悪役令嬢に転生したはずなのに、なぜか主人公のヒロインがいじめてくるので、腹を割って話したら結託したお話
1
悪役令嬢に転生したら、主人公がいじめてきます。
私は前世ではブラック企業に勤めるごく普通の女性だった。その日は会社から終電に飛び乗って帰ってきたが気分は悪くなかった。なぜなら明日は久しぶりの休みだったからだ。お風呂にも入らずスマホで小説に明け暮れていたら⋯⋯本当に夜が明けてきた。
これはまずいと思い慌ててお風呂に入ると、身体の疲れが癒されていく⋯⋯。そしてお風呂から出ると眠たくなってきた。これはいけないと思い、急いでドライヤーをかけようと水にぬれた手でコンセントを付けてしまった。おそらく前世の死因は感電死あたりだろう。
そして、気が付いたらサラ=ウィンサスという公爵令嬢に転生していたのだ。
転生してから2年もの間にいろんなことが分かってきた。
それはこの世界には原作があるということだ。前世でお風呂に入る前に読んでいたお話の1つに「平民のアイラはめげない」というお話があった。
その内容はサラという公爵令嬢が同じ学校に通う平民のアイラを事あるごとにいじめているのだ。それを見かねたルーカス王子がアイラをかばい、婚約者であるサラと婚約破棄をしてアイラと結ばれるというものだ。
サラは婚約破棄後の人生が良くなるようになるべく王子と波風を立てずに済むにはどうしたらいいか考えた。そしてアイラと王子をくっつけることに協力するという素晴らしい案を思いついた。
だが、事は上手くいかない。
原作を知っているので、度重なるイベントにアイラがひどい目を合わないように気を付けているのに毎回きっちりフラグが回収される。
なぜなんでしょう⋯⋯
どんなに不自然な展開になってもフラグは回収されるのだ。それもあるが、もう一つサラは大きな問題に直面していたのだ。
それは主人公であるマーリーンからサラはいじめられていることだ。そもそも主人公は“アイラ”のはずなのに彼女はマーリーンという名前だった。はじめからお話は変だったのである。
■
今日はお茶会だ。今日のお茶会ではアイラと同じテーブルになる。そしてサラは嫌味と共にマーリーンにお茶をかけなければならないのだ。
はぁ、気が滅入るわ⋯⋯この前も階段から突き落とす嫌がらせのフラグだったから回避しようとしたらマーリーンが上から突き落としてきたもの。それで階段から落ちて地面に転がっている私を見ると大笑いしたから、ムカついて立ち上がって文句でも言おうと思ったのにマーリーンがずっこけるんだもの。そこにちょうど王子が居合わせてマーリーンを転ばせたって怒られちゃったもの。
なぜか悪役令嬢のはずのサラがマーリーンにいじめられているのだ。
今日も私に何かしてくるんじゃないかしら⋯⋯そろそろいい加減にしてほしいのよね。カツアゲよろしくがつんと言ってやろうかしら⋯⋯。
サラの決意は固まりつつあった。転生してからの2年間、マーリーンのいじめに耐えて来たがもう限界かもしれない。
サラはため息をつきながらお茶会へと向かった。広い庭園には5つのテーブルがある。どのテーブルも円卓の上にはベルベットの布がかけられており、すべてのティーカップとポットには金細工が施されている上品なものだ。テーブルの中央には品のより色でまとめられた花が添えてある。
サラはいつも不思議に思うのだが、公爵令嬢のサラと平民のマーリーンを一緒のテーブルしてくるのだ。フラグの影響なのかもしれないがこの状況に疑問を感じていたのだ。
サラがちょうどテーブルに近づくとマーリーンもテーブルに近づいてくるのが見えた。マーリーンもサラに気が付いたようだ。
「あらサラさま、ごきげんよう」
「マーリーン、ごきげんよう」
マーリーンはにこにこと笑顔を振りまきながらサラの靴を踏んでくる。
痛っ⋯⋯婚約破棄まで残り半年なのよ⋯⋯
サラはぎゅっと手を握ると怒りを抑えた。お茶会はなんとか始まったようだ。だが、サラは上の空だった。
早く終わらないかな⋯⋯あっそうだ! 開始早々にお茶をかけちゃえばすぐに終わるんじゃないかしら?
