第三話 夔龍と応龍
1
「カルノタウルスの生息地域は北米大陸では……いや、まあ全ての化石が発見されているわけではないからな」
俺の呟きを聞きながら、折輿は自身の操る肉食恐竜の頬を撫でている。
折輿が夔龍と呼んだその肉食恐竜は、青銅の管が連なったような筋肉質の後ろ脚に比べて、腕が短い。短すぎて、指が直接胴体から生えているかのようにさえ見える。
そのアンバランスな造形は見る者に居心地の悪さを感じさせた。
立ち姿も独特で、後脚を前後に交差させて内股気味だ。
自分の正確な大きさを測らせないためだろうか。
まるで、一本足の怪物に見据えられているようだ。
「記憶が混乱している、というのは本当のようだな。どうだ、これから我が牧場を案内しよう。何か思い出す足しになるかもしれん」
折輿がそう言うと、夔龍は首と肩を下げてしゃがんだ。乗れと言うことだろう。
二階建てのバスを想起させるような高さの視点で、景色が移り変わっていく。
三人を乗せた夔竜はいくつかの草原と森を抜け、岩肌に囲まれた赤土の大地にたどり着いた。
高く掲げられた竹竿に紅の旗が掲げられていた。旗には顔のような丸い意匠が九個連なって描かれている。
旗の下、夔龍と同種のやや小柄な肉食恐竜が数頭集まって何やら肉を貪り食っていた。
2頭が赤紫色の腸を引っ張りあう様を見て、俺は口を押さえた。
「餌の調達が悩ましいが、この食い意地が戦場で役に立つ。お前たち、この子の分はどうした」
肉食恐竜の一頭が何やら血に塗れた球のようなものを咥えると、夔龍の脚元に投げてよこした。
「よし。一番美味しいところはちゃんと残していたか」
それが何なのか気づくとほぼ同時に俺は気を失った。
夔龍が嬉しそうに舐め回すそれは、人間の生首だったからだ。
2
「目が覚めたか」
気がつくとまたしても寝台に寝かされていた。傍にはござを敷いて麗花さんが座っていた。
「折輿は」
「お前をここに送った後、すぐに帰った」
頭によぎるのはあの生首のことだった。
見間違いではない。
「あいつは、人間を、龍の餌にしているのか」
「……いつもではない。今日のあれにしたって、死刑になった罪人の屍を貰い受けて供しただけだ。たまに人を食べさせないと戦場で荷駄や家畜ばかり襲ってしまうから、と折輿は言っている」
「どんな理由があっても人を食べさせるなんて……」
「他人の事で私を責められても困る」
「ごめん」
その時、家の外で叫び声が聞こえた。
慌ただしく物を運び出すような音と、悲鳴、怒号。
「敵襲だ。動けるか」
俺は頷いて寝台から飛び降りた。
二人で駆け出して翼竜の厩舎に急ぐ。
厩舎ではすでに董父が、檻をあけて龍を出そうとしていた。
翼竜は十数頭育てられているが、鶏冠のような突起の生えた一際大きな個体が、今出されようとしていた。
「董父よ、敵は犬戎か、それとも南蛮か」
「いや、崑崙だという話だ。わしも奴らを見たのは始めてだが……」
鶏冠の翼竜が甲高い声で鳴いた。
麗花は石の詰められた籠を担ぐと翼竜に飛び乗った。
自分にも翼竜の背に乗るように差し招く。仕方がないので、意を決して俺も乗った。
「応龍よ。頼むぞ」
麗花がそう呟くと、俺たち二人を乗せた応龍は嵩張りそうな翼のついた前脚と貧弱な後脚で驚くほど軽快に走り始めた。
時速40キロメートルにも達しようとするとき、翼竜は突如翼を開いた。
12メートルの翼は風を受け、大空へと飛翔した。俺と麗花さんを乗せて。