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第四十一話「再開」

 十分程だろうか? 三十分程だろうか? ひとしきり暴れまわった炎を大理石の柱の陰でやり過ごしたレシアは、炎が引くのを待って、広間の状況を(うかが)った。


 壁は(すす)けて、展示品のガラスケースなど見る影もないほどに溶け落ち、そこに何があったのかすらわからない黒いドロドロした(かたまり)が、あちこちで灰色の煙をくゆらせていた。炎の威力の(すさ)まじさを、どれも物言わず語っていた。


 突如(とつじょ)、パンッ!! (かわ)いた銃声が焼けただれた広間に響き渡った。


 レシアは肩に()けるような痛みを受け、黒()げの床に転がった。痛みに耐えて顔を上げると、


「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」

 と、苦しげに肩で息をしながらも、銃口をこちらに向けるゼノンの姿を視界に(とら)えた。両袖は焼けてケロイド状の両腕が()き出しになっていた。錫杖は激しい炎に焼失したのか、握られてはいなかった。右(ほお)と膝から下の右足の皮膚が熱で溶かされ、ピンクの肉が露呈(ろてい)し、ひどい熱傷だと見て取れた。


「ただでは殺さない。同じ苦痛を与えてやる!」


 そう言ったつもりが、咽喉(のど)が熱を帯びた煙にやられたか、せぜはぁ、せぜはぁ……と()れた息が漏れるだけで、言葉にならなかった。これではもう術は使えないとゼノンは思った。憎悪のこもった眼差(まなざ)しでただただレシアを睨み付けて、撃鉄(げきてつ)を起こした。


 念のためにと、(ふところ)に忍ばせてきたこの銃が、よもやこんな場面で役に立とうとは。反面、一流を自負する魔術師の自分がこんなものに頼る羽目(はめ)(おちい)ろうとは、情けないとも思った。それもこれもすべてこの小娘のせいだ。殺してやる。だが、ただでは殺さない。銃弾は残り五発。そのすべての鉛玉(なまりだま)をこの小娘の身体に叩き込んでやる。ゼノンは嗜虐(しぎゃく)的な笑みを浮かべた。さっきまでの態度が一変、目が血走っていた。すべては虚勢だったのだ。これがゼノンの本性。


「……アクス、ごめん」


 レシアは目を閉じた。(まぶた)隙間(すきま)から涙が(あふ)れる。血と涙と炭にまみれ、レシアは嗚咽(おえつ)(こら)え切れなかった。もう一度アクスに会いたかった。好きだとちゃんと伝えたかった。


 約束守れないの、私の方みたい……


 ゼノンの指がトリガーにかかる。


 ひらひらと天井から花びらが舞い落ちてくる。花びら……? その花吹雪と共に、突如、瘦身(そうしん)の女が二人の間にひらりと舞い降りた。


 髪をひっつめにし、肩に二メートルはあろうかと思われる槍を(かつ)いでいる。首筋には十字架の形に並ぶ六つ星のタトゥー。左耳にだけ優に十を超えるリングピアスを付けている。服装は、上はゆったりとしたネービーのボーダー柄Tシャツに、下は黒のスキニーパンツ、革のヒールブーツを()き、いかにもなクール・ビューティー。


 声を出せないゼノンは激しく腕を振り、「そこをどけ!」と眉を吊り上げた。


「残念ながらどくわけにはいかないよ。あたいはあんたをスカウトしに来たんだ。死なれちゃ困んだよ。あたいがユリシノンの姐御(あねご)にどやされちまうじゃん」

 悪びれた風もなく、女はさらりとそう言う。


 ゼノンは不快と不審が入り混じった顔で女を睨んだ。


「ギリセーフ。その引き金引いてたら、あんた百%(ひゃくパー)死んでたからね。死体を連れ帰ったんじゃあ、姐御ブチ切れ確定、折檻必至(せっかんひっし)だったから、ギリ間に合ってホントよかったよ」

