人です。もう一人の子は、あなたが出会った“あの子の母親”。つまり、この写真の少年は……生き延びた男の子です」
「……ってことは、あの事故の“加害者”と、生き残った“被害者”が──あらかじめ知り合いだった可能性がある?」
酒井の声が低くなる。
「いや……“事故”ってのは本当に事故だったのか?そもそも、この2人の関係は……なんだ?」
仁がもう一度写真を見る。2人は笑っていた。でも、その笑顔は不思議な印象を与える──友情とも、支配とも取れる、あいまいな距離感。
「……竹下くんは、署長の息子と仲良かった。だから……他の子どもたちと一緒にいたんじゃないか?」
「事故に“巻き込まれた”んじゃなくて、“呼ばれた”んだとしたら……?」
沈黙が落ちた。
北川が深く息を吐きながら、冷静に言う。
「事件の構図が変わってきました。署長の息子は、単なる“暴走した加害者”ではないかもしれない。もしかすると……もっと深い“関係”があった」
酒井がぽつりとつぶやく。
「なあ仁。こいつら、“一緒に隠した”んじゃないか?」
仁の手が震えた。
「……その可能性、あるかもな」
それは、ただの事故や事件ではなく──
意図された「共犯」の気配だった。




