2.村長
「いや、びっくりしたよー!まさか栗丸だったなんてね~。」
「クー!ククー!」
オレンジジュースを飲みつつ、小鈴が軽やかに笑う。
その頭の上に停まっているのは、先程食事中に乱入してきた奴である。
名前は、「栗丸。」俺の家で飼っている鷹だ。
「栗丸、朝食の前にちゃんと小鈴に謝っておけよ。」
栗丸用の餌を戸棚から取り出して、そう呼び掛ける。
先程小鈴は栗丸が驚かせたせいで食べていたものを詰まらせかけた・・・。
人の迷惑になる事をしてはいけない事はきっちりと教え込まねば。
「別に私は気にしないよ?」
「ダメだ。栗丸、来るんだ。」
「クー・・・。」
項垂れつつ、栗丸は静かに俺から少し離れた所に降り立った。
栗丸は賢い子だ・・・流石に怒られている事は分かっているのだろう。
だが、別に怒るためだけに呼んだわけじゃない。
「おつかいご苦労さん。だが、もう少し気をつけろよ。」
「・・・ク。」
「よし、いい子だ。」
栗丸の首の後ろ・・・羽根の付け根の部分を優しく撫でてやる。
栗丸はここを撫でられるのが好きなのだ。
「そういえば、栗丸はどこに行ってたの?」
「郵便配達だ。」
「クー!」
栗丸はとても頭が良く、村の住民達がどこに住んでいるのかを正確に把握している。
その才能を生かして、村の郵便配達の仕事を村長から任せられているのだ。
「栗丸。今日の分は終わったのか?」
「クッ!」
問題ない!というかのように敬礼する栗丸。
どうやら朝の配達の仕事は終わっているようだ。
栗丸の胸にかけている小さな青いカバンを手に取って確認してみる。
「おー・・・。」
栗丸のカバンには、いくらかのお金と食べ物が入っていた。
朝の郵便配達をする代わりに、お金や食べ物を代金としてもらう契約になっているのだ。
「すごいね。頑張ったんだね、栗丸~!」
「ク~!」
再び戯れ始める二人を見つつ、カバンの中身を一つずつ出していく。
焼き立てのパンや魚の切り身に、保存がきく干し肉等も入っているようだ。ありがたい。
どちらかと言えば食べ物が多いが、お金もそこそこ入っている。
俺の事情を知っている村の人達が心ばかり多めに入れてくれたのだろう。
「・・・ん?」
報酬品の中に、見覚えのない一通の封筒が入っていた。宛名も差出人も書いていない。
「あれ?お手紙?」
栗丸を頭にのせた小鈴も不思議そうにのぞき込んできた。
「まだわからないが・・・珍しいよな。」
自虐ではないが、生まれてこの方一度も手紙等もらったことはない。
知り合いは村の人しかいないし、何かあれば直接伝えられるからだ。
「とりあえず、開けてみれば?」
「そうだな。」
丁寧に封がされた封筒を開けると、小さい紙が一枚と折りたたまれた便箋が姿を現した。
「ええと・・・。」
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『拝啓、神谷友斗様。
この度、16年前の約束に従い、エルヴユーミ王立学院への入学を許可致します。
同封した許可証を持ち、二週間後に王都の入場門までお越しください。
エルヴユーミ王立学院
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「・・・なんだこれ。」
王都の学院に入学?自分が?・・・というか、誰がこんなものを・・・。
「許可証って、これ?」
小鈴が差し出してきたのは、便箋と一緒に落ちた小さい紙。
確かに許可証と書かれているようだが・・・。
「友斗、王都に知り合いいたの?」
「いや。いない・・・はずだが。」
このフレイル村は、巨大な大陸、カランカ大陸の南の辺境にある。
カランカ大陸の中心には、エルヴユーミと呼ばれる王都があり、そこではみた事もないような物が売られていたり、建物が見られるという話だ。
「いたずらかな・・・?でも、それにしては本物っぽいよね・・・。」
小鈴が指さしたのは許可証の最後に書かれているサインの部分。
本来許可証というのは、王都への出入りを許されたものにしか発行されない。
今やその許可証を持つのは、王都と品物のやり取りができる限られた商人ぐらいだろう。
「友斗。それ、どうするの?」
「いたずらと判断するには、少し不可解だからな・・・今ここで判断できない。
