第十話「シオンの魔石」(あとがき登場人物紹介)
二年前――――
断崖絶壁に建つシオン修道院に、その男は突如現れた。
いつもの時の中で、いつもの朝、いつもどおりに妹達の世話を焼く毎日が、ずっと続くと思っていた。
その男が現れるまでは……。
その日も普段と変わらぬ朝だった。
「ユロ姉、おはよう」
「おはよう、イリメラ。って、だらしないわねぇ、アンタ。寝癖もひどいし、ボタンもちぐはぐだし。それに何? その枕は」
眠そうに目をこすりながら、イリメラは枕を引きずっていた。
「ほえほえ……」
寝ぼけ顔がまだあどけなくて、思わず抱きしめたくなる。子供の寝顔は天使のようだとよく言うが、イリメラを見てると、そこに寝ぼけ顔も加えなくてはいけない。
「もうしょうがないわね」
お姉さん風を吹かして、ユロはイリメラの前にしゃがみこんで、服装を整えてやる。ついでに手櫛で髪を梳いて、寝癖を撫でてなおしてやる。イリメラはこそばそうにしながらも、喉をコロコロされる猫のように気持ちよさそうに、成すがままユロに撫でられていた。
食堂へと向かう廊下での、いつものワンシーン……いや、そこにやかましいのが飛んでくるのが、恒例だった。
「ズルイズルイズル~イ! イーちゃんばっかり。ユロ姉、アタシもアタシも」
「きたきた。うるさいのが」
「あ。シーちゃんだ。おはよう」
間延びした声で、イリメラはのほほんとあいさつする。相変わらずのマイペースっぷり。
廊下の端から、朝から元気いっぱいにシシリーが走ってくる。
「ユロ姉、イーちゃん、おはよ。ユロ姉、今日もちゃんと寝癖付けてきたんだからね!!」
「はいはい」
シシリーはユロに髪を梳かれるのが、とても好きだった。わざわざ素晴らしいまでの寝癖をこさえて、毎朝ユロのもとへと飛んでくるの彼女の日課だった。
「にゃは」
と、ご機嫌な様子でシシリーもユロに髪を梳いてもらう。
「あらあら、すごい寝癖。毎朝、大変ね」
「おはようございます、シスター・メアリ」
廊下を通りすがった年配のシスターは、微笑ましい表情を浮かべた。
『おはようございます、シスター・メアリ』
イリメラとシシリーもユロに倣って、立ち上がってペコリとおじぎをする。
「はい、おはようございます。ユロさん、続けてあげて。その鳥の巣頭で、修道院長の前に出るわけにもいきませんものね」
「は、はい」
「……それにしても、こうして見ていると、あなたたち本当の姉妹のようね」
しばらく眺めてはそう言って、ふくよかなシスター・メアリは、大きなお尻をぷりぷりと振って、のしのしと三人の横を通り過ぎて行った。
ユロは赤ん坊の頃に両親に捨てられた。物心付く前から修道院で暮らしてきた。イリメラとシシリーも似たような境遇だった。だからなのか、ユロはイリメラとシシリーを実の妹のように可愛がっていた。二人もよくユロに懐いていた。そこに特に理由などないが、そうして積み重ねてきた時間があり、三人は実の姉妹以上にとても仲が良かった。
「さ、できた。遅れると怒られちゃうから、行こっか」
右手にイリメラ、左手にシシリーの手を引いて、三人連れ立って食堂へと向かう。イリメラの右手には、さらに枕がずるずるとお供していた。
過酷な立地からも、シオン修道院は規模的にさして大きくはない。また古びた戒律からか、年々修道女の数も減り、今では七十人しか起居しておらず、食堂は閑散としていた。
八人掛けの長机が四列に並べられ、観音開きの扉から一番遠い、食堂全体を見渡せる位置に、修道院長の席がある。ラキソラ修道院長はすでに着席していた。急いでユロたちもいつもの自分たちの席に着く。
朝食はライ麦パンが二つに、かぼちゃのスープが一皿という質素なもの。
