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第十二話「ロザリオ・キー」

「――それで、昨日のあの黒ずくめどもは知り合いか、ユロ?」


 カタ目玉焼きをフォークにぶっ刺すと、アクスは一口で頬張(ほおば)った。


 サラテール・シティのとある食堂でのとある朝の風景の続きである。


 新聞をテーブルに置いて、男性客は食事を終えて、そそくさと食堂を出て行った。


「アイサツ代わりにナイフ投げてくるヤツなんて、アンタの知り合いにいるワケ?」


「う~ん、いるな。似たようなヤツなら。突然、完璧なフォームで後ろ回し蹴りを決めてくるヤツとか」


「それは東の部族に伝わる、伝統的なおはようのアイサツよ」


 アクスのイヤミは、さらりとウソで流された。


「絶対、嘘だ!!」


「はいはい。だからなんだって言うのよ? なんか文句あるワケ?」


 見事な開き直りっぷりだった。そこまで堂々と開き直られると、言葉が迷子になる。


「ダーリン、あ~ん」


 ユロはさっきからチラチラと、バカップルが気になるのか、そちらばかりを見ていた。


「あ~ん」


「おいちぃ?」


「うん。おいちぃよ。キミが食べさせてくれたから」


「キャー、もうダーリンったら。かわいい」


「かわいいのはキミの方だよ、ハニー。世界一ステキなボクのマイスィートハニー」

 などとやっている。世界はいつからこんなにも寛容(かんよう)になったのか? ペアルックの時点でも痛いというのに、朝っぱらから、あんな時代遅れのやり取りをするバカップルの存在が是認(ぜにん)されるとは。世も末である。


「アタシたちは、(はた)から見たらどう見えるのかな?」


「わがまま自己中高飛車(たかびしゃ)(じょう)とその(あわ)れなげぼっ……」


 さっくりとバターナイフが、アクスの眉間(みけん)に突き刺さった。


「西の部族に伝わる、伝統的なごちそうさまのアイサツよ」


「んなモンあってたまるかっ! 食事の度に、家族が病院送りって。どんだけクレイジーな部族ですか!?」


 赤い水芸が美しい。ぴゅうっと三本、キレイな曲線を描いて、食卓に血の橋が架かった。


 そんなこと完全スルーなユロは、

「……あの黒ずくめども、あれはおそらくロンベルク聖教のイーア・メノス。そこの異端審問局(いたんしんもんきょく)の連中よ。十中八九ね。きっと魔女狩り。アイツら、他宗派(たしゅうは)の魔術師を、異常に目の(かたき)にしてるっていうからね」

 と、左腕の包帯をいじりながら、ユロは自分が襲われた理由をそう説明した。


 本人は何も言わないけど……あの左腕は義手で、それで右眼は義眼なんだよなぁ。死霊術(しりょうじゅつ)を行使するには、代償を必要とする。


 確かあのドレッド医者が言ってたっけ。「なぜかはわからないが、彼女の右肺は(えぐ)り取られている」と……それはつまりオレを蘇生させたときの代償だろうな……。


「アンタ、自分で聞いておいて、ちゃんと聞いてるワケ?」


「お、おお。アレだろ? アレ。今日の晩御飯どうしようかとかなんとか」


 にっこりとユロが微笑んだ。しばらくお待ち下さい。


「ずびばぜんでじだ。聞いてませんでした」


「ふんっ」

 キュートでリトルな鼻を鳴らし、ツインテールを振り振り、ユロは再度説明した。ふっくらとした頬が、つつきたくなるほど柔らかそうだ。今朝はつやと張りがある。あのドレッド魔術医、ぼったくりかと思ったが、医療術式は確かだったようだ。


