伏線
「いきなり視聴者が知らない事実をいれるのは卑怯でしょ」
今日も莉音の声が喫茶店に響いている。
「だからここはどんでん返しで」
「ちゃんと事前に伏線仕込んでないのは、ただの後出しジャンケンだよ」
莉音はいつもと変わらずクリームあんみつを食べている。
「でも最近の視聴者にはこういうの人気だから、考察房とか」
「視聴者にも予想できる余地を残した上で話を覆さないとフェアじゃない。サスペンスの基本でしょ」
少し離れた俺の席からも洋子さんが困った顔をしているのが分かる。
「どんでん返しがあった時に、あ、そういえばこんな伏線があったなって、視聴者が思い出してはじめてカタルシスが感じられるの」
カタルシスって?
「伏線がないと視聴者はただビックリするだけ、お化け屋敷と一緒」
「お化け屋敷も最近人気だし」
莉緒がテーブルをドンと叩く。
「とにかく!!ちゃんと伏線仕込んでもらって、そうしないならもうこの仕事受けないから」
洋子さんは大きくため息を吐く。
「分かった。ちゃんと伏線入れてもらうよ」
何かをあかきらめた顔で洋子さんはちらっとこちらを見る。
「いつも待たせてゴメンね藤本君」
「気にしないでください。この店居心地良いんで」
「じゃあ、あとよろしく。またね莉音」
相変わらず忙しそうに店を出ていく洋子さん。
「あれ、今日藤本の日だっけ」
「この前連絡しただろ」
俺は莉音の目の前の席に移る。
「私に合うのを口実にしてサボってるんじゃないの」
「俺は仕事人間だからそんなことしないの」
「マスター、クリームあんみつおかわり」
「まだ食うのかよ」
「さっきのは洋子さんおごり、これは藤本のおごり」
しょうがない経費で落とすか。
「で、今日の事件は」
「被害者は莉音と同じ女子校生」
「また、若い子なの」
「斎藤由美さん17歳。現役高校生声優だったらしい。学校の写生大会で行った山の崖から落ちて死亡。当時は事故死と見立てられていたが、現場に誰かと激しく争った跡が見つかり、一転して殺人事件として捜査することになった」
「それで一課の登場ね」
「ただ問題なのは」
「何?」
「容疑者がいないんだ」
「は?いないって、怪しい生徒とかいないの?」
「生徒も先生も全員アリバイがある」
「じゃあ行きずりの犯行とか」
「学校関連以外の人物の目撃情報も無い」
「なるほど……」
「捜査開始してすぐに八方塞がり」
そこにマスターがクリームあんみつを運んでくる。
「ありがとう」
莉音は待ってましたとばかりに食べ始める。
「ちゃんと調べたの?」
「その場にいた全員に事情聴取したよ」
「ホントに?」
「もちろん。女子校なのに結構リベラルな学校でさ、制服も自由度が高くて女子でもズボンが選べるんだよ」
「ズボンっておっさんかよ」
莉音はあきれた顔でクリームあんみつを食べてる。
「被害者、由美さんの男関係は?」
「彼氏はいる」
俺は由美さんの彼氏の写真を見せる。
「ふーん、かなりオジさんだね」
「アニメのプロデュサーらしい、なんかギラギラしていやらしい感じだよね」
「いくつ?」
「42歳。由美さんとは制作現場で知り合ったらしい」
「ちょっとこの人怪しいね」
「でも彼にはアリバイがある」
「どんな?」
「アニメのアフレコ現場に立ち会ってた。スタッフも証言している」
「じゃあシロか」
莉音はおいしそうにあんこのついたミカンを食べている。
「SNSは調べた、他にも男がいるかも」
「もちろん、特に気になる投稿はなかった」
俺はSNSが映ったスマホの画面を莉音に見せる。
「ちょっと貸して」
莉音はひったくるように俺のスマホを奪い取る。
「乱暴だな」
莉緒は夢中でSNSをチェックする。
俺は冷めたコーヒーを飲みながら、それを黙って見つめる。
「なんかあったか?」
「特には。投稿もスイーツとか普通の写真ばっかり。人物の写真はゼロ。自分の写真もない。ただちょっと気になるんだよね」
「何が?」
「フォロワーに同級生が1人もいないんだよね」
「1人も?」
「フォローもしてない。繋がってるのはさっきのプロデューサーとか、仕事関連の人ばっかり」
莉音はプロデューサーのSNSの写真を見せる。
そこには大人達の中で楽しそうに笑っている由美の姿が映っている
「飲み会かな?」
「多分打ち上げ、未成年を参加させてるのはいただけないな」
「クラスメイトにアカウントを教えてないのかな」
「裏アカか、それともクラスで浮いてたか……学校関連の画像1個も上げてないし」
「女子高生らしくないな」
「生徒取り調べたんでしょ、なんか知らないの」
「物騒だな、お話をお伺いしただけだよ」
「仲の良い友達は」
「一応所属しているアニメ研究会の子達には話を聞いた」