そう思うとサラは鼻を鳴らし意気込んだ。その様子をマーリーンは静かに見ていた。しばらくしてサラのティーカップにお茶が注がれた。
まずいわ⋯⋯まだ熱すぎる⋯⋯早く冷めないかな⋯⋯
サラは会話も生返事だったのだ。ティーカップを両手で包み温度を確認している。だんだんとぬるくなってきた。そこでサラは決意した。
よし、このお茶をマーリーンにかけるわよ! ⋯⋯熱くないかしら⋯⋯
なんだかんだいってもひどいことが出来ないサラはマーリーンにいじめきれないのである。サラは温度をもう1度手で確認するとティーカップの口をマーリーンの方へ向けてえいやっとかけた。
⋯⋯かけたはずだったのにティーカップの中のお茶は突然固まったように出てこない。サラは自分の目の前でカップを傾けるとお茶は勢いよく流れ出てきた。
「まぁサラ様、大丈夫でございますか?」
周りの令嬢や侍女が心配そうに声をかけ来る。サラは先ほどの現象に驚くとともにあることを確信した。
今さっきのってマーリーンにお茶をかけるタイミングじゃなかったらお茶がかからなかったのよね。これは私の問題じゃないわ。⋯⋯変だと思った。いつもいつもマーリーンにいじめられているのに私がいじめたことになっていた。このフラグは絶対なのね⋯⋯。それならフラグ以外は自由にやってやろうじゃない!
サラは立ち上がると他の令嬢ににこりとした。
「驚かせてしまって申し訳ないわ。ちょっと疲れていたみたい。ドレスが汚れてしまったから1度席を外しますわ」
そういうとサラはマーリーンをちらりと見た。するとマーリーンもこちらを見ているが、いつもと違い何かを観察するかのようにじっと見てきた。サラはマーリーンから視線を外すとさっさと屋敷の中の控室へと向かった。その後ろを侍女が慌ててついてくる。
サラは足早に控室に入るとソファに腰かけて大きなため息をついた。心配そうに見守っていた侍女はサラの手をぎゅっと握った。
「サラ様、大丈夫ですか?」
「えぇ、大丈夫よ。ありがとう」
「今、お召し物の汚れを取るタオルとサラ様がお好きな紅茶とお菓子を持ってきますね! 少しお待ちください」
侍女はサラにお辞儀をすると急いで部屋を出て行った。それを見たサラは脱力した。
「あー疲れた。このままこの部屋にこもっていたらフラグはどうなるのかしら? お茶のテーブルまで転移でもしれくれるのかしら?」
そうつぶやくと窓の外の景色を眺めていた。すると後ろから思わぬ声をかけられた。
「其方、フラグのことを知っているなんて、何者じゃ?」
サラは急いで振り返ると声の主を探した。
それはなんとマーリーンだったのだ。
「マーリーン!! ⋯⋯あなたも転生者なの?」
「転生者とはなんじゃ? 私は北の大魔女マーリーン」
サラは目をぱちくりさせている。言葉が見つからないのだ。
「魔女⋯⋯? 私は別の世界からサラの身体にやってきたの。それにこの際だから教えて差し上げるけど、これはお話の中なの。だから私はこの先どうなるのか結末を知っているのよ。あなたはなぜマーリーンの身体に入っているのかしら?」
魔女はサラが自分のことを正直に話してくれたのを良く思い、魔女も話始めた。
「ほお、後でこの先について詳しく教えてもらおうか。それで、この世界に魔王さまがいたことを知っているか?」
「⋯⋯すみません、勉強不足です。存じ上げませんわ」
「正直でよろしい。100年ほど前に魔王さまはすべての力を使い切り長い眠りについてしまった。そしてなぜだか分からないが、こんなちんけな娘の身体に入り込んでしまったのじゃ」
そう言うとマーリーンは不満そうに自分の腕や身体を見ている。
「マーリーン、いくつか聞きたいわ。まずこのお話は平民の“アイラ”が主人公のはずよ。なぜマーリーンなの?」
「自分の名前を勝手に変えられるなんて虫唾が走るわ。魔法で変えてやった」
サラはそれを聞くと、ある疑問が頭に浮かび上がってきた。そしてマーリーンに前のめりになって尋ねた。
「魔法が使えるならなんで帰らないの? だって魔法って姿も変えられるでしょうし、わざわざその姿になっている必要はないでしょう?」
それを聞いたマーリーンは下を向いて深いため息をついた。
「それが出来たら苦労はしない。この姿は魔法でも変えられない。それにフラグは変えることが出来ないのじゃ」
「どうして?」
「そんなの神様にでも聞け! フラグが近づくと、どんなフラグなのかは分かるが変えることは絶対に出来ない。今まで何度も試したのじゃ」
サラはそれを聞くと腕を組んで考え始めた。
これはお話の強制力かしら⋯⋯?
