表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/13

第十話 丹朱

ぎょう囲碁いごを造り、丹朱たんしゅこれくした。

「世本 作篇」


折輿せつよはしなだれかかる女官を鬱陶しそうに払い除けると、黒い石を置いた。


「お前がこれを覚えてくれて嬉しいよ、折輿せつよ。やはり、ここでは打つ相手が限られてしまってね」


そう言って盤を挟んで向かいに座る男は白い石を掌中で弄ぶ。男の両脇にも女官が二人、こちらはねっとりと絡みついて、ほぼ一体化の様相を呈していた。


「殿下のお相手を務めさせていただき、光栄の至りです」


「そういうのはいい。この丹朱たんしゅ皇子おうじなどという立場にさのみ拘ってはおらん」


みかどであるぎょう、その一人息子である丹朱たんしゅは第一皇子であり、順当にいけば世継ぎだということになる。

丹朱たんしゅは白い石を摘むと盤面に置いた。置いた、というよりも打ちつけた、というほどの大きな音がなった。


「皇子だなんだといったところで、帝位も継げぬわけだしな。のう、折輿せつよ可笑おかしかろう?」


「おかしいですね」


「ぁあ?」


身を乗り出した丹朱の目は、血の筋でも切れたのか真っ赤に染まっていた。


「道理が通らない。間違っている、という意味でのおかしい、ということです」


丹朱たんしゅ折輿せつよの返答に顔を綻ばせた。


「なんだ。驚かすなよ」


丹朱は石を弄びながら盤面に目をやった。


「のう、折輿せつよ。この囲碁いごなる遊戯ゆうぎをどう思う」


「この石の取り合い一つに何千何万通りもの手があり、まるで戦のようで、まこと奥深いものだと思います」


折輿の返答を聞くと、丹朱たんしゅは目を伏せて呟くように言う。


「そう、戦のようだ」


丹朱は盃を手繰ると一気に飲み干した。


「九つに満たぬ頃だったかな。父上からこの遊具を与えられた時、余は心から喜んだ。そして、すぐに理解したよ。これは戦を表現したものなのだと」


そこまで言うと丹朱たんしゅは目を瞑り、天を仰いだ。折輿せつよは彼が何をそのまなこに呼び起こしているかを想像した。

丹朱たんしゅは、親の期待に応えようと囲碁を精進し、長じては戦に邁進した。

異民族、特に三苗さんびょう丹朱たんしゅが平定したと言っても過言ではない。


「だのに、だ。先日、廷臣たちが余を世継ぎにと推した時、父上はこう言ったそうだ。“あれは頑固で凶暴だ。とても任せられない”」


丹朱はおもむろに立ち上がった。絡みついていた女官達が悲鳴を上げて離れていく。


「だったら! なんで! こんな物を! 俺に渡した!」


丹朱は叫び終えると碁盤を蹴り飛ばした。碁盤は折輿せつよの肩を掠めて庭を転がり、池に落ちた。


「まったくです」


「……もう、孝行面してあの老ぼれに仕えるのはうんざりだ。もらえないものは奪い取るまでよ。例の計画を実行に移す。我が友人も協力を惜しまない。それに」


丹朱が手を打つと、庭に従者たちが車を押してきた。その中には、溝の掘られた長い柄の先に弓を取り付けた物が満載されている。蚩尤しゆうの弓であった。


「この武器は素晴らしい。矢を番えるのに時間はかかるが、一度放てば必ず真っ直ぐ飛んでいく。どんな馬鹿でも当てられるし、大型化した物を例の船にも積む予定だ。時に、折輿せつよ、この武器の製法は蚩尤の一族から寝返った、そなたら相龍氏そうりゅうしのみが知るはずであったな」


丹朱たんしゅ折輿せつよの襟首を掴んだ。


「拳龍氏 (かんりゅうし)の跡取りが蚩尤の弓を使っていたという話が、確かな筋から入ったぞ。きさまは、反乱の計画に奴を引き込むのに失敗した時、始末すると言ったくせにしくじった。その時、きさまは余にこう言ったのだったな。“奴は記憶を失っており別人のように腑抜けになりました。現状無害ですが、すぐに今度こそ始末します”。それを信じたらこのザマだ」


「面白い」


「……ふ、ははは。肝の太い奴だ。何が面白いって?」


「我が一族から秘密が漏れるなどあり得ない。拳龍氏かんりゅうしにも失われし技が伝わっていたか、独力で編み出したか。いずれにせよ、私の知っていたあの男より手強いかもしれない。心躍らずにいられません」


折輿せつよ丹朱たんしゅの指を一本一本引き剥がした。


「失礼つかまつる。奴と再び戦わねばなりませんので」


「……決行は明後日だ。それまでに奴を消せッ」


丹朱が吐き捨てるように言うのを、折輿は背中で聞いた。

折輿せつよの脳裏に、空中でもがき始めた関隆かんりゅうが自分を睨みつけながら落ちてくる姿が蘇った。

奴は今際の際に、異なる世界から何者かを引き寄せたのかもしれない。

復讐のために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=581365490&s 小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