「ちょっと食後のコーヒーが飲みたい。入れてきなさいよ。ここ、セルフみたいだし」


「アイスしか置いてないぞ」


「いいわよ」


「へいへい」


 人使いの、もといアンデッド使いの荒いお嬢様だこと。無愛想(ぶあいそう)(つら)にも関わらず、アクスは素直に席を立って、二人分のコーヒーを入れに行く。


「砂糖とミルクは?」


「もちろんいるわよ。両方とも三杯ね」


「性格きついのに甘党かよ」


 小声でぼやきながらグラスにコーヒーを注ぎ、言われた通りにする。やたらと白いその液体の入ったグラスをユロの前に置き、


「でも、魔女狩りなんて都市伝説かと思ってた」


「そりゃそうでしょうね。明らかな時代錯誤(さくご)だと、普通思うでしょうね。でもあれは異端審問局のやり口よ」

 と、ユロは断定する。


「で、なんか対策はあるのか?」


 苦いコーヒーを一気にあおると、アクスの仏頂面(ぶっちょうづら)にさらなる苦みが走った。


「アンタがなんとかなさい」


 手のひらをひらひらと振って、気楽に言ってくれる。


「竜だって倒しちゃったんだから、なんとかできるでしょ?」


 そっか。ユロはオレがあの竜を倒したと思っているのか。そういやあのとき、気を失ってたもんな、コイツ。


「あの竜なんだが……」


「そ、そこそこ、た、頼りにしてるんだからね」


 ちょっと頬を紅くして、はにかんだ様子でユロはそう付け加えた。これがツンデレというヤツか。まさしく決戦兵器並みの破壊力に、


「おお! まかせとけ。一撃だ、一撃」


 アクスはついついうそぶいた。そうそう竜なんて珍しい生き物に、遭遇するなんてことはないだろうからと(たか)をくくり、さらに調子に乗った。


「竜すら目じゃない魔装顕士(まそうけんし)であるオレがいるんだ。大船に乗ったつもりでいとけって」


「じゃあ次、竜が来ても、アンタがいるから安心ね。でも、アイツらもアイツらよね。竜祭司(りゅうさいし)なんか使って、大人気無(おとなげな)さ過ぎ。そう思わない? さらにあんな気味の悪い黒ずくめたちをけしかけて、しつこいったらありゃしない」


「じゃあ次? 竜祭司?」


「ああ、ごめんごめん。説明不足よね。竜祭司ってのは、竜を操るための集団魔術儀式のこと。対悪魔用の古臭(ふるくさ)い陰気な術式よ。異端審問局の連中の代表的秘術よ。普通、竜が特定の人間を追い回したりするワケないもんね。アンタだって、地面にいる特定のアリ一匹を、執拗(しつよう)に追い回したりしないでしょ? そもそも区別もつかないしね。それと一緒。だから、あれは人為的に(あやつ)られた竜の仕業(しわざ)よ。だから、また他のが来る可能性も大いにあるってこと。アイツら、絶対根暗(ねくら)執拗陰湿(しつよういんしつ)、マッドな連中の集まりっぽいしね。きっと全員そこそこブサイクで口が(くさ)い、ハイレベルなキモオタに違いないわ!」


 どうやらユロの話では、黒ずくめたちだけでなく、あの竜も同じ異端審問局のお仲間ということらしい。


「いやぁ、竜は勝手にどっかに飛んでいっちゃいました。それで命拾いしました」なんてことを、とてもじゃないがこの()(およ)んで言い出しにくいのは、どうしたらいいだろうか。


「あれ? 急に顔色、悪くなったわね。口臭、気にしてたり? アンタの口臭は大丈夫よ。って、アンデッドのアンタに顔色って。アタシ、バカみたい」

 と、ユロは楽しそうに笑った。


 こうして見てると、どこにでもいる年頃の可愛い娘だ。ユロの無邪気な笑顔を見てると、竜が来ても、なんとかなる。いや、なんとかできる。なんとかしてやる。絶対なんとかする!! そんな気になってくる。


「お前の笑顔って、いいな。元気が出る」


「バババッバ、バッカじゃないの?! ななな何なのよ、いきなり!?」


 左腕を抱いてもじもじと、ユロはアクスから目を()らした。


「そんで、これからどうすんだ? 死者蘇生に関する手掛かりはあるのか?」


「……なんでアンタがそんなこと知ってるワケ? あ、そっか。そういやアンタ、アタシの過去を(のぞ)き見たのよね」


 アクスは、ユロの過去の映像がフラッシュバックのように脳内で再生されたということを、一応正直に話しておいた。


「考えるとなんかそれってヤラシくない?」

 ユロは胸を手で隠す仕草(しぐさ)をして、白い目を向けると、


「な、なにがだよ!? 別に見たくて見たわけじゃあ……」


「ひどい!! そんな言い方。信じられない」

 と、突然ユロは顔を覆い、おいおいと声を上げて泣き出した。


「お、おい。何も泣くことはないだろ?」


「ちゃんと責任取ってくれるの?」


 指の隙間(すきま)からこちらをちらりと見てそう言う姿は、可愛さマックス、完全どストライク。アクスは口をパクパクと返答に困った。


「さて、しょうもない小芝居(こしばい)はこのくらいにして」


「小芝居かよっ!! その小芝居になんの意味があんだよ!」


「意味なんてないわよ。意外にアンタってからかってもリアクション薄いし、面白くない」


「ひどい言われ(よう)だな、オイ」


「それはさておき。アタシがここに来たのは、新しい遺跡が見つかったって情報を入手してね、死者蘇生に関して、なんか手掛かりがあるかと来てみたんだけど……今のところ収穫はなし。できればもっと遺跡に近付けたらと思うんだけど、警備が厳しそうでね」