サラはとあることを思い出していた。
「そんなこと言っても、あなたなんで私をいつもいじめてくるのよ。ひどいじゃない! それについてはフラグと関係ないでしょう?」
「わっはっは、それはただの暇つぶしじゃ。サラ、これからも頼むぞ」
そう言ってマーリーンは部屋を出ていこうとした。それを見てサラはこう引き留めた。
「そんなの私は嫌よ、話し相手くらいにはなってあげるわ。それとあなたにお茶をかける時間はいつ頃かしら?」
その後、侍女が懸命にドレスの汚れを落としてくれた。それが終わると、お茶会に戻った。
そしてサラは今までで1番勢いよくにマーリーンにお茶をかけた。
■
後日、サラはルーカス王子に呼ばれた。
これは定期面会である。
これでもサラと王子は婚約しているので、いくら王子とマーリーンの間にフラグが立っていて近い将来結ばれるとしてもそれまではこうして会わなければならないのだ。
だが、熟年離婚直前の夫婦さながら会話がない。いや、話題が無いのだ。マーリーンをいじめるのはやめろといった話はお互い耳にタコができるほどしてきた。サラは冤罪を主張する加害者よろしく“それでも私はいじめる気はなかった”と言っている。
あと半年しかないし、マーリーンとくっつける作戦を始めるわよ。
「王子、マーリーンのことはどう思っているのかしら?」
「どうって⋯⋯さぁどうだろうな」
ふん、言葉を濁してくるのね。
「平民とはいえ素敵な女性にはごはんに誘うなり、お茶に誘うなりしないと事が進みませんわよ」
王子はただサラを見ているだけで何も言わなかった。
2
今日はダンスパーティである。マーリーンと久しぶりに会うのである。
今日は一体どんな嫌味をいわれるのかしら⋯⋯それとも今日のフラグは“マーリーンのドレスを破ること”だから、私のドレスも破ってくるのかしら?
そう思っていると、マーリーンが入口から入ってきたようだ。サラは口を開ける。
マーリーンはサラに向かって一直線に進んでくる。サラはその気迫に負けて一歩後ろへ引いた。するとマーリーンはサラの手を掴むとどこかへ連れていくようだ。
マーリーンはどうしたのかしら? 私がこの世界の人間じゃないと分かったから、体育館の裏でボッコボコよろしく魔法でひどい目にでも合わされるのかしら?
サラは自分の身を心配し始めた。
そしてマーリーンは控え室を見つけると中を覗いた。中に人がいないことが分かるとサラを連れて中へと入った。
するとマーリーンはすがるようにサラを見た。
「サラ、頼む。其方の知っている未来を教えてくれ!」
マーリーンは今までにないほど必死な様子でサラに聞いてくるので、サラはお話の結末を教えることにした。
「⋯⋯あと半年くらいすると、王子は私と婚約破棄をして、あなたと結ばれるわ。そして“2人は真実の愛を見つけました“ってお話は終わるの」
それを聞いたマーリーンの目が潤み始めた。その様子を見たサラは驚いてマーリーンの背中をさすってあげた。この時ばかりは16歳と年相応の少女に見えた。ちなみにわたしも16歳である。あと王子は17歳である。
「マーリーン、急にどうしたの?」
「⋯⋯魔王さまがあと10年で復活される」
10年!? ⋯⋯以外に時間は残っているので。
「えっ魔王さまが復活したらこの世界は滅ぼされるの?」
「そっちではない。私が王子と結ばれることに問題があるのだ」
世界を滅ぼすことよりそっちなのか。
サラはマーリーンをソファへと座らせた。そこへ小さなノックが聞こえた。サラは扉を開けてみるとサラの侍女だった。お茶を持ってきてくれたようで、サラは内密な話だから部屋の外で待っていてほしいと侍女に伝えお茶を受け取った。
サラはお茶をマーリーンの目の前に置くと、隣へと座った。
「マーリーンとりあえずお茶を飲んで落ち着いてね。そうしたら詳しく教えてくれるかしら?」
「サラ、私の生涯の伴侶は魔王さまだけなのじゃ!」
そういえば、フラグの秘密を共有した時からか突然呼び捨てにしてきたわよね。マーリーンとの親密度が上がったってことかしら?
