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第四話「ドラゴン、ガールズアンデッド」

 やや時間は前後する――アクスの死の少し前。


 二人は異形(いぎょう)の竜にはげしく追われていた。左腕にぐるぐると包帯を巻いた少女と、大剣を背に負った黄色い妙な骸骨頭(がいこつあたま)の大男。追うは、巨大な蝙蝠(こうもり)のような()(ばね)で風を(あやつ)り、ルビーのように赤い()つ目で獲物を捕捉(ほそく)し、その巨体で無造作(むぞうさ)に木々を()ぎ払う――四つ羽、四つ目の『四竜(しりゅう)』とでも呼ぶべき異形の竜。


 四竜は二人を追って、低空を滑空(かっくう)する。(するど)鉤爪(かぎづめ)を持つ四本の前足が、スキあらば少女の心臓を(えぐ)ろうと時折、無作為(むさくい)に地面に突き立てられる。


 山の半分はすでにド派手に燃え(さか)り、さながら昼間のように明るかった。


 少女――ユロ・アローは、その魔爪(まそう)から(のが)れんが為、ジグザグに軌道(きどう)を変えながら、とにもかくにもひた走る。その(わき)を黄色い骸骨頭がボロボロのマントを(ひるがえ)して、不恰好(ぶかっこう)並走(へいそう)していた。


 追われる少女は、かなり可愛い部類に入る――いわゆる美少女だった。


 ()き通る白い肌。ピンと()った長いまつ毛。ぱっちりとした大きな黒瞳(くろめ)。男心をくすぐるアヒル口。ロリータチックなその容貌(ようぼう)に、(つや)やかな長い黒髪をツインテールに()わえているのは、もう反則技(はんそくわざ)といっていい。


 そんな神懸(かみが)かり的な愛らしさの美少女が、(まと)っている黒いローブをあられもなくたくし上げ、口汚(くちぎたな)く隣の骸骨頭を(ののし)りながら必死に走る姿は、千年の恋も冷めるというもの。


「この状況をなんとかなさい! アンタ、アタシの道具でしょうが。クソの役にもたってみなさい! 一緒に走ってどうすんの!? ほんっとバカ! クズ、カス、ノロマ! アタシを体張って守る以外、道具のアンタに存在理由なんてないの!!」


「……………………」


 そう言ってみたところで、黄色い骸骨頭は不気味にカタカタと歯を鳴らすだけ。


「頭、吹っ飛ばされてからアンタ、やる気ないんじゃない? 形のいい髑髏(どくろ)見つけて、オシャレ・メイクして、のっけてあげたっていうのに。ホント恩知らずなんだから」


 オシャレ・メイクって……その辺に落ちてたゴリラか、はたまた猿かわかったものではないしゃれこうべを、無意味に黄色く塗りたくっただけなのに。しかもその髑髏ときたら、もしかしたら霊長類ですらないかもしれない。額に妙な突起物(とっきぶつ)とかあるんですけど……。


「うるさぁぁぁぁぁいぃぃぃ‼」


 突如(とつじょ)、耳をつんざく四竜の咆哮(ほうこう)が野山に響き渡った。


 くる。


 全てを焼き尽くす竜の吐息(ドラゴン・ブレス)が!


 咆哮後、大きく息を吸い込み、体内の炎と酸素を()ぜ合わして、一気に見渡す限りを焼き払う竜族の大技(おおわざ)。これをまともに喰らっては、ただでは済まされない。が、逃げ場はない。


 ユロはぺたりとその場に座り込んだ。別に生きるのをあきらめたわけではない。


「アゼザル、アタシを守りなさ!!」


 そう命令された骸骨頭はしぶしぶといった感じとはいえ、四竜とユロの間に割って入り、仁王立(におうだ)つ。頭はこないだ諸々(もろもろ)あって代用品ではあるが、体は筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)としたたくましい大男。威風堂々(いふうどうどう)と背の大剣を抜き放って、四竜の前に立ち(ふさ)がった。


 そして、アゼザルと呼ばれた骸骨頭は剣を頭上――大上段に構えた。


 ユロはその後ろでフードを(かぶ)って、うずくまる。


 (ゆる)やかな動作で一度、気だるげに鎌首(かまくび)をもたげた四竜は、二人目掛けて竜の吐息(ドラゴン・ブレス)を放った!!


