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第二十九話「サガの矜持」

「……不穏(ふおん)な雲行きですね」


 長く(つや)やかな金髪が湿気を含み、ややウェーブがかっている。

 セントラル駅に降り立って、サガはそぼ降る雨を眺めてひとりごちた。すでに雨は降っているのに、妙な言い回しだなとヴィノアは思った。


 蒼炎(そうえん)魔装顕士(まそうけんし)の行方を追ってきてみれば……


 アクスたちより遅れること五日。


「結局帰って来ちまったよ。しかも雨だし。やだね。って、何見てんだ? ボコるよ」

 辛気(しんき)臭い顔で黒い雨雲を睨み上げて、シェスカがその辺の人にあたる。まったくガラが悪い。道行く人々がからまれては厄介(やっかい)とばかり、見事なまでに彼女を()けて通る。


 だが、二人。まっすぐにこちらに向かってくる。濃紺の軍服を着た男女。二人はサガの前に来ると、直立不動で右腕を機敏に上げ、敬礼した。


 見掛けない顔だ。肩の階級章――ショルダーストラップに目をやる。佐官の盾形(たてがた)、尉官の菱形(ひしがた)はない。まして将官を示す星形があろうはずもない。ただ黒い線が二本あるだけ。それは下士官である軍曹の階級を示すものだ。


 ちなみにサガの肩には盾形四つで大佐を、ヴィノアとシェスカの肩にはそれぞれ菱形三つと二つで中尉、少尉の階級を示すショルダーストラップがあった。


「ソフィア・ラグ中佐より伝言を預かって参りました」


 男の方が一歩前に出て、そう言った。サガはすぐにピンと思い当たる。


 サラテール・シティで蒼炎の魔装顕士の行方を追うため、聞き込みに出していた部下の何人かが、思いもかけないリストを入手してきたのだ。それは二十七番遺跡から出土した遺物の一覧リスト。アリアが入手して、レシアに見せたあの手書きのリストである。


 あまりに詳細な記述も多々見受けられたので、サガは内部の情報漏洩(ろうえい)を疑い、同期で情報部に所属するソフィアにリストを郵送し、調査を依頼していたのだ。おそらく彼らは忙しいソフィアに代わり、その報告に来たのだろう。案の定、女の方が口を開いた。


「ご依頼頂いたリストの調査報告ですが、この場でさせて頂いてもよろしいでしょうか?」


「ええ、かまいません。お願いします」

 サガはにこっと笑って応じた。彼に微笑(ほほえ)まれて、胸の高鳴らぬ女性はいないだろう。


「は、はい。十数枚お送り頂いたほとんどのリストが、タイプライターによるものでなく、手書きであったことに着目し、とりあえず筆跡鑑定を行ったところ、たまたま一枚だけ軍関係者の筆跡と一致するものがありました」


「それで、その軍関係者とは?」


 じとっとした目を向けて、ヴィノアが女性下士官をまじまじと見ていた。女性下士官は居心地(いごこち)悪そうに、やや()まりながら答えた。


「は、はい。そ、それはレ、レキ・グロリア中佐の手によるものでした」


 その名を聞いて、さほど驚くことはなかった。


 レキ・グロリアといえば、元紫(もとむらさき)剣団(つるぎだん)にて六番隊々長(たいちょう)を務めていたが、紫の剣団殲滅(せんめつ)戦において唯一、大陸政府に自ら投降したいわく付きの男だ。その後、司法取引で大陸政府軍属になり、准佐に任じられる。そして、血で血を洗うようなひどいラムザック内乱の鎮圧に参加。そこで華々しい戦果を上げ、たった二年で中佐へと昇進という異色の経歴の持ち主だった。軍でその名を知らぬ者はいない。


「眠れる獅子が動き出しましたか……」

 と、サガはぼそりと呟いた。


 粛々(しゅくしゅく)と従順に任務をこなすフリをして、あの男は時を待っていたのであろう。そして、その時がついに満ちたのだ。リストはその証拠――きっと()()()()()()()()()()()()()が込められているに違いない。