 女は胸を撫で下ろす仕草(しぐさ)を見せた。


 どうして私が死ぬことになる? ゼノンの表情を読み取ってか、女は広間に繋がっている廊下――先には二階へと上がる階段がある――に顔を向け、呼び掛けた。


「出てくれば?」


 すると、レシア同様、血や泥にまみれ、ぼろっぼろなフェイ、アリア、フィガーの三人がまたぞろ姿を見せた。ゼノンが引き金を引いていたら、三人は銃声と同時に容赦なく彼を八つ裂きにしていただろう。


「フレーディア(きょう)を泣かせ、あまつさえこんなにも傷付けた()()()()()をぼくは絶対に許さない」

 静かながらも、珍しいくらいに(けん)が宿るフィガーの声。


「あなたたちって……あたいは違うんだけどなぁ、訂正するのもめんどいし、まぁいっか」


 フェイはフィガーの肩に手をかけ、小声で自重(じちょう)(うなが)す。


「お前がブチ切れんのもわかるが、ここはレシアの安全を確保するんが先決や」


 レシアの方をちらりと一瞥(いちべつ)し、彼女との距離をざっと(はか)ると、フェイは油断なく女とゼノンに視線を移した。レシアとの間には、まだ地平の向こうのようにさえ感じる距離がある。下手には動けない。三人は女の出方を待った。


「久しぶりだね。フェイ・ラオだっけ? あんま接点無かったけど、ウワサは聞いてたよ。一番隊にそこそこやる槍士がいるって」


「わいも聞いとった。二番隊にフレデリカ・シャントーセっつう、なかなかやりおる女槍士がおるってな」


「そりゃどうも。しかし、こんなトコで会うなんてね」


 フェイと女は旧知という程ではないにしろ、かつて同じ組織『(むらさき)剣団(つるぎだん)』に所属していたこともあり、お互い顔ぐらいは知っていた。


「またなんでこないな所にお前がおんねん?」

 と、(いぶか)しがるフェイ。


「力のある魔導師・魔術師をスカウトしてあちこち回っててね。――と言っても従わないヤツは、首根っこ引っ掴んで無理矢理連れてくんだけど」


 女――フレデリカはふと言葉を切った。なぜなら、明敏(めいびん)に殺気を察知したから。


 無視されたことに(ごう)()やしたか、ゼノンがフレデリカに向けて銃をぶっ放したのだった。(ごう)っ!! と銃弾がフレデリカを襲う。


 フレデリカはわずかに顔を(かたむ)け、難なく銃弾を(かわ)すと、底冷(そこび)えのする目でゼノンを睨んだ。虫か何かを見るような目だった。


「あんた、邪魔だね」


 おもむろに腰を落とすと、一瞬にしてゼノンとの間合いを詰めた。そして鳩尾(みぞおち)に強烈な左コークスクリューを叩き込む。


「ぐぅ……ぇえぇぇっ!?」


 ゼノンは白目を()き、銃を取り落として、黒焦げの床にキスをした。完全に撃沈。


 そのスキを突いて、レシアに近付こうとしたフィガーを、レシアの胸に槍の穂先(ほさき)を向けることで、フレデリカはその動きを牽制(けんせい)


「動くんじゃないよっ!!」

 鋭い声を発した。


「さっき言っただろ? あたいは魔導師・魔術師をスカウトして回ってるって。ついでに従わないヤツは首根っこ引っ掴んでも連れてくとも」


「レシアを連れてく気?」


「当たり前。こんな上玉、ほっとけないじゃん」


「そんなの許容できるわけないでしょうが!! ふざけんのも大概(たいがい)にしときな!」

 と、アリアが(すご)んだ。


 同じくして、無言だがフィガーの表情も(けわ)しくなり、黒いブーツに物騒(ぶっそう)な微風が集まる。


 けど、アリアもフィガーも、そしてフェイも、三人とも竜相手にボロボロだった。


 レシアとフィガー、アクスの三人を行かせたあの後、フェイとアリアは協力してなんとかかんとかあの黒い竜を仕留(しと)めた。が、それは想像に難くない死闘であった。半身にべっとりと(かわ)いた血がこびり付くフェイの格好(かっこう)と、左腕が完全に折れ、ダラリと垂れ下がるアリアの姿を見ればたやすく想像できた。