マーリーンじゃお茶を一口飲んだ。
「この前其方の話を聞いて考えていたところに、魔王さまが復活されることも聞いたら嫌な予感がしたのじゃ」
サラはそんな風に話すマーリーンを恋する乙女のような気がして急に近い存在のように感じた。
「マーリーンは魔王さまを愛しているのね」
「そうじゃ!」
「⋯⋯困ったわね。フラグは折ることは出来ないわ」
「⋯⋯そうじゃ」
マーリーンは消え入りそうな声で言った。
なんとかしてあげたいわ⋯⋯
「マーリーン、今は何も思いつかないけどあなたを何とかしてあげたいの。とにかく情報を集めたいわ。魔王さまはどこに住んでいたのかしら?」
「サラ⋯⋯其方は良いやつじゃな。今までいじめてしまったこと心から謝るぞ」
マーリーンは潔いのね。そういう人は好きだわ。私たちお友達になれそうね。
マーリーンは真剣な顔でサラを見た。
「其方を魔王さまが支配する北の地域・ドラグラボスへ連れて行こう」
「分かったわ。時間が無いから明日にでも行きましょう。それとあなたのドレスを破る時間はいつ頃かしら?」
そしてサラは今までで一番盛大にマーリーンのドレスを破いた。
■
ルーカス王子に呼ばれた。
これは定期面会である。
だが、今回は後日ではない。マーリーンのドレスを盛大に破いた直後にお呼び出しを食らったのだ。
今日は王子が少し怖い顔をしてサラを見ている。まるでやんちゃな生徒の遊びが行き過ぎて教室のガラスを割ってしまった後、生徒指導室に呼んで、“ほら、先生にちゃんと言ってみなさい”と言ってくる先生よろしくサラに目で問いかけてくる。
「サラ⋯⋯なんでマーリーンのドレスをあんなびりびりにしたんだ?」
王子は自分で聞いておいて、ため息をついた。
「⋯⋯はぁそういう話はもうしないんだったな」
「あら、マーリーンも私のドレスをびりびりに破ったわよ?」
そうなのである。フラグで破れないかと思ったサラのドレスが破けたのだ。それを見て悪ノリしたサラとマーリーンは、端から見れば修羅場さながらのドレスの破き合いをして楽しんだのだ。
王子の顔には“そうじゃない”と書いてある。
「そうだわ王子、私マーリーンと仲良くなったので旅行に出かけるんです」
王子は意外そうな顔をした。
「えっ?」
「明日から行ってまいりますので、帰ってきたらまたご報告いたします」
王子は焦っている。
「待て、どういうことだ? 詳しく話せ」
「明日の準備がありますので、これで失礼いたします」
サラはマーリーンの心配で頭がいっぱいで王子との面会を無理やり終わらせた。
3
明くる日、馬車でマーリーンを迎えに行くと、“私実家に帰らせてもらいます”では全然足りないくらい大量の荷物だった。サラはその荷物を見て口をあんぐりした。
「まぁ、あなた引っ越しでもするの?」
「違う。こっちのおいしいものをお土産に持って行くのじゃ! あっちではこういうものも食べられないからな」
マーリーンはうきうきして荷物を馬車に詰め始めた。ドラグラボスへ行く道中では、マーリーンが魔法を使ったので誰もどこを移動しているのか分からなかった。皆はマーリーンの道案内に従うしかないのだった。馬車を運転する執事とサラに同行した侍女1人を含めた4人での移動だった。
サラの執事と侍女は1番口が固い者たちを選んだのでここで見たものも話した内容も口外はしないだろう。
マーリーンの指示したところへ到着したようで、皆は馬車から降りた。ドラグラボスにある魔王城の城下町といったところか。空は厚い雲に覆われて薄暗い。街に生えている木も生気がなく枯れているものも多い。
マーリーンは魔王城の上空を狙ってピンク色の魔法弾を打ち上げた。するとすぐに1人の男性が近づいてきた。身長は高く細身の体にスーツを着ている。耳は尖っていて長髪を後ろにあげている、いわばオールバックの髪型だった。その男性を見るとマーリーンは声をかけた。
「ルシフェル、久しぶりじゃの。見た目はちんけな小娘だが、マーリーンじゃ」
それを聞いたルシフェルは目を見開いた。
「マーリーン様でしたか。ようやくお戻りになられたんですね」
「城で話をしたい。あっ馬車には王都からお土産を持って帰ってきたぞ。皆で食べてくれ」
それを聞いたルシフェルがお辞儀をした。
「そうそう、こっちは親友のサラ。王都で公爵令嬢をしている。それとその従者じゃ」
「マーリーン、親友って⋯⋯」
サラは口を開きながらマーリーンを見る。マーリーンは少し照れているようだ。サラは両手を大きく開くとマーリーンをぎゅっと抱きしめた。
