第8章:継がれた証拠
ラブホテル「ルミナ」を出たあと、仁と酒井は無言のまま近くの歩道に立っていた。情報が渦のように頭の中を回っていた。
「……俺たちだけで、どこまでできるんだろうな」
仁がつぶやくと、酒井はタバコを指に挟みながら言った。
「証拠はある。でも、“相手”の姿がまだ見えねぇ。これじゃ、撃ちようがない」
そのとき、仁のスマートフォンが震えた。
「……北川さんだ」
画面を見た仁が、ためらいながら通話ボタンを押す。受話口から聞こえてきたのは、抑えた声だった。
『……白市さん、少しだけお時間いただけますか。例の写真の件で、気になることがあるんです』
「はい、もちろんです。何があったんですか?」
『あの写真、署内であまりにも“静かすぎる”んです。本来なら何かしらの動きがあっていいのに、それがまったくない。誰も触れようとしないんです』
酒井が眉をひそめ、仁がスピーカーに切り替えた。
『そしてもう一つ。調べていて気づいたんですが……白市さんの祖父、“白市弦”さんに関する記録が、警察のデータベースから消えていました』
「……え?」
『住民票も死亡診断書も、報道歴も、全部。“最初から存在していなかった”みたいに。手を加えられてます』
酒井が静かに吐き捨てる。
「……徹底してんな。消されたってことか」
仁はしばらく黙り、ふと顔を上げた。
「……祖父の家、まだ残ってるんです。父がそのままにしていて。中を調べたことはありませんが、もしかしたら……何か残ってるかもしれません」
『ぜひ行きましょう。僕も向かいます』
「……北川さん、それは……危険かもしれませんよ」
『分かっています。でも、もう黙っているわけにはいきません』
通話が切れた。
酒井が仁の肩を軽く叩いた。
「……行くしかねぇな。腹括る時だ」
仁はうなずいた。
──すべては、あの一枚の写真から始まった。
今、その原点へと還る時が来た。
―――
夜の道路を走るタクシーの中、3人は言葉少なに座っていた。
「……北川さん、あの事件のこと、もともとご存知だったんですか?」
仁が問いかけると、北川は前を見据えたまま、うなずいた。
「断片的には、です。“霧の中で子どもが消えた”という話が都市伝説のように残っていました。でも、実際に起きていたとは思いませんでした」
タクシーの窓の外に、古い木造の家が姿を現す。
仁が小さくつぶやく。
「……じいちゃん、一体、何を残してたんだ」
車が止まる。
3人は無言のまま玄関の前に立ち、仁が鍵を差し込んだ。
「……開けます」
小さく音を立ててドアが開いた。冷たい空気が、奥から静かに流れ出した。




