第十九話「閉鎖空間」
「……閉鎖空間か?」
虫の音が止んでいた。風の音も。
「そう。術式『単色の封じ絵』によって、外界との接触を禁じたここは、完全に隔絶された空間。助けを呼ぼうとしても無駄だよ」
幸い発光する白壁に覆われてるせいか、とても明るく、視界は良好だった。急に夜から昼へ移行したようで、眩しさに目を細めるくらいだ。
「わいら三人を閉じ込めたっちゅうことは、このうちの誰かに用があるっちゅうことか?」
「彼女にね。彼女の身柄を渡せば、君ら二人は解放しよう。今日はロアには用はない」
アクスはユロを背中に回した。
「はい、そうですかって、渡すわけねぇだろ! なぜ、ユロばかりを付け狙う? お前たちは何者だ? 何の目的がある?」
軽くニルは不審な表情を浮かべる。けれども、すぐに好戦的な笑みをつくって、
「力ずくで聞き出してみな。こっちもそうすんなりいくとは思っていない」
「なら話は早いわ。わいがこっちの大鎌糸目野郎をボコるから、アクス、お前はそっちの坊ちゃんカットに、世間の厳しさ教えたれや。それで万事解決や」
「すまん、フェイ。どうやら巻き込んだのは、オレたちのようだな」
「気にすんな。貸しにしといたるさかい」
と、フェイはリュースの方を振り向くと、さっそくメンチを切った。
「得物なしの丸腰で、誰をボコってくれるって? ずいぶん舐められたものだね」
リュースはカチャリと大鎌を鳴らして、すうっと目を細めた。
「まぁ、かかってこいや、イーアのぼんくら。お前なんかグーパンで十分じゃ、ぼけぇ」
ファイティング・ポーズをとって、リュースを挑発するフェイ。
「じゃあ、遠慮なく」
と、リュースはダッと地を蹴った。その瞬発力たるやハンパない。驚くスピードで、もうすでにフェイの首へと、大鎌を振り下ろすモーションに入っていた。
「出た。リュースのギロチン・スプラッシュ!」
「お前の首もスプラッシュ!」
ニルの眼前に、剣を抜き放ったアクスが迫る。惚れ惚れするほど見事な不意打ち。
一方、フェイは左腕で大鎌を受け止めた。ちゃっかりリュースのスピードに反応。
ギリッ……!! この感触、左腕に何かを仕込んでる。リュースは目を瞠った。切れた袖の隙間から、銀のアームガードが目に飛び込む。
「熟成二段仕込みやねん」
ニタリといやらしく笑うフェイは、大鎌を跳ね除けるや、一気に懐に飛び込んだ。いつの間にはめたのか、右拳にはメリケンサック。
「一撃で決めさせてもらうで」
「これは……まずいかも!?」
リュースの腹はガラ空きだった。
「浸鎖一式、開錠。拉け、白断鉄亀アイトロール! 羽砕き魔鐘鉄槌!!!」
力ある言葉に、拳が光輝いた。リュースの鳩尾を力任せに打ち抜く。会心の打撃。リュースはくの字に体を折り、白い光に灼かれながら、吹っ飛んだ。
同時、アクスは躊躇なく、ニルの首に剣を振り下ろした。
――が、あと一歩及ばなかった。ニルが右手の指を鳴らすと、突風が巻き起こり、たやすくアクスの体を天井まで巻き上げた。すんでのところで寄せ付けない。
アクスはフェイと少し離れた位置に着地した。
「久々やと、こたえんな。けど、瞬殺で一人脱落や。これで二対一やのぅ。泣いて許しを乞うなら、丸刈りで許したるで、クソガキ」
紫瘴化した右手が鉛のように重かった。
「フェイ、気を抜くな」
「そっちの赤毛はよくわかってる」
「そうそう。誰が脱落なのかな?」
ゆらりとリュースが立ち上がった。およそノーダメージ。
「アホな!? ……そうか、その右腕」
リュースの右腕の変化に気付き、フェイは同じ魔装顕士として理解した。さっきまで網目状だったリュースの紫瘴痕が、右手全体、首の付け根にまで達していた。摩装開錠を示す痕跡だ。しかし、手にした大鎌が力を帯びた形跡はない。
「同類か。複数の魔装を扱える顕士は稀やから、油断したわ。わいの魔装開錠中に、その鎌とはちゃう魔装を開錠。あの攻撃を防いだっちゅうカラクリか?」
「そう。この指輪に宿る『雷銀鳥バラケルス』の魔盾をもってしてね」
リュースは前髪を掻き上げて、気障ったらしく答えた。そうやって余裕をかましてみせるが、短時間で二度の魔装開錠による瘴気の蓄積は、右腕に深刻な痛みを発生させていた。手首が震えるのを誤魔化す。あと、せいぜい魔装開錠一、二回が実質限界か。次でこのホウキ頭を仕留めなきゃ、かなり苦しい場面に立たされることとなる。迂闊には飛び込めない。まだ隠し玉を持ってるかもしれない。なら、それを使わせないようにすればいい。手の内がわかっているさっきの攻撃を繰り返させ、そこをカウンターで叩くのが一番か。
「こっすい真似しよるで」
「それはお互い様でしょ。そんなものを隠し持って、よく言うねぇ~」
「次は本気でガチコンッ、いわしたる!」
と、フェイは再び構えた。体術には自信があるものの、武器のリーチ差を埋めるのは厳しいか? フェイの魔装『白断鉄亀』は、近接戦闘用の打撃をメインとした魔装だ。懐に飛び込まねば、致命打を与えることはできない。かといって、さっきのような騙し討ちは、二度は通じないだろう。手の内をすでに曝している以上。対するは、リーチのあるあの長柄物だ。こちらとの距離を維持しつつ、おそらく近接戦闘を避ける戦い方を組んでくる。間合いのイニシアチブは相手にある。どう隙を誘って、懐に潜り込むか?
睨み合う二人のこめかみを脂汗が流れた。見えない駆け引きが、意識下で行われていた。