「うれしいわ」
「ふふっそうじゃろ」
■
ルシフェルは応接室のような部屋へサラたちを通した。城の中は清掃が行き届いている。ただとてもシンプルだ。変な装飾もなければ調度品も置いていない。必要最低限なカーペットとランプが廊下に続いているだけだ。
部屋の中のソファにマーリーン、その隣にサラ、向かい側にルシフェルが座った。サラの執事と侍女はサラの後ろに立っている。まず口を開いたのはマーリーンだった。
「ルシフェル、この度は魔王さまの復活の連絡ありがとう」
「まずはマーリーンさまにお知らせしない限りは何も話が始まりません」
そこへサラがぽつりと聞いた。
「あの⋯⋯不躾な質問で申し訳ありませんが、どうして魔王さまは眠りにつくことになったんでしょうか? その戦うきっかけがあったのでしょう?」
その質問にルシフェルは胸も貫きそうな鋭い視線をサラに向けた。その問いにはマーリーンが答えた。
「簡単なことよ。この土地には作物も何も育たない。空腹に耐えかねた同胞が暴れ始めて王都をはじめとする各都市に食べ物を強奪してまわったのだ」
まぁ、食べ物が理由だったのね。
サラはその後さまざまなことを聞いた。食べ物は先の通りで無くなるとドラグラボスを出て近くの街を襲いに行くそれの繰り返しのようだった。仕事も特になく喧嘩のようなことばかりやっているようだ。
「あの変な話ですが、皆さまの魔力はすごいんでしょう?」
ルシフェルが答えた。
「はい。魔王さまが飛びぬけてお持ちですが、そこにいるマーリーンさまをはじめ、私ルシフェルや他の同胞もかなりあるかと」
「あの、その魔力を買い取ることはできませんか?」
マーリーンとルシフェルは目を見開いてサラを見ている。
「魔王さまのいない今、魔力の供給量が少ないのであれば魔王さまの復活後を見据えて契約したいです。もちろん私のお小遣いの範囲ですので、たかが知れているかも知れませんが⋯⋯」
ルシフェルと話したところ私のお小遣いの金額なら10年ほどは食べ物をまかなえるかもしれないようだ。さすがは公爵令嬢である。お小遣いの規模が大きい。
その日から毎週のようにドラグラボスにサラとマーリーンは訪れてはルシフェルと話を進めた。
今日はある程度話が固まったので契約をまとめることにした。
「それでは魔王さまの復活までにこのドラグラボスが脅かされないために私がこの土地を買い魔王さまの復活まで“代理の領主”となることで大丈夫でしょうか?」
ルシフェルとマーリーンは頷いた。
「分かりました。正直に申し上げますと、この土地に価値はほとんどないという話に落ち着きましたので、そちらは名義変更に近い契約にいたしましょう。そして魔力の買い取りですが、食糧と物々交換では食糧が少し足りませんわ。魔力の先払いにするか、貸付金としましょう。でも現金がある方が何事も有利に働きます。魔力と食糧の差の部分はいかがいたしましょうか?」
「その、貸付金とやらは響きが良くないですね」
サラは顎に手を当てて少し考える。
「もし魔王さまが復活されたら魔力の買い取りに賛成されると思いますでしょうか?」
「わしが説得する」
「それなら魔王さまの魔力の先払いで、私のすべてのお小遣いをお渡しします。もちろんニコニコ現金でお渡ししますわ」
それを聞いたマーリーンが声をあげた。
「ほう、ニコニコ現金! いい言葉じゃ」
サラはマーリーンの言葉に頷いた。
「それから、これは私の提案ですがここにいる皆さまは屈強でとても力が強いですわね。私の方で建築ギルドを立ち上げますので、そこで働きませんこと?」
その提案にルシフェルは目を輝かせた。
「素晴らしい提案です。魔王さまの復活までに安定的な収入が得られますね」
サラは褒められて少し照れた。そしてコホンと咳払いをするとこう続ける。
「これはうまく行くかわかりませんが、ここの方はお酒をよく飲まれます。ここでお酒を造るのはいかがでしょうか?」
その言葉にマーリーンもルシフェルも目を輝かせた。
■
ルーカス王子に呼ばれた。いつものように定期面会である。だが、今日は報告があったのでサラは少し口が緩んでした。そこへ王子は心配そうな目を向けてきた。
「サラは最近何をしているんだ?」
「えぇ、ドラグラボスの土地の権利を買いました」
「何? あの魔王がいるドラグラボスか?」
