episode 1
不定期更新
「あとは、白石くんのところか……」
私は、小さくため息をつき、ナーシングカートを押して、白石聖くんが眠る病室へと向かった。
コンコンと軽くドアを叩き、中に入る。
ピッ……ピッ……と安定した音を出してるモニターに表示されてる数値を細かく記載し、体温、状態を移していった。
「安定してるわね……。でも……」
大型ダンプに跳ねられた当時は、瀕死の状態で、一時期は、自発呼吸すら危うかった白石聖くん。手術は成功したものの、今もこうして目覚める事はなく、眠ったまま。家族できてくれるのは、母親のみ。父親と年の離れた兄は、最近来なくなった……。
『あんなに見晴らしのいい場所で?』
確かに居眠り運転をしていたドライバーが、悪いが……。
「なんか……変よねぇ……。さ、仕事仕事。聖くん、早く目を覚まして、お母さん安心させてあげてね」
そんなことを呟きながら、私は、カートを押して、ナースセンターへと戻った。
真っ暗な世界が続く。
歩けど歩けど、何もない暗闇。
ここは……どこだ?
俺は、何をしている?
ずっと、ずっと、何かを求めて歩いてるだけなのに、身体は疲れることはなかった。
「あ……なんか見える。なんだろう?」
小さな小さなぼやっとした光……。
ただただ、それだけを求めて、俺は歩いた。
あと少し……。
あと少しで、その光に手が……!!
手が、何かに触れた。
この人は、誰だ?
ここは、どこだ?
目を開けると、なんとも驚いた顔で、俺を見て震える女がいた。
よくは見えんが、顔はやつれ、髪も些か白かった……。
「っ!!」
あ、おい……!
ちょっと!!
あー、言っちゃった。せっかく、ここがどこか聞こうとしたのに……。
その女が、出ていってから、バタバタと外が騒がしくなって、白い上着を着た人が沢山入って来て、俺の身体のアチコチをいじっていった。
「な……」
何をされたのか?
何故、俺を見ておかしな顔になる?
何故、お前は泣く?
訳がわからなかったが……
「白石くん? これ、見える?」
見える?指だろ?
見えるから、頷く。
ただ、それだけなのに、このやつれた女は、更に泣いた。
「少しチクッとしますからね? 大人しくしてて下さいね……」
確かにチクッとしたのは、わかった。それと同時に……。
あ?手?俺の?
ひょろりと伸びた手は、俺の知ってる手ではなく、痩せ細っていた。
俺、知らない間に痩せたのか?
ガタガタとなんか小さな箱みたいなのが、外に出ていって、俺は、そのやつれた女と二人になった。
「……ほんと、良かった。聖……」
あ?ヒジリ?誰だ、それ。俺の名前は……
名前……
そうだ、俺の名前は……。
「マクルミア・グレネビアだ……」
グレネビア王国の第二王子だぞ。追放されたけどなっ!はっはーっ!
「聖……。良かった。あなたが、生きててくれて……」
「……。」
「お父さんにも連絡してくるから。あなたは、眠ってなさい……」
優しい言い方だった。俺の知ってる母さんは、こんな言い方した事はなかった。小さい時は、どうであれ……。
瞼が……重い……。
どれくらいたったのだろう?
再び、目を覚ますと、その女がいた……。その横には、少し太った男とクソ兄貴にそっくりな男がいて、俺を見下ろしていた。
「ふん。目を覚ましたのか……」
は?
なんだ、お前……。ヒョロッとしたクソ兄貴にそっくりな男は、何も言わなかった。
「あなた……っ」
どうやら、このやつれた女と太った男は、夫婦なのか。ってことは、このヒョロッとしたのは?俺の兄貴?
「ったく、時間を無駄にさせおって……」
はぁ?なにいってんだ?
「クソが……」
「聖……」
やべ、つい口に出たらしい……。
「あとは、お前の自由にしろ……。行くぞ」
「はい、父さん……」
クソ親父とクソ兄貴?だかは、部屋から出ていった。
「ごめんね、聖。母さんが、弱くて……」
母親なのか。
いや、でも、ヒジリ?
起きあがろうとしても、身体に全く力が入らない。
「起きれそう?」とその母親が、何かのボタンみたいなものを押すと、寝ていた物が徐々に起き上がった。
魔法か?
