会見
オーディションが終わったが彼は深く考えを巡らせているようだった。ビルから都心を見下ろした表情は無機質そのものだった。30にもいかない彼は若干の若々しさを醸すがどこか儚さも感じた。関係者は多くがベテランな中で彼はその中で浮いているような存在だった。
「大丈夫か?他に何か問題が見つかったか?」
スーツ姿に髪を七三に分けた男が彼に声をかけた。その問いかけはある意味で無意味だったがそれでも声をかけずにはいられなかった。
「まあ、なんとか、、、。それよりスケジュールはどう?俺とひろのスケジュールこれから忙しくなるだろ?」
「ひろ」と呼ばれた男はスケジュール帳を見ながら苦笑いした。その表情を見るだけで彼はため息をついた。
「お前の悪い癖だぞ。いつも不安気な顔をしやがって。早速記者会見があるんだから顔をちゃんと整えな。世界に『落合寿久ここにあり』と知らしめるチャンスだぞ」
相棒に背中を押されて落合は重い腰を上げゆっくりと会見場にむかった。どこか気だるそうにはしていたがしっかりとした足取りだった。
会見は既に始まっており事務方から挨拶と概要説明が行われていた。森繁は長机に一人座っていたが隣にはもう一人分の席が空いていた。会場に集まった記者たちはそれが目当てで来たようなものだった。森繁は65歳、その年齢から引退説も浮上していた。その表れか最近ではプロデュース業を離れていると噂になり業界では様々な憶測が広がっていた。その答えが今日明らかになる。その席に座るのは森繁の後継者、つまり次の覇権を握る人物であると踏んでいるわけである。
「えー、結論から言うと僕はまだ引退はしません」
その一言に会場から「おー」という声が広がった。まだやるのかというのと同時にじゃあその空いてる席は?と全員が気になった。
「ただし、僕が担当するのは新しくできるガールズグループの方だけです。ボーイズグループの方はこの人にやってもらいます」
森繁が指した方向には落合がいた。記者は一斉に目を向けシャッターを切る。それと同時に戸惑う雰囲気が流れる。こいつは誰だ?と。記者たちがあらかじめリストアップしていた森繫の部下たちではない。多くの人間が予想を外し一斉に隣近所で知っているか確認をとっていた。
落合は席につくと会場をゆっくり見渡した。余裕の表情にも見えるし緊張を少しでも抑えようとしているようにも見えた。
「落合です。27歳、独身、森繫さんには5年ほどお世話になりまして今回このような役を仰せつかりました。どうぞよろしくお願いします。」
さっぱりとしているが不安気にも見える表情は記者たちをさらに混乱させた。まるで情報がない。その上、表情も読み取れない。会見は静かな不穏のまま終わるかと思われたが、落合が最後に切り出した。
「このグループは世界を目指します。今の原石たちを育て上げ、売れるように工夫すれば間違いなくいけます。それを達成するためにやっていきたいと思うので皆さん一つよろしく」
目にともった炎は熱かったが冷静そのものだった。記者たちは思わず息を呑み会場は静寂に包まれた。静かに始まった落合就任会見は凪のように終わった。






