第三編『夢の行く末』/第二章「春林 桃音/西森 健志」
「◯◯社の福後信二と申します。本日はよろしくお願い致します」と私が挨拶をすると、画面内のロングヘアーの女性は「あ、春林です、よろしくお願いします」と少し頭を下げた。その後私が取材に協力していただいたお礼などをお伝えしたのち、今回の件は取材といっても記者としての仕事ではなく、あくまで私個人の趣味のような活動である為、そのこともお伝えしたうえで、リモートでの取材を開始した。早速私が例の絵画の作者について尋ねると、彼女は「当時の部活の後輩で、さくらちゃんって子がいて、一個下の子なんですけど、その子の描いた絵だと思います。この『夢の行く末』ってのは見たことないですけど、もう一つのこっちの絵は文化祭の展示かなにかで実際に見た記憶がありますし、私絵とかのことあんまりわからないんですけど、素人目に見ても画風が同じ感じなんで、間違いないと思います」と話し、真っ黒な長い髪を少し揺らして頷いた。そして彼女は続けて「ただ、昨日メッセージでもお伝えしましたけど、私それ以上この絵についてはなにも知らなくて...」と少し申し訳なさそうに言ってきたので、「あーいやそれは全然、もうこんな私の個人的なものにご協力いただけるだけで本当にありがたいばかりです」と改めて礼を言った。そして続けて「それであのー、いくつか質問させていただきたいんですけど」と前置きをし、まず、作者であろうその方が他にどんな絵を描いていたかを尋ねてみたが、彼女は「ちょっとわからないですね。他にも二、三枚くらい、スケッチブックに描いてる絵を見させてもらった記憶があるんですけど、どんなものだったかまでは。さっきの絵に関しても、メッセージで送っていただいた画像を見て思い出したって感じなので」と話し、続けて「あとそもそも、さくらちゃんのことはほとんど演劇部内での姿しか知らないんですよ」と付け足した。私は自分の脳内になかった「演劇部」というワードの登場に頭がこんがらがってしまい、頭上にはてなマークを出現させながら「演劇部?」と返すと、彼女は「はい、演劇部です」と答えてきた。私はなおもはてなマークを維持したまま「あーいや、てっきり美術部かと」と言うと、彼女は「美術部?」と私と同様に頭上にはてなマークを出現させたのち、私が己の言葉足らずに気づくよりも前に、すぐに私のその足らぬ言葉を汲み取って理解してくださったようで、「あーいや、さくらちゃん、たしかに美術部にも入ってましたけど、演劇部と美術部を兼部してたんですよ」となにか少し微笑むように言い、「で、私とさくらちゃんは演劇部で一緒だったっていうことです。だから美術部での姿は全然知らなくて」と付け足した。
その後もいくつか質問をしたものの、絵画などについてはやはりほとんどわからないとのことだったので、ならば改めて作品ではなく作者について尋ねてみようと思い、どんな人かというざっくりとした質問をしてみると、彼女はすぐに「もうすごく良い子でしたね。うん。先輩後輩とか男女とか、基本的に分け隔てなく接してる子で、割と明るめで誰にでも優しくて、丁寧でしっかりしてるところもありましたし、でもちょっと天然っぽいところもあって可愛らしくて、容姿もすごく可愛い子でしたし、男女どちらからも好かれてたと思いますよ。勿論私も大好きでしたし、もう本当に良いイメージしかないですね」と微笑みながら話してくださった。
そして絵画の作者であろうその『さくら』という方のフルネームが『朝川さくら』だということも教えていただき、連絡先をご存知かと尋ねてみたが、今はもうわからないとのことで、その朝川さんと連絡が取れそうな方がいそうかとも訊いてみたが、同じく演劇部の後輩で、朝川さんとかつて交際していた人がおり、その方とは卒業後も会ったりしていたというが、その方の連絡先も今はもう知らないとのことだった。しかしその方のお名前だけは教えていただくことができ、『芝一郎』さんという方らしく、さくらさんとは同学年だったとのことだった。そしてもう一人、作者本人とは関わりがあるか不明だが、芝さんの高校時代からの友人で『西森健志』さんという小説家志望の方がいるらしく、春林さん自身は会ったことがなくこちらも連絡先は知らないというが、数年前にインターネットでふと名前を検索してみたところ彼のものらしきSNSアカウントが見つかったらしく、一応そのアカウントを教えていただけた。しばらく更新のないアカウントだったが、DMを送ってみると翌日には返信が届き、最初は『謎の絵画の捜索』という私の行っているよくわからない内容の取材に対して戸惑わせてしまっていたが、改めて私の身分と事情をさらに詳しく書いてお送りするとわかっていただけたようで、芝さんの連絡先を教えてもらうがてら、一応西森さんにもリモートで取材をさせていただきたいとお願いすると、春林さんと同様、「おそらくお力にはなれませんが」という文とともに了承をいただけ、すぐにでも大丈夫とのことだったので、早速リモート取材をさせていただいた。
