4.甘味騒動
「あ、友斗、お話は終わった?」
リンクさんの店に近づくと、品物を見ていた小鈴が声をかけてきた。
「待たせてごめんね、小鈴ちゃん。何か気に入ったものはあったかい?」
「ん~・・・あまり。これとか、かわいいと思うけど。」
小鈴が手に持っているのは、白い貝殻がついたイヤリングだった。
「お!流石女の子。お目が高いね。それは王都で今人気のイヤリングなんだよ。」
「へー・・・。」
そう言って、小鈴はちらりと俺の方を見てきた。
「・・・いくらだ?」
「お、買ってあげるのかい?」
「待たせてしまったお詫びにな。」
「イケメンだねぇ・・・さて、お値段は・・・。」
リンクさんが見せてきた値札の金額は、まあまあ高かった。上物の着物が数着は買える額だ。
「ま、さっきの情報量も含めるとこんなものだね。」
「・・・・・恨むからな。」
「商売上手と言ってくれると嬉しいかなー。」
何事か言っているリンクさんの手に力を込めて代金をたたきつけてやる。
「痛て・・・毎度あり。はいどうぞ、小鈴ちゃん。」
「わぁ・・・!」
受け取ったイヤリングをうっとりと見つめる小鈴。
「ありがとう、友斗!」
「ああ。」
この笑顔が見られただけでも、買った甲斐があるというものだ。
「あ、そうだ。後・・・これをあげるよ。」
そう言って、リンクさんはポケットから小さい包みを取り出して俺に差し出してきた。
「王都で手に入れた物なんだ。食べてごらん。」
「?・・・食べ物なのか?」
袋の中には、左右に蝶の羽のようなものがついた丸い包みが沢山入っていた。
「キャンディって呼ばれる甘物の一種さ。小鈴ちゃんもどうぞ。」
「ありがとう・・・でも、どうやって食べるんですか?」
「球の部分に繋ぎ目があるから、どんどん剥いていってごらん。」
「えっと・・・あ、本当だ。丸くて可愛い・・・。」
小鈴の手には、ころんとしたビー玉ぐらいの大きさの物が乗っていた。
少し躊躇っているようだったが、パクッとそれを口に入れた。
「!!・・・美味しい!」
「だろう?」
「甘くて、口からもすぐ無くならない・・・角砂糖みたいなのに、ずっと楽しめそう!」
「そっか。確かこの村は、和菓子が主だもんね。こういうのは食べないよねぇ。」
「・・・友斗ちゃん、友斗ちゃん。」
と、そこへ背後から背中を誰かに突っつかれた。
「源蔵さん?」
話しかけてきたのは、フレイル村の村長である香苗さんのお付きの1人、源蔵さんだった。普段は村長として役目を果たす香苗さんを色々手助けしている、この村の重役の1人だ。
「会うのは久しぶりだな。少し痩せたか?」
「いや、しっかりと食べてるよ。」
むにむに、と腕を掴んでジロジロと見てくる源蔵さん。実際少し痩せたのは確かなのだが、仕事のエネルギーに全て飛んでいくせいなのだ。だから決して、俺が悪いわけではない。
「そういえば朝、栗丸が家に来たよ。相変らず優秀のようだね。」
「栗丸には源蔵さんが褒めていたって伝えておくよ。ところで何か用か?」
そう聞くと、源蔵さんは幾分と声を低くした。
「・・・あの若者は異文化の者だろう?」
そう言って差した杖の先には、リンクさんがいる。
「源蔵さん、あの人はリンクさんだ。」
「りんく・・・郵便の人か?」
「当たってるけど違うな。」
香苗さんもそうだが、この村の人は皆リンクさんを配達員だと思っているようだ。
「食べ物を貰ったんだ。小鈴も気に入っているようだし、頂いてみたらどうだろう?」
そう言うと、源蔵さんは複雑な顔をした。
「いや、私はいい。それより友斗ちゃん、あの人以外に異文化の人を見かけなかったか?」
「?・・・いや、見かけてないけど。」
「そうか・・・最近はどうも異文化がこの村を出入りすることが多くてな。村の皆も、天神祭が近いのもあって、不安になっているみたいなんだ。数日前も、異文化の者が光治の工房に出入りしているという話もあるしな・・・。」
「光司さんの工房に・・・?」
本来、このフレイル村は異文化の人達を村には入れない。
だが、リンクさんのような行商人や、村の住民と繋がりのある異文化の人なら、村長である香苗さんの許可を得た上で入ることができる決まりになっているのだ。
「天神祭が近いこの時期に、あまり村に異文化を入れたくはないんだ。
友斗ちゃん、あの人にフレイル村から離れるように言ってくれないか。」