「えぇ、あの土地は作物も育ちません。お金もなく貧しい土地なのです。ですがお金もないと食べ物がなくて困ってしまいますわ。ですから私が個人の契約で魔力を買い取ることにしましたの」
王子は意味ありげな目を向けてくる。そしてサラに意外なこと向けた。
「ドラグラボスは危険なところではないか。今後1人では行くな」
「ご安心なさいませ。マーリーンも一緒です」
「嘘だ」
「私たち親友になったのですわ」
「うそだ⋯⋯はぁ、なぜか君とマーリーンのことになると自分が自分で無くなる感覚に襲われるのだ。特に君がマーリーンをいじめているのを見た時だけカッと身体中が熱くなって何かひどいことを言ってしまう⋯⋯」
おそらくフラグのせいね、王子も悩まされて少しかわいそうだわ⋯⋯
「そうだわ王子、私建築ギルドを立ち上げたいのです」
「それはまたどういった理由なんだ?」
「ドラグラボスに住む方たちの働く場を作りたいのです」
「当てはあるのか?」
「そちらは全然明るくありませんの⋯⋯」
それを聞いた王子はサラに笑みを向けてきた。
「ようやく私の出番だな」
サラは王子にギルド立ち上げのお手伝いをしてもらうことになってその日の面会は終わった。だが、王子の笑顔がサラの頭の中から中々消え去ってくれなかった。
それから頻繁に王子を会うようになった。それは建築ギルドの立ち上げについての打合せだ。王子は積極的に建築に繫がりのある者に会い、サラに紹介した。何人かに会ってギルド立ち上げの話をした。その中で1番適任と思う人にサラはギルドの指揮をお願いした。
4
今日は王子とサラとマーリーンでピクニックに行く日です。もちろんフラグ案件です。
時間になると3人はボートに乗った。
今日のフラグは“サラがマーリーンを湖に突き落とす”だ。
しかし、3人は話すことがたくさんあった。まずサラはマーリーンに建築ギルドの進捗を話した。もちろん王子が手伝っていることも知っていたので、もうすぐ立ち上がるギルドに話が盛り上がっていた。
だが、婚約破棄まであと1ヵ月しかなかった。そのことはサラとマーリーンしか知らない。
サラは残念そうにこう言った。
「はぁ、お酒造りまではたどり着きそうにありませんね」
「ここまでサラが頑張ってくれたんじゃ。感謝しかない」
それを聞いた王子がサラの方を見た。
「サラは他にも考えているのか。私も交ぜてはもらえないだろうか?」
まぶしい笑顔をサラに向けてくる。もっと早くこうしていれば何かが変わったのかもしれない。
王子は婚約破棄まで残り1ヵ月なことを知らないわ⋯⋯。
サラの目から思わず涙が零れる。
フラグの時間だ。
サラは立ち上がるとマーリーンをボートの外へと押した。サラはマーリーンだけを落としたくなかったので、そのままマーリーンと一緒に湖へと落ちた。
王子はサラを目で追ったが、それとは裏腹にマーリーンのことを追って湖へと飛び込んだ。
「マーリーン!」
フラグ通りに王子はマーリーンを背中に腕をまわすと岸に向かって泳いだ。それを見ながらサラはボートの端に手をかけてぼうっと見ていた。
サラは自分の心の変化に戸惑っていた。
マーリーンは岸へ辿り着いた。すると王子は向きを変えてまた湖に飛び込もうとした。しかし向きなおしてマーリーンをお姫様抱っこすると建物の方へ歩いていく。王子は困惑して言葉をこぼした。
「サラのことを迎えに行こうとしたのに、なぜ全然違うことをしているのだ⋯⋯」
マーリーンは王子の様子をじっと見ていた。
4
サラは咳込みながら寝込んでしまった。そう、先日の湖でサラも飛び込んだが、誰も助けてくれないので自力で岸まで行ったのだ。
先程までマーリーンがお見舞いに来ていた。マーリーンは何か伝えたそうな素振りをしていたが結局そのまま帰っていった。
サラはフラグのことを考えていた。
マーリーンは最後のフラグを知っているだろうか?
サラは最後のフラグについて考えていた。それは王城に王子に会いに行ってサラとマーリーンは王子と3人で遊ぶのだ。サラとマーリーンは夕方には帰るのだが、夜になるとマーリーンは忘れ物をしたことを思い出してそれを取りに王城へと戻ってくる。
作中ではマーリーンと王子は想い合った仲なので、部屋で二人は抱擁するのだ。作中にはそれ以降記載がないから分からないのだが、“2人は明くる日、部屋から出てくる”のだ。
フラグは絶対に折れない。マーリーンは魔王さま一筋なのに王子と2人きりで一晩をあかすことになるこのフラグに絶対的な効果を発揮するのはかわいそうだ⋯⋯。何か手はないだろうか?
