不運と幸運の基準
コウの不運と幸運の考え方が世間とずれているという話です。
紹介状をもらったコウ達は、船長の泊まる宿へと向かう。イコル一番と言っても良い宿で、ジクスでコウ達が泊まってる宿より高そうだった。おそらく紹介無しでは泊まれないだろう。部屋も立派なものだった。
船長から食事会に誘われていたため、コウ達は部屋で少し休み、宿のレストランへと降りていく。そこにはひときわ豪華な料理が並んでいる食卓が有った。
コウ達が階段を降りると、その豪華なテーブルから、乗ってきた船の船長が挨拶をする。横にはモンサナー商会の会頭リロスもいる。後は知らない顔だが、立派な服装をした3人の男性がいた。
「“幸運の羽”の皆さん、お待ちしておりました。勝手とは思いましたが、料理も頼んでおります。勿論お口に合わなければ、他のものを頼んでもらって大丈夫です。そして、こちらはモンサナー商会と同じく、皆さんたちの活躍のおかげで助かった商会の会頭さん達です。こちらも勝手だとは思いましたが、是非お礼を兼ねて紹介をと頼まれまして……」
船長は最後の方はちょっと済まなさそうに言って、それぞれの会頭を紹介する。
「それにしても、正直海賊たちを文字通り木っ端微塵に粉砕した方々が、こんな美男美女だとは思いもしませんでした」
一人の会頭が言うと、コウ達以外全員が頷く。
「私は、正直、船長から話を聞いたときは、話を盛るにしても限度があるだろうと思いましたな。賃金交渉がこんなに下手な奴だったかと、最初は船長を軽蔑してしまいましたぞ」
「しかりしかり、私も同じでしたわい。正直同じ船に乗っていた自分の商会の副番頭から聞いても信じられませんでしたからなぁ」
「おや、私も似たようなものですよ。過労で頭が狂ったかと、仕入れの担当者の療養をまず考えたぐらいですからな」
ハハハハハっと、皆笑いあっている。
「ささ、遠慮せずに好きなだけ食べてください。皆の気持ちですから」
そう言って、リロスが食事や酒を勧める。おそらくこの店で出せる料理の中でも、最高級の物なのだろう。料理も酒も文句のつけようが無く、豪華で美味しいものだった。もしかしたら特別料理かも知れない。
ただ、いささかサラの行儀の悪さが気になったので、この機会に、直ぐに作法のデータをダウンロードさせて修正させる。
決してサラのワイルドさが嫌いなわけではないが、ここらあたりでこういう時の食事のマナーも知っておくべきと思ったからだ。優先順位的に高くないため、思い立ったらすぐにやっておかないと後回しにしてしまう。
始終和やかな雰囲気で食事は進み。会頭たちも無理に何かを頼むということもなく、むしろ、何か困ったことがあったら頼ってきてほしい、とまで言われて食事会が終わった。
部屋に戻り、部屋にふさわしい豪華なソファーに座るとコウは無言で考え込む。
「コウどうしたのですか?」
いつになく真剣な顔に心配になったのか、ユキが声を掛けてくる。
「いや、最近運が良すぎると思ってね。何か怖くなってきた。それとも私の運の悪さは元の世界特有のものだったのだろうか。物理法則が変わった分、私は幸運になったのだろうか?」
コウはそう言って悩みこんでいるが、ただ単にこの世界としては余りにも強力な戦闘力によって、不運を正面から粉砕しているだけである。もし、この世界の住人だったら多少力があろうとすでに数回は死んでいる。
ユキは今まで起きたことを分析する。
「いえ、決して運が良くなったわけではないと思われます。言いにくいのですが、むしろ、かなり不運な方になるかと……。恐らくですが、この世界の住人が一生かかっても遭わないような不運に、もうすでに複数回遭われてるようです」
「えっ! そうなのか」
コウは本当に驚いて、思わず聞き返してしまう。
「はい、通常はゴブリンのあれほどの集団にいきなり遭うことはまずないですし、その後ワイバーンが飛んでくる事もまずありません。レッドオーガに出会うのは不幸なことですし、海賊があれだけの数集結したのは恐らく歴史上初かと思われます」
言われてみればそうかもしれない。が、そのおかげで金もたまってるし、順調に冒険者として実績を上げてるように思える。
「結果的に、良い方向に転んでるし、そこまで不運とは思えないがね」
コウはそう反論する。
「結果論で言えばそうですね。そもそもコウは幸運と不運の基準が違います。通常は禍が起きた時に、それを自分の力で乗り越えて良い結果をもたらす事を、運が良いとは言いません。
普通はそういうことは起きないものなのです。それが起きた時点で不運なのです。それを自力で解決したからと言って幸運とは言えません」
そうユキが力説する。そこまで力説しなくてもいいんじゃないかと思うが……。
うーむ。そもそも基準が違っていたとは、我ながらちょっと驚きである。
「ふむ、基準が違うことは理解した。私が別に幸運になったわけではないこともね」
そう言ったコウは、悩みが吹っ切れたように清々しい顔をしていた。
「不運なのが嬉しいんですの?」
マリーが不思議そうに聞いてくる。
「不運が嬉しいものか。いつも通りというのが嬉しいのだよ。つまり今まで通りなんとかなるという事だ」
その言葉を聞いても、マリーはやはり不思議そうな顔をしている。ちなみにサラも同じように思っているようだ。ただユキだけは納得した顔をしていた。
「コウが、納得した様で何よりです」
そうユキが答える。流石は長年連れ添ったAI、言葉ではうまく表せられない事でも理解してくれる。
「ふむ、なんだかモヤモヤしたものが無くなった気分だ。今日は気分よく眠れそうだ」
そう言ってコウは、寝室へと入っていった。それを見て、不運に見舞われても、嘆く事無く切り抜けていく自分の主人を、ユキは誇らしく思うのであった。
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