 ばかでかい(あぎと)から放射状に広がる炎熱(えんねつ)地獄。誰が最初にこれを吐息などと名付けたのか? まったくの身の程知らずである。そんな生易(なまやさ)しい炎ではなかった。炎に触れた瞬間から、木々がたやすく消し(ずみ)と化す。


 凄絶(せいぜつ)なる炎が二人に(せま)った。


 アゼザルは雷撃よろしく、頭上の大剣を振り抜いた。


 ぶんっ!! と空気が悲鳴を上げて裂けた。剣風で真空をつくって、炎を真っ二つに割ったのだ。いくら化け物じみた爆炎(ばくえん)でも、そこに空気がないと炎は存在し()ない。


 とはいえ、本日五発目の竜の吐息(ドラゴン・ブレス)(しの)いでも、四竜は完全無傷だ。


 アゼザルはくるりと(きびす)を返すと、ユロの(かたわ)らを駆け抜けて、素早く逆方向へと走り去る。


「ちょっ、ア、アン!? 待ちなさい!! ご主人さまを放ってく気ぃぃ!?」


 ユロは叫んだ。お(かま)いなしにアゼザルは脇目(わきめ)も振らず、ブンブンと大剣を振り回して、周囲の炎を蹴散(けち)らし、自分の退路をちゃっかり確保。自分だけさっさと逃げる。


 辺りは火の海だった。


「待って、待っ!! 止まりなさ!! バカガイコ!!」


 あわててユロは立ち上がり、後を追った。やや半泣き気味で。


 四竜は四つ羽をバタつかせ、イラだたしげに夜空に向かっていなないた。まるで地団駄(じだんだ)()んでるかのように見えた。


 それはさておき、アゼザルの逃げ足はとてつもなく早かった。一気に四竜を引き離す。ユロまでも引き離されそうになっていたが、死に物(ぐる)いでなんとかかんとか追いすがる。


「ハァ、ハァ、ハァ……ア、アンタ、アンタ……ハァハァ、アンタねぇ……ど、どういうつも、つもりよ!? ……ふざけるのも、ハァハァ、いいかげん、げんにしなさ!! 犬のクソ以下の、石っころの分際(ぶんざい)で」


 息も()()え、ユロは毒吐(どくつ)いた。素知(そし)らぬ顔でアゼザルは、相も変わらず変なフォームで横を走っている。そのすまし顔がユロには無性に腹立たしかった。まぁ、骸骨に表情なんて無いから、すまし顔やら素知らぬ顔というのは、ユロのただの主観だが。


「今度、こんな真似(まね)してみなさいよ。絶対ただじゃおかないんだか!! バラバラにして、アンタなんかカラスのエサにしてやるんだから」


 犬のクソ以下のものをカラスのエサにしてやるとは、カラスもいい(つら)の皮である。


 もともと、こういうヤツを生み出したのは、自分なのだからしょうがない。己の技術の未熟さを(たな)に上げて、ぷりぷり怒っている。


 背後では、風を払う羽音が徐々に大きくなってきていた。火の回りも早い。四竜のはばたきで、空気を得た炎は一層(はげ)しく、辺り一帯を急速に飲み込んでいった。


「ホント、ヤバイかも……」


 走りながら後ろを(かえり)みて、ユロは気弱(きよわ)げに(つぶや)いた。


 次の瞬間、何かに(つまず)いて、顔面からド派手にコケた。


「………………」


 死んだか? しばらく、ぴくりとも動かなかった。


「いったぁぁぁい!! もう、何よ!」


 右眼を押さえ、がばっと()ね起き、ユロは絶叫した。案外タフである。


「最悪ぅ!!」


 泥だらけの(ほお)(そで)でごしごしこする。


 見ると、そこには、手に剣を握ったままの、血まみれ死体が転がっていた。


 それはアクスであった。


 これに躓いたのか。


 アクスの瞳はすでに色を失い、(うら)めし気にユロを見つめていた。


「誰よ! こんなトコに粗大ゴミ、置いてったのは! 不法投棄よ、不法投棄。これは完全な不法投棄よ!!」


 ひどい言われ(よう)である。けれども、死人に口なし。厳密には、まだほんのわずかに息はあったが。死霊術師(ネクロマンサー)の彼女にとっては、死体など恐れるものではないが、もう少し言い様があるような気もしないでもない。


