第三十一話「緋石」
大大陸博物館前。博物館入口を起点に広がる大陸一幅広な階段――サンクトアレスの大階段には、徹夜組を含め、雲霞の如き人だかり。世紀の発見を一目見ようと、大勢の人々が列を成し、ひしめき合っていた。
「ガラクタをわざわざ見に、わらわらと集まってきおってからに。物好きな連中だわい」
博物館三階の一室から群衆を尻目に、警備責任者であるガウロンは退屈気に鼻毛を抜く。
「中将、その鼻毛、どうするつもりでしたか? 汚いからその辺に吹き散らすのはやめて下さいよ」
情けない苦情を吐きながら、美しい銀の髪の青年がひょっこりと顔を出す。
「バカモン! そんなことするわけなかろう。こういうのはこうしてだな、丸めてだな、そこら辺に、ぺっ! だ」
鼻くそらしきものと合体し、球状となった鼻毛・オブ・ダークマターを言ってるそばから、ガウロンは指で器用に弾いた。
「より悪いわ! このクソハゲ! あっ!? いや、つい口が滑っちゃいました。あはっ」
「アシュレイ、貴様も言うようになったのう」
グリグリとグーでこめかみを容赦なく責められ、中将付武官のアシュレイ青年のあわれな悲鳴が部屋にこだました。いわゆる中間管理職の悲哀というか、なんというか……。
「ところで、アシュレイ。貴様は今までどこに行っておったのだ?」
「……あ、はい。レキ・グロリア中佐による二十七番遺跡の機密漏洩問題で、情報部のロズワルド中将に呼び出されておりました。中佐の身柄を引き渡せと、いつものようにしつこくせっつかれまして、追求をかわすのに大変だったんですよ」
「騎士会門下の青二才が、いっちょ前に何様のつもりだ」
「とりあえず我々の管理責任を問われ兼ねないので、数日前から中佐が行方知れずということは隠して、その場はしのいできましたが、今後どう対応するつもりですか?」
何度も呼び出されてうんざりといった面持ちで、不服そうにアシュレイは口を尖らせた。
「知ったことか。もともと孤高の虎や気高き鷲を飼おうなど土台無理なのだ。あの時、処刑しておかなかったのが悪いのだ。文句を言うのなら、当時のお偉方に言うのだな。とはいえあやつがおったおかげで、ラムザック内戦は五年は早く終結した」
「しかし、それを差し引いても、奴を生かしたことを誰もが必ず後悔するときがくる――でしょ? もうそのなんか含みを持たせてみたけど、実はたいして意味はない、よくわからない返答は聞き飽きましたよ」
この要領を得ない不毛なやり取りをここ数日、何度繰り返していることか。
「ふふふっ。まぁ、見ておれ。いずれ早晩わかることだ」
と、ガウロンはまったく取り合わない。ただ腹黒そうな笑みを浮かべるだけだ。
ふと、アシュレイは窓の外に目をやる。
「中将、あれ何ですかね? 鳥にしてはなんか大きいような。なんだろう?」
彼方、東の空にふと、黒い小さな点が五つ、浮かび上がる。
「うわさをすれば何とやらだな。だが、随分とまずいのが来た。この大陸政府本部に本気で喧嘩を売るバカがいようとは……」
歴戦の古傷がうずくのか、ガウロンはつるりとスキンヘッドを撫でた。
「言う割には、なんだか楽しそうですね? で、あれ何なんですか?」
「アシュレイ、群衆どもに避難指示だ」
徐々に大きくなる黒い点を見つめて、アシュレイの質問などまったく無視して、ガウロンはそう指示を出した。
同刻――。整然と編隊を組んで、悠然と都市部へと向かう五頭の巨竜を遠望し、レイパードは言った。
「実に壮観な眺めだろ? キミもそうは思わないかい?」
ユロは無言を貫く。今更他の人間がどうなろうと、どうという気も起こらなかったが、返事をする気にもならない。
「レイパード様がわざわざお聞きになられているんだ。返事ぐらいしたらどうだ?」
「アンタらに協力はする。だけど、心を許した覚えはない。気安く話し掛けないでくれる?」
「貴様、自分の立場をわかっているのか? 舐めた口をきいてると潰すよ」
胸倉を掴み、短髪の女が凄味を利かす。ユロは苦しげに顔を歪める。
「アギレラ、その辺で」
微笑みながらレイパードが睨むと、アギレラは口をつぐんで手を放した。ユロは喉元を押さえ、大きく息を吸う。
「ま、どうであれ、きっちり仕事してくれたら文句はないよ」
と、レイパードはユロに向かって、親指大の赤色の石を投げてよこす。
「……これは……まさか賢者の石?」
「残念だけど違う。そいつは純度の高い魔力感応鉱をアレンジしてボクが作った、賢者の石の模造品さ。ボクは『緋石』と呼んでいる。キミがシオンの魔石を譲ってくれなかったからね、その代用品さ。わざわざ作ったんだよ。二年近くかけて。それ一個でも、アーサーベルの三分の一を吹っ飛ばせるほどの莫大な魔力が蓄積されてるから、充分役割を果たしてくれるだろう」
「そんな貴重な物をどうしてアタシなんかに?」
疑わしい目を向けて、探るように訊いた。
「キミに蘇生させてもらいたい人物がいるんだ。それは――聖アヌス。もともと人でありながら人の枠を超越した人外の存在だ。生中な代償で蘇生させられるほど軽い存在じゃない。それを使うといい。核石の代わりになるかはわからないけど、代償には充分だろう。とにかくわずかな時でも、聖アヌスが生きてるという状況を作り出せさえすればいいから」
親指と人差し指でつまみ、ユロはその『緋石』を陽に透かして見た。深い赤がいみじくも血の色を彷彿とさせた。また誰かの血が流れるのだろうか? もうそんなこと、どうでもいいか。ユロは無感動にそう思った。




