第一話「遠い記憶」
舞い上がる突然の血飛沫。それはまるで、刹那に咲く薔薇のようだった。
オレはあっさりとその場にくずおれた。
「『神の箱庭』という童話を知ってるか?」
「ええ。まぁ、それなりに。『生まれながらに病弱な少女が亡くなるところから物語は始まる』って有名な書き出しのアレでしょ? 聞いたことくらいあるけど」
「そうだ。死後、精霊となった少女アキュシュロテと騎士ユベン・キュオイの二人が織り成す、ハラハラドキドキの超有名な冒険譚だ。ロンベルク聖教『紫の騎士の黙示録』の一節から、一三〇〇年も前に書かれた本だ。著者は不明」
「そうっすか」
「……で、今、なんでこんな話をするか? って顔だな」
「はい? あんたの目は節穴っすか? そんな顔、これっぽちもしてないっしょ。さっきの不得要領な返事といい」
「――ところで、だ。著者は何を思って、『神の箱庭』なんてタイトルを付けたんだろうか?」
「耳もただの節穴かよ」
「話の内容から考えても不思議に思わないか?」
「全然。だから、興味ないって」
「ロマンがないねぇ、お前は。本当に何も思わないわけじゃああるまい?」
「本当に何も思わないっすよ」
「そんなわけないだろ。本当に本当に本当に、何も思わないのか?」
「しつこいっすよ」
「よ~く考えてみろ。よ~くだ。なぁ、なんか少しくらいあるだろ? なぁ、なぁ」
「まったく、面倒くさい人だなぁ」
「何か言ったか? んっ? なんだ? 何思った? 何かあるだろ。ん? ほら、何かさ」
「伸びたナメクジみたく、ダランと肩に寄っかかるの、やめてもらえません? めちゃくちゃうざいんで」
「何か言いましたか? ええっ? 何か思ったんですか? 何かあるんでしょうか。ほら、何かあるんじゃないですかぁ?」
「うわっ。常々、めんどうざい人だな。わかったっすよ。じゃあ、そういえば――」
「んん? なんだ、なんだ? そういえば、なんなんだ?」
「食いつき、ハンパねぇ」
「さぁ、言ってみろ。さぁ、ばっちこい」
「そうっすね。あの話じゃたしか、アキュシュロテはラストシーンで天使になるでしょ? その辺が関係してるんじゃないんすか?」
「なるほど。しかし、そうとも取れるが、それはちっがぁっうっー!!」
「……話振っといて、全力全否定って」
「『紫の騎士の黙示録』同様、この童話も、神を指す表現は直接的なものを避けて、象徴的に表現している所に注目してみろ。最後にアキュシュロテが旅立った、神が住まうとされる地――天界の表現も、『光降る地』と表現されている。また作中では『花満つる園』であったり、『悠久の楽土』といったり、幾つか言い回しがあるがそのすべてがすべて直接表現を避けている。神自身を表す言葉も『唯一光の守護者』や『世界の全聖者』、『光負いし翼の主』という風に、間接的表現を物語中ずっととっている。このことから考えてもなおさら、『神の箱庭』って直接的なタイトルに違和感を覚えないか?」
「どんだけ読み込んでんだ。マニアか? まぁ、そういうもんなんじゃないっすか。学の無いオレにはわかんないすけど。……もっともあんたが一番ね」
「じゃあ、お前にとっておきの興味深い話をしてやろう」
「端っから、興味ないんですけど……って、聞いちゃいねぇわな。はぁ。……で、何すか? その興味深い話って?」
「なんか投げやりな聞き方だな。このおっさん、何言ってんだ? 面倒くさいなぁ。しゃあなしに聞いてやるか、みたいな」
「ぶっちゃけ、そうなんだから仕方ない」
「何、クール気取ってんだ。ったく今時の若者は。まぁ、いい。その後、お前が何を思うも自由だが、とりあえず聞いとけ」
「しゃべってるあんたが一番自由だよ、って思ってみたり」
「アクス、お前、知ってるか? 大陸政府が現在、管理・維持している先進魔術文明の遺跡が、この大陸に全部でいくつ存在するか? ……二十六ヵ所だ。その中に一般公開されてない遺跡が七ヵ所もあることを知ってるか?」
「それが?」
「その七遺跡のうち、『アッピンの赤い本』と呼ばれる石版の一部が見つかったとされるディルスの遺跡。『ラザンベルートの悪魔』に関する壁画が見つかったとされるペルシナの遺跡。第二次降魔大戦時の『サラテールの狂血』事件を記した文献が見つかったとされるリュシヘルムの遺跡――なんかは有名どころだが、政府が発表している表向きのそんな情報にはたいした意味はない。一般公開されている遺跡でも似たようなものは出てきているからな。問題なのはその七遺跡には、ある共通の事物が秘匿されているという事実」
「『神の箱庭』に関する事」
「勘がいいな。そのとおり」
「話のフリから誰が考えてもそう思うっつうの」
「『神の箱庭』という語句および、それに関連した記述がある石碑やレリーフ、壁画などがそれらの遺跡からは見つかっている。架空の童話と実際にある遺跡――『神の箱庭』というキーワードが示す代物とは何か? 黄金郷・理想郷、時と因果の帰結点、支配の楽園、初代教会などなど。荘厳華麗な美辞麗句でまことしやかに囁かれてきたモノの手掛かりが七遺跡にはあるんだよ。……それを大陸政府は数百年にわたってひた隠しに隠し続けてきた。それが何を意味しているか? わかるか?」
「いや、全然わかんないっす」
「俺はその意味を知りたいっ!」
「結局アンタも知らないのかよっ! ま、オレは別に知りたくもないけど……」
「俺はその意味を知りたい!!!!」
「もう一回同じこと、言った!? そんで知ってどうするんすか? 全知全能とか悪趣味なスキルでもラーニングするつもりですかい?」
「全大陸人民には等しく知る権利がある」
「ごく平凡なことを、さもそれらしく言いましたね。要はその先は特に考えていないと?」
「未来は誰にもわからないからこそ、人々は日々を懸命に生きるのだ」
「また薄っぺらいこと言いましたね。はいはい、わかりました。完全にあんたの脳ミソが湧いてるってことが。それとこの【紫の剣団】が、あんたの興味本位で創設されたってことが」
「興味本位で何が悪い! 【紫の剣団】は、俺の知的好奇心を満足させるために創られた、俺の俺による俺のための団体だ。俺は団長だぞ。もっと俺を敬え! そして、持ち上げろ。ちっとは、ちやほやしてくれてもいいじゃない!?」
「あ。開き直った。子供か、あんたは」