 またフィガーは、というと、四龍(しりゅう)竜尾(りゅうび)による一撃を、風を(まと)うことでダメージを軽減するも、まともに喰らい、思いっきり石畳に叩き付けられており、あばらの何本かを見事に(くだ)かれていた。


 そういうわけで、すでに満身創痍(まんしんそうい)の三人は、血の気の()せた顔で、玉のような脂汗(あぶらあせ)をかいていた。傍目(はため)にもかなり無理をしているのは一目瞭然だった。とてもこれ以上戦えるようには見えなかったが――――


「ほほう。このあたいとやろうって言うのかい?」


 二人は痛みを無視し、身構える。ただ一人、フェイは冷静だった。


「そのつもりはあらへん。この通りの満身創痍やしな」


「フェイ、あんた……!?」


 切れかけたアリアを腕で強引に下がらせ、

「かといって、わいらとやりおうたら、お前も無傷では済まへんで。追い詰められたねずみは何しよるかわからんからな。そこで取引せぇへんか?」


「取引?」


「そや。槍士を(ほこ)るお前ならこの槍の価値はわかるやろ?」

 と、フェイは自分の愛槍を指さして言った。螺旋蜂(らせんばち)メルキナ。悪魔の宿る槍。いわゆる魔装(まそう)だ。フレデリカも魔装を使えるが、今手にしている槍はただの(はがね)のごく普通の槍だ。彼女が持つ魔装は腕輪でとても攻撃向きではなく、以前より槍士として槍の魔装を欲していた。そんな話を紫剣(しけん)にいた頃、フェイは耳にしていたの思い出し、フレデリカに取引を持ち掛けたのだ。


 果たして彼女の食指(しょくし)は大いに動いた。


「この槍をもって今回は手打ちにしてくれへんか?」


「フェイ、それはあなたにとって命よりも大切な……なのに私なんかのために」


 フレデリカにとって悪い申し出ではなかった。メルキナを奪ってからこいつら全員を試し斬りがてらぶっ殺してもいい。約束を反故(ほご)にすることなどフレデリカはなんとも思っていない。


「ああ、そうだねぇ……いいよ」

 少しもったいぶってフレデリカは答えた。


「ただしレシアから十メートル以上離れるんが条件や」


「別にかまわないよ」


 十メートル離れたからといって何ができるっていうのか?


「ほな、メルキナはここに置くさかい」


 フェイは穂先の赤い魔装メルキナを焦げた床にそっと置くと、回り込むようにゆっくりと慎重にレシアの方へと歩を進めた。アリアとフィガーもそれに追従(ついじゅう)する。


 フレデリカは気絶したゼノンの、文字通り首根っこを引っ掴むと、無造作に引き()ってフェイが置いた槍へと近付いた。もちろん周囲の警戒は(おこた)らず。


 フェイたちがレシアとフレデリカの間に移動した。


 フェイは相手が約束を反故(ほご)にすることも考えていた。だが、この位置――レシアとフレデリカの間――なら、身を(てい)すれば、レシア一人を逃がす時間くらいは稼げる。大切な愛槍を手放しても、この十メートルという距離を手にしたかったのは、そのためだった。そんなフェイの悲壮な覚悟などお見通しの二人は、フェイを(かば)うようにその前に立った。


「何しとうねん?」


「あの女が仕掛けてきたら、あんたはレシア抱えて逃げんだよ。私の腕はこんなだし」


「ぼくもあばらがあれなんで」


「お前ら……」


 紫剣(しけん)の連中も気の置けないヤツらばかりだったが……。二年前の大陸政府敢行の紫剣殲滅(せんめつ)戦で、背中をざっくり切り裂かれ、命からがら逃げてきた、死にかけだったわいを拾ってくれたんが、こいつらでほんま良かったとフェイは心の底から思った。なおさら死なせたくなかった。死ぬのは自分一人で十分なのに、この二人のことだ。こうなればてこでも動くまい。庇うように自分の前に立つアリアとフィガーを見て思った。