「全員揃いましたね。では、朝食前の祈りを」
ラキソラ修道院長のしわがれた声が粛然と響いた。皆、胸の前で両手を組んで、目を閉じ、一斉に祈りを捧げる。
『光の主よ、あなたの慈しみに感謝します。日々の糧を今日もここに、我らにお与え下さることを』
「それではみなさん、光の主の恵みを噛み締め、いただきましょう」
そのとき、バンッ!! ――と、両手で観音扉を乱暴に押し開き、その男は現れた。
鮮麗な銀髪。右眼の下、耳までの刀傷。吸い込まれそうな青い瞳。全てのものを嘲笑うかのように、虚無的に引き歪められた口端。腰に帯びる双頭蛇をあしらった曲鞘。すべてが見る者の目を奪う一種異彩を放つ。
「レイパード・フォン・エルファレオ!?」
思わずアクスはその名を叫んでいた。これはユロの過去のビジョン。アクスの声など届くはずもなかったが、レイパードがギロッととこちらを睨んだ気がした。その瞬間に走る言い知れぬ悪寒に、アクスは身震いした。
「如何な用事があろうと、このような突然の朝の訪問、いささか礼を失するのではありませんか。青年よ、後日改めて出直してきなさい」
ラキソラ修道院長はぴしゃりと言い放った。
「クククククク……」
両目を覆うようにこめかみを親指と中指で押さえ、レイパードは低く笑った。
ユロやシスター・メアリ、他の修道女たちは、息を飲んでそのやり取りを見守る。
「何が可笑しいのです?」
「ボクに指図する権利も力もあなたは有していない。あなたは自分の役割を理解していない。ボクはシオンの魔石を貰い受けに来た。黙ってそれを差し出すのがあなたの役割だ」
「寝言は寝てからにしなさい。そんな要求が通るとでも? さぁ、出て行きなさい」
ぱっくりと裂けるように、レイパードの口が開いた。笑ったのか?
――と思ったら、一瞬の出来事だった。
ラキソラ修道院長の隣にいた修道女の首が飛んだ。席に残された胴体の切り口から、噴水のように血が吹き上がった。
「見ちゃダメ」
と、ユロはイリメラとシシリーを強く抱き締めた。
いつの間に抜き去ったのか、レイパードの左手には、刀身が灰色の剣が握られていた。
右頬の刀傷から、紫のアザがじわりと首へと広がる。その紫瘴痕が彼の異常さをより際立たせ、不気味な凄味を彼の顔に加えた。
食堂は水を打ったように静まり返っていた。突然の出来事に全員が全員、ただ息を飲む。
「もう一度、言いましょう。ボクはシオンの魔石を貰い受けに来ました」
「脅しに屈する気はありません!」
半身を同胞の血で濡らしながらも、ラキソラ修道院長はきっぱりと拒絶した。
「みなさん、何をしているのです。教敵を殲滅するのです! シスター・ジョーダナ」
「心得ております。邪教徒覆滅の術式を発動します! 挽歌『オルフェウスの火水晶』」
シスター・ジョーダナを中心に、左右に三十人ずつ横一列に修道女たちが展開し、美しい歌声を奏で始める。信心深い修道女たちの歌には魔力が宿る。
「ほぅ、これがウワサに聞くシオンの聖歌隊か。中世ゴルビアの流れを組むものだね。術者が周囲から魔力を集めて増幅し、一つの大きな術と成す。錬金術に通じるものがある。シオンは錬金術にも造詣が深かったと聞く」
レイパードの周囲に円錐状の結界が張られる。結界はまるで水晶の牢獄のようであった。その水晶牢の内部が、突如として燃え上がる。業火が淵を舐めるように広がり、レイパードの体を一瞬のうちに飲み込んだのだった。
「シスター・メアリ、こちらに」
ラキソラ修道院長は手招きをして、シスター・メアリを呼んだ。
「ここはそう長くは待たないでしょう」
そう言ってるそばから、水晶牢にピシッ、ピシッと無数に細かいひびが入る。砕けるのも時間の問題だ。
