1.フレイル村
「・・・友斗ー!友斗ー!」
なんだろう。誰かに呼ばれているような気がする。
まだ眠りたいと抵抗する瞼を無理やり開けて、腕を伸ばして枕元にあるはずの時計を探る。
「ん・・・あれ・・・?」
何とか腕を伸ばして探ってみても、どうもどこかにいってしまったみたいだ。
仰向けになったまま腕を伸ばしているのも疲れたので、ぼすん、と腕を布団の上に投げる。
「友斗ー!!」
「!?」
その瞬間、その声と共にベッド脇のカーテンが舞い、朝日が部屋に差し込んできた。
「ぐっ・・・!」
まぶしい。朝日が滅茶苦茶まぶしい。
視界を直接攻撃してくる朝日に殺意を覚えつつ、挨拶をすることにした。
「おはよう・・・小鈴。(こすず)」
「ん、おはよ。」
出窓に腕を置いてこちらを見ているのは、小鈴。
俺が住んでいる村・・・『フレイル村』に住む女の子で、幼馴染だ。
黒長髪に、青目。髪は赤いリボンできれいに後ろで纏めてある。
「小鈴・・・毎回言っているんだけどさ。玄関から入ってきてくれないか。」
俺の家は二階建てで、今いる寝室は二階にある。
地面から二階への高さはそれなりにはあるはずなのだが・・・。
「でも、こっちの方が楽なんだ。こんなに登りやすい木があるんだもん。」
小鈴が指差した先にあるのは、家の庭にある一本の大きな大木。
いつも小鈴はあの大木の枝から、俺の部屋の出窓に飛びついてくるのだ。
小鈴は運動神経が良く、小さい頃から同年代の子供達との体力勝負で負けたことがない。
特に木登りに関してはこの村で1番上手く、スルスルと登るその姿を見た村の大人からは猿娘、とか鈴猿、という異名を頂いている・・・本人は嫌みたいだけども。
「ね。ご飯ちょーだい!今日のメニューはなに?」
「いや、まだ寝起きだからな。見ての通り。」
とりあえずベッドから立ち上がって、出窓にぶら下がったままの小鈴を部屋に入れる。
「光治さんには言ってきたのか?」
「うん。友斗のところに行くって言ったら、「ああ。」って、言ってた。」
小鈴の祖父である光治さんは、この村で鍛冶屋を営んでおり、小鈴のお爺さんでもある。
普段はとても厳格な性格をしており、作った斧や農具はこの村の人々が皆使っている。
口数も少なく、あまり村の皆とは関わらないことでも有名な人物だ。
「光治さん、何か言ってたか?」
一応10歳にもなる年頃の孫が同年代の男の家にいくのだ。何か言われてもおかしくない。
「なーんにも。ただ、気をつけて行けって。歩いてすぐなのにねー。」
「・・・光治さん・・・。」
光治さんは無口だが、小鈴のことをとても大事に思っている。
一人で俺の元へ行かせるのは、ある程度の信頼があるからだろうが・・・。
「ね、そんな事より今日は何するの?」
「今日はバイト。」
「ええ!たまには一緒にあそぼうよ~」
「仕方ないだろう。一人暮らしなんだから。」
「・・・・・。」
俺の言葉に、小鈴の顔が一瞬暗くなり、墓穴を掘ったことに気が付く。
「・・・ごめん。それよりご飯にしよう。先に行ってる。」
「あ、ちょっと、友斗・・・。」
何か言いたそうな小鈴だったが、俺が部屋を出ると慌ててついてきた。
変な雰囲気になったな・・・小鈴の好物でも作ってあげるとしよう。
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「んー!さすが友斗のパンケーキ!美味しい!」
「それは何よりで。」
俺が台所でフライパンを振っている傍で、リビングでは小鈴がパンケーキを頬張っている。
先程までの雰囲気は何とやら、である。
「今日のお仕事はなーに?」
「今日は光治さんの所に行く。」
「あ、ほんと!?」