 アゼザルはその場で駆け足をしながら、こちらもぽっかりと空いた(うつ)ろな目で、そんなユロの様子をじっと見つめていた。


 いや、視線はアゼザルやアクス、生気のない者どもばかりではない。


 ――ゾッとするような禍々(まがまが)しい視線。


 はっと気付いて、ユロは顔を上げた。血のようにぬめりと真っ赤に輝く四つ目が、ギロリとユロの姿をはっきりと映し出していた。


 獲物を狩る猛禽類(もうきんるい)のように彼女目掛けて急降下してくる四竜。


 ユロはよろけて地面に手をついた。無様(ぶざま)に転びつつもその場を離れようとあがくも、四竜は魔爪(まそう)を――彼女をもはや射程に(とら)え、その華奢(きゃしゃ)な身体を引き裂くべく――振り下ろした!!!


 頭上に死が(ひいらめ)いた。


「死ぬわけにはいかないの。まだアタシの望みは、何一つかなえられていないの!!」


 それでもユロは必死にあがいた。もうダメだと、簡単に(あきら)め切れるものじゃない。


 そのとき!!


 思いっきり誰かに突き飛ばされた。


 もうもうと砂煙が舞い上がり、四竜が雄叫(おたけ)びをあげる。


「アゼザル……!?」


 砂煙の向こうに、背中から串刺(くしざ)しにされたアゼザルの姿が見えた。竜の鉤爪(かぎづめ)が深々と胸に食い込んでいる。


「何、アンタ、最期にカッコイイことしてんのよ……バカガイコツ」


 だらりと垂れさがった両手、アゼザルの黄色い頭部が、ごとりと力なく地面に転がった。


 四竜は無慈悲にも、わずらわしげに腕を振り、爪に挟まった異物を排除する。アゼザルの身体は成すがまま、ユロの近くの木にしたたかに叩き付けられた。


 軽鎧(けいがい)を貫通し、腹にはぽっかりと大穴が穿(うが)たれ、両足は四竜の爪に引き千切(ちぎ)られ、無残(むざん)な姿であった。


 四竜は再び天高く咆哮する。竜の吐息(ドラゴン・ブレス)の前兆だ。この至近距離、逃げる余裕はない。


 ユロは素早くアゼザルに駆け寄ると――傷口に無造作に手を突っ込んだ。そして、心臓があるべき場所から、血にまみれたこぶし大の黒い石を取り出した。


「本体はなんとか無事……」


 即座、周囲に目をやった。アクスの亡骸(なきがら)がそこにはあった。


 迷ってる(ひま)など無かった。無我夢中で()うように駆けた。


 四竜がゆるりと鎌首をもたげる。残された手段はひとつ。


「黒いロザリオ……? いえ、鍵?」


 首に掛かったアクスのロザリオ状の鍵にやや目を奪われるが、今はそれどころでない。


 後先考えず、ユロはアクスの胸の上に、漆黒(しっこく)に輝くその石を置き――――


 自らの身を守るべき死霊人形の組成(そせい)(蘇生)にかかるべく――――


「闇を魅入(みい)るは、群青(ぐんじょう)に制せられし智天(ちてん)御使(みつか)い、闇を()るは、深緑(しんりょく)()められし熾天(してん)の御使い、闇を(つかさど)るは、白銀(はくぎん)(おか)されし座天(ざてん)の御使い、闇は(じゃ)、邪は混沌(こんとん)、混沌は闇、堕天(だてん)の領域を守護せし(なんじ)ら、反天(はんてん)の御使いに()い願う。我が右肺(みぎはい)を喰らいて、この(むくろ)死杯天秤(しはいてんびん)(さか)さにせしこと!!」