画面に眼鏡をかけた男性が表示され、定型分的挨拶を交わしたのち、取材を開始した。ただ、絵画のことに関しては全く知らないとメッセージ上で事前に伝えていただいていたので、西森さんにも春林さんのときと同様に、作品ではなく作者である朝川さんに焦点を当てた質問をさせていただいた。朝川さんとは高校三年時のクラスメイトとのことだったが、特に深い関わりはなかったそうで、連絡先も知らないらしく、朝川さんと芝さんの交際についても、知ってはいたものの仲良くなる前の話なので全然わからないとのことで、朝川さんがどんなイメージの人だったかという質問に対しても、おおかた春林さんと同じような回答であった。しかしながら西森さんが小説家という夢を追い始めたきっかけはその朝川さんの言葉であるというお話を聞かせていただくことができた。
「多分ただのお世辞だったんだと思いますし、本当にちょっとした一言に過ぎないんだとも思うんですけど、他にやりたいこともない高校生にとっては、それでも夢を追うきっかけとして十分だったんですよ。まだ夢は叶ってませんし、未だによく諦めてしまいそうにもなりますけど、この道に進んだことは後悔してませんし、今でも彼女のその言葉には感謝しています」
そう言って西森さんは私に向けてなのか、自分に対してなのか、少し頷いた。
その後、取材を終えて、西森さんにお願いして芝さんと連絡を取っていただきながら、雑談がてら私が「そういえばその芝さんとは高校からの仲なんでしたっけ?」と尋ねると西森さんは、「はい。あいつともう一人、金沢って奴がいて、基本的にいつも三人でつるんでたんですよ。高校三年生の時に同じクラスになったのをきっかけに仲良くなって、だから一緒に高校生活を送ったのはたった一年だけだったんですけど、それでもその一年ですごい仲良くなって、卒業後はそれぞれ上京する感じになったんで、こっちへ来てからも三人で頻繁に会って遊んでましたね。芝が地元に帰るまではずっと。まあ俺と金沢は芝と違って他に友達もいなかったんで、芝が帰ってからもよく二人であってたんですけど、なんかちょっとずつ会う回数も減って、そしたらそのうち金沢も実家の会社手伝うって言って地元帰っちゃって、僕は年末年始とかも基本的に帰省したりしないんで、今はもうほとんど会ってないですね。金沢は趣味の用事でたまにこっち来るんで、年に二回くらい会ってますけど、芝とは向こうが帰ったっきり会ってないですね。まあたまに、年に一回くらい連絡は取ってますけど、でも本当にそれくらいになっちゃいましたね」と語ったのち、「すみません長々と関係ない個人的な話を」と少し照れ笑いをした。
その後も少しばかりお話を聞いたり雑談をしたりしていたが、結局芝さんからの返信がすぐには来なかったので、リモート通話は終了し、あとはメッセージで連絡させていただく運びになった。通話を切る直前、私がふと、「ちなみに...ちょっと変な質問かもしれないんですけど、西森さんの小説家という『夢の行く末』にはなにが、どんな景色があると思います?ほら、あの絵画、メッセージでも送らせていただいた通り『夢の行く末』ってタイトルなんで」と尋ねると、西森さんはしばらく唸って考えたのち、「まあやっぱり僕はまだ夢の途中も途中なんで、あんまり想像できない部分もあるんですけど、なんとなく、納得のいく人生があると思ってはいます。ほらなんか...まあ仕方ない事情があって夢を追うのを辞めたとかならしょうがないかって思う部分もあると思うんですけど、そうでもないのにやり切らず中途半端に夢を諦めちゃったりすると、どうしてもなんか、ずっとそれが残っちゃうような気がするんですよ。まあわかんないですけどね、全然それでもいいやってなる可能性もあるし、でもやっぱりなにか心残り的なのをずっと抱えたままになっちゃいそうで、だからとにかく、自分がやり切ったって思えるところまではずっとやり続けようと思ってます。その先に納得のいく人生があると信じて」と話してくださり、その後「まあこの言葉受け売りなんですけどね、芝からの」と付け加えて少し微笑んだ。
翌日になって西森さんから連絡が届き、芝さんから了承がいただけたとのことで、連絡先を教えていただくことができた。そうして芝さんにメッセージ上でご挨拶をさせていただき、少しばかりお話を伺っていると、なんと芝さんは『夢の行く末』を見たことがあるかもしれないとのことだった。そしてやはり朝川さんの描いたもので間違いないようで、その話も含めて、後日取材をさせていただけることになった。