 フェイは膝を折った。そして額を床に()り付けた。ありていに言えば土下座であった。


「わいの命だけで勘弁してくれ。こいつらには手ぇ出さんといてくれ。後生(ごじょう)や」


 それはそれはみっともなかった。プライドも自慢の愛槍も何もかもかなぐり捨て、フェイは一心に三人の助命を()うた。もはやこうするしかなかった。フレデリカの情にすがるほか。どんなに格好悪くても、情けない姿を見せても、仲間を助けられるならなんでもする。しかし、痩身(そうしん)のその女に情けなど通用するはずもない。


 槍を拾うと、

「あはははは……あんた、正真正銘のバカかい? みっともないにも程がある。土下座なんて今時(いまどき)するヤツいたんだ。国宝級のバカだね。あんたら全員皆殺し確定なんだよ」


 そう言ってやるつもりだったが、高らかに笑いかけて、ふと()めた。フレデリカは情けがまったくない分、常に冷静で利に(さと)く、危険を察知する能力は鋭敏(えいびん)であった。フェイの後ろ、ゆらりとピンクの服を朱に染めた小柄な何かが起き上がるのが目に入った。その何かは冷たい瞳でこちらを見ていた。言い知れぬ悪寒(おかん)脳髄(のうずい)を突き抜けた。これはヤバイ。動物の根源的本能が危険を()げた。あれに手を出すべきではないと。


「私の仲間を笑うのなら、あなたを容赦なく殺します。私の全身全霊をもって」


「べ、べつに……あたいは……」

 ビクンと眉を跳ね上げ、フレデリカは一歩後ずさった。このあたいが気圧(けお)されるなんて。


 アクスへの魔力供給をカットすれば、フレデリカを潰すなどレシアには容易(たやす)いこと。さっきの場でフレデリカが高らかに哄笑(こうしょう)していたら、その笑いが終わらぬうちに、彼女はこの世から消し去られていたことであろう。仲間の思いを目の前で踏みにじられて黙って耐えられるほど、レシアは冷静でいられる冷たい人間ではなかった。むしろ普段感情をあまり表さない彼女が、ここまで露骨(ろこつ)に敵意を向けるというのは、尋常(じんじょう)でない怒りであることを示していた。


 フレデリカの直感は間違ってはいなかった。


「や、約束は約束だからね。守るよ。ああ、守るとも」


 負け惜しみのように言うと、フレデリカはゼノンの首根っこを掴み、腰の辺りから直径五センチ、長さ十センチほどの筒状のものを取り出した。その筒には、魔術でよく使われる古代グダルのケセト文字が刻まれていた。筒には魔術が込めらていた。一般人でも魔術が使えるようにと考えられた、使い捨ての簡易式魔術筒(まじゅつづつ)と言われるものである。何かに叩き付けて衝撃を与えると発動するもの。なんらかの言葉の組み合わせで発動するもの。使い方は簡単だった。フレデリカのは前者だ。魔術筒を床に叩き付けた。


 すると、花びらを辺りに()き散らし、二人の姿はその場から忽然(こつぜん)()き消えた。


「はた迷惑な転移術を使う」

 フィガーが誰かさんと同じことを言った。


「でも、転移術なんて難しい術を魔術筒に封入できるなんて、あれを作ったのは魔導師レベルだね」

 アリアは舞い散る花びらを見ながら難しい顔で言った。


 ゆっくりと立ち上がったフェイは、なんとなくバツが悪そうに鼻の頭を()いた。


「助けに来たつもりが助けられてたら世話ないな」


 そう言うフェイを見て、レシアはぽろぽろと涙を流した。


「私のせいでフェイの大切な槍が……ごめんなさい。ごめんなさい」


 この()に及んでそんなことを心配して泣く少女を見て、もう苦笑するしかなかった。


「お前が無事ならそれでええ」


 フェイはポンポンとレシアの頭を撫でた。


「何、泣かしてんだい?」


「ちゃうわ。わいは……」


「アリア……」


「頑張ったね、レシア」


 レシアはアリアの豊満な胸に抱きつき、まるで子供のように声を上げて泣きじゃくった。


「よくやったよ、あんたは。痛かったね。怖かったね。もう大丈夫だよ」


 アリアは折れてない方の腕で優しくレシアの髪を()いてやる。


 フェイとフィガーはそんな二人の様子を優しげな眼差(まなざ)しで(まぶ)しそうにしばらく眺めていた。





 一方、こちらは――――


 聖光(せいこう)は寸分(たが)わぬ正確さで、ユロの命を()り取ろうとまっすぐ彼女へと(せま)る。


「アクス…………」


 もう届かないとわかっているのに、届くはずはないのに、ユロはその少年の名を呼んだ。その少年の顔を思い浮かべだ。そんな資格すらユロには無いのかもしれない。それでも少年のことを思わずにはいられなかった。


