第六話 兵は凶事なり
俺が机に置いたそれを鳴らしていると、麗花さんが声をかけてきた。
「今度は何を作ったんだ」
「土鈴。あの杖以外に龍達に合図をする方法があればなぁと思ってさ」
出来上がった土鈴を厩舎に持っていって振ったが、応龍はじめ翼竜達は無反応だった。
「うーん。この音域の音は聴き取れません、みたいな事でもあるのかな」
「良い音色なのに、残念だったな」
せっかく作った土鈴を捨てる気にもなれなかった俺は、麗花さんとともに邑の盛えている地域に行った。
大司空からもらった褒美もまだあるし、たまの外食もいいだろう。
酒楼の前には芝犬とヤブイヌを足して2で割ったような丸っこい犬が鎮座している。
現代では見ない品種だ。いわゆる漢犬というやつだろう。
俺が試しに土鈴を鳴らすと漢犬はめちゃくちゃに鳴き始めた。哺乳類には耳障りらしい。
店主が犬を追いやって、店に迎えてくれた。
今日のオススメ、とやらを頼んで出てきた料理は、炊いた粟とスズメを叩いて炙ったもの、そして極限まで薄めたマッコリみたいなお酒だった。
「やっぱりスズメは美味しいな!どうした、食べないのか」
次から次へとスズメを食べる麗花さん、頭からバリバリと豪快に噛み砕く。
細く見えるが意外と健啖家のようだ。
「うーん、グロい……けど、まあ、たしかに骨がコリコリして美味しいかも」
マッコリだかアンバサだがわからないような薄いお酒も飲みやすいという点では悪くなかった。
粟は、まあ、人には好みというものがある。
「さいきん、龍の谷でこそこそ何やってる」
龍の谷とは、龍使い達が祭祀に使う谷のことである。
白亜紀の地層が地殻変動で隆起し、龍骨、つまり恐竜の化石が剥き出しになっている、俺のような古生物学者の卵にはパラダイスのような場所であった。
「俺も隠し事は出来ない、か」
本当は化石の調査が主だったが、そこで思いついたもう一つの目論みについては開陳することにした。
俺は懐から、土器の筒を取り出した。
「このお店は持ち込み禁止だぞ」
「酒じゃないって」
ふたを取って中身を見せる。
「土?土なんか集めてどうする」
「これは、ただの土じゃない。珪藻土だ。白亜紀の地層、龍の谷の土からこれが取れた。これも藻の化石みたいなもんだ。……ダイアトマイトという。これは強力な武器の原料になる可能性がある」
しかしながら、例のものを作るためには別の化学物質が不可欠なのだが、そちらの調達方法はぜんぜん目処が立っていなかった。
「あと、端材を集めているよな。あれもなんでだ」
「上空からでも安定して撃てる弓があれば、と思って」
「……お前は龍使いを強くしたいのか? そんなことしてなんになる」
俺は薄い酒を飲み干した。
「折輿が言っていたように、空の龍使いは決め手にかける。石を投げてるだけじゃあダメだ。強くしなければ、いずれは時の王朝から見放され、龍使いも龍も絶えてしまうかもしれない。せっかく生き残っていた翼竜が、絶えてしまう。それが、俺は怖い」
麗花さんは、飲みかけた酒を置いて静かに言った。
「兵は凶事なり」
「それって、どう言う意味?」
「戦はそれ自体が不吉なことだから、せっせとやっても良い事ないよって意味だ。知らんけど」
そういうと、麗花さんは席を立った。
「えっ、どこ行くの」
俺は麗花さんが気分を害したのかと思って慌てて聞いた。
「厠だ、厠! せっかく自然な感じで立ったのに、聞いたら台無しじゃないか。もてないぞ!」
それを聞いた俺は、自分の不躾さではなく、別のことを考えていた。
厠か。それがあるということは、例のものも遠からず手に入るかもしれない。
その時の俺は、自分から凶事を呼び寄せようとしていることにまだ気がついていなかった。