第四話 崑崙族
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龍使い達の住まう邑に、毛玉のような連中が槍や斧を持って押し寄せている様を、俺たちは応龍の背から見た。
高度を少し下げると、オークだのコボルトだのといったファンタジーな連中ではなく、動物の丸ごとの毛皮を頭から被った人間に過ぎないことがわかった。
毛皮の間から覗く浅黒く日焼けした肌には、赤や白い顔料で紋様を描いている。
最も異様な点は、皆その顔に土器で出来た面を着けているところだ。その意匠は各人で異なるようだ。
「不気味な蛮族どもめ! 化外の地へ帰れ」
麗花さんがかごの中から石礫を取り出して、下に蠢く毛玉達に投げ落とす。
命中率は高いとは言えないが、それでも何個かは当たって、うずくまる敵もいた。
「もっと大きな石とか、あるいは弓とかはないの」
「そんなもん先人達が試し尽くしている。弓は上空では構えるのがやっとで、射ってもてんで当たらない。でかい石は龍がへばってしまって乗せられない。わかったらお前も石をバカスカ投げ……どんどん投げるんだ」
俺は内心では下の野蛮人風の連中に謝りながら麗花さんに従って石を投げ落とした。
俺たちの乗る大きさの劣る何羽かの翼竜が風を受けながら同じ空に舞い上がる。麗花さんの一族の御龍氏の者や董父が騎乗しているようだ。
石をどんどん投げ落としていると、輿に乗った指揮官と思しき野蛮人が手をさっと掲げた。その後ろからぞわぞわと何体か出て来たのは、前方に角のような突起のついた大きな亀の甲羅だった。正確には亀の甲羅を被った野蛮人なのだろうが。輿の上にも甲羅を被せ、その他の甲羅は邑に向かって進んでいく。
「アノマロケリスの甲羅! しかもあんなに大きい! たしかに日本以外でも化石は出ているが、壮観だ……」
アノマロケリスは日本のむかわ町で化石が発見されたことで有名な大型亀の一種である。甲羅に角のような突起があるのが特徴だが、どのようにその突起を使っていたかについては推測の域を出ない。
「喜んでる場合か! あいつら投石がぜんぜん効かないぞ! 地上の連中がやられてる」
確かに亀甲兵とでも言うべきそいつらの出現によって、地上で戦っている邑の人々は明らかに押され始めていた。巨大な甲羅は前面の首の穴があった部分しか隙間がなく、そこから槍を突き出している。
「これさ、負けるとどうなる」
「男は殺されるか労働力として連れ去られる。女は……考えたくない」
「……わかった。地表ぎりぎりを滑空できないかな。あの将軍みたいなやつをやっつけないと」
麗花さんは龍の杖で応龍の背を軽く叩いた。応龍はぐんぐん高度を下げ、敵将の乗った輿に迫る。
「くらえ!」
俺は籠の中の石を全て甲羅の首の穴めがけてばら撒いた。
ぐっ、とうめく声を聴きながら急速で上昇する。やったか。
敵の野蛮人達は、甲羅の中から首領を助け出した。
助け出された首領は顔につけた土器が砕けてその顔を晒していた。狐目の女が輿の上に横たわっていた。女は、上体を起こすと、何やら俺たちを指差して喚いている。なぜか、俺にはその言葉が聞き取れた。
「お前たちが川を汚し、森を殺して、無支祁を怒らせた! 我ら崑崙族は無支祁に村を追われた! だから、お前らの村を渡せ」
それだけ叫ぶと女はまた輿の上にくずおれた。
「麗花さん、無支祁って何?」
「聞いたこともない。野蛮人の戯言に耳を貸すな」
その時、土煙とともに恐ろしい叫び声が迫ってきた。
2
土煙の中から現れた大きな影が亀甲兵を甲羅ごと噛み砕いた。ぼりぼりという音と、蛮人の断末魔の悲鳴が響く。
折輿とその一族、相龍氏の駆る夔龍達が援軍に駆けつけたのだ。
一気に形勢は逆転した。
麗花は面白くなさそうな顔をしていたが、鼻を鳴らすと折輿に向けて声を張った。
「折輿! 恩に着る!」
「空の龍はどうにも決め手にかけるようだな」
折輿は聞こえよがしにそういうと、輿に横たわる女首領にめがけて夔龍を進ませた。慌てて首領を守ろうとして出てきた二人は蛮人は、それぞれ一人は頭を、一人は胴から下を、それぞれ食いちぎられた。
「柔らかそうな肉だ。味わって食べろよ」
折輿に促された夔龍が口を開いたそのとき、輿の横合いから白っぽい猫のような頭とハイエナのようなずんぐりとした体型をした獣が飛び出した。そして女首領を丁寧に咥えると素早くその場を後にした。
麗花さんはドヤ顔で解説をぶった。
「あの猫は知ってるぞ。あれは梁渠というやつだ。顔が白く、虎の爪を持つ。あれが出ると大きな戦がはじまるという」
「ホモテリウム。いわゆるシミター・キャット。
絶滅したはずの哺乳類だ。恐竜や翼竜が生き残っているんだから、古い哺乳類もそりゃあいるとは思っていたが」
「話聞けよ」
蛮人たちは夔龍に肝をつぶして、てんでバラバラの方向に逃げ散っていった。俺たちは何とか崑崙族に勝利したという わけだ。