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第二十六話「最悪の邂逅」

 脳ミソに薄幕(うすまく)が張ったような、いかにも寝起きだと言わんばかりの(つら)をぶらさげ、一様(いちよう)に五人の男女がセントラル駅に立ち尽くしていた。


「……蒸気機関ってヤツは、光の速さをも超越するのかい? まったく信じられないよ」


「そんなわけないでしょ。アリアたちが一日以上爆睡してただけでしょうが」


「ちっ。くそっ。三食、損したな」


「アンタって食に対する執着心は人一倍ね」


「たくさん食べる男の人、私、嫌いじゃないです。料理、作り甲斐(がい)ありますよね!」


「フィガー、レシアが食の細い女々しい男なんて、大嫌いって遠まわしに言うとるで」


 ホームに突っ立つ五人に、何かに物凄(ものすご)く打ちひしがれ、がっくりと両膝を着く美形が若干一名加わった。


 一行は主央都(しゅおうと)アーサーベルに到着した。寝てる間に。


 ノイズ交じりの構内アナウンスが垂れ流され、せわしくなく大勢の人が行き交っている。


 発車前の列車の窓を開け、駅弁を買う乗客。大きなよくわからない変顔モニュメント前で待ち合わせる今時カップル。駅員に切符を見せ、何事かをキレ気味に(たず)ねる老婆。ごく日常のありきたりな駅の風景。


 だが、この中に少なくとも十人は人でないモノが(まぎ)れ込んでいる。人造人間(ホムンクルス)……。胸に埋め込まれた魔石が反応を示すので、アクスにはその気配が明瞭に感じ取れた。今すぐにここで仕掛けてくるということはなさそうだが。監視というわけだろうか。


 不快なざわつきを押さえるように、アクスが胸に当てようとした手を、


「さ、アクス。行こ」

 と、無邪気な笑顔を向け、さりげなくレシアが握った。


「お、おお。行こっか」


 少し戸惑うも、アクスは自然とその小さな手を握り返した。


「アクスの前だと表情豊かになって。レシアったらいつもの無表情が嘘のよう」


「ぼくのフレーディア(きょう)が……でも、笑顔最高。ぐふふふ」


「いつからあんたのになったんだい。とりあえずきもいわよ、フィガー」


「もう陽もだいぶ(かたむ)いとる。(くら)ならんうちに今日の宿見つけんとな」


「せっかくだから美味(おい)しい魚料理が食べれるトコがいいわね」


「そやな。キエレン湖が近いもんな」


「キエレン湖産のレインボートラウトを食べなきゃ、アーサーベルに来た甲斐(かい)がない!」


「アクスもやっぱそう思う? 旅行の醍醐味(だいごみ)はご当地の食よね」


「ああ。だったら、鴨料理もきっちり押さえとかないとな」


「じゃあ、明日のお昼は鴨ね」


 わいわいがやがや楽しそうに言いもって、ホームの柱に掛かる看板表示に従い、五人はスタスタと西側出口へ向かった。看板表示には、『魔術研究所群、大大陸(だいたいりく)博物館、風の広場とローベンの時計塔へは、西側出口をご利用下さい』と書かれていた。