メンバーの写真を莉音に見せる。
「どんな活動してるの?」
「声優を目指している子達の集まりみたい」
「仲良くつるんで生き残れる世界じゃないだろうに」
「例の制服がズボンだった子が部長だった、確か陽菜乃ちゃんだったかな」
「またズボンって、このボーイッシュの子か。で、その子たちのアリバイは?」
「ある。何人かに分かれて写生をしていた。」
「その様子を誰か見てる?」
「何度か見かけた生徒がいる」
「でもずっとじゃないよね」
「見張ってたわけじゃないから。でもお互いのアリバイはそれぞれが証明できるだろ」
「もしお互いが共犯だったら?」
「怖いこと言うな……」
確かにそこは見逃していた。
ついJK補正が入ってしまっていたのかも。
俺もまだまだだな
「現場に争った跡があったみたいだけど、この4人でケガしてた子いた?」
「見た感じいなそうだったな。身体検査まではしてないけど、みんな擦り傷ひとつないキレイな足してたし」
「セクハラ!」
莉音はテーブルをドンと叩く。
このクセやめた方がいいのに。
「足!!そういうことか!!」
莉音は突然立ち上がる。
「藤本のセクハラもたまには役に立つね」
「なんか分かったのか?」
「この事件にはしっかりと伏線が仕込まれていたのだよ、ワトソン君」
「ワタソン?」
「シャーロックホームズも知らないのかよ、刑事のくせに」
莉音はあきれた顔で着席する。
「それより何が分かったんだ」
「伏線はズボンだったんだよ」
「お前もズボンって言ってるじゃん」
「とにかく、多分あのボーイッシュの子」
「陽菜乃ちゃんな」
「その陽菜乃ちゃんが制服をスラックスに変えたのは、事件の後だと思う」
「スラックスっていうのか」
「由美ちゃんと揉み合った時に足にケガしたんじゃないかな」
「そうか!!それを隠すためにズボンに」
俺も思わず机をたたいてしまった。
「ボーイッシュだからスラックスっていうこちらの固定観念を利用した上手いミスリードね」
「でも動機は?なんで仲の良い友達を殺すんだ」
莉音はしばらく考え込む。
「そういうことか」
莉音はノートパソコンを開いて一心不乱に何かを書き始める。
俺はいつものように冷めたコーヒーを飲みながら莉音が書き終わるのを待つ
「こんなのはどうかな?」
莉音は満足げに顔を上げる。
そして、ノートパソコンのディスプレイを俺に向ける。
そこにはいつものようにシナリオが描かれている。
●崖の上
由美と陽菜乃が言い争いをしている。
陽菜乃の制服はスラックスではなくスカート。
少し離れた所に2人を心配そうに見つめる女子生徒がいる。
陽菜乃「由美、デビューしてるんでしょ?」
陽菜乃、由美の写真が映ったスマホの画面を由美に見せる
由美「何これ?」
陽菜乃「監督のSNS、打ち上げの写真でしょ?」
由美「しょうがないヤツだな、私はまだ顔出しNGなのに」
陽菜乃「これ一緒にオーディション受けた作品だよね」
由美「そうだね」
陽菜乃「なんで受かったこと教えてくれないの」
由美「色々あってさ」
陽菜乃「私のこと憐れんでるの?」
由美「付き合ってるの、田中さんと」
陽菜乃「プロデューサーの?オジさんじゃん」
由美「どうしてもデビューしたくて」
陽菜乃「なんで、そんなこと」
由美「由美みたいに実力ないからね、こうでもしないと」
陽菜乃「でも、さすがにそれは」
由美「よくある話だよ、あんたそんなだからいつまでもデビュー出来ないんだよ」
陽菜乃「そこまでしてデビューなんかしたくない」
由美「私の役、ホントは陽菜乃に決まってたんだよ」
陽菜乃「え?」
由美「田中さんに頼んで、私に変えてもらったの」
ドヤ顔で陽菜乃を見つめる由美。
陽菜乃、突然由美の肩を掴む。
由美「ちょっと離してよ」
陽菜乃「あんた、何したか分かってんの!!」
由美、陽菜乃を突き飛ばす。
地面に倒れる陽菜乃。
その時に足を怪我してしまう。
陽菜乃「なにすんのよ」
揉み合いになる二人。
由美、陽菜乃の手を振り解こうとするが弾みでバラスンスを崩す。
そのまま勢い余って崖の下に落ちてしまう。
陽菜乃「由美!!」
崖の下に落ちて倒れている由美。
後頭部から血が流れ出ている。
その姿を呆然と見つめる陽菜乃と女子生徒。
陽菜乃「お願い、誰にも言わないで」
流石にこれは莉音の創作が行き過ぎているのでは。
俺はノートパソコンから顔を上げて莉音を見る
莉音は遠くを見つめている。
「いつも言ってるけど、これはあくまで私の創作だよ。真実かどうかは保障しない」
でも、なんか妙に説得力あるんだよな。
後日、陽菜乃ちゃんに莉音の仮説をぶつけてみたら、すぐに自供した。
ずっと自責の念に堪えられなかったらしい。
それにしても何で莉音にはすべてが見通せるのか?