 ついで、ふと『()()()()()()()()()聖櫃(せいひつ)』という彼の言葉が思い出された。サガは(ふところ)からリストを取り出すと、乱雑に()った。たしか(ひつ)とか(ひつぎ)とかいう記述がどこかにあったような……。


 ナンバー668『金銀正方格子(こうし)装飾の(ほどこ)された、先進魔術文明時代のものと思われる(ひつぎ)』――これだ! 搬送先は大大陸(だいたいりく)博物館になっている。おそらく大大陸博物館にて、近いうちに何かが起こる予感がした。ほぼ確信を(ともな)って。


「部隊をサラテールに置いてきたのはまずかったかもしれませんね」


 誰にも聞こえないように(つぶや)いたつもりだった。


 (うす)ら暗い雨空を見上げる。あれからもう二年が()つのか。いや、まだ二年と言うべきか。


 昔の(にが)い記憶がまざまざと(よみがえ)った。


 ――――薄ら暗い室内。足を組み、椅子に腰掛ける男が一人、いた。


 むき出しの配管に赤レンガの冷え冷えした部屋。明かりはぼんやりとしたランタンが天井にいくつかあるばかり。その空間には男と椅子だけ。殺風景にもほどがある室内――というよりも、広間と言った方が妥当(だとう)であろうか。


「襲撃からわずか一〇分といったところか……」


 髪をかき上げ、シーゼリアン・グラッテはニヒルな笑みで招かれざる客を迎えた。


「やけに早いな。その扉の外にとびきり強いのが二人ほどいたハズだが?」


 今し(がた)、その客が入ってきた扉を目で差す。


「さぁ? 知りませんよ」


 鮮血(せんけつ)(したた)る剣。招かれざる客――サガ・ローウェインはそう答えた。


 濃紺の軍服を(まと)い、金の長髪を後ろ手に(たば)ねた秀麗(しゅうれい)な顔立ち。洗練された気品が(ただよ)う。まるでおとぎ話や英雄(たん)に出てくる竜を討つナイトのような(たたず)まい。


「久方ぶりの再会だというのに、愛想のかけらもありゃしない」


「あなたは軍を去った身だ。いや、それよりひどい。軍に弓引く反逆者だ。交わす言葉などありはしない」


「そうかい。しかし、大陸政府も必死だな。極帝(きょくてい)の二つ名を持つ竜殺し――『ベオフリートの英雄』まで(とう)じて、しがないオレらみたいのを(つぶ)しにかかるなんて。もっと他にやるべきことがあるだろうに。ラムザック内乱の鎮圧とかレギオスの保護とか。ああ、くだらん。実にくだらない。そんなにオレたちの存在が目障(めざわ)りかね? それとも何か、他に理由でもあるのかな? たとえば、『神の箱庭(はこにわ)(がら)みとか?」


 抜き刃を思わせるギラリとした眼光が、サガを射抜く。場慣れしてない新兵なら卒倒(そっとう)しかねないプレッシャーだったが、サガはまったく動じず、

「ここで死に()くあなたには知る必要のないことです」


「優しそうな顔してホント無愛想だね。まぁ、降りかかる火の粉は振り払わせてもらうよ」


 シーゼリアンは(かたわ)らの鞘刀(さやがたな)を手にすっくと立ち上がった。サガは剣を振り、血を払った。


 だだっ広い空間――対峙(たいじ)するただ二人。


 燃料の切れかけたランタンの火が、ジジジと不規則に揺れる。互い、鋭い視線が交差。


「俺の剣は速いぜ」


 ふと、シーゼリアンがニヤリと笑った。瞬間!! その不適な笑みが眼前にあった。


一閃(いっせん)雨切(あめぎり)


 鞘走(さやばし)る刀。斜め下から跳ね上がりくる斬撃を、サガは(かろ)うじて目に(とら)える。咄嗟(とっさ)、一歩身を退()いた。同時に体勢を崩しながらも、右手の剣を()り出した。だが、そこにはシーゼリアンの姿はすでになく、剣はむなしく虚空(こくう)()いだ。なんて速さだ。


