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第13話 ルシファー様、本気を出す

「あひゃひゃひゃひゃひゃ!」


 不快な笑い声と共に、乱暴に剣を振り回すMAITO。それを一つ一つ避けていく度、自然と苛立ちが募っていく。


「で、いつまで避ければ良いんだよ!」

「少々お待ち下さい、ただいま撮影して記録していますので」

「ついでに配信もしてんの!?」

「ええ」


・はい

・まだ終わってないんだよなぁ

・なにこれMAITOおかしくね

・こんなんじゃ無かっただろこいつ


 アスモデウスはタブレットを裏返し、俺にコメント欄を見せつけてきた。でよねそんな気がしてたよ。


「どこに逃げたルシファー!」


 と、前門のMAITOに後門のヒカリさん。少しは正気を取り戻したのか、こちらに走って向かってくる。が、そんな闖入者の存在をMAITOは許さない。


「ライトニング」


 また振り下ろされる剣。それを止める、間に合わない。だから。


「ヒカ」


 じゃなくて。


「スラー―――――ッシュ!」

「危ない、シャイニー!」


 急いでその場で地面を蹴り彼女に駆け寄る。そしてそのまま抱き上げれば、間一髪直撃を免れた。


「えっ」

「少しは自分を大事にしなよ……女の子なんだしさ」


 間抜けな声を漏らす彼女に、思わずそんな台詞を吐いてしまった。


「あっ」

「なっ」


 ……やばい、言っちゃった。


・えっ

・シャイニー女の子だったん?

・感動しました ルシファー様のファン辞めます

・パンツ何色ですか?


 そりゃあコメント欄もざわつくわな。


「……何で知ってる!?」


 抱っこされたままの彼女は、必死に俺の頭をはたき始めた。しかし今までの本気の殴りとは違い、ポカポカと擬音がしそうなそれだ。


「何で知ってる、何で知ってるんだお前は!」

「いや、その……秘密結社の情報網的な」


 頭を殴られながらそのまま立たせると、ヒカリさんの後ろにすっと現れるアスモデウス。


「失礼致します」


 そのままアスモデウスは仮面の上からヒカリさんの首を締め上げる。


「あっ、おい優しく……」

「ご安心ください、彼女のスーツは特別製ですので。少し気絶して頂いただけですから」


 まぁアスモデウスが言うならそうなんだろうけどさ。


「そう……それで、こっちはどうすんだよ」


 しかし降って湧いた問題を対処しただけであって、肝心のMAITOはまだそのままだ。


「ルシファー様、先程『何でもする』とおっしゃいましたよね」

「言った、ね」


 ヒカリさんを寝かせてから、襟を正すアスモデウス。不穏だなと思った瞬間、彼女は深々と頭を下げて。


「では僭越ながら、お願いを申し上げさせて頂きます……『本気で』あれを、排除してください」


 本気で。その言葉の意味をわからない彼女ではない。


「……良いのか?」

「ええ」


 自分の右手をじっと見つめる。握って、開いて。今は真っ黒い手袋に覆われたそれは、思えば随分と悩みの種だった。


 誰かに怪我をさせては、祖父とアスモデウスに何度も頭を下げさせてきた。


 それを今、彼女が、家族が。


 やれというなら。


「派手に行きましょう」


 両の手袋を脱ぎ去り、地面に向かって叩きつける。そのまま突撃してくるMAITOの剣を、俺は左手でつかみ取り。


「おいMAITO」


 右手を強く握りしめれば、全身が沸き立つのを実感する。檻から解き放たれた猛獣のように、全てを壊せと命令する。


 だから。


「……耐えろよ」


 願うように囁いてから、MAITOの腹を全力で殴り飛ばす。そのまま衝撃に耐えられずに、放たれた弾丸のように体がダンジョンの天井を突き破っていく。


 そのまま地上まで到達したのか、真上から光が降り注いできた。顔を上げればのぞき穴のように開いたそれからは、憎たらしいぐらいに青い空が映っていたから。


 舌打ちしてから、中指を立ててみせた。


・は? え?

・草も生えない 天井こわしたから

・わぁきれいな青空

・またダンジョンこわした

・指名手配待ったなし

・お巡りさんこいつです


 コメント欄が一斉に荒れる。そりゃまぁ、そうだろうなと思いながらも、右手の甲に擦り傷がついているのに気づいた。


「さすがにちょと擦りむいたな」

「それはいけませんね、あとで絆創膏を貼りましょう」

「自分で出来るって」


 まぁ怪我なんて生まれて初めてしたけどさ。


「さて、騒ぎが大きくなる前にそろそろお暇致しましょうか。それでは締めの挨拶をお願いします」

「そっか。じゃ、おつルシー」


 アスモデウスに促されて画面に向かって手を振ってみる。が、それが納得行かなかったのか小首を傾げてこんな提案をしてきた。


「……折角ですしちゃんとやりましょうか」


 ちゃんとやる。その言葉の意味を理解した俺は改めてカメラに対峙する。場所は随分と違ったが、二年前と変わりやしない。


「我が名はルシファー。この欺瞞に支配された世界に審判を下す」


 ダンジョン。突如現れたそれを、世界は平気で受け入れた。


 けれど、こんな大それた事を誰が出来る? どこかのふざけた大企業か、それとも腐った政治家か?


 違う、ダンジョンなんてふざけたものを、世界中に出現できる存在がいるとすれば。


 俺が、ルシファーが。




「神々の……天敵だ」




 倒すべき敵だけだ。






『次のニュースです。脱走中の閃光のMAITOこと舞山透容疑者ですが、先程マスクドウォーリアを名乗る仮面の人物にウエノ警察署まで無事届けられたようです。なおマスクドウォーリアにコメントを伺ったところ、『ルシファー許さない……!』とコメントしました。なおルシファーなる人物は先程発生したウエノダンジョン半壊事件に関与していると見られており』


 翌朝、テレビを付けてすぐに消す。何せ映っているニュースは全部知っているのだから。


「で、アスモデウス。俺の小遣いは?」


 そして朝食の準備をするアスモデウスに、満面の笑みで俺は尋ねる。そりゃあ色々あったけどさ、まずは貰えるものをちゃんと貰わないとね。


「はい、こちらでございます」


 そう言うとアスモデウスはメイド服のエプロンから使い古しの茶封筒を俺に手渡してきた。早速受け取り……あれ、薄いな? ひっくり返して出てきたのは、五百円玉一枚だけで。おかしいなと覗き込んでも札の姿は見当たらず。


「……これだけ?」

「手袋、捨てましたよね?」


 あっ。


「……いやその、なんかノッちゃって」

「あの拘束具の新調にかかる金額を差し引かせて頂きました。もちろんルシファー様の取り分だけでは足りませんでしたので、やはり我らがアルカディアは再び緊縮財政に」

「わかった、わかりましたよ!」


 捲し立てるアスモデウスを抑えてから、ゆっくりと息を吐く。どうやらあの憎たらしいダンジョン配信については、まだ俺に付き纏うみたいなので。


「で、次の配信は何をするんだ?」

「そうですね、折角ですから」


 彼女はこんがりと焼いた食パンをトースターから取り出すと、皿に載せてついでのように言ってのけた。




「ウエノダンジョン、壊しましょうか」


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