 ――――(しゅ)(とな)えた。


 激痛がユロを見舞う。胸が激しく()め付けられる。ユロは胸を(おさ)え、体を()る。額には青筋(あおすじ)が浮き上がる。想像を絶する痛みに、見開かれた左目が一瞬にして真っ赤に充血した。そして、激しく()き込み、吐血(とけつ)を何度か()り返した。


 黒い核石(かくいし)からは、蛇がのたうつような妖しい光が幾筋(いくすじ)も立ち(のぼ)る。その黒き光は宙空(ちゅうくう)で反転し、憑依(ひょうい)するかのごとく、(いきお)いよくアクスの中へとなだれ込んだ。それと同時に、胸の上に置かれた黒い核石が、彼の体内にずるりと(ぼっ)していった。


 死霊術(しりょうじゅつ)は成功した。


「あの子たちの為にも、こんなところで死ぬわけにはいかないの。だから、お願い……アタシを守って」


 アクスを見つめ、むせびながら、そう乞うのが精一杯だった。ユロは意識を失った。


 ――目がぱっちりと見開かれた。入れ替わるように、アクスはむくりと半身を起こした。


「オレは……? ここは、天国?」


 なかなか厚かましいヤツである。それほど善行を積んできたわけでもあるまいに。


「今までのは夢だったのか?」


 サガに斬られた傷口を見てみる。傷口はまったく見当たらなかった。あちこち触ってみるが、特に変わった様子はない。


「どうなってるんだ?」


 ボリボリと後ろ頭(うしろあたま)()いて、ぼーっと周囲を見渡す。寝起きか? ――と、ツッコミたくなる。ボサボサの伸び散らかした赤髪に、むっつりとした無愛想(ぶあいそう)面構(つらがま)え。相変わらず目つきが悪い。どれをとってもやはり()わり()えはしない。


「オレは……死んだはずだよな? いや、死んでなかった?」


 自問自答。半信半疑。


「じゃあ、オレは生きてるのか? 生き返ったってことか?」


 なにがなんだかよくわからない。ぼんやりと考えながら(かたわ)らに目を向けると、血にまみれて、眠るように少女が横たわっていた。さらに何気(なにげ)に目線を上にもってくと、まさにこれから、火を()こうとしている巨竜の姿があるではないか。


「な、なんだっ!? 死してなおこの状況っ!?」


 思考中断、いきなり目玉が飛び出しそうなほどの危機的状況。アクスは反射的に立ち上がり、これまた反射的に右手の剣を構えた。


「二度死ぬのはゴメンだ」


 あんな思いはもうしたくない。


「それにツインテール」


 ちらりとユロを一瞥(いちべつ)する。めちゃくちゃ可愛い。何がなんだか理解不能だが、何がなんでも、この子を守らないといけない。そんな気がした。強迫観念(きょうはくかんねん)にも似た使命感、いや、ただ少女が可憐(かれん)で可愛かったという理由だけかもしれない。


 考えてる場合ではなかった。


 爆炎放射(ばくえんほうしゃ)――竜の吐息(ドラゴン・ブレス)!!!!


 聞きしに(まさ)る問答無用のいかつい熱量をもつ炎が、辺りに()き散らされる。巻き込まれれば、そこに生きとし生けるものは全て灰塵(かいじん)()すこと()け合いである。


 考えるのは後だ。今はこいつを(しの)ぎきるのに集中せねば。


「バケモンが。魔装(まそう)の使い手、()めんなよ。竜炎(りゅうえん)VS(バーサス)炎狼(えんろう)、上等!!!」


 強気(つよき)台詞(せりふ)とは裏腹に、引きつった笑み。この危機的状況回避(かいひ)に、アクスは遮断(しゃだん)を選択。大地に剣を深々(ふかぶか)と突き立て、――()える!