こういうのに詳しい人に相談するのが一番いいだろうな。」
「詳しい人・・・。」
俺の言葉に、小鈴が考え込む。
「いるだろう。このフレイル村で唯一、王都とのつながりを持つ人が。しかも俺たちがよく知る人だ。」
「・・・あ。もしかして・・・。」
小鈴が思いついたのか、ハッとした顔をする。
「さ、でかけよう。小鈴のお爺さんの工房に。」
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小鈴の祖父である光治はとても厳格な男である事は、フレイル村に住むものならば誰でも知っているだろう。普段は村の中心から少し離れた所に建っている家に住んでおり、畑仕事に使う桑や鍬、斧といった鉄を使った道具を作って過ごしているのだ。
人付き合いはあまりよくなくて口数も少ないのが弱点とも言えるのだが・・・。
「今日は何のお仕事をするの?」
「また鉄発掘だと思う。」
光司さんの工房の裏には大きな山があり、そこでは鉄が沢山とれる。
光司さんは仕事の一つとして、よく鉄発掘を命じてくるのだ。
「ところで、村の中が妙に騒がしいような・・・。」
俺と小鈴が歩いているのは、村の中央にある一本道。
道の横には村の人達が住む家や店が立ち並んでいる。
普段は店の前に村人たちが集まり、買い物や談笑をしている光景が見られるのだが・・・。
「そういえば、そろそろ『天神祭』じゃない?」
思い当たることがあるのか、小鈴が聞き覚えのない単語を告げた。
「天神祭?」
「うん。友斗も知っているでしょ?天使様の伝説。」
「ああ・・・。」
フレイル村には遥か昔、天使が舞い降りてきたという伝説が残されている。
荒地だったフレイル村に知識や文明を授けてくれた神様からの使いとして、村の老人達から崇められているのだ。
「天使様なんて本当にいるのか、とは思うけどな。」
「でも、天使様がもし本当にいたら会ってみたくない?」
「天使様、ねぇ・・・。」
実際、遥か昔の伝説を信じるかと言われれば微妙だ。
伝わっている話も曖昧だし、姿形すらはっきりしていないのだから。
羽が生えた人間というイメージが強いぐらいだろうか。
「友斗は、天使様の伝説を信じてないの?」
「昔の話だからな。天使という存在が本当にいるかなんてわからないだろ?」
「おるぞ。」
「「!!」」
目の前には、杖を突いた白髪の女性が立っていた。
「かなえさん。」
「こんにちは、香苗おばーちゃん!」
「うむ。二人とも、元気そうじゃのう。」
この人は、香苗さん。フレイル村の村長だ。
村の大人たちのまとめ役で、この村の大黒柱と言ってもいい人だ。
「天使様の話をしておったのか?」
「うん。あ、そうだ聞いてよおばーちゃん!友斗がね、天使様なんていないっていうの!」
「ほう・・・?」
瞬間、香苗さんの俺を見る目が険しいものに変わった。
あ、まずい。これは・・・。
「友斗、お前にはこの村の歴史をもう一度教え込まねばならんようじゃな。」
瞬間、香苗さんの目からハイライトが消えた。
香苗さんは、この村の話になると何時間でも相手を拘束して話し続けるのだ。
かくいう俺も、何度も香苗さんからこの村の話を聞いてきている。
「いや、いいよ。何度も聞いているから・・・。」
「ならば小鈴の先程の発言はどういう事じゃ。天使様を疑う事は許されんぞ。」
そう言って、香苗さんはお説教モードに入りかけた所に、小鈴が間に入ってきた。
「まあまあ、おばーちゃん。それより、お買い物していたんじゃないの?」
「買い物は終わっておるんじゃが、郵便屋さんに手紙を出さねばならないんじゃ。」
「手紙?」
このフレイル村に、郵便屋はない。
村の外へ住む人へ向けて手紙を出す方法は、基本的に3つ。栗丸のような動物に持たせて届けさせるか、自分の足で直接届けるかのいずれかだ。そしてもう一つは・・・。
「王都の知り合いに手紙を書いたんじゃ。丁度異文化の郵便屋さんが村を訪れているらしいから、届けてもらおうと思ってのう。」
「・・・おや、それはもしかして僕の事ですか?」
「「!!」」
そんな声が後ろから聞こえ、後ろを振り向く。
「どうも。異文化の郵便屋さんです。」
そこには、へらっとした笑顔を浮かべた若い男性が立っていたのだった。