準備段階①
会見の日から1か月後、僕らは意外なことにきれいな青空の下。グラウンドの上を走っていた。
「マナベー!しっかり走れー!」
気が遠くなりフラフラとなっていたが田中さんの声で気を持ち直した。
4月のまだ涼しい時、僕らは大量の汗を流して走り込みをしていた。僕はこの春から高校生になる。他のメンバーも歳にはあまり大差ないくらいで体力には自信がある子も多かっただろう。そんな僕らは今まさに必死になっている。意識が飛びそうになりながら苦しさを紛らわすために何も考えずに走るようにしていた。
会見から数日経ち、先輩たちへ挨拶する機会があった。会う前までは、誰が生でみたら一番可愛いか予想しようぜ、と如何にも年頃の男子のような話をしていたが、実際に会ってみると緊張しすぎて記憶がほとんどなかった。
部屋に入ると既に先輩方がいたが、その人数の多さに驚いた。ヴィーナスで30人、マーズで20人ぐらいのメンバーがいて、全員がやはり只者でないオーラを放っていた。それらに圧倒されて未熟な僕らは萎縮し、自己紹介するときも声が全くでなかった。それに対してジュピターの方は全員がハキハキと答えていた。先日感じた劣等感がここでさらに大きくなった。それは僕ら全員が共通して感じたと思う。挨拶が終わるとそれまでの元気はなかった。
それから1か月して僕らはグラウンドにいる。ここはなんでも、落合さんが借りた合宿所のようなところで隣には宿舎などの設備が整っていた。なぜ僕らがこんなところにいるかというと、なんでも何かの準備のためらしい。僕らはほとんど聞かされていないがやろうと決めたらやる子がほとんどだったのでノルマを全力でやった。それは悔しさがあったからだろう。アンチコメントの数、先輩方をみて萎縮してしまう心、そしてジュピターの方が明らかに上をいっているという感覚。それらが原動力の1つになっていた。
それでもここでの生活はキツかった。到着して2週間ほどだが既に音を上げている。朝は早朝から走り込みをしてその後は勉強する。勉強といっても学校のものだ。他の子はどうだか知らないが僕はアースの加入が決まった後、通信制高校に入学した。なのでほとんどこの合宿所から出ないで勉強している。
昼はダンスと歌のレッスンを日ごとに変えてやった。初心者が多く、コツを掴むまで大変だったようだ。これはかなり長い時間やっていて、4時間以上は当たり前だった。ヘトヘトになりながら宿舎へ戻るのが当たり前だった。
夜は基本的に自由。メンバーによっては居残りで練習する子がいたが、僕は他のメンバーとコミュニケーションをとっていた。せっかく同じグループになったんだからこのメンバーと楽しもうと思ったからだ。このサイクルが毎日続く。さすがに疲れてきてダラけてくる子も出てきたように感じた。
時期はちょうどオーディションの最終面接が終わった時、つまり合格者が決まった時に俺と落合は2人で話し合っていた。
「オチよ、これからどうするつもりだ?」
俺は学生時代から落合のことを「オチ」と呼んでいる。
「ん-、、、」
言葉を選ぶようにしてオチは言葉を出した
「とりあえずまずは経験を積ませなきゃだろうな。それには死に物狂いで練習してもらわなきゃならん。」
オチは少し笑みを浮かべながらそう答えた。
オチには少しサディスティックな面があるとこれまでの付き合いでわかっている。ただし他人が単に傷つくのをみて楽しむのではなく、他人が成長しようとしているときに苦しんでいるのをみて、これはいいものだ、と喜んでいるようにみえる。人に対して厳しくできる人間の特徴ともいえるようなものをもっていた。
「でもさ、とりあえずの目標を決めるべきじゃないか?小さくてもいいからさ。じゃないと長く続かないだろ?」
「目標なら俺、考えてるよ」
「なんだよ」
「会見から3か月後、6月に小規模だがライブをやる」