煉鎖(れんさ)一式(いっしき)開錠(かいじょう)(うな)れ、(あお)き炎狼シュッテンバイン! 魔堂門(まどうもん)三叉火柱(さんさひばしら)!!」


 力ある言葉。呼応(こおう)する悪魔の力。三本の蒼炎(そうえん)の火柱が、アクスの眼前に顕現(けんげん)する。剣を(かい)し、地中より天高くそそり立つ太い三本の蒼き魔炎(まえん)の柱が、赤き竜炎を遮断する。


「……大佐、あの蒼炎は一体?」


 山を下りたサガの目にも、天へと昇るその炎ははっきりと見て取れた。


魔装顕士(まそうけんし)のようですね……」


 魔装とは、かつて偉大なる太古の魔導師たちによって封じられた悪魔が宿る装具。絶大なる魔力を(ほこ)る悪魔は、幾重(いくえ)にも(かせ)をかけられたうえ、封じられた。その枷を一部解くことで、わずかに()れ出た悪魔の力をこの世界に顕現させ、行使すること――すなわち魔装開錠(まそうかいじょう)ができる者を、人々は魔装顕士と呼んだ。


 しかし、悪魔の枷を解くことのできる適性を持つ人間は、それほど多くはない。また、魔導師であっても魔術師であっても魔装を(あつか)えぬ者もいたり、魔術師等でなくとも、アクスのように魔装を扱える者がいたりと、その適性のメカニズムは、(いま)だ解明されていないことも多かった。


「何者の仕業(しわざ)でしょうか?」


「……さぁ。少尉の部隊との合流を急ぎましょう。火の回りも早いですから」


 虫の知らせや風の便(たよ)りとでも言うものか? あの魔装顕士とは、どこかでまた出会う予感じみたものを、ふとサガは感じた。


「わかりました。……大佐?」


 そうは言うものの、しばらくサガはその蒼炎をじっと(なが)めていた。


「……だから魔装はイヤなんだ」


 アクスはぼやいた。(ひじ)から先、右腕が内出血したように(むらさき)に変色していた。


 悪魔の力は絶大だが、多分に瘴気(しょうき)を含むため、魔装を行使するとその反動を覚悟しなければならない。いわゆる紫瘴化(ししょうか)が起こるのだ。瘴気に()てられた箇所(かしょ)が紫に変色し、打ち身に似た鈍い痛みを発し出す。そのまま何もせず、放っておけば、半日もあれば自然と瘴気は抜けて元に戻る。だが、続けて魔装を使用していると、色はより濃く、痛みはより強く、やがては出血を(ともな)い、最終的には壊死(えし)することになる。なので連続使用には十分注意が必要であった。


 それはさておいて、この局面を乗り切るにはどうするか?


 四竜に対峙(たいじ)するアクス。アクスたちを睥睨(へいげい)する四竜。


 アクスはない頭を(しぼ)って考えた。


 竜の吐息(ドラゴン・ブレス)を防ぐことと、竜本体を倒すことは別次元の問題である。なんせ相手は、世界最強にして最大の種族。いくら魔装顕士といっても、並大抵(なみたいてい)の話ではない。しかも、こちらには紫瘴化という制限もある。無制限に竜の吐息(ドラゴン・ブレス)を連発されたら、もうお手上げだ。


 やばい。何も浮かばない。


 蛇に(にら)まれたカエル状態だった。動くにも動けない。けれども、意外なのは四竜もなぜか、上体を起こした姿勢で、さっきから微動(びどう)だにしないことだ。


 しかしながら、ずっとこのままというわけにもいかない。辺りはすでに焼野原。いずれ火と煙に巻かれるのは時間の問題だった。


 そうこう考えていると――――


 不意に、四竜が(よど)んだ夜空を見上げた。アクスは固く身構える。


 すると、翼を広げたかと思うと、四竜はいきなりはばたいた。そして、あらぬ方向へと、あっという間に飛び去ってしまったのだった。


 一瞬、取り残されたかたちのアクスはぽかんとする。一触即発(いっしょくそくはつ)、異形の竜との壮絶な死闘かと思われた場面で、一体全体(いったいぜんたい)意表(いひょう)()かれた。


 けれども、次には正直ほっとした。


「なんだったんだ? とにかくこの場を離れるか」


 火と煙に退路を()たれぬうちに。


 アクスはユロを優しく抱き抱えた。腕の中で目を閉じるその少女は、まるで天使のようだった。

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