「・・・いや、リンクさんは今来たばかりなんだ。少しは滞在させてあげても・・・。」
流石に今きたばかりで村から離れるのは難しいだろう。
いくら村の掟とはいえ、すぐに追い出されるのはリンクさんも可哀想だ。
「源蔵さん、頼む。俺からもなるべく早く離れるように言っておくから、この場は見逃してあげて欲しい。」
権蔵さんは難しい顔をしていたが、軽く頷いた。
「・・・分かった。ただし、数日の間に村から離れる事。それを約束させておいてくれ。」
「分かった。」
「頼むよ、友斗ちゃん。」
そう言って、権蔵さんは去っていった。
「友斗、大丈夫かい?」
いつの間にか、リンクさんと小鈴が横に立っていた。
「今話してたの、村の重役さんだろう?何かあったのかい?」
「ああ・・・数日の間に、出ていくように、と。」
その言葉だけで全てを察したのか、リンクさんは顔を渋くさせた。
「ありゃ・・・今回はだいぶ早いなぁ・・・。」
「どうも他の異文化の人が来ているみたいで、ピリピリしているんだ。」
「ここはだいぶ稼げたんだけどなぁ・・・ん?他の人?」
リンクさんが、不思議な顔をした。
「ああ。香苗さんが言うには、小鈴の家を何度か出入りしているみたいなんだ。」
「ふぅん・・・?」
顎に手をやり、リンクさんは何かを考えているようだった。
「ま、いいか。それより友斗、さっき渡したキャンディの包みは?」
「・・・ん?」
両手を見るが、さっき渡された包みはいつの間に消えていた。
確か、さっきまで手に持っていたはずなのだが・・・。
「・・・♪(もぐもぐ)」
俺の目線の先には、頬を大きく膨らませた小鈴がいた。
俺の手からキャンディが消えた原因はどう考えても・・・。
その証拠に、小鈴の手の中に見覚えのある小さい包みが全てを物語っている。
・・・そして、リンクさんの顔も青くなっていた。
「こ、小鈴ちゃん?まさか・・・。」
「むぐ?」
そっと小鈴の手の中にある包みの中を覗き込むと、先ほどまであったキャンディは跡形もなく無くなっていた。
「小鈴、まさか全部食べたのか!?」
「むぐーっ!!むぐぐーっ!」
「飲み込んでから話せ!」
「むぐむぐむぐっ!」
最初、包みの中には10個以上は入っていたはずなのだ。
まさかこの短時間で全部食べつくすとは・・・。
「うう・・・僕のキャンディが・・・。」
「だ、大丈夫か?」
心の底からがっかりしている様子のリンクさんに声をかける。
「うん・・・別にいいんだけど、旅の間の数少ない楽しみだったから・・・。」
「本当にごめん。キャンディ代、払うよ。」
「それは大丈夫。」
財布を取り出すが、リンクさんにやんわりと止められた。
「さっき、髪飾りを買ってくれたからね。大事なお客さんにこれ以上払わせられないよ。」
「だけど・・・。」
「いいんだ。丁度次は王都に行くしね。その時にでもまた手に入れるよ。」
そう言って、リンクさんはにっこりと笑う。
この雰囲気だと、キャンディ代は意地でも受け取ってはもらえないだろう。
「ごめんなさい、リンクさん・・・。」
キャンディをようやく食べ終わったらしい小鈴も、謝罪の言葉を告げる。
「あまり食べたことないものだったから、おいしくて・・・。」
「気にしないで。美味しかったかい?」
「うん。でも、なんか口の中が変な感じ・・・。」
「色々な味のキャンディを一気に食べたからだねぇ・・・お茶でも飲むといいよ。」
リンクさんが差し出したお茶を、小鈴は嬉しそうに受け取って飲み始めた。
どうやら落ち着いたようなので、聞くべきことを聞く事にした。
「小鈴、最近家を誰かが出入りしなかったか?」
「え?なんで?」
「光司さんの工房に、最近誰かが出入りしているらしいんだ。」
気になっている事は、さっきの源蔵さんの話だ。
光司さんの家に出入りしているなら、小鈴も何か知っているかと思ったのだが・・・。
小鈴は一瞬難しい顔をするが、首を横に振った。
「最近は友斗の家に出入りしてたから、わかんない・・・。」
そういえば、最近の小鈴は朝から俺の家に入り浸っていることが多かった。
工房に出入りしているのが昼間だとすれば、小鈴が知らないのも無理はないだろう。
「何かあったの?」
「後で話す。それより、そろそろ行こう。」
「え、ちょっとまってよー!」
「気をつけてね~。」
手を振るリンクさんを片目に、俺は小鈴の家へ足を向けた。
だいぶ時間を食ってしまったな・・・急ごう。