すると部屋にノックをする音が聞こえる。
「お嬢様、起きてらっしゃいますか?」
侍女の声にサラはベッドで上体を起こして返事をした。
「えぇ、入って」
侍女が部屋へと入ってくる。なんとその後ろには王子がいたのだ。サラは驚いて布団に潜り直した。
「王子! レディの部屋に入ってくるなんて⋯⋯」
「サラは婚約者だろう。多めに見てくれよ。それで体調はどうだ?」
王子が近づいてくる。サラは目を見開いて王子を見ている。王子はサラの目の前にやってくると頭を下げた。
「すまなかった。湖でマーリーンと3人で遊んだ時、私はサラを湖から助けたかったのだ。しかし身体が言うことを聞かなかった。言い訳がましいが、謝罪を受け取ってほしい」
フラグだから仕方がないのに⋯⋯
「王子って優しいんですね」
その言葉に王子はがばっと顔をあげる。
サラは穏やかに笑った⋯⋯はずだった。いくら口角をあげても目には涙がたまり始める。それを見た王子がサラをのぞき込む。
「サラ、どうしたのだ?」
「もう、時間が無いのです」
王子に言っても伝わらないのは分かっている。でも目の前に近づいてくる婚約破棄にサラは悲しみを感じ始めていたのだ。
「この先、時間はいっぱいあるだろう?」
「私たちは⋯⋯するのです。もうこのように会うことは出来なくなるんです」
あっ婚約破棄って言葉が出てこない⋯⋯フラグの副効果かしら⋯⋯。
「すまぬ、良く聞こえなかった。私は君ともっといろんなことがしたい。最近そう思うのだ」
その言葉を聞いてサラは下を向いた。涙が頬を流れていく。王子はその様子を見てそっと優しくサラを抱きしめた。
しばらくすると王子はこう言った。
「体調が悪いのに突然来て悪かったな。体調が良くなったらまた来よう」
それを聞いたサラは固い言葉で返した。
「いえ、今度は私から王子に会いに行きますわ」
そう、最後のフラグは王城で起こるのだ。
■
サラの風邪が良くなるとフラグの日になった。サラは馬車でマーリーンを迎えに行った。サラとマーリーンは向かい合わせで座っている。マーリーンがちらりとサラを見た。サラの表情は固い。
「サラは王子のことをどう思っているのじゃ? 王子も悪い人ではないだろう?」
その言葉にマーリーンを見るサラの目は泳いだ。そしてマーリーンから視線を外す。
「⋯⋯こんなフラグに強制されて、決められたお話通りにするなんてクソくらえですわ!」
マーリーンは一瞬キョトンとしたが大笑いを始めた。
「わっはっはっサラのそういうところ、わしは大好きじゃ」
サラは真剣な顔をマーリーンに向ける。
「マーリーン、今日は最後のフラグがあるの。知ってるかしら?」
「内容は知らぬ」
「知らないままでいて⋯⋯私が全力でフラグを折るわ!」
お話の通り、王子とサラとマーリーンは普段通り遊んだ。王子は変なことが起こらなかったので肩の力を抜いた。一方でマーリーンは何も起こらないことに不思議そうだ。そのまま夕方になって帰る時間になった。さすがに心配になったのかマーリーンがサラに聞いてきた。
「サラ、フラグは折れたのか?」
サラは真顔のままこう答える。
「まだよ。でもマーリーンはフラグ通りに動いて」
「⋯⋯フラグ通りにしか動けないんじゃが、そうしよう」
5
辺りが暗くなると、サラはまた王城へ行った。すぐに部屋へと通された。サラの姿を見た王子が目を丸くしている。
「サラ、一体どうしたんだ?」
「王子、聞いてください。今夜、マーリーンが忘れ物を取りに来ます。その際に⋯⋯2人は部屋の中で⋯⋯一晩過ごすのです」
「サラ⋯⋯何を言っているんだ? マーリーンと一夜を明かすなんてありえないだろう!」
サラの言葉を聞いた王子は怒ったような声音でそう言った。
王子が怒るのも当たり前よね。わけわかんないこと言っていると思われても仕方ないわ。
それでもサラは引き下がれなかった。手をぎゅっと握る。
「もしそうなったとしてもできるだけの準備はしますから⋯⋯王子にそんな気がないこともわかっているわ。でも避けられないの⋯⋯」
王子はふんとため息をついた。
「なんだか分からないが、君がそばにいてくれたらどうだ? そんなこと起こらなくなるんじゃないか?」
そう言ってサラを部屋の中へ入れた。侍女もいるので2人きりではないが緊張する。しばらく沈黙が流れた。
そろそろでしょうか?
サラは侍女に震える声で聞いた。
「今は何時ですの?」
「⋯⋯8時50分です」
あと10分でマーリーンはこの部屋にやってくる!
サラは王子の手を握った。王子はサラを見つめる。
「王子⋯⋯私は婚約破棄したくありません。この先、王子がその言葉を忘れてしまってもどうしても伝えたかったんです」
「サラ、私はこの先も一緒にいたい」
王子は胸の中へサラを引き入れた。
ボーンボーン
どこかの時計が9時を知らせた。
サラは立ち上がって深くお辞儀をした。
「王子、私はこれで失礼いたします」
サラは侍女を連れて部屋を出た。そのまま歩き続ける。すると前からマーリーンがやってくる。2人は目も合わさずに通り過ぎた。
マーリーンは王子の部屋の中へと入っていった。
サラは角を曲がったところで正気に戻った。
「はっ! これがフラグの強制力!? 早く部屋へと急いで戻らないといけないわ!」
サラは走って部屋へと戻った。サラは扉をどんどんと叩く。
マーリーン、無事でいて⋯⋯
部屋の中からマーリーンの声がした。
「だめじゃ⋯⋯あっ⋯⋯王子、それはだめ⋯⋯あっ⋯⋯だめ!!」
サラは息をのんだ。
「マーリーン! マーリーン!!」
やっぱりフラグは折れないのね!!