「あなたにシオンの魔石を託したいと思います。あれはとても危険なもの。いきなり剣を抜き放つような狂人の手には、決して渡してはならないものです。これは私の部屋の金庫の鍵。金庫の場所はわかりますよね?」
「そのような大役、私にはとても……」
シオンの魔石を受け継ぐということは、修道院を預かるのと同義。
「次期修道院長には、慈悲深く、常に心優しいあなたこそ相応しいと、私はかねがね思っておりました。あたら若い命を、このような場で散らすのは忍びありません。ですので一緒に、ユロたちを連れていって下さると助かります。私がここに残らねばならぬ以上、あなたに頼むしかありません」
シスター・メアリはイリメラとシシリー、そしてユロを順番に見つめた。そのような言い方をされては、引き受けるしかないではないか。シスター・メアリはラキソラ修道院長から、金庫の鍵を受け取った。
「ありがとう、シスター・メアリ」
シスター・メアリには、掛ける言葉が見つからなかった。無言のまま、ただ頷いて、ユロたちを連れて食堂を出る。右側の修道院長が出入りする専用の小さな木戸を使った。
年季の入った木目の廊下をきしませて、四人は食堂を出て真っ直ぐ進む。窓から見える空はぼんやり曇り、廊下は寒々と薄暗かった。
「ユロ姉……こわいよ」
「……アタシも」
「大丈夫! アタシがアンタたちのこと、何があっても絶対守ってあげるんだから!!」
ユロはつないだ手にギュッと力を込めた。
「そこを左に曲がって」
修道院長室へと向かっていた。小さな池がある中庭に面して、左側に奥張った部屋が修道院長室だ。ユロがドアノブを回して、開ける。
室内はとても簡素だった。使い古されて全ての角が丸くなった木製の机に椅子、窓際には赤い小さな実の成った鉢植えが五つ並んでいる。その机の真後ろに、ディルス地方のとある農村を色彩豊かに描いた、前世紀の不遇の天才画家デュパン・ゴーウェン作の絵が、飾られていた。
「はぁはぁはぁ……」
息を切らして、豊満なお肉を揺らして、シスター・メアリが遅れてやって来た。
「ユロさん、この鍵でその絵の裏にある金庫から、シオンの魔石を取り出してちょうだい」
と、シスター・メアリはユロに金庫の鍵を差し出した。
鍵には血が付着していた。ユロは驚いて、つい取り落としてしまう。
「あわてなくていいわ」
「はい」
鍵を拾い上げると、額縁を持ち上げて、壁から外した。その様子を、イリメラとシシリーが不安そうに見ていた。金庫は埋め込み式だ。ダイヤルはない。鍵を差して回すと、簡単に開いた。
妖しい輝きを放つ、こぶし大の黒い石が三つあった。
「これがシオンの魔石」
躊躇いがちに、ユロは手を伸ばした。白い指が魔石に触れる。
バチッ。何かが弾けるような音と共に、ユロは指先にチクリとした軽い痛みを感じた。
コツコツコツコツ…………。
足音が徐々にこちらへと近付いてきていた。思った以上に早い。
「ユロさん、あなたたちはその石を持って、そこの窓から中庭を突っ切ってお逃げなさい」
そう言うや、シスター・メアリは部屋の外側へ出て、扉を閉めた。
「シスター・メアリ! 扉を開けて下さい。アタシたちと一緒に逃げましょう!」
大きな体を扉にもたれかからせているのか、ユロがいくら押してもビクともしない。
「こんなことなら、少しはダイエットをしとけばよかったわ。おデブなおばちゃんは足手まといなだけよ。わずかなりとも、ここで時間を稼ぎます。あなたたちはさぁ、早くお行きなさい。私をただのおデブとして、犬死ならぬ豚死させないでちょうだい」
「クククククク……」
扉の向こう側から、低い笑い声が――
「きた」
「ユロ姉……」
イリメラとシシリーがユロの袖を引く。
「アンタたちは窓際に行って」