「いきなり話し戻すんだな。まぁ、いいけど。しかし、となると、遺跡に関して、残念なお知らせがあるのを伝えておかないとな。『貴重危険(きわ)まりないものはすべて、ほぼすでにアーサーベルに運び込まれています。新たな発見はないと思われます。今回の遺跡には、なんらもう価値は残されてないでしょう』って大陸政府のいけすかねぇ大佐殿が、はっきり言ってたぞ」


「なんでそんな情報を、アンタが知ってるワケ?」


 アクスは苦虫(にがむし)()(つぶ)したような表情を浮かべて、


「その大佐殿に、オレは斬られて死んだんだ。オレが瀕死(ひんし)で地面に転がってる横で、そう話してたんだよ。あの気障(きざ)野郎、クソッ」


「なんでまた斬られたのよ?」


「知り合いの敵討(かたきう)ちに行って、返り討ちに()った」


 (なか)ばヤケクソ気味にアクスは答えた。思い出すだけでも、むかっ腹が立つ。


「ダサイわね、それ」


 しみじみと言葉少なに、ユロにつっこまれる。カレーとかで後からくる(から)さってあるけど、それに似てる。時間差でじわぁーっと胸にくる一言だった。


「いや、そんな普通のトーンで言われると、くるな。なんか泣きそうになるからやめて」


「気にすることないわよ、ドンマイ」


 ツインテールを可愛く揺らして、にっこりとユロは親指を立てた。


(はげ)まし下手(べた)か。六歳の引きこもりでも、もっとうまく励ますわ!!」


「ああ、そうだ!!」


「……って、ビクッ!? てなるから、突然でかい声とか出すの禁止。で、どうした? 小便か?」


「デリカシーないわね、ほんっと。額割るわよ」


「割ってから言わないで下さい。あと、ツッコミ全般辛辣(しんらつ)過ぎます」


 飛んできたマグカップが、アクスのおでこですでに玉砕(ぎょくさい)していた。


人造人間(ホムンクルス)よ、人造人間(ホムンクルス)! 黒ずくめのアイツら、きっと人造人間(ホムンクルス)だったのよ。血だって緑だったし」


人造人間(ホムンクルス)といえば錬金術か。けど、経済活動に多大なる混乱を招くとして、どこかのバカな国がマイトホーン条約なるわけわかんない条約で、金の錬成は禁止とかなんとか言ってたことあったが、不老不死と人造人間(ホムンクルス)に至っては、そんな眉唾(まゆつば)もんの話すら聞いたことがないぞ」


「じゃあ賢者の石、もしくはエメラルド・タブレットの存在――」


「『じゃあ』じゃねぇよ。んなもん、オカルトだろ? 第一、こっちからヤツらに接触をはかるのは、リスクがでかい。逃げるだけとはわけが違う。ユロ、お前が言わんとしていることはわかるが、それは却下だ、却下。他、当たろう。

 ――今まで調べてきた中で、一番の手掛かりは?」


 そう何気に聞くと、ユロは迷わずアクスを指差した。アクスは右に左に揺れてみる。ユロの人差し指は、アクスの動きに合わせて、左や右に付いてくる。


「……オレ?」


「アンタはアンデッドなのに記憶も人格も意識もある。肉体だけでなく、魂と呼べる存在の蘇生に、唯一成功した例なのよ」


「そう言われてみれば」


「アタシが死霊術を(ほどこ)した過程において、アンタのその黒いロザリオか、鍵か、よくわからない、それが気になるのよね。それ、魔道具でしょ? そのロザリオ・キーが死霊術に、何らかの干渉をした可能性が高い。ちょっと見せて」


 と、ユロは何気にロザリオ・キーと名付けたそれに腕を伸ばした。あれ? 奇妙なことに、そこにあるのに手に取ることができない。ちょうど水の中の物を取ろうとして、うまくいかない感じだ。水を通すと光は屈折して、水底にある物の像を別の場所に映す。