「いい反応だ。さすがベオフリートの英雄」


 鮮血がボタボタと床にこぼれた。サガは片膝を着いた。右脇腹を一〇センチ近く切り裂かれていた。


「くっ……皮肉ですか?」


「いや。さっきの一撃で決めるはずだった。俺の初撃を(しの)ぐとはたいしたもんだ。俄然(がぜん)面白い」


「だったらもっと面白くしましょうか。笑えないほどにね」


 剣を床に突きたて、ゆっくりと立ち上がるサガ。痛みにわずかに顔をしかめるも、

劫鎖(こうさ)一式(いっしき)開錠(かいじょう)。照らせ、最果(さいは)ての極帝(きょくてい)ペルギュント! 屈曲(くっきょく)魔縮回廊(ましゅくかいろう)


 魔装開錠。サガの周囲の空間がぐにゃりとイビツに(ゆが)んだ。


 シーゼリアンは左手の鞘を(ほう)り、刀を両手で握った。相手がどんな特殊能力を有しているかわからない。どんな局面にも対応できるよう正眼に身構えた。


「なっ……!?」


 サガの姿が消えた。刹那(せつな)、正面に降って()くような殺気。それはほぼ動物的な反射だった。振り下ろされた見えない剣を、シーゼリアンは刀を真一文字になんとか受け止めた。


 サガの姿が現れ――と、また消えた。


 今度は右側面に(かす)かな気配を感じて、シーゼリアンは猫のような身のこなしで大きく跳び退(すさ)る。闇の中からぬっと出て来たサガの剣が、さっきまで彼のいた空間を薙ぐ。そして、また消える。次はどこだ?


 左からわずかに衣擦(きぬず)れの音。いや、正面だ。ほんの少し反応が遅れた。


 額から出血。切っ先が額を浅く、三日月形に裂いた。だが、見た目より傷は浅い。顔は血管が集まる場所だ。わずかな傷でも大量に出血する場合がある。視界を(ふさ)がれるのを恐れたシーゼリアンは、血を乱暴に(ぬぐ)った。


「さっきの一撃を(かわ)されるなんて……」


 逃げ水のような空間の揺らぎが見え、正面にサガの姿が突如(とつじょ)浮かび現れた。


「久々にヒヤッとした。まったく瞬間移動なんて厄介な能力だぜ。最初に付けたその傷が無かったらヤバかったかも」

 鼻をひくつかせてシーゼリアンは言った。


 初撃に受けた傷の痛みで、踏み込みが甘かったか。いや、それもあるだろうが血の臭いのせいか。紫瘴痕(ししょうこん)がサガの咽喉(のど)真紫(まむらさき)(おお)い、口中に血の味が広がる。それを(つば)と共に吐き捨て、おもむろにサガは言った。

「極帝の能力は瞬間移動ではありません」


 屈曲(くっきょく)魔縮回廊(ましゅくかいろう)は周囲の光を(ゆが)め、自身の姿を不可視化する能力であって、決して瞬間移動ではなかった。


「光を(あやつ)る能力です。だから、こんな応用も可能です。

 劫鎖(こうさ)二式(にしき)、開錠。照らせ、最果(さいは)ての極帝(きょくてい)ペルギュント。無明崩牙(むみょうほうが)魔矢(まや)!」

 と、サガが剣の切っ先をシーゼリアンに向ける。


 あまりにもそれが流麗(りゅうれい)な動作だったため、シーゼリアンは美しい舞でも見るような目で追うことしかできなかった。それは一瞬の出来事。その切っ先から(すさ)まじいスピードで、光り輝く矢が放たれたのだ。からくも半歩、身体の軸をずらすのがせいぜい。何が起きたのかを把握する前に、シーゼリアンの左肩から(いきお)い良く血が()き出した。


「うぐぉぉぉぉぉ!!」


「光を圧縮し、高質量の矢を錬成。打ち出された矢は、ほぼ光の速度と同じ域まで加速する。またダイヤモンドも貫く強度を(ほこ)ります。よく(かわ)しましたが致命傷です。投降を勧告します」


