第八話 亀山
「ななな、なんで俺だけこんなに狙われてるの」
俺は脚をすくおうとする無支祁の長い鼻を渾身のジャンプでよけた。
俺にだけ攻撃が集中する。
俺はプレイ動画でネットにあげたいくらいの神回避を連発していた。
首から下げた土鈴が愉快な音を立てて、緊張感を絶妙に崩してくれる。
命をかけた追いかけっこはまだ続いていたのだ。
「バカ、それだ! そのリンリンなるやつ、捨てろ!」
崑崙族の首領、クン・ヤンが叫ぶ。
俺は手製の土鈴を首から外すと、無支祁の脚の間に放り投げた。
鈴は後脚の間から尻尾を掠めて、無支祁の背後に抜けた。
無支祁はいきなり背後に向き直り、鈴の方向めがけてバオバオ言いながら走り出した。
俺達はその隙に心臓がまろびでるほどの全力疾走で、ついに無支祁から逃れることに成功した。
捜索隊の野営地に到着したころには、皆汗みどろになっていた。
「殺された兵の仇を報じねばなるまいて。しかし、あれを倒すのは………骨が折れるなぁ」
庚申は大きな体を萎ませる。
「は、でかい図体して情けない。私は一人でも戦うぞ」
俺は、クン・ヤンが早くも“元は敵だった追加戦士"みたいな顔して会話に参加していることに驚きを隠せなかった。
というか普通に他の連中にも言葉が通じてるということは、彼女は崑崙族の言葉だけしか喋れないわけではないらしい。
俺も思うところを言ってみる。
「先史時代、つまり、ずっと大昔の人達はああいった巨大な獣と互角以上に戦っていた。崖や穴に落としたりして、よってたかって石槍や投石で倒したんだ。やってやれないことはない……殺すのもったいないけど」
「穴は、あんなのを落とすとなるとデカいのがいるな。何か自然のものを活用できないかな」
麗花さんも退治に関して前向きに同調してくれた。
「落とし穴………ここから西に行くとお前らが亀山と呼ぶ山、私たちが“咎人の山”と呼ぶ山がある。その麓に沼があるのを知っているか」
クン・ヤンがそう言うと、庚申も身を乗り出した。
「あの黒っぽい沼のことか。あれは確かにおあつらえ向きの大きさだが……しかし、沼などはまっても上がってこれるのではないか」
「あの沼は普通の沼ではない。あの黒い淀みの中には生きているものはいない。仕組みはわからないが、あれにはまると絶対に上がってこれない。我々のご先祖はあそこに咎人を突き落として処刑してきたのだ」
無支祁を沼に落とす。
こちらの目論見に気づかれた場合に多少の力技も必要となるが、そこは庚申の部隊で何とかするということだった。
「となると、誘導するやつが必要だな」
そう呟いた俺を、一斉にみんなが指さした。
クン・ヤンが言う。
「あのリンリンなるやつなんで捨てちゃったんだ! さっさと作り直せ!」
「り、理不尽!」