「何やってんだ、ユロ?」


「術式不明の結界が張られてる。感触を阻害(そがい)するだけの人畜無害(じんちくむがい)な結界っぽいけど、かなり強力ね。手を伸ばすまで、全然気付かなかった。ねぇ、アンタはそれに(さわ)れる?」


 アクスは簡単にロザリオ状の鍵に()れる。けど、すぐに手を離した。


「変だ、このロザリオ・キー……どこがどうってわけじゃないが」


 アクスもロザリオ・キーというネーミングをすんなりと受け入れる。


 そのロザリオ・キーに触れた瞬間、胸というか、心臓を(つか)まれたような錯覚に(とら)われた。


「アンタ、そのロザリオ・キー、どこで手に入れたのよ? どういういわくの魔道具か、知らないワケ?」


(もら)い物だから(くわ)しくは知らん。今まで、ロザリオ風のただの鍵の飾りとしか思ってなかったから、気にしたこともなかった」


「ただの装飾品じゃないのは明白。結構強力な魔導具ね。もしかしたら聖遺物(せいいぶつ)(たぐい)? そのロザリオ・キーが触媒となって、肉体と魂を(つな)ぎとめてる(くさび)の役割を()たしている。そう考えるのが自然よね? いいえ、違うわね。魔石が肉体を、ロザリオ・キーが魂を、それぞれ別に蘇生させたと考えるべき? そもそも一回の死霊術で、肉体と魂の蘇生っていう二つの効力が、同時成立し()るの? 成立しないと仮定した場合、アタシは知らず、魂を蘇生させる術式を(あわ)せて行使したことになる。それは少なくとも、錬金術を基礎とする代償契約でないもの…………」


 口先を『W』の形に(とが)がらせて、ユロはぶつぶつと独りごちる。しばらく一人の世界に入って、何事か真剣に考えていたようだが――


「ああ、もう!!」


 考えがまとまらなかったのか、唐突(とうとつ)にバサバサと後ろ頭を()いて(うな)った。


「なんかヒントはないワケ? それの出所(でどころ)とか?」


「そういや、コレくれたおっさんが言ってたっけ。リュシヘルムからかっぱらってきたって」


 新聞をパラパラめくりながら、アクスはさらりと答えた。先程ユロが考え事をしてる間に、男性客が置いてった新聞を拾ってきていた。


「リュシヘルムって、大陸政府が厳重管理する七遺跡の一つじゃない。そのおっさんって一体何者?」


無精髭(ぶしょうひげ)生やした、三十がらみのおっさん」


「そういうこと聞いてんじゃないわよ」


「もう今はいないけど。やりたいことやり散らかして、二年前に勝手におっ()んだ」


「死んじゃったんだ……」


「それはそうと、昨日の魔装開錠(まそうかいじょう)で怪我人とか出てないか、気になったんだけど。おっかしいな、今朝の新聞には、宿屋が吹っ飛んだことすら載ってない……どうなってんだ?」


「せめてそのロザリオ・キーにかけられた魔法が特定できたら、何か糸口になるかも。でも、リュシヘルム遺跡に行ったって、どうなるものでもなし……」


「だったら大大陸(だいたいりく)博物館に行くか。これと同じモンが展示されている」


 新聞を(たた)みながら、アクスは(こと)()げにそう言った。


「大大陸博物館なら伝統と権威もある。ちゃんと調べて、説明書きとか添えてくれてんじゃねぇか? 展示品なわけだし」


「それを早く言え!」


 どこから取り出したのか、ユロはスリッパでスコーンとアクスのどたまをはたいた。


「普通に痛いぞ。オレも今、思い出したんだよ。おっさんが読んでた雑誌の特集記事で、ちらっと見ただけだったからな」


「特集記事?」


「ここで告白すれば、必ず恋が成就するパワースポットって、しょうもない特集が写真付きで紹介されててな。その写真にたまたま写ってた展示品のロザリオを見て、結構変わった形だったから、あっ、オレのと同じだ――そう思ったってだけの超極小(ごくしょう)エピソードを、ここへきて思い出すなんて、オレの記憶力、マジすごくね?」


「その口調、底からくるわね。とりとめもなく腹立たしい」


 大大陸博物館は、大陸政府本部がある主央都(しゅおうと)アーサーベルにある。


「それじゃあまぁ、行ってみるか?」


「あてもないし、行く価値はあるかも。あと恋が成就するってのは、ホントかしら?」


「それこそオカルトだって」


「ぬ盗み聞きしてんじゃないわよ。べべべ、別にアゼザルには関係ないでしょ!」


「オレはアクスだっつうの。何度言えばわかるんだ?」

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