「ユロ姉は?」
「すぐに行くわよ」
と、ユロは金庫からシオンの魔石をひっ掴んで、手荒に懐に押し込むと、窓際に駆け寄った。
「ラキソラ修道院長、ごめんなさい」
鉢植えを強引に腕で払い落とす。鉢植えが割れる音に、イリメラがビクッと体を震わした。ユロは窓を開け放った。まずはイリメラを抱えて窓の外に出す。続いてシシリーを抱えて、自身も一緒に中庭へと出る。
「とにかく二人とも走るのよ!!」
中庭を突っ切って、敷地を出て、森に身を隠せば……。そんな甘い考えでいた。
背後で窓が割れる音と、壁が崩れる大きな音がした。振り返ると、血まみれのシスター・メアリが、ガレキと共に倒れ込むところだった。
傍若無人にガレキを踏みしだいて、銀髪のその男は姿を現した。
「これ以上、付き合うのも面倒だ」
レイパードはぞんざいに剣を振るった。三連の灰色の斬撃がほとばしる。
その斬撃は、無慈悲にもイリメラとシシリーを襲った。二人の背中をざっくりと切り裂き、その幼い命をたやすく奪ったのだった。二人の体は、斬撃の勢いで、ボールのように地面を何度か跳ねては転がって――止まった。
声もない最期だった。二人の瞳からは光が失せ、じわりと身体からは血が流れて、あっという間に大きな血溜まりを作った。残酷な現実に、ユロは茫然とその場に立ち尽くした。
「あああああああああああああ‼‼‼‼‼」
やがて獣のような彼女の慟哭が、シオン修道院に響き渡った。
「実に興味深い。このボクの魔装『廃絶の灰皇ヒュプロボス』の斬撃が無効化されるとは。シオンの魔石によるものか? それとも……」
右頬をべっとりと紫に染めながら、彼は灰剣を片手にゆっくりとユロに近付いた。
「だが、直接的な物理攻撃なら打ち消せまい」
レイパードが彼女の肩に、手を掛けようとした瞬間――
「ユロさん……」
名前を呼ばれて、ユロははっと振り返った。尋常でない流血を押して、レイパードに必死に組み付くシスター・メアリの姿。
「まだ生きてたんだ。しつこい人だ」
「ダイエットしなくてよかったわ。お肉のおかげよ」
「その傷、その出血、死にぞこないが今更何を? 服が汚れるんで、放してくれない?」
と、レイパードはガッと剣の柄で、傷口に容赦なく打撃を加える。その度、シスター・メアリは吐血を繰り返しながらも、その手を決して緩めなかった。
「シスター・メアリ!?」
「は、放せと言われて、放すものですか。せ、せめて彼女だけでも助けます。
ユロさん、たとえどれほど絶望しようとも、あなたは生きるのです。生きなくてはなりません」
シスター・メアリは優しくひとつ頷いた。
「羽を守護する貴塔の鳥よ、最果て光の行く道を、風に聞く間に結んで照らせ。翼を守護する貴城の鳥よ、飽くなき時の行く道を、風に問う間に紡いで映せ。移すは光、縮めるは時。我に道成る道を導き示せ!」
「魔術師がまだいたなんて。術式は中世ゴルビアのメギストフ式転移術――『羽と翼の式』か。あ~あ、してやられたよ」
転移術『羽と翼の式』が発動する。術者及び術者が触れる対象物、対象者を瞬時に、任意の別の場所へと、移動させることができる魔術であった。移動距離は術者の魔力による。
レイパードとシスター・メアリが光に包まれる。そして、そのままその場を飛び去った。
あとに残されたのはユロだけだった。
空が泣き出す。ぽつり、ぽつり……と雨が降り出した。
「どうして、アタシを助けたのですか、シスター・メアリ……」
雨は次第に大粒となり、本格的に降り出した。ユロの頬を伝い流れ落ちる。それは雨かはたまた涙か、紛れてわからなかった。絶望に打ちひしがれて立ち尽くす。
――不意に。ユロが弾かれたように顔を上げた。今、声が聞こえた。男性とも女性とも子供とも老人ともつかぬ不思議な声。どこからか、声は言った。
