第五話「イーア・メノスの二人」
「今時、レアだねぇ~。さっきのアレ、見た? 修道士だよねぇ?」
リュース・レオンは、目にかかる伸びた前髪をかきあげ、隣のサラサラヘアーの美少年を顧みた。長身のリュースより頭五つ分くらい小さい、その美少年は答えた。
「知るか、んなもん。興味ない」
「あんな若いのに、もろ修道士って格好は珍しいね。しかも女の子。どこの教会の所属かねぇ~?」
「知らん、って言ってんだろ」
「黒を基調とした法衣を着てるのを見る限りでは、ロアではなさそうだね。黒ローブといえば、シオンとかね?」
そう話す二人の服装は、長身の青年の方はインナーに緑の長袖、その上からゆったりとした真っ白なTシャツを着、パンツはゴワッとした麻のような生地の地味なズボンを履いていた。小柄な美少年の方はというと、上は柄と色が違うだけで、長身の青年と同じような着こなしで、ズボンは緩めの短パン、二人とも指輪やピアス、ネックレスなどの装飾具は一切付けておらず、シンプルな装いである。
「だから、知らねぇって言ってんだろう!!」
「そりゃないか。シオン修道院は壊滅したって噂だし。よもや単一の教会所属じゃなく、修道院共同体――ロニオン自治修道士共和国所属だったり。それはそれで恐いか。ニルはどう思う? なんでこんなトコを、あんな可愛らしいシスターがうろうろしてるんだろう?」
「何度も言わせんな。興味ない。仕舞いには潰すぞ、こら」
「それにしても、あの娘……あの彼に一体何をしたんだろう? 回復魔法でも施したのかなぁ? 魔術師のニルさんから見て、どう思われますか?」
「知らん。しつこい、うざい、死ね」
ぞんざいな返事しか返ってこない。会話が噛み合わない。リュースはタメ息交じりに、
「お兄さんが口の聞き方、教えてあげようかねぇ、ボク?」
と、切れ長にもほどがある眼をさらにすうっと細めた。手にしたバカ長い柄の鎌を、かちゃりと鳴らして。
「すんませんした!! ツンツンしたい年頃なんで、勘弁して下さい!!」
美少年はあっさり折れた。リュースはニコニコとして、
「素直な方が、ニルは可愛いよ」
「うっせぇ、バカ」
ニル・シュライザーはむっつり押し黙って、そっぽを向く。
二人はやや離れた木の上から、望遠鏡片手にユロやサガたちの動向を窺っていた。
「すねた表情のニルもまた可愛いよ。食べちゃいたくなる」
ニルはリュースから少し距離を取った。ある意味、身の危険を感じたからだ。
「――もひとつそれにしても、変なタイミングで引いたねぇ、あいつら。あんなヘボそうな魔装顕士くらい、軽く蹴散らせただろうに。あのシスター、やっぱりロニオン出の修道士だとか?」
「知らん――と言うよりも、あっちが何考えてるか、知ったこっちゃない」
「ニルが言いたいのは、こっちはこっちの仕事をするまで、ってこと?」
「黙示録の履行――それがすべてにおいて優先される。ただそれだけだ」
ロンベルク聖教の最大教派ロア・パブリックに次ぐ教派イーア・メノス。大陸一千万人の信者を抱えるその正教会員にして、黙示録履行推進局のメンバーである二人。彼らにとっては、聖書の最後の一書――『紫の騎士の黙示録』の情報を集め、その履行に必要な条件を整えるのが、むしろこっちにとっての最重要事項であった。イーア・メノス内の他の教会派閥が、あっちにおいて何をしようとも、基本関係のないこと。
「でも、少々、目に余ると思わない? 魔女狩りにしては」
ただでさえ線のように細いリュースの糸目が、またさらに細くなる。傍から見ると、笑っているようにも見える表情だが、長年の付き合いからニルは知っていた。この目をするときのリュースはヤバイってことを。一応釘を刺しておく。
「異端審問局と事を構えるのはゴメンだ」
「ニルは連中のやり口が気に入らなくないのかい? 今回は特に、だよ。近くに極帝がいるのに、不用意に竜祭司を用いるんだから。こっちの動きをよく思ってないんじゃないの? そうとしか思えない行動だよね。ま、作為的な妨害行為ってヤツ?」