「……って、ちょっと待てぇい! なんでアンタは普通にホイホイ付いてってるのよ? そこっ! 手まで繋いで!」


 犯人はお前だ! とクライマックスの名探偵ばりに鋭く指差し、ユロが()えた。


「うん? レシアが迷子になったら困るから」


「そうそう。迷子になったら困るから」

 と、したり顔でレシアが繰り返した。


 ユロはひくつくこめかみを押さえて、


「それは百歩譲ってイイとして……ソイツらと一緒に行く必要はないんじゃないの?」


「レシアたちも大大陸博物館に行くって言うし。ほら、昔から旅は道連れって言うだろ」


混沌教団(こんとんきょうだん)の件もあるし。話、聞いた以上、放っておけないわよ。あんたみたいのでも」

 やれやれと大仰(おおぎょう)に両手を開く仕草(しぐさ)を見せて、アリアは言った。


「アリアたちが一緒だと心強い。ほんとこれもなにかの縁――合縁奇縁(あいえんきえん)だな」


 アクスが言うように心強いのは確かだが、やっと見つけたアクスの隣という少し落ち着く居場所を、彼女らに奪われてしまうのではないかと、ユロは心配で仕方なかったのだ。


 けれども、ユロの性格上、そういう心情を吐露(とろ)するのは(はばか)られた。


 どうして気付いてくれないのよ……と、ユロは胸中で(うった)える。


「さぁ、アクス行こう。私、もう腹ペコだよ」


 アクスの空いてる腕に、巨乳を押し付け、アリアは悩ましげにすっと指をからめた。アクスは両手に花で、まんざらでもない様子。


「あっ……、アタシの居場所……」


 ホームにはたくさんの人がいるのに、世界にたった一人取り残されたような、どうしようもない孤独感が不意に押し寄せる。アクスの背が遠ざかる。音も色も何も無い空間に一人置き去りにされる錯覚(さっかく)が、はげしくユロを(さいな)んだ。


「やぁ、久しぶり」


 ふわりと柔らかに響く声が、ユロを最悪な現実へと引き戻す。そこには、忘れたくとも忘れられない男の顔があった。


 青い瞳に銀の髪。ザクロのように赤く裂けた(ほお)の傷。そして、全てのものを嘲笑(あざわら)うかのように、虚無(きょむ)的に引き(ゆが)めた口端(こうたん)。イリメラとシシリーの命を奪った張本人。


 大きく息を飲んだまま、ユロはあまりの恐怖に足がすくみ、声すら発せられなかった。


 イリメラとシシリーを失った、あのときの(いや)しがたい悪夢がよぎる。爪が肌に食い込むほどに、ユロはきつく二の腕を抱いた。唯一痛みを感じることで、恐怖に今にも折れそうな心を、(かろ)うじて正気に(たも)っていられた。


「そう硬くならなくてもいいよ。こんな人混みで、どうこうするつもりは毛頭ないから。これだけ大勢をいっぺんに殺すのも、骨が折れる話だしね。まぁ、シオンの聖歌隊よりは楽に殺せるだろうけど」

 と、レイパードは親しげににっこりと笑いかけてきた。冗談のつもりか、ユロには脅迫にしか聞こえない。


「……何しにきたの?」

 やっとのことで震える声を絞り出した。


「ある人物を蘇生させるのに、キミのような力ある死霊術師(ネクロマンサー)がどうしても必要でね。その力を貸してもらおうと……」


「たとえ殺されようとも、アタシはアンタなんかに絶対協力しない」


 ギュッと拳を握って、ユロは断固として拒絶した。だが、レイパードはニヤニヤとした笑みを張り付けたまま、


「修道院長もあれからずいぶん老けちゃったよね」


「まさか……」


「シオン修道院には、まだ三人の修道女が残ってるそうだね。キミが素直に協力してくれるか不安だったから、その説得材料を調べさせていたら、こんなものが――」

 と、一枚の写真をユロに差し出した。そこには、痛々しい程にやせ(おとろ)え、車椅子に乗る、かつての威厳ある面影(おもかげ)は今や見る影もないラキソラ修道院長と、感情の光のない(うつ)ろな目で車椅子を押す幼女二人――イリメラとシシリーが写っていた。


「彼女らが、何か不幸な出来事に巻き込まれなければいいけど」


 憎しみのこもる目付きでレイパードを睨み、全身を引き裂くほどの怒りにユロは拳を震わせた。だが同時に頭の隅の冷めた部分で、どうすることもできないことを(さと)っていた。


「協力してくれるなら、夜明け前までにローベンの時計塔下まで来てよ。ま、来るも来ないもキミの自由だけど。来るならひとりでね。それじゃあ良い返事を期待して待ってるよ」


 そんな白々しいことを言い、さっさと去ろうとするレイパードをユロは呼び止めた。


「一つ聞かせて。アンタは一体何者なの?」


「……ボク? 言ってもキミもいずれ忘れるんだろうけど。まぁ、答えになってるかどうか。今はレイパード・フォン・エルファレオって名乗ってる。古代グダルの魔導師レイ・バルガの血を引く者だ」


「レイ・バルガ……!? アンタは一体何がしたいワケ?」


「質問は一つじゃなかったのかい? ま、そっちについては、いずれ近いうちにわかるさ」


 裂けるような慄然(りつぜん)とする笑みを残して、レイパードはホームの人混みに消えた。


「ユロ、何やってんだ。早く来いよ」


 そのとき、アクスの声がした。ユロは顔を上げた。

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