「お前の大事な者たちを、生き返らせてやろうか?」
甘い誘惑。彼女は思わず返事をしてしまう。
「そんなことができるの? アンタは一体誰? どこにいるの?」
「我は、アゼザル。魔石に宿る存在」
懐からシオンの魔石を取り出してみる。ほのかにどの魔石も熱を帯びていた。
「普段は不安定なもので、確たる意識などないのだが……瘴気に中てられたようだ」
「生き返らせるってどうやって?」
「では、汝に罪深きシオンの死霊術を教えよう」
有無を言わさず、魔石から黒いもやが立ち昇り、ユロの額へと消えた。激しい頭痛。魔石を取り落とし、ユロは頭を抱えてうずくまった。
「……何、これ」
膨大な知識が流れ込んでくるのがわかる。死霊術の偉大なる中興の祖、稀代の死霊術師シオン・シフォンの研究知識、研究理論の数々。
ユロは刹那に理解した。
シオンの死霊術が不完全なことも。死霊術が秘めたる潜在的な可能性も。まさに悪魔の囁きというべきものを。
ユロは妖しく輝く魔石を拾い上げた。
「可能性は示した。決めるのは汝だ」
シオンの術式――それは死霊術、つまりは死者蘇生だ。生命の定義への反抗、あるいは創造主への挑戦に他ならない。とはいえ未だ不完全な術式。現段階ではイリメラとシシリーを完全に救うことはできない。肉体の蘇生は可能だが、精神を呼び戻すことは難しい。しかし、針に糸を通すようなものだが、可能性は示された。
だが、なぜアゼザルという存在は、ユロにかような知識を与えたのだろうか? そこにある思惑よりも、この残酷な現実を変え得る可能性しか、今のユロには見えていなかった。
「アタシの大切なもの……アタシがアンタたちのこと、何があっても絶対守ってあげるから。あの子たちにアタシは言った。何があっても、って。手段があるなら、悪魔にでもすがるわ」
ユロの目がすわる。心はすでに決まっていた。アゼザルが囁く。
「罪深き新たなる愚者よ、ならば我を使うがよい」
「言われなくても、散々こき使ってやるわよ。使われてこそ道具は本望よね」
「ふっ……」
アゼザルは満足そうに微かに笑うと沈黙した。魔石に帯びてた熱は雨に濡れてすぐにすっかり冷めた。
「イリメラ、シシリー、アンタたちに言いたいこと、してあげたいこと、まだまだいっぱいあるのよ。さよならも言わずには逝かせない」
ユロはしっかりとした足取りで、二人の遺体へと向かった。
雨は一層強く、彼女の体を打った。
ユロは死霊術の核となる黒いその石を、ゆっくりと二人の遺体の上に置いた。
「アゼザル、アタシに力を貸しなさい!」
シオンがその生涯で辿り着いて導き出した死霊術は、錬金術をベースとした代償契約による物質変成を基軸に組まれていた。しかし、魔石など偶発的な産物によるところも大きく、理論的には非常に不確定な上に成り立つ、未だ不完全なものであった。肉体の蘇生はできても、意思や感情と言った心や魂と呼ぶべきものの蘇生は、まだ一度も成功した試しはない。
それでもユロは、シオンの死霊術を行使する。アゼザルの何らかの思惑に利用されることも含め、すべて承知の上で悪魔の囁きに乗る。わずかな希望を求め。
「闇を魅入るは、群青に制せられし智天の御使い。闇を駆るは、深緑に染められし熾天の御使い。闇を司るは、白銀に侵されし座天の御使い。闇は邪、邪は混沌、混沌は闇、堕天の領域を守護せし汝ら、反天の御使いに乞い願う。我が右眼と左腕を喰らいて、これら躯たちの死杯天秤を逆さにせしことを!」
想像を絶する痛みが走る。
「…………っ!?」
右眼と左腕の肘から先をもっていかれた。もがれた腕を押さえ、片眼から血の涙を流す彼女を、雨は容赦なく打ち続けた。