一人暮らしをして生活する為にはお金が必要という事で、俺はフレイル村のあちこちで色々な仕事・・・もといアルバイトをしている。と言っても、その中でも特に鍛冶屋をしている浩二さんの手伝いをする事が多い。気心知れた相手の所で仕事をした方が楽なのもあるし、俺の事情を知っている為なのか、大目に給料をくれるのだ。
「お爺ちゃんも最近は友斗は来ないのかってよく聞いてくるの。お仕事だけじゃなくて、ちゃんとお話してあげて?」
「そんなに顔を出していなかったか?」
「うん。ここ一か月ぐらい。」
「悪いことしたなぁ・・・。」
最近は本当に忙しかったからな・・・
光治さんにはお世話になっているし、お詫びになにか差し入れでも考えよう。
なにか光治さんが喜びそうなもの、あったかな・・・。
「!?・・・ゆうふぉ。まふぉー!」
「・・・なんだって?」
パンケーキを頬張ったまま喋っているのか、何を言っているのか分からない。
何となく俺を呼んでいるのは分かるが、食べる時は行儀良くしろと言っているのに・・・。
「小鈴、食べカスが飛び散るから黙って食べろよ。」
そう呼びかけておいて、溶き入れたパンケーキの生地の片面が焼けるのを確認して、フライでひっくり返す。
・・・ダメだ、失敗した。焦げてる。
「ゆうふぉ!ゆうふぉー!ふぁれ!ふぁれー!」
「?・・・何やってるんだ、全く・・・。」
焼き上がった追加のパンケーキを皿に盛りつけ、リビングとキッチン間にあるカウンターを抜けて、小鈴のところへ向かう。
「小鈴、黙って食べろって・・・。」
「んっ・・・んっ・・・ん、んんんーーーっ!!!」
なんと、小鈴が座っていた椅子からひっくり返っていた。。
「こ、小鈴!!」
すぐに子鈴の元に駆け寄って、様子を確認すると、喉の辺りをしきりに抑えている。
・・・パンケーキを詰まらせたのか!
咄嗟にテーブルの上にある空のコップに、オレンジジュースを注いで渡してやる。
「んぐっ・・・んぐっ・・・!ぷはっ・・・!」
ひったくるようにして受け取って一気に飲み干した小鈴。
だが、まだ落ち着かないのか息を荒くしていた。
「大丈夫か?」
「うん。ありがとう、大丈夫・・・って、そう!友斗!あれ!窓!」
「窓・・・?」
窓がどうかしたのだろうか。
この家の一階のリビングには、外への出入り口の他に大きめの窓が一つある。
はて、そんなに驚くものは窓にあっただろうか。
そう思い、自分の後ろにある窓の方を振り向くと、巨大な影がガラス窓にへばりついていた。
「なっ!?」
こんなもの、昨日までは無かったはずだが・・・。
「さっき食べている間に、ビタンッていう音がして、それで、窓の方を見たらこの影が・・・。」
ああ、だから詰まらせたのか・・・。
流石にこんなに大きいのがいきなり現れれば、無理もないだろう。
「・・・ん?」
この影、よく見たら見覚えがあるような・・・。
「友斗?」
「ん、平気だ。」
窓に近づこうとしたら、背中に引っ付いて来た小鈴。
怖いものは怖いが、影の正体も気になるのだろう。
「盾変わりか?」
「こういうのは男の子が先に行くの!」
「ちょっ!?押すな!」
小競り合いを起こしつつ、2人で徐々に窓に近づいていく。
「あれ・・・。」
窓からもう幾許もない距離に近づいたところで、小鈴が何かに気づいたようだ。
「ねぇ、友斗・・・。」
「・・・・・。」
小鈴の呼びかけを他所に、ゆっくりと窓の掛け金を外して開ける。
窓が開くのと同時に張り付いていた影が下にずり落ちていく。
その影を、俺は咄嗟に掴んで引き上げる。
影に見えたのは、この「窓に張り付いたもの」越しに日光を浴びていたせいらしい。
「・・・何をやってるんだ、栗丸。」
「クー・・・。」
大きな翼を携えた茶色の鷹が、引き上げた俺の手の先で悲しい鳴き声をあげた。