「ありが……とう……ます」
喋るのもしんどかったが、その女が俺に水を少し飲ませてくれた。
「ばか……。そんな改まって……」
どれだけ眠っていたのかは知らないが、その水は、とても美味かった。
「こ……こは? どこ?」
見たこともない部屋だった。白っぽい壁に、大きな布が吊らされていたし……。
あの大きな箱は、なんだ?さっき、女が、水を出していたが……。
見るもの全て、見た事がないものだった。
「ここは、鶴見ヶ丘病院よ。あなた、大きな事故で……」
って、言い終わらない内にまた泣き始めたし。この女は、泣くのが好きなのか?
痩せすぎだろ?
「あ……」
キョロキョロしてたら、左側にも俺と同じような姿の人がいて、挨拶しようとしたら……。
「これは、鏡。あなた、あんな大きな事故を起こしたのに、不思議と顔に傷一つなかったの……」
これが……俺?ばかなっ!
髪の色は同じ黒に見えるが、目の色が……。
俺は、王の血を引いてるから、目は金色だったのに。
「あの……俺は……誰ですか? あなたは?」
そう聞いただけなのに、この女は、顔を青くして部屋を飛び出し、今度もまた……。
「……。」
「君の名前は?」
「マクルミア・グレネビア、です」
そう答えただけなのに、部屋がまた騒がしくなって……。
「じゃ、また聞くよ? 君のお母さんの名前は?」
「グレイス・グレネビア」
「じゃ、君が通ってた中学は?」
中学?なんだそれ。アカデミーは、16にならんといけないんだぞ。
「君は、いま何歳?」
「14です」
ザワザワとうるさくなるは、女はまた泣くは……。
「聖? あなた、今16歳なのよ」
???
「そうだ。君の名前は、白石聖だよ。年齢は、いまお母さんが言った通り16歳だ。君はね、大きな事故で3年間眠っていたんだよ……」
白い上着を着た男が、そう言った。
3年間?3時間の間違いでは?
「先生っ! 急患です!」と呼ばれ、その男も同じような白い服を着た女も部屋を出ていったが……。
「俺は……誰なんだ……」
考えれば考える程、頭の奥が痛くなって……。
「聖、少し疲れたでしょ? 寝ようね……」
「はい……。ツカレ……マシタ」
これは、きっと夢なんだ。
そう。だから、寝て起きれば、きっと元の世界に……?
元の世界?
あれ……?
オレ……は……。
だが、寝て起きたら、どうやら次の日で……。
「お母さん、ちょっと売店行ってくるからね」
聖の母親が、そう言って部屋を出て、数分後……。
ガチャッとドアが開いて……。
誰だ、こいつ。
臭い女が、真っ赤なドレスを着てツカツカと部屋に入ってきた。
「……。」
「ふーん、生き返ったんだ……」
は?なんだ、お前……。
その女は、ジロジロ俺を見て、クスッと笑うと部屋を出ていった……。
……にしても、臭い女だったな。誰だか知らんが。俺は、王子だぞ!追放されたけどな……。
それから、しばらくして、母親という女が部屋に入ってきた瞬間、表情が一瞬険しくなった。
「聖、売店にね、あなたの好きなプリンがあったから買ってきたわ……。食べるでしょ?」
プリン?なんだそれ。第一、俺菓子は食わない……。
……が、このプリンという食い物は、美味かった。甘くて、下の方がちょっと苦かったけど、上の焦げた感じのプルンッとしたのが、なんともはや……。
「美味い……」
それだけの言葉を発しただけで……。
ヒジリ?ってやつの母親は、泣くのが本当に好きらしいな!
まだ完全な食事は、まだいけないらしいが……。
腕に刺さったテンテキというのも取れて、両腕がちゃんと使えるようになった。
「うっ!」
「はい、あと少し。頑張って!」
動く椅子に座らされた俺は、変な二本の棒を掴んで、立ち上がったり、歩いたり……そんな練習をするようになった。
赤ん坊扱いか?
「これ頑張ったら、明日から普通にご飯! 食べれるからな!」
飯?!マジ?
プリンと変なドロドロしたのしか食わせて貰ってない俺は、そのご飯にありつきたくて、むちゃくちゃリハビリってのを頑張った!
のに!!
「これ……だけ?」
楽しみにしていたご飯というのは、小さな器に入った白いなにかとあったかい汁と……。
「これ、うまっ!!」
甘辛く焼いた肉みたいなやつだった。