 (つらぬ)かれた左肩を押さえ、倒れるシーゼリアン……(いな)! ギリギリで踏み止まった。


「まだ終わっちゃいないぜ」

 うなだれかけたシーゼリアンが、バッと真っ直ぐ前を向いた。サガを(にら)みあげる。


 えもいわれぬ悪寒(おかん)が腰から這い上がってくる。


二閃(にせん)風明(かぜあき)


 数秒が永遠に近く引き伸ばされた感覚。まるでスローモーション。シーゼリアンの一挙手一投足が、サガにはなぜかはっきりと見て取れた。死を前に感覚が()()まされたのか。


 だが、見えても反応できない。


 三段に加速する突き。その加速の妙技(みょうぎ)は神速の為、五段目の加速時、(のど)を貫かれ、完全に絶命するだろう。あまりの速さゆえ、もはやどうすることもできない。サガは冷静に(みずか)らの死を覚悟した。


 真っ赤な血が飛び散った。


 床にぶちまけられた大量の血が、(またた)く間に血だまりをつくった。


 ぴちゃ。


 その血だまりに、サガの首筋から一滴の血が流れ落ちた。シーゼリアンの剣尖(けんせん)はサガの首、薄皮(うすかわ)一枚でぴたりと止まっていた。一体、何が起きたのか?


「がはっ。お前は……っ!?」


 激しく吐血(とけつ)するシーゼリアン。その彼の右脇に肩を入れ、血にまみれて笑っている青年がいた。薄暗いランタンの明かりが、青年の笑みを凄惨(せいさん)際立(きわだ)たせる。『風明(かぜあき)』は真正面の敵には絶大な速さと威力を(ほこ)るが、斬撃でなく、突きゆえに側面はがら()きだった。


「あんまりしゃべらない方がいいですよ、団長。ボクの剣はアナタの肺にまで達してる」


 目を見開き、シーゼリアンは自分を刺す同志を驚きの表情で見つめた。


 その青年――レイパードが無造作に剣を引き抜くと、シーゼリアンは口から血泡(ちあわ)を吹き、よろめいた。が、倒れない。


「なんてしぶとい」


「なぜ? こんな真似(まね)を……っ!」


「ポイント・ゼロ(ゼット)、あそこで見つけた聖櫃(せいひつ)――『()()()()()()()()()()()()』を、人知れず何処(どこ)に隠したのですか?」


「ぐっ。あれは危険なモンだ。あれを狙うとは……。どうやら、てめぇは生かしちゃ……おけない人種のようだ、レイ……ド。かはぁかはぁ……」


「それはお互い様」


 息もままならないというのに、(しぼ)り出すように言うと、シーゼリアンは剣を構えた。レイパードも応じて、血にぬらりと輝く灰剣(はいけん)を突き出した。相手は手負いだ。


「その構えは……」


 腰を落とすと同時にぎりりっとひねり、剣尖を背より後ろに構える独特の構え。やはりこの場面で選ぶとしたら神速の妙技よりも、拙速(せっそく)(たっと)ぶ斬撃系の『雪薙(ゆきなぎ)』しかないか。ならヒュプロボス最速の斬撃系の技をぶつけるまでだ。


「お、俺の、け、け、剣は、速いぜ……」


「実にいい。ゾクゾクするよ」

 と、レイパードは裂けるように口の(はし)を引き(ゆが)めた。


 シーゼリアンが、ひねった腰の反動を利用して、弾丸のように飛び出した。


「――囚鎖(しゅうさ)四式(よんしき)、開錠。()きろ、廃絶(はいぜつ)灰皇(はいこう)ヒュプロボス! 解獄斬魔(げごくざんま)覇拙(はせつ)!」


三閃(さんせん)、……雪薙(ゆきなぎ)


 二人の声が見事に重なった。両者の身体が目にもとまらぬ速さで交錯(こうさく)した。


 決着は一瞬だった。


 レイパードの(ほお)が耳までぱっくりと裂け、(おびただ)しい血が紫に(ただ)れた首筋を瞬く間に染めた。


 ばたんっ。シーゼリアンが背中から、仰向(あおむ)けに倒れた。先程受傷した脇腹から、血が(あふ)れ出る。吸っても吸っても満たされない短く荒い息遣(いきづか)いが、なんとも苦しげだ。