「滅多なことを口にするな」
ニルは周囲を警戒して、辺りに視線を這わす。異端審問局の連中に、どこで聞かれてるともしれない。
連中はイーア・メノス教会内でも、驚異にして脅威だ。巡教や布教活動の一環として、教会に敵対するものに対し、異端審問の名のもとに魔女狩りや教敵覆滅と称し、時に武力による排斥を行った。教会勢力拡大のためなら、手段を選ばず動く。イーア・メノス内でも最も好戦的な組織で、武断暗部と陰で呼ばれる過激な連中なのだ。また、粛清の名の下に、教会内でもその刃を振るうことがあった。ニルも内心では、忌み嫌っている血なまぐさい連中だが、同属内でもめると後がややこしくなるから、衝突はできる限り避けたい。
「滅多って、多くを滅ぼすってことだよね? まさにヤツらのことだね」
「口を慎め、リュース。姉様の立場も考えろ。姉様に仇なすようなら、俺は何人たろうと容赦はしない。リュース、お前でも」
ニルの左右ブラウンの瞳の色が変わった。まるでエメラルドとトパーズ、美しい緑と黄色に。
「ニルの異眼はとても綺麗だけど、行き過ぎたシスコンは頂けないよ」
ポンポンと肩を叩いて、リュースは嘆息まじりに首を振った。
「誰がシスコン!! 俺は姉様を、尊敬して止まないだけだ。姉様ときたら神々しいばかりにお美しく、心清らかでいて、慈悲深く、大司教という重職にありながらも、貧しき者にも、弱き者にも、病人にも、罪人にも、老人だろうと子供であろうと、分け隔てなく、万人にいつもいつもお優しくあられて、真の聖女とはかくのごとしと言わんばかり。それでいてか弱く、儚く咲く一輪の百合のようなお人で……」
「はいはい。よく自分の姉のことをそこまで持ち上げて、力説できるものだねぇ。やっぱりそういうのをシスコンって言うんじゃないの?」
「断じて違う! 誰が見てもそうなのだから!」
「本気で言ってるんだよね?」
リュースはとても残念な子を見る目をしていた。
「当たり前だっ!!」
そうとは気付かず、ニルは拳を握って、高らかにそう答えたのだった。
「はぁ。そうなんだ」
百合というより食虫花だよ、あの性悪女は。眉目秀麗の、まるでビスク・ドールのように冷たい横顔を思い浮かべて、リュースは思った。いつも柔らかな微笑みをたたえていても、決して目だけは笑っていない――氷姫。それがリュースの印象だった。が、ニルの瞳にはそうは写らないらしい。
「それにしても、今回は空振りのようだね。遺跡にはなにも目ぼしいものはないようだし」
「無駄足を踏んだ。忌々しい極帝め」
「完全に陽動にはめられたね」
「姉様の邪魔をするなら、極帝もいっそ潰すまでの話」
青魚の背のようにギラついた異眼で、燃え盛る山に視線を移すと、ニルはそう吐き捨てた。年不相応な冷たい表情だった。やっぱり姉弟だ。その冷めた表情、姉に瓜二つ、リュースには重なって見えた。
「すべからく結局は姉様なのね……」
治し甲斐がありそうだ。このヘヴィシスコン君は。よしっ! ここは実力行使といきますか。
「凛々しい顔のニルもやっぱり素敵だよ」
リュースはうっとりと、ニルの耳元で囁いた。ふぅと息を吹きかける。ゾワッ。ニルの背中を、悪寒がねっとりと嫌な感覚をもって這い上がってくる。腰回りがそわそわした。
「――って、どこ触ってんだ!? この変態野郎!!」
「あら、バレちゃった? でも、ちょっとくらいいいよねぇ~」
「よくないわ!!」
「減るモンじゃなし。なんか出るモンだけどね」
「出るか!!」
「じゃあ姉様にここをこんな風に触られたら、出ちゃったり?」
「わっ、バカ! 変なトコに手、入れんな」
「わはははは、自分、死神なんで。手にした鎌がその証拠。カマだけに、貞操を狩る、なんちゃって」
「毎度毎度、そのボケ、笑えねぇんだよ!! この変態糸目がぁ! 絶対いつか潰す!!」