第十三話「大陸政府軍、二人の足取りを追う」
「レアオーン公国の高官どもと、サラテールの警察各機関が、内政干渉だとか、越権行為だとか、散々喚いてますよ、ダンナ」
「シェスカ、貴様はいつもいつも。大佐とお呼びしろ、と注意してるだろう」
吊り目がちのヴィノアが、さらに眉も吊り上げて怒る。
「申し訳ありませんでした、中尉殿――なんて、あたいが言うとでも思ってるのかい? 毎度毎度、お堅いんだよ。そんなんじゃダンナにも、愛想尽かされちまうよ。女はちょいとラフな方がいいんだよ。その方が男も口説き易いってもんさ。ちょっとはダンナに、スキを見せたげないと。こうやってあたいのようにさ」
と、シェスカ・サキは胸元がぱっくりと開いた軍服を、指でさらに押し広げて、胸の谷間をサガに見せ付けた。
「貴様はなんてことをしてるんだり!? 軍法会議ものだはす」
語尾がちょいちょいおかしい。色恋に免疫のないヴィノアはすぐにテンパるのだ。
シェスカは雑に軍服を着こなして、緩やかな巻き髪を両目の端に垂らしている。右目下の泣きぼくろが、なんとも色っぽい黒ギャルで、黒縁眼鏡の堅物地味キャラのヴィノアとは、対極的なキャラ立ちをしていた。
「ダンナも嫌いじゃないでしょ?」
科を作ってシェスカは、サガに寄り掛かった。
「嫌いではありませんが、ご遠慮しときますよ。後々、高く付きそうだ」
「嫌いじゃないんだ……」
いつものように扱い慣れてるサガはしれっとあしらう。
「あら、ダンナなら安くしとくのに」
応じてシェスカも軽口を叩いた。サガは穏やかに微苦笑を浮かべて聞き流した。
「で、どうすんのさ、ダンナ? 放っておくわけにもいかないっしょ?」
大陸政府軍所属の三人は石畳の道を通って、ある場所へと向かっていた。大部分の部隊は、村の郊外に駐留させ、村内へは三人だけで出向いた。
太陽は中天を遥かに越え、だいぶ西に傾き始めていた。
「無視でかまいませんよ」
「無視って……?」
「騒ぎたい連中は、勝手に騒がせとけばいいのよ。とかくああいう連中は、人の揚げ足を取ったり、引っ張ったりが好きな連中で困るわ――そうですよねぇ、大佐」
絹糸のような金の長髪をなびかせて、サガは颯爽と歩く。その背にヴィノアとシェスカが揃って付き従う。
「あの人、見た?」
「見た見た。イケメン過ぎて、もうドキドキしちゃう」
「私も私も。あれは反則でしょ? さっきちらっと私の方、見たし。やばぁい」
などと黄色い歓声を上げて、村娘たちが「きゃっきゃ」言って通り過ぎていった。
「お気楽でいいね」
「仕方あるまい」
シェスカのぼやきに、なぜか当の本人でなく、ヴィノアがまんざらでもないといった顔付きで短く答えた。シェスカは「変なの」とばかりに首を傾げた。
石畳の先に、二階部分が激しく焼けただれた民家が見えた。その民家の敷地には、ぐるりとキープアウトと書かれた黄色字・赤枠のロープが、張り巡らされていた。
「接収は滞りなく?」
と、サガ。
ロープの所々、ある程度の間隔を開けて、濃紺の軍服を纏った兵士が立っていた。
「現場、遺体共に保存してます。一報が入ってから、大佐の指示通りに。部隊を背景に少々強引に事を進めましたので、問題にならなければいいのですが」
と、ヴィノアは指の腹でくいっと眼鏡を押し上げて、懸念を表明する。今のところ、抗議だけで済んでるが、後々メンツを潰されたレアオーン公国側の嫌がらせや妨害工作があるかもしれない。
「しかし、結果的には、早く手を打てて良かったです。この件が世に出れば、世間の動揺も計り知れないでしょうから」
「世間の、というよりは各国家間のね」
「ご苦労様です、大佐」
と、ロープ脇の兵士がサガに敬礼する。
ロープをくぐって、サガは現場入りした。現場は昨朝、アクスが魔装『蒼き炎狼シュッテンバイン』の蒼炎で、見事に吹き飛ばした宿屋である。
「情報封鎖は一切の漏れがないよう万全を期して、警戒レベルを厳に保って下さい」
宿屋からは一時的に、火の手は上がったものの、すぐに自然と消えて、それほど燃え広がりを見せなかった。風があまり無かったのと、周囲に家が無いのも幸いした。けど、まだ焦げくさい臭いがする。火事というよりは、瞬間的な爆発に近かった。そして爆心は二階部分だろうと判断できた。一階部分は結構しっかりと形を残していたからだ。派手に二階部分だけが吹き飛ばされていた。
「ダンナには先見の明があるのかい? 蒼い炎による爆発って、目撃情報を得ただけで、たちまちここを封鎖しちまうんだから。まるでここに何があるか、知ってたようだ」
「シェスカ、貴様は何が言いたい?」
眉間に皺を刻んだヴィノアは、声音を落とした。立ち止まって、シェスカを睨み付ける。
「ダンナがどんなことに手を染めていようとも、あたいはダンナに一生付いてくつもりさ。ただ隠されたり、知らされないってのが我慢ならないんだよ。のけ者にされてるみたいで」
「やたら妙な誤解をされてますね。隠し事などありませんよ。山を下りるときに一度、蒼い炎を見てまして、少々胸に引っ掛かってたんです。そこに二度目の目撃情報が飛び込んできたので、魔装がらみでもあったので、水面下で何かまずい事が起こりかけてるんじゃないかと。だから、予防線にここの封鎖を決めただけだったんですが」