「やはりアナタは恐ろしい人だ、団長」


 魔装開錠による斬撃は、シーゼリアンには届きもしなかった。最初に付けた傷がなければ、顔の半分を斬り飛ばされていたであろう。


 あと一歩の踏み込みまで、シーゼリアンの息が()たなかった。


「ポイント・ゼロ(ゼット)――ローム・イシュアーで感じた、アナタが唯一ボクの望みを(はば)む障害となり()ると思ったのは、あながち間違いじゃなかったのかも」


 苦い顔をしてサガが二人の様子を眺める。ただ眺めることしかできなかった。


「聖櫃の行方が気になるところだけど、アナタが口を割るとも思えない」


「そ……それはほ、他の連中もな。せ、聖櫃を隠すのに、お前に……ぐっ。声を掛けなくて正解だったようだ。がはっ。ざ、ざまぁみろ、クソが!」


 シーゼリアンが痛烈(つうれつ)な笑みを浮かべる。レイパードから、いつもの裂けるような薄笑いが消えた。レイパードは無言でシーゼリアンの心臓をひと刺しにした。そして、さっさと扉に向かって歩き出す。それをサガが呼び止めた。


「待ちなさい」


 レイパードは無表情に振り返った。冷たい瞳の青に顔の半分を覆う血の赤。そのコントラストに思わずゾッとする。


「……用が無いなら行くよ」


 なにも言えなかった。ただ呆然(ぼうぜん)と立ち尽くす他なかった。レイパードがゆっくりと扉の向こうに消えていくのをただ見ているしかなかった。


 入れ替わるようにして、黒髪の男が別の扉から姿を見せる。紫の剣団六番隊々長(たいちょう)を務めるレキ・グロリアだ。サガは身を(かた)くした。


 しかし、レキはサガを無視して、シーゼリアンの遺体へとまっすぐ駆け寄った。


「団長を()ったのはレイパードか? 団長を殺るのに、まんまと利用されたようだな」


 肺に達する傷口を見れば、誰が殺ったかは(わか)る。レキは一瞥(いちべつ)もくれず、サガへと言葉を投げた。サガは返事をしなかった。


 廊下の方から、無数の足音が駆け足でこちらに近付いてくる。


 いきなりレキは腰に差す二本の剣を鞘ごと、サガの前に無造作に放り投げると、

「大陸政府に投降する」

 両手を上にあげ、鉄のような相貌(そうぼう)を動かさず、唐突(とうとつ)に言った。


 いまさら投降しても、今までの遺跡テロに対する罪は問われる。死刑は(まぬが)れても一生塀の中だ。唯一手があるとしたら……


「――司法取引ですか? 大陸政府が取引に応じるほど有益な交渉材料があると?」


「貴様らとて混沌(こんとん)()き散らす者を野放(のばな)しにしておくことはできまい。それに、始まりと終わりの場所、()()()()()()()()()……」

 と、レキが言い掛けたとき、濃紺の軍服を着た大陸政府の兵士が、一斉に部屋になだれ込んできた。あっという間にレキを取り囲む。剣や銃を構えて。


「ローウェイン准佐、やったんですね。シーゼリアン・グラッテを討ち取られるとは、さすがです!」

 硝煙に頬を汚したヴィノアが、すかさずサガのもとへと走り寄り、肩を貸しつつ言った。


 レキは無抵抗だった。床に押さえつけられ、なすがまま両腕を後ろ手に(しば)られる。そして、両脇を抱えられ、連行されてゆく。その折、すれ違い様に鉄のような相好(そうこう)を崩し、レキは何事かを(ささや)いた。途端(とたん)、サガの顔色が変わる。


「その男を乱暴に扱ってはいけません。丁重に本営まで連行するように」

 と、サガは兵士たちにそう言い含めた。


 ――あれから早や二年。唯一正義を貫くことのできなかったあの日、私は(ちか)った。もう二度と己が正義を曲げないことを。その矜持(きょうじ)を常に持ち得ることのできる強さを、そして力を手にすることを。


 そぼ降る雨の下へと一歩、サガは足を踏み出した。


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