登場人物紹介
(登場人物が多くなってきたので整理します。時折、あとがきに挟んでいきます)
アクス・フォード:
魔装顕士。使う魔装は、剣「蒼き炎狼シュッテンバイン」。元紫の剣団のメンバー。赤髪、緑眼。目つきが悪い。一度死ぬも、ユロに出会い、アンデッドとして蘇る。その後、ユロの願いを叶えるため、行動を共にすることに。
ユロ・アロー:
死霊術師にして魔術師。ツインテールの美少女。右眼と左腕は義眼と義手。左手は常に包帯を巻いている。アクスを核石を使い、蘇らせ、アンデッド化する。シオン修道院出身。同じ修道院で育った妹分のイリメラとシシリーを生き返らせるという願いを叶えるため、旅をしているときに、アクスと出会う。
フェイ・ラオ:
魔装顕士。アクスとは旧知の仲。使う魔装は、槍「螺旋蜂メルキナ」。元紫の剣団のメンバー。現在は、ロンベルク聖教ロア・パブリック教派所属の助祭を務める。レシア枢機卿直属。ホウキのように逆立てた髪に、夏でも黒のロングコートを着ているが、意外に常識人。
レシア・フレーディア:
ロンベルク聖教ロア・パブリック教派所属の枢機卿にして、世界に九人しかいない魔導師の一人。膨大な魔術・魔導の知識を有し、単独で界門を召喚するほどの絶大な魔力を誇る。見た目は、十歳ほどの少女。牛乳・ピーマン・人参・レバーなど好き嫌いが多い。聖女リアノ・カシュの再来とも言われる。聖アヌスの聖櫃の行方をフェイたちと追っている。
アリア・シュテル:
ロンベルク聖教ロア・パブリック教派所属。レシア枢機卿直属。きつね眼の巨乳。武器は、矢印形の分銅が付いた紐状の流星錘。
フィガー・フィルファディアス:
魔装顕士。使う魔装は、ブーツ「双墜の風鷲ダーダネルス」。ロンベルク聖教ロア・パブリック教派所属。レシア枢機卿直属。見た目は、絶世の美女だが、生物学上は男。レシアのことが好きだが、相手にされていない。また、ワールドクラスのアホーでもある脳足りん。
ニル・シュライザー:
ロンベルク聖教イーア・メノス教派、黙示録履行推進局所属の司祭にして、世界に三百人程しかいない魔術師の一人。異眼のニル、詠唱破棄の通り名を持つ。まるでエメラルドとトパーズのような美しい緑と黄色のオッドアイズを持つ。大司教の姉がおり、姉のことになると普段の聡明さがなくなり、姉の言葉は至上神聖不可侵だと盲目的に姉を慕う重度のシスコン。
リュース・レオン:
ロンベルク聖教イーア・メノス教派、黙示録履行推進局所属。ニルの相棒的存在。魔装顕士。使う魔装は、大鎌「錆蜘蛛ヒジュラ」。長身のオカマ。綺麗な男の子が好き。
サガ・ローウェイン:
大陸政府軍大佐。「極帝」の異名を持つ。長髪の金髪碧眼の超絶美男子。紫の剣団殲滅戦の武功で大佐へと昇進した。襲ってきたアクスを手加減できず、斬り殺す。ロンベルク聖教ロア・パブリック教の信心深い信徒でもある。かなり頭も切れる。
ヴィノア・テイラー:
大陸政府軍中尉。サガの子飼いの女性武官。黒縁眼鏡の堅物キャラ。色恋には免疫がない。サガを公私混同で慕っている。参謀見習い。サガとは、師弟の関係に近い。
シェスカ・サキ:
大陸政府軍少尉。ヴィノア同様サガの子飼いの女性武官。黒ギャル、巻き毛のイケイケ女子。ヤンキー上がりだから怖いもの知らず。サガのことは尊敬しており、一生付いていくつもり。
レイパード・フォン・エルファレオ:
魔装顕士。使う魔装は、剣「廃絶の灰皇ヒュプロボス」。元紫の剣団のメンバー。混沌教団幹部。シオン修道院を襲撃し、イリメラとシシリーを殺害する。ユロの仇。鮮麗な銀髪。右眼の下、耳までの刀傷。吸い込まれそうな青い瞳。全てのものを嘲笑うかのように、虚無的に引き歪められた口端が特徴。