第十一話「空っぽを埋めるもの」
「――――ユロは無力じゃないさ」
まっすぐにユロを見つめて、アクスはゆっくりと口を開いた。
「お前は目の前にいる一人の大馬鹿野郎を救った。少なくとも、救われたそのバカはマジで感謝している。そいつはまぎれもなく、お前の力で救われた」
「アゼザル……」
「オレはアクスだって。お前が一人でなんにもできないって言うんなら、オレがお前の力になってやるよ。お前に救われたこの命だ」
どうしてオレは意識を持ったアンデッドとして、この世界で再び目覚めたのか。この世界でやり残したこと、空っぽを埋めるもの、オレがオレとして生きる意味、それがなんなのかはわからない。ただ自分を変えたかっただけなのかもしれない。てっとり早くユロの切実な望みに乗っかって、それを叶える手助けをすることで、自分も何かを成し遂げたと、思い込みたかっただけなのかも。でも、いまはそれでもかまわないと思った。冷めた顔して、隣で見てるだけの傍観者は、もう辞めると決めた。無意味に死んでいくことの悔しさ、虚しさ、情けなさ。あんな思いは二度とゴメンだ。後悔しない死に方の第一歩を踏み出すのだ。
「――そ、そんなの当然なんだからね! あ、当たり前のこと、偉そうに言ってんじゃないわよ! 道具の分際で」
「ひとりじゃ何もできなくても、二人なら何かできるだろ。お前も、そしてオレも」
アクスは屈託なく笑った。その笑顔に、ユロは思わず見惚れた。
「――どうかしたか?」
「ななななによっ!! わわわ、わかってるわよっ!! わざわざわざそそそんなこと言わなくても……バカ!!」
「? なんだ? でもまぁ、ユロはそっちの方がいい。泣いてる顔は似合わない」
唯一、正直な気持ちがあるとしたら、この娘の涙は見たくない。そう心から思えたのだ。生き返っても何もやることがないのなら、今は自らの心の赴くままに、ってのも悪くない。
「バババババ、バカ!! ななな、なに言っちゃってんのよ。な、泣いてなんかいないわよ」
ほっぺたをゆでだこ以上に赤くするユロ。不覚だ。変に優しくされたから……。
「ア、アタシが死んだら、アンタも土に還るんだから。アタシの力になるのも、アタシを守るのも、当然のことなの!!」
「ユロが死ねば、オレも死ぬと?」
「そりゃそうよ。死霊術は継続魔術。常に術が発動状態にあるのよ。術者が死ねば、その術は効力を失う。そんなことも知らなかったの?」
「知らなかった」
――だとしたら、コイツはなんで、アタシをあんなに一生懸命、守ってくれたんだろう? 知らなかったなら、逃げることも考えられただろうに。もしかしてアタシに気があるとか?? ないない。何考えてるのよ、アタシは……。
「じゃあ一心同体か。オレとユロは」
「かかか、軽々しく言ってんじゃないわよ!! どどどっちかって言うと、一蓮托生よ!!」
運命を共にするってのもどうだろう? なんか自分で言ってて、恥ずかしくなった。もうヤメヤメ。急いで話題を変える。
「ついでだから、アンタにアンデッド・ライフを送る上での、四大注意事項を教えといてあげるわ。普通のアンデッドなら、最初から胸に刻んでいる基本だけど。アンタ、全然わかってないみたいだから」
ユロは親指を折って、これ見よがしに四本の指を突き出した。ハデなアクションは、照れ隠しのつもりでもあった。
「注意事項か。アンデッドになっちゃってんだから、しゃあないよなぁ。聞いとかないと。なんかピンとこねぇけど」
ユロが思っている以上に、アクスはあっけらかんとしていた。トランプのローカル・ルールでも教えてもらうような気軽さだ。
「ま……まぁ、いいわ。で、一つ目は、その、あの、アアア、アタシを守れってこと」
「ああ、もちろん」
ほんと何なの、コイツは? なんでそんな笑顔なワケ? ペースを乱されてばかり。
「二つ目は、ダメージに関することよ。さっきも見たように、ある程度の傷なら、術者であるアタシがいれば治すことができる。ある程度ってどの程度ってことだけど、腕や足、まぁ首を切り落とされても、くっつけることはできる。ただそれには条件があって、切られたり、吹っ飛ばされたりした部位の約五割、半分以上残ってること」
「意外に便利じゃないんだな、アンデッドも。手とか切れても、時間が経つと、勝手に戻ってきてくっ付いたり、不死身ってイメージだったけど」
「不死身とかそういうのってのは、後世に書かれたいくつかのホラー小説や漫画から受け取った間違ったイメージ」
「けどまぁ、首とか切られるとか想像すると、あそこがきゅんとしやがるな」
「レディの前でなんてこと言うのよ!! バカ!!」
顔を真っ赤にして、ユロが抗議する。案外ウブである。
「まぁ、痛みもあるからな。うまく切られないようにするよ」
「アンタには痛みがあるのよね」
「そういや、オレの胸の傷、アレもお前が治してくれたのか?」
「胸の傷? ああ、あったわね。たぶん死霊術は反面、治癒を含む蘇生術の一種だから。
で、三つ目は、アゼ……核石についてだけど――」
「待て待て。そのたぶんって何だよ?」
「よく覚えてないから、たぶん。それより核石についての話よ。重要なんだから」
「なんか引っ掛かるけど……」
「動物や植物、人も例外じゃなく、あらゆる生物は、無意識のうちに微量な魔力を放出しているわ。核石はそういった魔力を吸収し、アンタの体内に流す役目のもの」
「何のために?」
「簡単に言うと、防腐のためね。核石はアンタの肉体が腐らないように、魔力で体内に酸素と血液を循環させてるわ。いわば防腐剤ね。心臓止まってるから」
「防腐剤って……そんな回りくどく言わなくても、代替心臓とかでよくね?」
というアクスのツッコミは、さらりと無視された。
「防腐剤を破壊されたら、漫画とか小説に出てくるゾンビとかグールを想像してもらったらいいわ。ああなる。徐々に腐り落ちて、一週間ほどで完全に土くれに還るわ。逆に、核石なしで死霊術を行えば、ゾンビとかグールを生み出すことができる。死霊術発展の過程で生まれた忌まわしき存在ね。だからそうなりたくなかったら、とにかく核石は最優先で守るのね」
「その核石は、オレの身体のどこにあるんだ?」
「心臓の裏側よ。そこは死んでも絶対に守りなさい」
「オレ、もう死んでますけど」
「そんな面白くもないアンデッドギャグはいいのよ。もう飽き飽きたわ」
冷めた目付きで、うんざりとユロは首を振った。
「さいですか。で、四つ目は?」
「行動制限について。これは大したことじゃないけど、一応説明しておくわ。術者であるアタシの近くにいる場合は、特に制限はないけど、アタシからだいぶ離れると、日差しと真水には気を付けるのね。触れると、重度の火傷を負うわ。ひどいと灰になるから。灰になったらアタシでも治すのは不可能だから」
「だいぶって、どのくらいの距離だ?」
「五キロ、十キロの距離よ」
「旅行に行くのに困るくらいだな」
「部屋は別々だからね!!」
どういう返しなのか、飛躍し過ぎてて、さっぱりわからないアクスは、きょとんとした顔をしていた。




