第十四話「大陸鉄道」
レアオーン公国領サラテール・シティから、オーレリア連邦内にある大陸政府本部『主央都』アーサーベルまでは、大陸鉄道で二日の旅程である。
――――夕暮れが迫っていた。
列車の発車時刻も迫っていた。
「六番線から、当駅発アーサーベル・セントラル駅行、ユティーシア急行グリフィン八号がまもなく発車します。ご乗車のお客様は、六番ホームまでお急ぎ下さい。繰り返しご案内致します。六番線から……」
発車予告の構内アナウンス。アクスとユロは、跨線橋の階段を必死に駆け上がる。
「ユロ、急げ。これ逃したら二日待ちだぞ」
サラテールのサウスブレス駅は、割と大きなターミナル駅だ。東西から二本の路線が交差し、南部内陸へは五本も路線が伸び、ホームは七番まであり、跨線橋は五つもある。そのため、目的のホームへと辿り着くのも一苦労だった。
六番ホームに停車中の蒸気機関車からは、早くももくもくと黒煙が上がっていた。
「ハァハァ……アンタが駅弁なんか買ってるから」
大きな紙袋を大事そうに提げて、アクスが走っていた。
「アンタは……ハァハァ、食べなくても平気なのに。ハァ、どうしてそんなに食い意地が張ってるワケ? あきれるわ、ハァハァ」
ツインテールを振り乱し、ユロは階段を昇りきった。ずいぶんと息があがっている。
スーツ姿の男性、老夫婦、子連れ、ピンヒールのケバい女性、学生と思しき若い男女のグループ、不倫っぽい中年カップル――それぞれが荷物を抱え、大勢の人がせわしなくホームを行き交う。歩く速度が違う人々の間を、それぞれのカバンやケースを避けつつ、二人は急いで六番ホームへと向かう。途中、何度かぶつかりそうになった。
「また、昇りなワケぇ!? ハァハァ……」
一度降って、また別の跨線橋。六番ホームへはこれをさらに昇降しないと辿り着けない。
「何やってんだ、早く」
階段の半ばでユロが胸を押さえ、苦しげにぜいぜいと喘ぐ。そうか、あいつは肺が……。
アクスはユロのもとに駆け戻って、ひょいと彼女をお姫様抱っこした。
「わっ!? えっ? 何よ、一人で歩けるわよ」
「歩くんじゃ、乗り遅れんだよ。いいから黙って掴まっとけ」
「う、うん」
と、ユロは素直に従って、アクスの首に手を回した。
「お!? おう」
調子が狂う。この展開なら、ぎゃんぎゃんと騒ぎそうなものなのに。
そのとき、けたたましい発車ベルが鳴り響いた。
「六番線から、ユティーシア急行グリフィン八号が発車します。まもなくドアが閉まります。ご注意ください」
「ヤッベェー!?」
アクスはユロを抱えて、階段を必死に駆け上がった。
顔が近かった。あわててユロは俯いた。心臓の音が聞こえてしまうんじゃないかと思うほど、鼓動が早鐘のようにバクバクと打っていた。
「――おい、いつまで掴まってんだ?」
「えっ?!」
列車はゆっくりと動き出していた。乗車口の小窓の景色が、徐々に流れ出す。
武骨な煙突からは、すすけた黒煙を吐きだして、機関車は力強く三十両の客車を引いて、ホームを後にする。いつの間に列車に乗り込んだのか? それさえも気付かなかった。
ユロは黙ってアクスの首から手を放すと、床に降りた。なんだか気恥ずかしくて、しばらく乗車口に突っ立っていると、
「……何、ぼーっとしてんだ? さっさと客室行くぞ」
アーサーベルまでは二日の旅程。もちろん列車は寝台車であった。
「部屋は別々なんだからね!」
「無茶言うな」
「じゃじゃ、じゃあ、アンタと一緒なワケ? 二人きり?」
「二人じゃねぇよ。二等客室四人部屋だ。個室なんか取る余裕はないの。変なヤツだな。さっきからおかしいぞ。顔、赤いし。熱でもあんじゃねぇか?」
無造作にアクスは、ユロのおでこに手を当てた。ユロは借りてきた猫のように、おとなしくなった。