「――二回目だな。ちゃんとオレの名前、呼べるじゃねぇか」


 光を切り裂き、蒼炎(そうえん)(まと)う剣が聖光を真っ二つに割った。後方へと()れる聖光。


 そして少女の前にはナイトが舞い降りた。


 内心ひやひやもんのナイトが。よくもまぁあんな凶暴な光を、蒼炎刃(そうえんじん)で切り裂けたものだと。そんなことおくびにも出さず、少年――アクス・フォードは振り返った。聖光が地下広間の壁に当たって、ユロの後ろで派手に炸裂した。


「とにかくここを離れるぞ」

 と、アクスはユロの手を取って、階段を駆け下り、レイパードと聖人から距離を取った。


「どうしてアタシなんかのためにアンタは……」


 (ほお)には白い絆創膏(ばんそうこう)。両腕には包帯。それ以外はなんら変わらない。ボサボサの赤い髪に目つきの悪さは相変わらず。胸の前の黒いロザリオ・キーも変わらず揺れている。いつものむっつり顔で、いつものように、少年はユロの(かたわ)らに(たたず)んでいた。


 今にも少年の胸に飛び込みたい気持ちを(おさ)えて、

「どうして来たのよ! アンタに何ができるっていうのよ? 何もできないクセに」


 心にもないことが口を()いて出てしまった。本当はうれしくてうれしくて仕方がないのに。


 けどしかし、逆にまたアクスが自分のために傷付くんじゃないかと思うと、そう言うしかない少女の気持ちを知ってか知らずか、


「すまん。『絶対にユロを危険な目には遭わせない。オレがお前を必ず守る』って約束しておきながら……あのとき、お前が連れてかれるのをどうすることもできなかった。今度もお前を救ってやれるか正直わからない。それでもオレは、お前を守りたいんだ!!」


 アクスとしてはそう言うしかなかった。ありのままの気持ちをぶつけるしか。


「アタシなんか……アタシなんか……アンタに助けられる資格なんてないのに。恨まれても当然なのに。どうしてアンタは……どうして――?」


 自分勝手に生き返らせて、自分勝手に見限(みかぎ)って、自分勝手に背を向けたのに、こんな身勝手なアタシを守りたいって言ってくれた…………


「……アタシなんかがアンタに守られてもいいの?」


 か細い蚊の鳴くような声でユロはそう言うのがやっとだった。あとは声にならない。唇を噛んで必死に涙を(こら)える。不安気に。判決を待つ被告のように。


 迷うことなく、アクスは力強く言い放った。


「当たり前だっ!! オレがお前を守りたいんだからっ!!」


「――アクス!? …………アクス……アクスっ! アクスアクス、アクスぅ!! アクスアクスアクスアクスぅっ!!」


 (せき)を切ったように感情が(あふ)れ出す。ツインテールを振り乱して、ジャンピングニードロップ級の勢いで、ユロはアクスの胸へと特攻をかけた。


「ちょ、待て……わっ。バ、――――」


 弾丸のように問答無用で突っ込んでくる、キラキラうるうる瞳のユロを、どうして()けることができようか。アクスはユロの身体を抱き止めるため、両手を前に伸ばした。当然受け身を取れるはずもなく、勢い余って後ろへと思いっきり倒れ込んだ。ゴチンッ……と果てしなく鈍い音が広間に木霊(こだま)した。


 かまわずユロはアクスの胸に顔を(うず)め、


「アクスアクスアクスアクスアクスアクス…………」

 と、アクスの名前を連呼して微笑みながら泣いていた。

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