第十五話「主央都アーサーベル」
アクスたちが列車に乗り込んだ一方、その頃――
主央都アーサーベルのセントラル駅に、特別列車が到着した。合計七十四両に及ぶ客車と貨車を引き連れて。
ホームと線路を全面封鎖して、大陸政府軍は厳戒態勢を敷いた。各所に武装小隊を待機させた物々しい警備。積荷は二十七番遺跡で発見された七百十七点の遺物だ。
「ずいぶん大仰な出向かいだわい」
先頭の客車から、巨躯の中年男がホームに降り立った。濃紺の軍服の胸元には、多数の略綬、階級を現すショルダーストラップは星形が三つなので、中将を示している。
「二日の旅程に、六日もかかるとは……さすがに疲れたわい。腰も曲がっちょる」
ガウロン・バンガードは、十字傷のある坊主頭をつるりと撫でると、大きく伸びをした。その陰から、透き通る海のブルーを思わせる美しい瞳の青年が姿を見せた。
「列車の振動に留意しながら、襲撃の警戒をして六日とは、早い方です」
鮮やかなシルバーの髪が風にたなびく。階級章は菱形三つ、中将付の武官アシュレイ・エストナク中尉である。
「途中、賊の襲撃にはヒヤリとしたが、それを考えると、確かに六日は順調じゃのう」
「すべてはシナリオ通りに運んでる」
アシュレイの後方から、気配もなく現れた黒髪の男がそう呟いた。右目を前髪で隠した、温度の無い左眼をした、鉄の様に冷たい相貌の男であった。
「賊の襲撃もシナリオであったと?」
「想定内の出来事、シナリオの範疇」
男は両腰にそれぞれ朱鞘と黒鞘の長剣を差していた。襟を立て、軍服の前をはだけ、どことなく影を纏う。男の名は、レキ・グロリア。
「それは誰が書いたシナリオか?」
「貴様に説明するいわれはない」
「……地位と引き換えにかつての仲間を裏切った男だけある。ふてぶてしい物言いだわい」
「褒め言葉と取っておく」
レキはつまらなそうに答えた。その肩には盾形三つの中佐を示すショルダーストラップ。
「世間を知らぬとみえる」
「まぁまぁ、お立場をわきまえて下さいよ。――今後のスケジュールですが、列車からの搬出に約一日、各研究施設、大大陸博物館への護送に二日、あと残すは三日。搬入が終われば、管理部のリウイ少将に引き継ぎ、任務は完了です。もう少しですから気を引き締めて、警護にあたりましょう」
「そこまで厳重にしても奪うものなど、あのガラクタの中にあるものか」
「まぁ中将、そう言わずに。お願いしますよ、あと三日ですから」
「あと三日と言うが、その後、大大陸博物館での公開式典の警備をせねばならぬのだろう?」
「そ、それはそうなんですけど……」
聞いておきながら、聞いてるのか、いないのか、ガウロンはでかいアクビをする。
「ふぁ~あ。まぁ、ここは天下の大陸政府本部があるアーサーベル。大陸最強の兵力を前に、如何な賊とて敵ではない。寝てても警備に抜かりはなかろうて」
「さて、そいつはどうかな?」
と、レキは不敵に笑った。
ガウロンは無言で、レキを睨み付けた。
二人のただならぬ雰囲気に、アシュレイはやきもきする。毎度、胃がチクチクと痛んだ。
「ちょっと、勘弁して下さいよ……」
しばらく睨み合ったのち、どちらともなく、ホームをそれぞれ別々に歩いて行った。
アシュレイはひとり、やれやれと胃の辺りを撫でおろしたのであった。
――――夕暮れが迫っていた。
距離にして、駅から五キロほど離れたローベンの時計塔からは、街並みがよく見渡せた。
ホームからはみ出す長蛇の列車。沿線にアリのように群がる濃紺の兵士達。線路を挟んで西側に、一際赤いレンガ造りの大大陸博物館。その周囲に等間隔に並ぶへべったい茶色屋根の、第一から第六までの魔術研究所群がよく見て取れた。
今し方裂けたかのように、右頬の刀傷が夕陽に紅く染まる。美しい銀髪をなびかせ、レイパードは風に吹かれる。
その肩越しに、膝を付き、ふと声を掛ける者がいた。
「レイパード様、異端審問局の連中が竜祭司において見つけた、例の死霊術師のことなのですが……」
「竜祭司? ああ、魔女狩りか。あんなくだらないこと、彼らはまだしてるのかい?」
「止めさせますか?」
「……いいよ、別に。ボクには関係ないし。それで、死霊術師がなんだって? 続けて」
「はい。異端審問局の連中、その死霊術師の確保に手間取ってる模様。貸し与えたマリオネットも失い、その遺骸を大陸政府のサガ・ローウェインに押さえられる始末。いかがなさいましょうか?」
マリオネットとは、アクスとユロを襲撃したあの黒ずくめたちのことを指していた。
「その後、死霊術師の行方は?」
「本人が自発的にこちらへと向かっております」
「だったら監視を付けて、泳がせとけばいいよ」
「はい、わかりました。ただ一つ気掛かりなことが。イーア・メノスの黙示録履行推進局が、不穏な動きを見せております。異端審問局の周辺を嗅ぎ回り、我々の計画に気付いたかもしれません」
短く切りそろえた髪型のせいか、声を放たなければ、華奢な優男にしか見えない女は、黙々と事務的に報告する。
「ふ~ん。そっか。今まで退屈な程に順調だったから、少しくらいアクシデントがあった方が楽しいかも。それはそれで放っておこうか」
と、青く冷たい瞳が振り返った。
「あと、死霊術師の写真が手に入りましたが、ご覧になられますか?」
従順に頭を垂れたまま、微塵も意見せず、女は続けた。
「うん、見せて。ほぅ、これはまた奇縁。こういうこともあるんだね。ククククク……」
写真に写るツインテールの少女を見て、レイパードは笑みを深くした。