海軍歴史資料館とクルーズ
王都観光を思いっきり楽しんでます。
王都に来て3日目の朝が来る。コウは最初、今日も図書館に行こうかと考えたが、そもそも王立図書館の蔵書数は多く、200万冊を超えるため、怪しまれない速度での読書では、1週間でも全部は見ることはできない。どうせ全部は読めないのなら今日は別のところに行ってみようと考える。
職業柄か思い立ったのは海軍歴史資料館だった。朝食を終えると早速向かう。海軍歴史資料館は西の水上砦にあった。海軍基地内である。屋上から見ると砦から延びる桟橋に20隻程の3本マストの帆船が繋留されており、湖の沖合には数多くの船が浮かんでいるが、10隻ほど明らかに他とは異なる大きさの3本マストの帆船が見える。それが軍船で、マストが1本だけか、オールだけしかないものは漁船だろう。岸の方にも船が繋留されており、作りかけの船も有る。
最初の方は軍事施設をこんなに公開して良いものか、と考えていたが、此処まで圧倒的な国力を見せ付けられたら、戦う前に心が折れるものがいても仕方がない。今の国王は商人王と呼ばれているようだが、恐らく戦争をしても非凡な才を発揮するだろう。もし、侮って攻めてきたら痛い目に遭うに違いない。
歴史資料館の方は主な海戦や提督の絵画や彫像、そして軍船の模型などが並べてある。5分の1スケールのホァイソン提督の旗艦はなかなかの迫力だった。細部まで、細かく造られており、顔の表情まで作り込まれた人形も配置してある。
海軍として統一されたのは、10年前パズールア湖と西のカイヤ海を結ぶセタコート大運河が完成したからで、それまでは海上で活動する海軍、ハズールア湖及びローレア河で活動する水軍に分かれていたそうだ。
ちなみにセタコート大運河の名前は発案、設計、現場指揮までとった、今の伯爵スレイダー・バナ・セタコート公から取ったもので、この功績から領地を持っていなかった宮仕えの法衣男爵から、一気にセタコート運河沿いに伯爵領を賜ったとの事だった。7年がかりの工事で、本人も土魔法を使い働いていたそうだ。掘り出された土砂は王都の拡大に使用されたとの事。
自分が考えるに、この運河の経済的及び軍事的効果は絶大なものだ。出来て10年ならこれからますます発展することだろう。この逸話からも今のこの国の王が、実力主義者かつ非凡な才を持っていることが分かる。それにしても全長100㎞、幅約100mの運河をよく7年間で作ったものだ。魔法というのは侮れないと思う。
昼食は勿論オリジナルの海軍サンドイッチだ。オリジナルの方の中身は競技場で食べた油であげたものではなく、焼いたナグロの切り身を、ソースに漬け込んで保存食にしたものだった。確かに木造船では火を使いにくいだろうから、これが当たり前だろう。まあ、魔法でなんとかなるのかも知れないが。
しかし、何度も思うが、なぜ、保存技術の劣ってるこの世界の食事の方が美味しいのだろう。元の世界でも、高い店で食べた料理は間違い無く美味しかった。調理器のせいだろうか、それともフードカートリッジのせいか、もし元の世界に戻れたら、責任者を問い詰めてやろう。伝統です、なんてぬかしたらぶん殴ってやろう。
午後はハズールア湖のクルーズだ。旧式の軍船を改装したもので、これも海軍が運用しているらしい。2種類のコースと、ただ単に見学のみのコース、ディナー付のコースが有った。
ディナー付は1銀貨とそれなりの値段がするが、人気らしく、出航前には定員に達していた。
クルーズは結構軍船の近くまで行くので迫力がある。近くを通ると海兵らしき人々が敬礼をしてくる。周りの見学客のテンションが上がっているのが分かる。
リューミナ王国でしか作れない、100m級の4本マストの最新鋭の旗艦ユクトゥース号の横を通る。スマートで美しい船だと素直に思った。
夕刻にはクルーズ船は沖合に出て、湖の中に沈む夕日を眺める事が出来る。それが終わると、きびきびと甲板の上に並べられたテーブルで食事である。その動きは軍人らしいものである。
船員の1人に聞いてみると、海軍が運用しているものの、船員は一応民間人ということになっているらしい。ただ準軍属で訓練もそれなりにあるとの事。観光施設はそういった準軍属のものが多く働いているそうだ。
それから考えるとリューミナ王国の動員兵力は公表されているものより多いかもしれない。それは、侮って攻め込ませる為か、若しくは周辺諸国を安心させるためかは分からない。コウは単なる勘だが、恐らく前者だろうと思った。
食事は湖の幸をふんだんに使った料理だった。生で食べるものも多い。生で食べるのは最初は戸惑ったが、何回か食べると美味しいと感じるようになった。むしろ新鮮なものは、生の方が美味しいんじゃないかとまで思うようになった。不思議なものである。
料理が最後まで配られると、マストや甲板の所々に付けてあったランタンが一斉に消え、明かりはテーブルに置かれた小さなランタンだけになる。すると上空に満天の星が現れた。
「おおー!」
と言う、感嘆の声があちらこちらから上がる。自分もこの演出に感動してしまった。ユキ達も同じようである。
「ロマンティックですわね」
マリーがうっとりと星空を眺めて言う。そう言えば以前、宿の屋根の上で星空を眺めたときはユキと2人だった。野宿では眺めたことはあるが、やはり任務中とこうやって落ち着いて眺めるのとでは気分が違う。
「この演出も、今の王様が考えたのかな」
サラが疑問に思ったことを言う。確かに今の国王は色んなところに才を発揮しているが、こんなところまで考えていたら驚きである。まあ、今まで王都をめぐってみた限り、絶対ないとは言えないところが凄いところではあるが。
「この演出を考えたのは第1王子のフェロー様ですよ。これで、当時婚約者だったコリアンナ王子妃様の心をがっちりと掴んだとか」
たまたま横にいた、飲み物を注いで回っている船員が、親切に教えてくれる。クルーズ船自体が第1王子のアイデアらしい。代々才能が受け継がれていて結構なことだ。軍事力、経済力ときて、次は婚姻政策で版図を広げるんじゃなかろうか。職業柄かそうコウは思ってしまう。決して女性へのエスコート能力に嫉妬しているわけではない。
「コウにもこういった演出が出来ていれば、もっとモテたかも知れませんね」
「私は軍務を優先しただけだ。後、間が悪かったりしたことがあるだけで、決してモテなかったわけではない……。と思う」
最後の方は力なくユキの言葉に反論する。良いじゃないか、1回は結婚したんだし、そんなに悪い結婚生活もしていない。生涯ただ1人の女性を愛した、なんて文学的じゃないか。
クルーズ船は夜の湖上を滑るように王都へと進み、桟橋へと到着する。タラップを降りる客はみな満足そうだ。うっとりとして男性の腕に自分の腕を絡ませ、体を預けている女性も多くいる。
ユキが自分の腕に同じようにユキ自身の腕を絡ませ、体を預けてくる。
「なんのつもりだ」
「悪くはないでしょう?」
コウの問いにユキはそう答える。うらやましそうにしている視線を感じる。まあ、確かに悪くはない。ユキのこういうちょっとした気遣いができるところが大好きだ。
クルーズは飲み物は別料金だったので合計で6銀貨になったが、思った以上の価値があった。
そのまま、サラやマリーからは少し冷ややかに、その他の道行く人からは羨望の目をむけられながら宿へと戻っていった。
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