「国際問題になる恐れもあるのに? 部隊を笠にあんな強引な手法で?」
「先進魔術文明に関する遺跡は全て、大陸政府の直轄と為す。なお必要に応じて、当該遺跡の半径七キロに一時的な治外法権を認める。大陸政府の発足時に起草された大陸憲章第二十三条に、そう明記されています。叩かれた場合、治外法権を盾に、突っ撥ねることも想定した判断です」
先進魔術文明の遺跡からは、失われた魔術技術や絶大な力を秘めた聖遺物・魔装などが、時として出土したりする。それらは莫大な利権や強大な軍事力を生み出すものであった。しばしば過去、大きな国際紛争の火種となっていたそれら先進魔術文明の遺跡を、共同管理する為、また国際平和と安全の維持の名目で、大陸政府は設立された国際機構であった。約四〇〇年前の発足当時は、加盟国はわずか五カ国であったが、今では大陸五十一か国のうち、四十七か国が加盟している。レアオーン公国も加盟国の一つであった。当然、大陸憲章を批准しなければならない。
「そういやそんなのあったような……?」
「大陸政府軍は国際紛争の抑止力、遺跡の番人。大陸憲章はその基本理念を表すものだ。大陸政府軍人なら、そらで知ってて当然、常識だ」
ニヤリと笑って、ヴィノアはチクリと言ってやった。
「あたいはヤンキー上がりの叩き上げ。バカなんだから、言われなきゃわかんないことだってあんだよ!!」
「ふんっ。逆ギレ?」
勝ち誇った顔でヴィノアは、シェスカを見下ろすように斜に構えた。キラリと眼鏡のレンズが光る。さっきの誘惑じみたサガに対する態度の意趣返しであった。まったくもって大人気ない。
「さて、こんなトコで突っ立っていても……お二人とも、中に入りますよ」
――――夕暮れが迫っていた。
ウェスタンドアを押し開いて、濃紺の軍服を纏う三人は宿屋の中へと入っていった。
正面のキーボックスに背を預け、宿屋の主人と思われる中年男性が亡くなっていた。体に三本のナイフが刺さっていた。
サガは男性の前で、十字を切って静かに冥福を祈った。
「彼の他に、彼の妻とバイトの娘が同様に、ナイフで殺害されていました」
「例の死体は?」
「人目に晒すわけにもいかないので、四体とも奥の部屋に安置してます。こちらです」
ヴィノアが先にたって、サガを案内する。
部屋に入ると、異臭が鼻を突いた。
「なんだい、この臭いは? 気持ちが悪くなるね。おい、ありゃ何だい?! あれが……実際に見ると気味が悪いね」
灰色の瞳。土くれのようにひび割れた灰色の肌。傷口からは緑の体液が垂れている。明らかに人とは思えぬ、人の形をした死体。
「――人造人間、もしくはそれにかなり類似した魔術的生命体かと推測されます」
「つまりそれは、少なくとも生者、死者を問わず、人間をベースに造られてはいない、そういう解釈でいいんですね?」
「おそらくは。なんらかの魔術によるものかと。ですが、ここではそれ以上、調べようもありません」
「蒼炎の魔装顕士なら、なんらかの事情を知ってるかもしれませんね」
「そのことなんですが、町中で赤髪の少年と黒髪の少女の目撃情報があがってきています。目撃者の証言によると、少年は血まみれで、左腕と脇腹にナイフが刺さっていたそうです。少女の方は、腕に包帯を巻いた、ツインテールだったと。複数同じ証言が取れてます。その二人があわてた様子で、この宿のある方から走ってくるのを見た、との証言も多数確認できています」
「ビンゴだ。きっとホシはそいつらだよ、ダンナ」
「ホシですか?」
「ここからだとサラテール・シティに向かったんじゃないか?」
「今回は、空っぽの遺跡を探索する、物見遊山的な楽な任務だと思っていたのに、その帰りの駄賃にしては、いささか高いものを掴まされたようですね」
「しかし、見過ごすわけにもいきませんよね」
「そうですね。とにかく二人の足取りから追いましょうか。あと、この検体を第五魔術研究所のラビオリ博士のもとに送って、詳しい調査を」
「はっ」
「くぅー。なんか刑事っぽくて、ワクワクしてきた。ダンナ、あたいらはホシの足取りを追うよ。メガネ、あんたは魔術鑑識に連絡、死体は司法解剖に回して、ってか」
シェスカは一人、変なテンションだった。彼女は刑事ものの推理漫画が大好きだった。中でも愛読書は『魔術捜査官レオナルドのカラーファイル』シリーズだ。『月刊少年ロングラン』に連載されている人気漫画である。魔術捜査官レオナルドがとぼけた部下二人――いつもタバコのようにビーフジャーキーを咥えている通称ジャーキーと、常に冬でもランニングシャツを愛用してる通称ランニングの二人と共に、不可解な難事件を解決するというものだ。キャッチーでポップな作画と緻密な推理、そしてふざけたネーミングセンスがウケて、単行本は四十か国で販売されている超人気漫画である。
「いや、そのメガネって、もっとひねりなさい!!」
眼鏡をくいくい上げて、絶妙に安直なあだ名に、ヴィノアは思いっきり噛みついた。突っ込むトコ、そこなの? ――とサガは思わなくもなかった。
「ちなみにあたいはヤンキーでいいよ」
「絶対に呼ぶわけないでしょうが!!」