部屋の中で木材が折れる音がした。
「くそう、これでも扉は開かぬのか!」
王子の声が聞こえる。
「マーリーン! 王子!」
「サラ、そこにいたのか! この扉全然開かないのじゃ! 今、王子が椅子をぶん投げたのに椅子の方が粉々になった。それにわしの魔法弾も効かぬ」
サラは安心してその場に座り込んだ。
「良かった⋯⋯2人とも正気なのね!」
するとマーリーンの怒ったような声が聞こえてくる。
「全然良くない! 何もなかったとしても、このままじゃ魔王さまに顔向けできないのじゃ⋯⋯ふぇん⋯⋯」
あぁ、マーリーンは魔王さまに対して乙女だったんだわ。ふむ、それなら⋯⋯
「2人ともちょっと待ってて!」
マーリーンの必死な声が聞こえる。
「サラ、行くな。わしを置いて行くな!」
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サラは誰かを連れて帰ってきた。2人の男は困惑していた。サラはもう1度説明する。
「ですから、王子とマーリーンが部屋の中に理由あって閉じ込められちゃったんです。ですが、2人とも本当に何もないので、何もない旨の記録を取ってください」
なんとサラが連れてきたのは裁判長と書記官だったのである。
「書記官殿は1時間ごとでも良いので、何もないことを記録してください。そして裁判長はそれを認めてください」
2人とも困った様子でサラから指示を受けていた。
部屋の中からは泣きそうなマーリーンの声が聞こえる。
「でかしたぞサラ! やっぱり其方はわしの親友じゃ!」
「マーリーン、この際だから一晩語り明かしましょう」
長い長い夜の間、何度もうたた寝をしては声を掛け合い、時には変なテンションで歌も歌った。眠さのピークにはようやく太陽が昇り始めて明るくなるとなんとか乗り切れた。
こうして3人は最後のフラグを乗り切ったのである。
部屋の扉がついに開いた。それを見たサラは裁判長と書記官に目配せをする。
裁判長は困ったような声でこう伝えた。
「えー、ルーカス王子と平民のマーリーンの2人に服の乱れもありません。今は朝7時。2人の証言を聞かせてください」
王子はこう言った。
「私はマーリーンと共に部屋の中にいたが、サラが怪しいと思うような行動は一切なかった」
マーリーンはこう言った。
「わしも王子と部屋の中にいたが、サラと一晩中語りあかした。それ以外のことは何もしておらぬ」
裁判長はそれを聞いて深く頷いた。
「はい、王子、マーリーン証言ありがとうございます。書記官、2人にはやましいと思われる行動は一切なかったと記載するように。1番下には今日の日付に現在の時間で私がサインします」
そしてマーリーンは大事そうにその記録を受け取った。
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この後、マーリーンはすべてのフラグがなくなり元の姿に戻った。170センチに20歳前後にしか見えない見た目で目鼻立ちが整っている。魔女なので少し鼻は鷲鼻である。それに豊満な胸、それを目立たせるかのようにきゅっとしまった細いお腹に魅力的な丸いお尻、誰が見ても魅惑的な魔女だった。
その姿を見たサラは目を丸くした。
「まぁ、私もっとお年を召した方だとばっかり思っていたわ」
「魔王さまはこっちの見た目のほうが好きなんじゃ」
そしてマーリーンはドラグラボスに帰って、そこへ魔王さまを待つという。だが、定期的にサラに会いに来ることを約束した。サラも代理とはいえ領主になったので、時々ドラグラボスへ行くことを伝えた。
マーリーンはサラをぎゅっと抱擁した。
「サラ、本当に感謝する。私のこともドラグラボスのことも其方がいる限り、其方が悲しむようなことは魔王さまにもさせないよう伝える」
「ふふっ、マーリーンありがとう。それじゃぁ、“サラとその家族にはドラグラボスの誰1人として危害を加えない”なんて契約どうかしら?」
「わっはっはっサラは抜け目ないのう。それから契約を結びにくるか?」
「そうね、善は急げだわ」
そこへ王子がやってくると、サラの前で跪きサラの手を取った。
「サラ、愛している。私と結婚してくれないか?」
「えぇルーカスさま、私も愛してるわ」
「一緒にドラグラボスへ行っても良いか? 前に君が話していた酒造りの話の続きが知りたいのだが」
これからがあるっていいわね。
「一緒にやってみますか?」
「あぁ、やってみたい。サラ、一緒に行こう」
王子はサラの手をぎゅっと握った。
サラも手を握り返す。
そうそう、この「平民のアイラはめげない」というお話はどうやって終わるんだったかしら⋯⋯? まぁ、ゆっくり思い出したら良いわね。
サラは以前にマーリーンと話したことをいつ思い出すのだろうか⋯⋯
「そして“2人は真実の愛を見つけました“ってお話は終わるの」
(おわり)
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