表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/47

第三話「アクス死す」

 サガたち大陸政府軍の部隊が去って、どのくらいが()ったのか?


 夜空に張り付けたみたいな、現実味のない赤い月。(あわ)い月光の下、微風(びふう)に震える木々の枝葉が、骨と皮だけの老人の、(ふし)くれだった指のようなシルエットを浮かび上がらせる。


 生きてるのか、それとも、もう死んでるのかすら定かでない生死の(さかい)に、アクスは置かれていた。


 昏睡(こんすい)覚醒(かくせい)の繰り返し。混濁(こんだく)とした意識。途切(とぎ)れ途切れ、闇が入れ替わる視界。ああ、まばたきをしているのか。まだ死んではいないようだった。時々そう実感するが、ただ死を待っているだけに変わりはない。


 もしかして、これは夢かも――と、思い出したようにふと思う。


 遠くに、黄色い骸骨頭(がいこつあたま)屈強(くっきょう)な大男が走っているのがぼんやり見えた。黒髪の美少女と一緒に。


 幻覚か? もうわけがわからない。何もかも。


 突然、目の前に赤い薔薇(ばら)が舞ったと思ったら、こうなっていた。それは自分の血だった。本当に斬られたのかも、(いま)だによくわかっていなかった。やはりこれは夢なのでは……?


 また意識が闇に引きずり込まれる。


 底の無い水の中、ねっとりとしたそんな暗闇を、ゆっくりと(しず)んでいく感覚。どこまでも、どこまでも。(かす)かに響く弱々しい鼓動(こどう)。この音が途切れたとき、オレは死を迎えるのだろうか。自らの命のカウントダウンをBGMに、深く深い()てへと落ちていく。


 あっけない幕切れ。


 二年前。あのとき、どうしてオレは生き残ってしまったのか? 死に場所を間違えたヤツは、生きていても(みじ)めなものだ。そうして、こういう路傍(ろぼう)の石みたいな死に方をする羽目(はめ)になるのだ。それが似合(にあ)いとでも言うかのように。実際、そうなのかもしれない。冷めた顔して、おっさんのヨタ話を鼻で笑いながらも、そんなもんにも熱くなれるおっさんやみんなが(うらや)ましくて、ずっと横で見ていた。オレは傍観者(ぼうかんしゃ)に過ぎない。何の生きる目的も夢も持たないオレみたいなヤツが、クソ(まぶ)しいおっさんたちと同じ舞台に立とうだなんて、はなからおこがましかったんだ。一緒にあのとき、かっこよく死ぬ資格なんて、オレには無かったんだ。だから、きっとこういう不法投棄(ふほうとうき)された粗大(そだい)ゴミ的な、しょうもない死に方が一番似合いなのだろう。


……うん? 不法投棄? 粗大ゴミ? ……もうどうでもいいか。すでに諦観(ていかん)が心の半分以上を支配していた。


 ただ暗い(ふち)へとすべて飲み込まれてゆく。無となる闇へと意識も()ける。そこには何も残らない。オレという人間が生きてきた足跡も。誰にも記憶されず、ひとり、ひっそり死んでゆく。そこには何もない……鼓動は段々と聞こえなくなっていった。


 やっぱり死にたくない。今更(いまさら)心底(しんそこ)思った。泣き(さけ)びたい気持ちになった。


 死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない。


 もっと生きたい。生きていたい。もっともっと生きていたい。見苦しいまでに生を渇望(かつぼう)する。オレもおっさんたちと同じ場所に立ちたい! こんな死に方はイヤだ! この()(およ)んで後悔ばかりが、雪のように積もっていった。オレもおっさんたちみたいに、命を()けられるほど熱くなれるものが、欲しかっただけだったんだ。これほどまでに強く、自分が何かを望んだことは今までなかった。こんなにも無意味に死んでゆくことが、(むな)しくて、悔しくて、情けないなんて。死ぬにしても、自分が自分なりに生きた意味が欲しかった。(から)っぽのまま、死にたくない。オレは大馬鹿野郎だ。今際(いまわ)(きわ)に気付くなんて。誰か、こんな馬鹿なオレを救ってくれ! 空っぽのままはイヤ!! 声にならない声が(あふ)れた。


 もう何も見えなくなった目からこぼれる涙。


 心音が途絶(とだ)える寸前(すんぜん)、アクスは意識の底で巨大で黒い不気味な門を見上げていた。尾が(つな)がった双頭の蛇が、紋章のようにその門扉(もんぴ)には(きざ)まれていた。


 不意に双頭の蛇が尾から別れて二匹となる。やおら扉は開かれた。


 すると突然、アクスは闇よりも濃い漆黒(しっこく)のもやに(おお)い尽くされる。もやはアクスの全身を浸食(しんしょく)し、目や耳、鼻や口、傷口などから、ずるずると入っていった。


 全身に()み込んで流れ込んでくるこれは……?


 意識? 感情、記憶……? 想い?


 ……どれも違う。けど、どれも違わない。ぼんやりとしていて、形を(ともな)わない。うまく言葉では表現しきれない。でも、あたたかい。


 アクスがもやに取り込まれていく。いや、もやがアクスに取り込まれているのか?


 あたたかい闇に包まれながら、アクスは聞いた。たしかに。


『……アタシを守って』


 やがて、アクスの心臓は静かに動きを止めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